037 歓迎パーティー
バンブービレッジ、それは、竹林や田んぼがある小さな村。
高い山が並ぶ高山地帯の山の一つに、その村はある。
わたしとお姉がこの異世界に来て、最初に訪れた村でもあるのだけど、良い印象は無かった。
その原因はかぐや姫ことラリューヌだ。
ラリューヌはバンブービレッジの村長の所で養子になった女の子で、近くにあるインセクトフォレストと言う森の主ケプリの子供でもある。
と言っても、ラリューヌとケプリは血が繋がっているわけでは無いけれど……。
まあ、それは今は置いておくとしよう。
わたし達は今、このバンブービレッジに三つの宝を持って戻って来ていた。
村は相変わらずのどかで、のんびりした雰囲気の平和そのものなド田舎だ。
ただ、村の中の様子は少し変わっていた。
皆何処かソワソワしている様な、何かを待っている様な、そんな感じ。
時たますれ違う村人からは、妙に視線を感じたりもした。
何だろう? と、疑問に思ったけれど、その答えは直ぐに解かった。
「待っとったで」
「は?」
わたしは顔を顰めて、目の前で腕を組むうさ耳の少女を見た。
相変わらず着物を肩に乗せているだけの様な、羽織っているだけのその姿。
腕を組んでいるから、胸元は隠れてはいたけれど、パンツは丸見えだ。
わたしと同じくらいの見た目の年齢のその少女に、恥じらいは無いのかと言いたくなる。
そんなうさ耳の少女ラリューヌは、わたし達が家に着くなりニヤリと笑って微笑んだのだ。
しかも、出た言葉が待っていたという言葉。
以前会った時はわたし達を追い出そうとしていたのに、この変わり様はいったい何だと、わたしが訝しんで顔を顰めても無理はないと言うものだ。
絶対何か企んでる。
そう考えたわたしは、警戒しながらお姉にこそこそと静かに話しかける。
「お姉、あの子絶対何か企んでると思う」
「そうなんですか?」
「うん。ここの村の人達の様子も変だったし、絶対に何かあ――」
「なんや? コソコソ話しとるようやけど、心配せんでも大丈夫や」
「――っ」
お姉に話している途中でラリューヌに話しかけられて、わたしはラリューヌと目を合わせた。
「そんな怖い目で見んといてえな。なんもせえへんって。私な、アンタ等に謝らなあかんって思っとったんよ」
「謝……る?」
「せや」
ラリューヌが笑って頷いた。
「この間は悪いな~思とったんや。私も大人気なかったわ、すまんな~」
本当に謝った? 益々怪しい。
しかし、わたしは考える。
前回会った時は育ての父親の回し者とか言いだしたラリューヌに、もしかしたら、暫らく会わないうちに何か変化があったのかもしれない。
だけど、信用出来ない。
そうしてわたしが訝しんでいると、今まで珍しく黙っていたモーナが、わたしの前に出て得意気に胸を張った。
「お前の考えてる事は分かってるぞ! 私達が三つの宝を手に入れた事を知って、取り入って、貰おうって魂胆だな!」
確かにそれならあり得そうだ。
モーナにしては珍しくまともな考えだと、わたしはモーナに感心する。
お姉もモーナに凄いと言って目を輝かせた。
そして、指摘を受けたラリューヌはと言うと……。
「ななな、何言うとんの! そ、そんなわけないやろ!」
「動揺しすぎでしょ」
「ど、動揺なんてしてへんわ! 仲良うなってお宝を譲ってもらえんかな~、なんて、全然微塵も思っとらんわ!」
どうやら図星らしい。
「な、なんやその目! せっかく歓迎パーティーを開いたろう思っとったのに!」
「歓迎パーティーですか?」
「せや。アンタ等と仲良うなる為に、村の連中に頼んで準備させてたんや」
「どうりで村の人達が、わたし達を見ながらソワソワしてたのか」
「パーティー……」
「ラヴィ?」
ラヴィがパーティーと呟いたので見ると、興味あり気に目を輝かせていた。
