030 込める想い
話は、わたしの目の前にリングイ=トータスが現れる少し前に遡る。
お姉とモーナとラヴィ、それからフォックさんとラクーさんは、ラヴィの家から出て来たポレーラを追っていた。
理由は、ラヴィの母親と別行動をしている間に、ラヴィに掛かっている魔法の封印を解いて貰う為。
そしてもう一つ。
じーじさんが立てた計画……予想では、恐らくリングイ=トータスをポレーラが呼びに行くだろうと言う事まで考えていた。
それを利用してリングイ=トータスの居場所を突き止めて、そこで不意打ちする事でポレーラを捕まえて、更にはリングイ=トータスを倒す為だった。
不意打ちなんて汚いかもしれないけれど、綺麗事を言ってる場合じゃない。
それにはモーナも賛成らしくて、戦いは非情であるべきで、良心は不要だと言っていた。
まあ、気持ちはわかるけど、正直わたしには少し抵抗があった……。
お姉達はポレーラの後を追いかけていたのだけど、途中、不思議な出来事が起こっていた。
それは……。
「あいつやる気あるのか? また寄り道したぞ」
「も、もしかしたら、あそこで会う約束をしているのかもしれません」
「でもあそこ、雑貨屋」
「本当にポレーラはリングイ=トータスに会いに行くのか疑問になってきたんだよ」
「僕も自信が無くなってきたぽん」
お姉達が話している様に、ポレーラがラヴィの家を出てからと言うもの、実はずっと寄り道をしていた。
それは喫茶店だったり、八百屋さんだったり、本屋さんだったりと様々で、全く関係ない所ばかりだった。
ポレーラを追いかけていたお姉達が、いい加減追いかける意味があるのかどうか頭を抱えて悩みだす頃だ。
ようやく、ポレーラが真面目に動き出す。
ポレーラはアイスブランチの外に出て、ポレーラとリングイ=トータスが会っていた場所へと辿り着いた。
「ここって、さっきと同じ場所ですよね? 結局ここに辿り着くんですね」
「だな~。わざわざ後をつける事も無かったな。私はもう後をつけるのをやめて、あの熊鶴をぶっ殺してやろうかどうか迷ってたぞ」
「モーナちゃん、よく耐えました! 偉いです!」
「私は出来る女だからな!」
「二人共静かにするんだよ」
お姉とモーナが話し出すと、フォックさんが慌てて二人の口をふさぐ。
ラヴィもお姉とモーナに向かって、人差し指を立てて口の前に持っていき、静かに注意する。
「瀾姫、モーナス、気付かれる」
「ご、ごめんなさい」
「面倒だな」
モーナが本当に面倒臭そうに答えると、フォックさんが眉根を下げた。
「面倒って……そんな事を――」
「ほら見ろよ! やっぱりつけられてるじゃねーか」
「「――っ!?」」
フォックさんが眉根を下げながらモーナに注意をしようと話している途中だった。
突然お姉達の目の前にリングイ=トータスが現れて、ポレーラに振り向きながら大声で喋った。
不意打ちをしようとしていたお姉達は、逆に不意をつかれて驚き、その場で数秒間硬直してしまう。
「やれやれ。まさか、貴方達に後をつけられていたとは」
「な? オイラが言った通りだったろ? って、んん~? おい? お前」
リングイ=トータスがお姉に視線を移して、顔を近づけて訊ねる。
「さっき一緒にいたカワイ子ちゃんは何処行った?」
「――っえ? カワイ……。愛……黒髪の女の子の事ですか?」
「そうそう。お前と同じ、その珍しい黒い髪の毛の人間の女の子。一緒にいただろ?」
「し、知りま――」
「マナは捕まってる演技をして、ラヴィーナの母親を騙して切り刻みに行ってるわ!」
「も、モーナちゃん!?」
「モーナスさん! 何本当の事話してるんだよ!?」
「へ~。あの子の名前はマナちゃんって言うのか~。って、おい。ポレーラ、まさかお前がさっき言った追加で売りたい子供ってのは」
「はい。その黒髪の少女の事です」
「よし! 買った!」
「勝つのは私だ! リングイ=トータス!」
買ったと勝ったを聞き間違えた馬鹿なモーナが、リングイ=トータスに勢いよく飛びかかる。
リングイ=トータスはそれをひらりと避けて、バックステップでポレーラの許に戻った。
「モーナス、何でばらした?」
