034 ホワイトアントの巣攻防戦
ホワイトアントの巣に咲く、透き通る様な白い花びらが特徴の【氷雪の花】。
何故そんな所で花を咲かすのかと言うと、その答えはホワイトアントの餌にある。
ホワイトアントの餌の一つレイククリームの湖のクリームに、凍豚の死骸。
その二つが合わさって生まれる栄養素に、巣の中の陽射しが当たらない密閉された氷点下の空間。
それ等があって、ようやくこの【氷雪の花】が咲く条件になる。
【氷雪の花】がお宝として扱われるのは、条件もそうだけど、何よりホワイトアントを相手にしなければならないかららしい。
そして今、私達は、そのホワイトアントと戦っている。
モーナとリングイさんが驚くくらいの速さで、ホワイトアントを次々と倒していっているけど、数が数だけに直ぐに終わる事なんて決してない。
わたしとお姉でフナさんを護りながら、食料庫を出る道を確保しようと奮闘する。
「へう。数が多すぎますー!」
「お姉、弱音吐かない! ……っ!?」
気が付くと、ホワイトアントがお姉の目の前まで近づいて来て、口を開けて襲い掛かろうとしていた。
急いでお姉の前に出て、ホワイトアントに向かってカリブルヌスの剣を振るう。
その瞬間、甲高い音が出て、私は目を疑った。
「嘘……っ!? 凍った?」
わたしが振るったカリブルヌスの剣は、ホワイトアントを真っ二つに斬り裂いた。
だけど、それと同時に、カリブルヌスの剣の剣先が凍ってしまったのだ。
「愛那!」
「え……っ!」
カリブルヌスの剣が凍ったのを見て、油断した私をホワイトアントが襲う。
そして、お姉がわたしの前に出て、魔法で盾を出現させる。
するとその時、お姉が出した盾はホワイトアントに噛まれた瞬間に、一瞬にして凍ってしまった。
「これって!?」
「はい! 愛那の剣と同じです!」
「そっか。だから、わたしのこの剣も……」
ようやくわたしは理解する。
以前調べたホワイトアントのステータスには、特徴の項目に【凍結顎】と記されていた。
カリブルヌスの剣やお姉の盾が凍ってしまったのも、これが原因だったのだ。
よく見ると、モーナとリングイさんはホワイトアントの噛みつく攻撃は全てかわすか、そこ等辺に転がっているホワイトアントの食料を盾にして防いでいた。
迂闊だった。
これじゃあ、剣はまともに使えない。
わたしのスキルなら凍った所で、関係なしに使えるかも知れない。
だけど、凍った事で別の問題が起こってしまっていた。
それは、カリブルヌスの剣の温度……冷たさだ。
カリブルヌスの剣は剣先を、刀身を凍らされたわけだけど、そのせいで柄の部分まで冷えてしまっていた。
しかも、かなり冷たくて、正直上手く握れない。
わたしはカリブルヌスの剣を収めて、じーじさんから貰ったナイフを取り出した。
「これで何処までやれるか分からないけど、やるしかないよね」
そう自分に言い聞かせて、お姉の横に並ぶ。
お姉も凍った盾を一度消してから、再び魔法で盾を出す。
「私の盾は魔法で良かったです。これなら使い捨て可能です!」
「あはは。ちょっと羨ましいかも」
「二人共ごめん。私が足手纏いになっちゃって」
不意に背後からフナさんに話しかけられて、わたしとお姉は振り向く。
「ううん。気にしないで下さい」
「はい。フナさんは私と愛那で護りますよ」
「……ありがとう」
話してばかりもいられない。
ホワイトアントの群れが次から次へと、この食料庫にやって来る。
とにかく、わたしとお姉でフナさんを護りながら、食料庫の出口までの道を確保する必要がある。
何故なら、モーナとリングイさんは湧いて出て来るホワイトアントの殆どを暴れ回って引きつけてくれていて、ラヴィとじーじさんは【氷雪の花】の採取の真最中だからだ。
花を摘んでいるラヴィをじーじさんが一人で護ってくれているのだから、わたし達が出口までの道を作りださないと逃げ道を失ってしまう。
フナさんを護るって言っても、多分それはお姉の魔法に任せっきりで殆ど大丈夫の筈。
わたしは出来るだけ出口までの道を作るんだ。
ホワイトアントは直接攻撃しちゃ駄目……あくまで斬撃を飛ばす!
わたしはナイフにスキルを込めて、ホワイトアントに向かって斬撃を飛ばす。
だけど、斬撃の命中率は三割と言った所で、自分の実力不足が悔やまれる。
正直、今の今まで殆ど考えてこなかった事だけど、わたしの実力が【必斬】の力に追いつけていない。
だからこそホワイトアントに斬りかかって、カリブルヌスの剣を凍らせてしまったのだろう。
「皆、花は手に入れた! 今直ぐ吾輩が残した道標を辿って、ホワイトアントの巣を脱出しよう!」
じーじさんが叫び視線を向けると、ラヴィと目がかち合って、ラヴィが口角を上げて頷いた。
「よし!」
撤収の時間がやってきた。
こんな所とは早くおさらばしようと、わたし達は食料庫の出口に向かって走りだす。
お姉と一緒に道を確保する様にホワイトアントと戦っていたおかげで、難無く食料庫の出口まで辿り着けた。
それにしても、流石はじーじさんだ。
まさか、ここに来るまで道標を残していたとは思わなかった。
わたしは迷路の様な巣の中を歩くのがやっとで、正直それどころでは無かった。
「さあ、こっちだ!」
じーじさんに続いて走る。
殿はモーナとリングイさんの二人。
わたしはスキル【必斬】を使って、じーじさんの前に出るホワイトアントに、ナイフの斬撃を飛ばして薙ぎ払う。
さっきまでの食料庫での戦いの時と違って、ここは通路で言うほど広くも無い。
そして何より、一直線の通路だから横一文字にナイフを振るうだけで、斬撃が簡単に命中する。
これなら行ける!
