031 リングイ=トータスの素顔
ラヴィの母親ミチエーリさんが目を覚ますのを待っている間に、突然現れたモーナとリングイさんから、何があったのか説明を受けた。
でも、わかった事はポレーラとリングイさんが敵では無いと言う事だけだ。
と言っても、モーナはリングイさんをずっと睨んでるんだけど……。
おかげで、わたしはモーナが暴れてリングイさんを襲わない様に、腕を掴んで身動きをとれなくしていた。
わたしはモーナの腕を掴みながら、じーじさんとリングイさんの会話に耳を傾ける。
「オイラの噂は知ってるだろ? オイラは金に目が無く、人身売買にも手を出している悪い奴ってな。オイラは身よりの無い子、それと……親から迫害されている子供を買ってる。だから金が必要。つまりそう言う事だ」
「成程。色々納得したよ。それで、君はポレーラから、その金でラヴィーナを買い取ろうとしていたのか」
「そうだぜ。それに【鶴羽の振袖】もな。なんでも、ラヴィーナって子が大切な人から貰った物なんだろ? 一緒に買い取ってやらなきゃ可哀想だ。まあ、結局はトラブルにあって、両方とも買い取れなかったけどな」
「何かあったのかい?」
「亥鯉の川、あんたも知ってんだろ? あの近くで取引する予定だったんだけどさ。あそこ等辺の気候が想像以上に暑いってんで、ラヴィーナって子がぐったりしちまったんだとよ。んで、ミチエーリの命令でその子は魔法を封印されていて、水の魔法は使えない。それで、ポレーラの馬鹿が慌てちまってよ。その子を置いて、飲み水を近くの港町まで取りに行ったんだ」
あの時の事だ。
「もしかして、取引が駄目になったのって……」
「あ~、私達が先にラヴィーナと会ったからか」
「そのようだね」
「あん? どう言う事だよ?」
ラヴィがあの砂浜に一人で倒れていた理由が、ようやく分かった。
ポレーラが慌ててラヴィを一人にしたから、わたし達はラヴィと出会えたんだ。
リングイさんにラヴィとの出会いを教えると、納得したようで、成程なとため息を吐き出した。
「でも、変な話だな。何であの熊鶴は、ラヴィーナにかけた封印を解かなかったんだ? 解けば慌てる必要も無かったのにな」
モーナが首を傾げて疑問を口にした。
ごもっとも。と、言ってあげたい所だけど、それは計画開始前までのわたし。
今回のミチエーリさん攻略の計画を実行した今のわたしは、既にその理由を知っている。
だから、わたしはモーナに呆れて、ちゃんとじーじさんの話を聞いていたのかと抗議の視線を向ける。
すると、じーじさんが説明するかのように話し始めた。
「まあ、それもそうだと言いたい所ではあるけど、場所が場所だけに出来なかったのだろう。それに封印を解くには時間が必要だ。ポレーラも緊急の事態に焦ってしまって、まともな判断が出来ないでいたのだろう。現に、港町までラヴィーナを連れて行くのではなく、その場に置いて行く選択をしてしまった様だからね」
「そう言うもんか?」
「うん。わたしもじーじさんの言う通りだと思う。それにさ、モーナも聞いたでしょ? 封印を解くには、封印した本人の血の他に、その為の儀式と時間が必要だって」
「二時間以上かかるって言ってたな」
「でしょ? そんなに時間かけてらんないって、ポレーラがラヴィを見て思ったんだよ。モーナなら、あの時のラヴィを見てるんだから解かるでしょ?」
「ん~。確かに、あの時のラヴィーナは死にそうな顔してたな」
「そう言う事だよ」
封印を解く方法。
それは、かなり大変な事だった。
まず、封印を掛けた本人の血を使って、地面にそれ用の魔法陣を描かなければならない。
それは、半径十メートルの大きさと決まっていて、その為描く場所も選ばなければならなくてきつい。