ラヴィが目を輝かせるなんて、そうそうお目に掛かれない。
興味を示しても、目を輝かせずに楽しそうにしているのが、いつものラヴィだった。
母親との一件以来、前より表情は豊かになった。
だけど、それでもこんなラヴィの顔を見たら、最早答えは一つだった。
「いいよ。仲直りしてあげる。歓迎パーティーって言うの、招待してくれる?」
少し偉そうに言ってしまったけど、わたしがそう言うと、ラリューヌはそれはもう満足そうに頷いた。
「良いのか? マナ。あいつは敵だぞ?」
「最終的にケプリの所に連れて行けばいいわけだし、問題無いよ」
「ふーん……それもそうだな!」
「歓迎パーティー楽しみですね~!」
「楽しみ」
お姉は笑顔でラヴィの両手を取って回り出す。
ラヴィもお姉と回りながら、口角を上げていた。
◇
わたし達の為に開かれた歓迎パーティーは、それはもう素晴らしいものだった。
こんな田舎な村のパーティーなんて、どうせ大したものではないだろうと思っていたんだけど、決してそんな事は無い。
それこそ、漫画やアニメなんかで見たお城で開くパーティーの様に、とても煌びやかな素敵なものだった。
それに驚いたのが、パーティーに参加するのが着物では無くドレスだった事だ。
この村の男の人もラリューヌだって一応皆が着物を着ていたから、わたしはてっきり和風なものを想像していた。
だから、まさかこんな洋風でお洒落な感じになるとは思わなかったのだ。
そして、わたし達もパーティーの為にとドレスを着せられて、最初はラヴィから【鶴羽の振袖】を取り上げる為なのかと警戒もしたけど、とくにそんな事をする様子も無かった。
ちなみに三つの宝は、今この場には無い。
勿論ラヴィの着ている【鶴羽の振袖】はあるけど、モーナの家にしっかり隠して置いてある。
と言うのも、最初は持って来てはいたけど、パーティーを開くまでの時間に置いて来たのだ。
その時ラリューヌが預かろうかと確認して来たけど、わたしは信頼していないので、勿論きっぱりと断った。
そうして迎えた歓迎パーティーが思っていたよりも素敵だったので、わたしはラヴィと手を繋ぎながら呆気にとられて呆けてしまった。
「お初にお目に掛かれて光栄です、マナ様、ラヴィーナ様。お噂は聞いています。私、ストンと申します」
そう声をかけられて我に返ると、目の前にはスーツを着た長身の男性が立っていた。
その男性は長身で細長の目で、何処かうさんくさそうな雰囲気の人だった。
それに、何故か何処かで見た事がある。
ただ、見た事があると言ってもこの村を歩いていた時に見ただけだろうと思って、特に気にする事でも無いかと結論付ける。
それよりも、少しお噂と言う部分が引っかかった。
と言っても、三つの宝を手に入れたり、あのモーナと一緒に行動をしているんだ。
多少の噂が流れてもおかしくは無いかと、わたしは一先ず無礼が無い様に、学校の先生達にする様に笑顔を取り繕う。
「はじめまして。豊穣愛那です」
「ラヴィーナ」
ラヴィも私と一緒に挨拶すると、そこに立派な白い髭を顎から生やしたお爺さんが、ストンと名乗った人の後ろから現れる。
そのお爺さんの姿を見て、わたしは軽く会釈した。
「楽しんで頂けてますかな?」
お爺さんは会釈をした私に笑みを見せながら質問したので、とりあえず「はい」と、頷いておく。
このお爺さんは、ラリューヌを養子にした村長さんだ。
パーティーが始まる前に一度挨拶をした時に、ラリューヌに友達が出来たと喜んでいた。
わたしとしては、あの我が儘娘のラリューヌを引き取った相手なので警戒していたけど、とても優しそうな人で驚いた。
お姉も「良い人そうです」なんて言って、ニコニコと挨拶をしていた。
と、そこでわたしは思いだす。
あれ? お姉は?