わたしがそう思ったその時だ。
世の中そんなに甘くは無いと、現実を付きつけられる事件が起きてしまった。
「途切れている……!?」
「え!?」
「来る途中で、印として小さな魔石を壁にはめ込んでいたんだが、何故か無くなっている様だ……」
「そんな……っ!」
「すまない皆。吾輩のミスだ。まさか、ホワイトアントに魔石を取られるとは思わなかった」
じーじさんが俯き謝罪する。
こうしている間にも、後ろから、そして前からもホワイトアントの群れが押し寄せて来る。
立ち止まっている場合じゃない。
「じーじさん、それはもう仕方が無いとして、立ち止まってなんていられません! 先に進みましょう!」
「ああ、そうだね。愛那君の言う通りだ」
わたしとじーじさんは頷き合い、そして……。
「あ、わりい。それ、オイラが取っちまったわ」
「…………はい?」
リングイさんの聞き捨てならない言葉に振り向くと、リングイさんが「ほら」と、手の平に米粒サイズ位の大きさの魔石を大量に乗せて見せてきた。
わたしはその大量の魔石を見て、先に進む事を忘れて立ち止まる。
そして、たった一言だけリングイさんに向けて質問する。
「なんで?」
リングイさんはわたしの質問を聞くと、苦笑しながら魔石をポケットにしまって答える。
「これだけの量だから、売れば金になるだろ? ホワイトアントなんて、どうせ魔石を使ったりしないし、貰わなきゃ損だなって思ったわけよ」
間違いない。
モーナの言った通り、こいつは三馬鹿の一人だ。
「この馬鹿! なんて事してくれたのよ!?」
最早丁寧な言葉を使う気にもなれなくて、わたしはリングイさんに向かって怒鳴った。
すると、リングイさんは反省する様子も無く、爽やかに笑う。
「まあまあ、怒るな怒るな。過ぎちまったことは仕方が無いだろ? それに、可愛い顔が台無しだぜ?」
「いいえ。うちの愛那ちゃんは、怒っても可愛いですよ!」
「煩いわ! お前が言うな! って言うか、お姉もこんな馬鹿の言葉に張り合わなくて良いから!」
「でも、愛那を可愛くないなんて、お姉ちゃんとしては黙っていられません!」
「何だ何だ? 喧嘩か? マナ、私が手伝ってやるぞ!」
「モーナは話をややこしくするだけだから入って来るな!」
「愛那、落ち着いて? 今はそれどころじゃない」
「ご、ごめん。そうだね」
ラヴィのおかげで平常心を取り戻す。
しかし、三馬鹿の一人のおかげで、本当に大変な事になってしまった。
このままでは、この迷路の様な巣の中を抜けだす事が出来ない。
前方からも後方からもホワイトアントに囲まれて、更には仲間の中に馬鹿が紛れ込んでいたせいで、わたしは頭を悩ませる。
とりあえず、馬鹿はどうにもならないけど、ホワイトアントはどうにかしないといけない。
とにかくホワイトアントをどうにかしないと!
でも、こんなに湧いて出て来るホワイトアントなんて、いったいどうすれば……。
「へう。どうしましょう? 何か道を塞げるものさえあれば良いんですけど」
「道を塞ぐって、お姉、そんな物……あ。それだ!」
「え? あるんですか?」
「お姉、無いなら作っちゃえばいんだよ! モーナ、アンタって土の魔法が使えるんだよね?」
「そうだな。それがどうした? あ、そう言う事か」
「そう言う事! 今直ぐ後ろに魔法で壁を作って!」
「任せろ!」
モーナが後方に魔法で土の壁を作り、食料庫へと続く道が塞がれた。
これで後ろからくるホワイトアントの群れは、当分こっちには来れない筈だ。
後は前方のホワイトアントを倒して進むだけだ。
「考えたな!」
「どれだけもつか分からないけどね」
「かーっかっかっかっかっ。やるな~、マナ。益々《ますます》欲しくなってきたぞ。オイラと一緒に来いよ」
「行きません。諦めて下さい。って言うか、反省して下さい」
「はあ、リン姉の馬鹿。ごめんね。リン姉の尻拭いは、私がするから許してね?」
「フナさん?」
「何か良い脱出方法があるんですか?」
わたしとお姉が首を傾げてフナさんに視線を向けると、フナさんはニッコリと微笑んで頷く。
「私のスキルの名前は【迷宮攻略】。どんなダンジョンだろうと、その構造と敵対勢力を全て把握する事が出来るスキルなの」
「凄っ。それじゃあ」
「絶対にここから脱出する道を示してみせるわ」