ラヴィが眉根を上げてモーナに話すと、続けて、フォックさんとラクーさんも慌てて叫ぶ様にモーナに抗議する。
「そうなんだよ! 計画が台無しになっちゃうんだよ!」
「もう終わりだぽん! 何が何でも、ここでリングイ=トータスとポレーラの足止めをする必要が出てきたぽん!」
「上等だわ! それなら、私が二人まとめてぶっ飛ばしてやる!」
「誰のせいだと思ってるんだよ!」
「誰のせいだと思ってるんだぽん!」
フォックさんとラクーさんが、同時に叫ぶようにモーナにツッコミを入れた。
すると、リングイ=トータスがその三人の漫才の様な会話を聞いて、愉快そうに笑う。
「かっかっかっ! 何だ何だ? 面白いなお前等! オイラはそう言うの嫌いじゃないぞ!」
「はあ、全く。困りましたね。しかし、これは逆に好都合かもしれません。私も丁度そちらの黒髪のお嬢さんにお話があった所です」
ポレーラがお姉に視線を向けて、ニヤリと笑う。
すると、お姉の前にモーナが出て尻尾の毛を逆立てて、ポレーラに向かって威嚇する。
「話? 生憎、そんな話私には無いわ!」
「いえ。貴女では無く、黒髪の――」
「問答無用だ! 焼き鳥にしてやる!」
モーナがポレーラの話を聞かずに、両足に力を込めて、ポレーラに向かって勢いよく真っ直ぐにジャンプする。
そして、モーナはポレーラに近づくと、爪を長く伸ばして斬りかかった。
「血気盛んでなによりだ!」
リングイ=トータスがモーナの前に立ち、腰に提げていた甲羅でモーナの攻撃を防いだ。
周囲には、鉄と鉄がぶつかり合うような甲高い音が鳴り響く。
モーナは少しだけ後ろに下がって、リングイ=トータスを睨み見た。
「いや~。猫ってのは、もっと気まぐれで大人しい性格だと思ってたけど、中々に凶暴じゃないか」
「肉食なめるな! 獲物を前に大人しい肉食獣が何処にいる!」
「モーナちゃん、ツッコミが少しズレてます! 猫ちゃんは小さくて素早く動くものに反応しちゃうんです!」
「瀾姫も変」
「三人とも、呑気にそんな事を言ってる場合じゃないんだよ!」
「そうだぽん! それにラヴィは僕の後ろに下がってるぽん!」
ラクーさんがラヴィを後ろに下げさせる。
すると、それを見ていたポレーラが何故かため息を吐き出して、両手の翼を上にあげた。
「トータス様、お戯れはその位にして下さい。もう良いでしょう? 私に争う気はありません」
「は?」
突然のポレーラの発言に虚をつかれ、モーナが訝しんで顔を顰めた。
そして、お姉もラヴィもフォックさんもラクーさんも、全員何を言われたのかと耳を疑った。
「なんだよ。ばらして良いのか? せっかくオイラは乗り気だったのによ~。それにこの猫には借りがあるしな」
「借り? 借りとやらが何かは存じませんが、ここにはミチェリ様がいらっしゃいませんし、無用な争いは避けるべきと存じます」
「ま、仕方ねえか。オイラも女の子はあまり傷つけたくねえしな」
ポレーラとリングイ=トータスが話し、お姉が首を傾げて質問する。
「どう言う事ですか? お二人は悪い人だと聞いてました」
「私は兎も角、リングイ様は良き人ですよ。まあ、確かに悪名高いので有名ではありますが」
「オイラは別に良い人なんかじゃねーよ」
「そうだ! 私は三馬鹿の一人のお前をぶっ飛ばしに来たんだぞ!」
「またそれかよ。面倒な奴だな」
モーナがリングイ=トータスを睨み、リングイ=トータスは面倒臭そうにモーナを見た。
「あの、説明してくれませんか? 私達、ラヴィーナちゃんが貴方に売られるって知ってるんです。それに、ポレーラさんに封印されている魔法を、元に戻してほしいんです!」
「そうだそうだ! 人身売買するような奴が、良い人であってたまるかー! こうしてる間にも、マナがラヴィーナの母親と戦ってるんだぞ! お前等の嘘につきあってられるか!」
「何? さっきも切り刻みにとか言っていたな? あの子は戦ってるのか?」
「そう。愛那は私の為に戦ってくれてる……」
ラヴィが呟いて俯く。
「ラヴィーナちゃん……」
お姉がラヴィを抱き寄せる。
そして、ポレーラとリングイ=トータスに真剣な眼差しを向けた。
リングイ=トータスはニヤリと笑って、ポレーラに告げる。
