029 計画の果てに
リングイ=トータスを呼びに、ポレーラが家を出てから暫らく経つ頃だった。
ポレーラが中々戻って来なくて、ラヴィの母親が苛々しだした。
「何やってんだよ、ポレーラは!?」
「遅いな……」
「遅いってもんじゃないだろ! 出てからもう二時間は経ってるんだよ! 何かあったんじゃないだろうね?」
ラヴィの母親がわたしを睨む。
「そう言えばお前、大切な事を聞き忘れていたね~」
わたしとラヴィの母親は睨み合う。
ラヴィの母親はわたしに近づいて、わたしの顎を掴んで上げる。
「お前の仲間は何をしている?」
「そんな事、おばさんには関係ないでしょ」
「関係あるさ。大ありさ」
ラヴィの母親が顎を掴んでいた手を離して、そのままわたしの体を強く押す。
わたしは抵抗も身を護る事も出来ずに、そのまま後ろに勢いよく倒れて、痛みを感じて声を洩らす。
「……ったぁ」
「どうも怪しいんだよ。何か裏があるとしか思えないのさ」
「考えすぎだよ。わたしの仲間……お姉とモーナ達は、わたしが落とした剣を探してる。それだけ」
「その、落とした剣を探すってのも、嘘なんだろう?」
ラヴィの母親がわたしの目を真っ直ぐに見つめる。
その瞳は何処までも鋭くて、まるで何もかもを見透かしている様だった。
わたしは一瞬だけその瞳にのまれて、若干怯んで唾を飲みこんでしまった。
ラヴィの母親は、わたしのその失敗を、決して見逃してはくれなかった。
「やっぱり、剣を探していたってのは嘘なんだね」
「違う! 嘘じゃない!」
「何だい? 随分と焦っている様じゃないか」
「――っ!」
わたしはラヴィの母親から目を逸らして俯いた。
すると、じーじさんが感心した様な素振りを見せて、ラヴィの母親に話しかける。
「この子が嘘をついていた事が、よく分かったね?」
「ガキは所詮ガキ。大層な演技なんて出来やしないわよ。それよりジークレイン。お前もこうなると怪しいね」
「吾輩がか?」
「そうさ。このガキは剣を探していなかった。そうなると、本当に一人でいたのか疑問だね」
「それは一理あるかもしれないね」
じーじさんが頷き、ラヴィの母親が顔を顰める。
「随分と他人事みたいに言うじゃないか」
「何を言われても、一人でいた所を連れて来たとしか答えられないからね」
「そうかい。まあ、それならそれでいいよ」
ラヴィの母親はそう答えると、わたしに凍る様な冷たい視線を向けた。
「立ちな」
「おばさんのせいで倒れたんだけど?」
「生意気な口が減らないガキだね。ジークレイン、お前が立たせてやりな」
「ああ、そうしよう」
倒れている状態から、わたしはじーじさんに立たせてもらう。
するとその時、じーじさんがラヴィの母親からは見えない様に、こっそりと私にナイフを渡した。
わたしはナイフを受け取ると、それをスカートのウエストの所に上手に挟む。
ちょっと怖いけど、練習したし大丈夫。
「この子を立たせて、何かするのかい?」
「今から外に出るんだよ。ポレーラの奴が遅いからね」
「成程。確かに、この子が嘘をついている以上、何かあったかもしれないね。吾輩は、ここで留守番をしていれば良いかな?」
「そんなわけないだろう? お前も一緒に来るんだよ」
「分かった。では、行くとしよう」
じーじさんが返事をして、家の外に出る為に歩き出す。
わたしは歩きながら、緊張で心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
いよいよだ。
ここまで、全て予定通りだった。
わたしの失敗も例外では無く、全てじーじさんの考えた計画に入っている。