魔法陣を描き終わると、今度はその中心に、封印されている相手を置く必要がある。
そして、それから二時間の間、延々と呪文を唱え続ける必要がある。
万が一途中で呪文を途切れさせると、最初からやり直しになり、魔法陣も描き直す必要がある。
こんな事をあの時のラヴィにやっていたら、間違いなく暑さにやられて、ラヴィは最悪死んでいたかもしれなかった。
ポレーラが本当にラヴィの事を考えていたのであれば、そんな事出来ないし、焦って判断がおかしくなっても納得出来る。
ちなみにだけど、今回の計画で、お姉達がラヴィの封印を解く予定だった。
だからこそ暫らくは合流も出来ないし、今回の計画では、わたしとじーじさんの二人だけで何とかしようとなっていた。
わたしとじーじさんの方は少人数での実行がベスト。
お姉とモーナ達は、リングイさんとポレーラの二人を相手に戦わなくてはいけないので、人数は多い方が良い。
それで人員の配分は、計画の内容やスキルと魔法の事を考えて、これが一番良いとなったわけだけど……結局戦わないといけなかったのが、ラヴィの母親のミチエーリさんだけだったと言うオチ。
それならそれで、勿論良かった。
良かったのだけど、分かっていれば、こっちの人数をあと一人は増やせたのにって……まあ、それは今は置いておくとしよう。
「あ、リングイさん。一つ質問良いですか?」
「おう」
「ラヴィのお母さん、ミチエーリさんが今回の件で心を入れ替える事が出来たら、ラヴィは買われる必要なくなりますよね?」
「ん~? まあ、そうなるかな。オイラだって、幸せな家庭から子供を取るなんてしたくねーし」
「それじゃあ、もうラヴィを買うなんて言いださないですよね?」
「残念だけどな。あ、ちなみにマナちゃん。ポレーラから君を買ってあげる事になったんだけど、オイラん家来ない?」
「行きません」
わたしが即答すると、リングイさんが肩を落としてがっかりする。
「愛那、吾輩は少しラヴィーナ達の様子を見て来る。話が本当であれば、今は封印を解いている最中だろう。もし吾輩が様子を見に行っている間に、ミチエーリが目を覚ましたら、ミチエーリを連れて来てくれ」
「わかりました」
「モーナス、ラヴィーナ達がいるのはここを真っ直ぐ行った場所だったね?」
「そうだぞ。お前は飛べるから、直ぐに見つけれると思うぞ」
「そうか。ありがとう。では、行って来る」
「うん、いってらっしゃい」
じーじさんは羽を広げて、空高く羽ばたいた。
わたしはじーじさんを見送って、ミチエーリさんに視線を移す。
「暫らく起きそうにないな」
「うん。家の中に運んで、そこで寝かせてあげよっか」
「ここで良いだろ」
「あのね、良いわけないでしょ」
「えー」
「かっかっかっかっ。面白いな、嬢ちゃん達。やっぱりオイラの家に来ないか?」
「行きませんって」
と、わたしがリングイさんにため息混じりに答えたその時。
何処か遠くの方から、声が聞こえてきた。
「リン姉ー! リン姉ー! リン姉ー!」
リン……姉?
突然聞こえた声に首を傾げて、声の聞こえてきた方に視線を向ける。
すると、それと同時にリングイさんがバツの悪そうな顔をして、声の聞こえてきた方に視線を向けた。
「げ! 何でここにいるんだよ!?」
「知り合いか?」
モーナがリングイさんに質問するのと、ほぼ同時だった。
声の主……お姉と同い年位のお姉さんが、わたし達の目の前までやって来た。
そして、息を切らしながらリングイさんを見て、眉根を上げて声を上げる。
「もう! 捜したよリン姉! 一週間も連絡もよこさないで! カメちゃんが危険な目にあってたらって、孤児院の皆が心配してるんだよ!」
カメちゃん!?
孤児院!?