「ちょっと行って来る。こいつ等に説明は任せた」
「はあ、仕方が無いですね。承知しました。その代わり、くれぐれも私の事をミチェリ様には――」
「わあってるっての。ホントお前も面倒な奴だな」
「分かってくれて頂けていれば良いのです。それでは、行ってらっしゃいませ」
「おうよ」
リングイ=トータスがポレーラと話しを終わらすと、もの凄い速度で走り出す。
「なっ!? 私との勝負がまだ終わってないぞ! 逃げるのかーっ!」
モーナが叫び、後を追う。
「モーナちゃん!」
「ナミキ達はその熊鶴をぶっ飛ばせ! 私はあの亀をぶっ飛ばす!」
「えええーっ!」
お姉の叫び声を背中で受けながら、モーナはリングイ=トータスを追いかけた。
そして、追いかける事数分後。
モーナは遠目にリングイ=トータスの背中を睨みながら、独り言をぼやく。
「なんだあの亀。思ったより早いぞ」
リングイ=トータスの走るスピードは、本当に亀なのかと疑いたくなる速さで、モーナは中々追いつけないでいた。
二人の距離も縮まる事が無く、モーナから見えるリングイ=トータスの背中は、豆粒ほどの大きさにしか見えない程の距離。
更には、アイスブランチの中に入ってからかなりの距離を走り続けていて、この分だとラヴィの家まで直ぐだった。
いや、直ぐなんてものじゃない。
いつの間にか、既にラヴィの家は見えていた。
そして、わたしとモーナの時間は繋がった。
「よお、また会ったな? カワイ子ちゃん」
「リングイ=トータス!? 嘘? 何でここに……?」
「はは、ははは、あーはっはっは! 形勢逆転だねクソガキ! お前はもうお終いだよ!」
わたしは目の前に現れてしまったリングイ=トータスの存在に焦る。
この場にはモーナがいない。
ここから先は、じーじさんが考えてくれた計画は無い。
それでも諦めちゃ駄目なんだ!
わたしがそう決意したその時、私の耳にモーナの声が届く。
「マナー! そのままいけええええええっっ!」
モーナの声を聞いた瞬間に、カリブルヌスの剣を持つわたしの手に、溢れる様に力が湧き出した。
そして、その力に込めるのは、ラヴィへの想い。
「わたしがラヴィの母親を……ラヴィの母親の悪い心を、この手で斬るんだ!」
目の前に現れたリングイ=トータスでは無く、その先にいるラヴィの母親に向けて、私は力の限りスキル【必斬】を発動して剣を振り下ろした。
「――っ何だって!?」
わたしの斬撃は目の前のリングイ=トータスをすり抜ける。
そしてそのまま、その先のラヴィの母親に命中した。
ラヴィの母親はわたしの斬撃に一刀両断されると、その場で力無く膝から地面に崩れ落ちて倒れた。
「ほお、やるじゃん」
ラヴィの母親が倒れると、リングイ=トータスがそれを見て関心する様にわたしに視線を向けた。
「マナ!」
「モーナ……。何でここに、あんたとこの男がって、それより」
わたしは近づいて来たモーナに一言文句を言ってやりたくなったけど、今はそれより確認するべき事があるのでやめる。
リングイ=トータスには驚いたけど、わたしに何かする素振りも見せない様なので、わたしはラヴィの母親の許まで歩いた。
ラヴィの母親に近づくと、わたしの放った斬撃の痕を確認する。
「良かった。体は斬れてない」
ラヴィの母親に斬り傷は全く無く、怪我をしている様子は無かった。
わたしはそれが確認できると、ホッと胸を撫で下ろした。
わたしがスキル【必斬】に込めたのは、ラヴィへの想い。
斬ったのは、ラヴィの母親の体では無く、心の闇。
お姉がラヴィの家で鼻だけを犬に変えた時、わたしは考えた。
自分の使うスキル【必斬】は、ただ何かを物理的に斬るだけなのかと。
今にして思えば、今まで散々と対象だけを……わたしが斬りたいものだけを斬ってきたんだ。
だからこそ、わたしは考えた。
人の心も斬れるんじゃないかって。
モーナがわたしの許まで駆け寄って、勢いよくわたしに抱き付いて笑顔で話す。
「流石マナだ! よくやったぞ!」
「ありがと。でも、ちゃんと出来たか分かるのは、ラヴィの母親……ううん。ミチエーリさんが目を覚ましてからだよ」
わたしはモーナの温もりを感じながら、モーナの腕にそっと触れて微笑んだ。