それにモーナも……。
二人が気になって周囲を見て目で捜すと、直ぐに見つける事が出来た。
お姉は両手にフォークを持って、様々な料理をそれはもう美味しそうに満面の笑みを浮かべて食べている。
なんと言うか……身内として少し恥ずかしい。
口のまわりに食べかすがついていて、まるで子供の様だった。
そして、お姉の周りには沢山の男がいた。
何やらお姉に話しかけている様だけど……あれは聞いてないな。
そんなお姉の隣にはモーナがいた。
モーナはお姉に話しかけている男達に睨みを聞かせて、お姉の代わりに何か喋っている様だった。
そして、モーナが何かを喋る度に、その男達が苦笑したり一歩後ろに下がって顔を引きつらせたりしている。
いいぞモーナ、もっとやれ。
いつものわたしであれば今直ぐにあの場に行って、お姉を囲む男を片っ端から追い払うところだけど、モーナがわたしの代わりをしていてくれるので安心する。
お姉のドレス姿が見惚れるほど綺麗で美しく、話しかけたい気持ちは分からないでもないけど、わたしの目が黒い内はお姉を下心で見る男共から護らなければならない。
今回はその役目をモーナに任せるとしよう。
「実は私もアイスマウンテンに行ったのですが、想像以上に過酷な山で【氷雪の花】を手に入れる事が出来なかったのですよ」
不意にストンさんから出た言葉で、わたしはストンさんを見上げた。
ストンさんは苦笑しながら話していて、それに対してラヴィが相槌だったり答えたりとしていた事に気がついた。
わたしは今まで話をそっちのけにして、お姉とモーナを見ていた事に若干の申し訳なさを感じた。
まあでも、ラヴィが話を聞いてくれていたから、問題無いかもしれないけど。
まあ、それは今は置いておくとしよう。
それよりもだ。
ストンさんもアイスマウンテンに来ていたのかと思った時、わたしはふと思いだした。
「もしかして、レイククリームで休憩していましたか?」
「はい、よくお分かりになりましたね。そうですね。レイククリームで休息をしていました」
やっぱりそうだったかと、わたしはあの時の事を思い出した。
モーナが村の人がいると言って、わたし達に教えてくれた時に、確かにわたしはこの人を見ていたのだ。
何処かで見た事があると思ったけど、まさか村の中では無くレイククリームだったとはって感じ。
「ですが、アイスマウンテンの大自然の驚異や生物には敵わず、結局【氷雪の花】を手に入れる事は出来ませんでした」
生物と言うのは恐らく白蟻や凍竜の事だろう。
わたし達も随分と苦戦させられた。
「なんやなんや? ストンにおとん、その子達と話とったん?」
そう言って現れたのは綺麗にドレスに身を包んだラリューヌ……では無く、いつも通りの格好の、だらしがないと言うかなんと言うかなラリューヌだった。
わたし達にはドレスを着させておいて、自分はいつも通りなのかと内心思う。
「ほんなら話が早いな。ストンは私の花婿候補や」
「え? マ?」
「なんやその目? 疑っとるん?」
「いや、まあ……」
でも、この村の男は全員ラリューヌの言いなりみたいだし、嘘では無いのかな?
じゃあ、この人、ロリコンって事か……。
わたしは目の前に立つストンからラヴィを護るように、少しだけ後ろに下がらせる。
ラヴィは不思議そうにわたしの顔を見て、それでも後ろに下がった。
「ほんま、これやから育てのおと……っと、それはもう言いっこ無しやったな」
「ん?」
もしかして、ケプリの事を言おうとしたのだろうか? と、わたしは訝しむ。
やっぱり、育ての親のケプリをあまりよく思ってないラリューヌは、何かを企んでいるのではと言う考えがわたしの頭の中をよぎった。
そんなわたしの顔を見ながら、ラリューヌは機嫌良さそうに提案してきた。
「今日、私の家に泊まっていかへん?」
と。