「待て待て待て! それ以上何も言うな!」
「酷い! そんな言い方ないでしょう!? どうせ、この子だって孤児院に来ればリン姉の性別の事分かるんだから、隠す必要無いじゃない!」
「おっまっ! あああああっ! くそ! オイラの悪名高いイメージがあああ!」
「何が悪名高いイメージがーよ。悪い奴等からしか金は盗らないとか言って、悪い商人とか独裁者ばかり襲って金目の物盗んでるくせに」
はーん、成程そう言う事か。と、わたしは納得してリングイさんに視線を向けた。
リングイさんと言う人物は、思っていた以上に、本当に良い人だった様だ。
悪い噂が流れているのも、きっと襲われた悪い商人とか言う人達が、悪い噂を流した結果なのかもしれない。
違うかもしれないけど、商人は情報通のイメージがある。
そんな人達を襲えば、例えその商人が悪い人物であっても、きっとそんな事は関係なく噂は広まってしまう。
だから、リングイさんは金目の物を奪う悪党となってしまったのかもしれない。
それに人身売買で子供を買っていれば、その悪い噂に尾ひれがついて、更に噂は加速する。
何も知らない人からすれば、かなり最悪な人物像が浮かび上がっても仕方が無いと言うもの。
正直わたしだって何も知らなければ、人から金を盗む盗賊な様な事をしていて、人身売買にまで手を出している非道な人間だと思い続けていた。
だけど、蓋を開ければ、リングイさんは凄く良い人だ。
確かに盗みは駄目な事だけど、相手は悪い事をしている相手に限定している様だし、買っている子供も悲しい事情を抱えている子供達ばかり。
少なくとも、わたしはリングイさんの事を悪い人だなんて思えないし、嫌いになんてなれない。
むしろ、尊敬すらしてしまいそうだ。
「何だお前、女だったのか?」
「そうだよ! 女だよ! 男って思わせた方が、オイラの名前を聞いてビビる奴が多かったから、男って事にしてたんだよ! 女ってだけで、なめた態度をとる様なバカな連中が多いんだ!」
「馬鹿だな。男より女の方が強いんだぞ」
「モーナの意見は兎も角、リングイさんって女の人だったんですね」
正直、こっちの事実も驚いた。
言動や見た目からして、男だとばかり思っていた。
それに、モーナからもリングイさんは男と聞いていたのだから、結構驚きだ。
わたしがリングイさんに話すと、お姉さんがわたしに視線を向けて微笑む。
「えっと、新しく孤児院に入る子だよね? はじめまして。私は――」
「新しい院生じゃねーよ。フラれたからな」
「え? そうなのリン姉。って、自己紹介中に話の骨折らないでよ」
「へいへい」
お姉さんがリングイさんを睨んで、わたしに視線を戻す。
「私はフナ。リン姉の孤児院では年長者なの」
「初めまして。わたしは愛那……豊嬢愛那です」
「ホージョーマナ? 珍しい名前ね」
「私はモーナだ」
「あ、思いだした。あなた達、レイククリームで大騒ぎしていた子達だよね?」
「え?」
「確かにナミキが騒いでたな」
「いや、あんたも一緒になって騒いでたでしょーが」
「そうだったか?」
「そうだよ。って、えーと、フナさんもレイククリームにいたんですか?」
「リン姉を捜してね。アイスブランチの雪女と取引してるって聞いてたから、向かってる途中で休憩してたの」
わたしとモーナとフナさんで会話していると、リングイさんが咳払いを一つして、フナさんにジト目を送る。
「それよりお前、何でこんなとこまで来たんだよ? 院生の年長者はお前なんだぞ?」
「大丈夫よ。あの子達、結構しっかりしてるのよ? それに、ほら……何て言ってたっけ? あの子……」
「あ~、あの嬢ちゃんか? オイラが留守の間に用心棒してくれるって言ってた」
「うんうん。その子が皆の面倒を見てくれてるから心配いらないよ」
「見ず知らずの子供の冒険者に全て任せるって、お前正気か?」
「あ、あの? ちょっと良いですか?」
何だかよく分からないけど、話がエスカレートしてきていたので、わたしは二人の話を中断させた。
それに……。
「そちらの事情はよく分かりませんが、わたしはミチエーリさんを家の中で寝かせてあげたいので、お先に失礼します」
「そうだったな。オイラもお邪魔しよう。マナちゃんをオイラの孤児院に連れて行くのは、まだ諦めてないしな」
「へ?」
「なら、お前があの女を運べ」
「まあ、仕方が無いか」
「あ、待ってよ。リン姉!」
……そうきたかぁ。
と言うか、何でわたしを家に連れて行きたいって、そこまでに固執するの?
どうやら、ここで解散とはいかないらしい。
リングイさんはモーナに言われた通り、ミチエーリさんを担ぐと家の中に入って行った。
フナさんもリングイさんを追って家の中に入って行き、モーナは誰よりも早く家に入る。
わたしは一人置いてきぼりを食らって、面倒臭い事になったかもしれないなと思いながら、ゆっくりと歩いて家の中に入った。
ミチエーリさんが目を覚ましたのは、それから暫らくしてじーじさんがお姉だけを連れて戻って来た、陽が沈みかけた夕暮れ時の事だった。