と言っても、わたしが失敗してしまったおかげで、少し計画の実行を幾つか早める必要があるのだけど……。
さて、ラヴィの母親を連れて外に出てからが、わたしがしなければならない重要な役目だ。
今この場には無いカリブルヌスの剣は、この家の外にある。
わたしの役目は、ラヴィの母親をカリブルヌスの剣で斬る事。
だけど、それは決して容易ではない。
何故なら……。
わたし達が家の外に出ると、家の外に積もっていた雪が、誰も触っていないのに突然一か所に集まりだす。
そして、漫画やアニメやゲームで出てきそうなゴーレムが、わたし達の目の前に姿を現した。
しかも、それだけじゃなかった。
そのゴーレムの手には、カリブルヌスの剣が握られていた。
「カリブルヌスの剣……」
わたしが呟くと、ラヴィの母親がニヤリと笑い、ゴーレムの側に立った。
「知らなかった? 私等雪女はね、自分のテリトリーに雪を降らし、そこで起こっている事を監視する事が出来るんだよ」
「そんな……、じゃあっ!」
「そうだよ。お前が家の周りの雪の中に、ジークレインと一緒に剣を埋めた事は、始めから分かっていたんだよ。どうせ、外に私かポレーラを連れ出して、この剣で斬ろうって魂胆だったんだろう?」
「困ったな。……初めから知っていたのか」
じーじさんがわたしを護るように羽を広げて、わたしの体を隠す。
わたしは直ぐに隠しておいたナイフを取り出して、スキル【必斬】を使って、手を縛っていた縄を切った。
「しかし、知っていて、何故吾輩達を家に招き入れた?」
じーじさんが質問すると、ラヴィの母親はニヤニヤと笑い、カリブルヌスの剣に触れながら答える。
「様子見をしてやったんだよ。この通り、お前達がガキの剣を雪の中に隠した時点で、剣は奪ったも同然だったからね~。その場で襲ってやっても構わなかったけど、流石にあの猫耳の女が近くにいるかどうかは分からなかったからね。ま、結局警戒しすぎだったみたいだけどさ」
ゴーレムがラヴィの母親の前に出て、わたしとじーじさんに向かってカリブルヌスの剣を構える。
「いいかい? そっちの熊鶴は殺して構わないが、そのガキは大事な商品だから殺すんじゃないよ?」
ラヴィの母親がゴーレムに向かって話すと、ゴーレムはわたし達に向かって勢いよく走りだした。
わたしは直ぐにじーじさんの背中に乗って、魔法【ダブルスピード】の呪文を唱えて、じーじさんの行動速度を上げる。
そして、じーじさんはわたしの魔法を受けると、地面ギリギリの低空飛行を開始する。
「ちっ。面倒な魔法を使う子だね。だけど、その程度じゃ逃げきれないよ! ブリザードランス!」
ラヴィの母親が叫んで、わたし達に向かって魔法を放った。
その魔法は、吹雪の魔法。
わたし達を追う様に、氷の槍が吹雪の様に吹き荒れた。
「愛那、君のスキルの力、見せてもらうよ」
「うん、任せて」
わたしはじーじさんに返事を返すと、ナイフを吹雪に向かって構える。
だけど、直ぐにはナイフを振ったりしない。
まだ、まだだ。
じーじさんがわたしを乗せながら、ゴーレムの攻撃と氷の槍の吹雪から逃げ続け、全てが真っ直ぐと線をなぞる様に揃った。
その瞬間、わたしはナイフを横一文字に振り払い、一気にスキルを解放する。
わたしの一振りは、氷の槍の吹雪とゴーレムを一掃した。
氷の槍は斬られると崩れて地面に落ちて、ゴーレムも真っ二つになると瓦礫の様に崩れていった。
「なんだって!?」
ラヴィの母親は、驚愕して目を見開いて動きを止める。
「今だ愛那!」
「うん!」
わたしはじーじさんの背中から飛び降りて、カリブルヌスの剣を掴もうと左手を伸ばした。
「させないよ!」
「きゃっ!」
カリブルヌスの剣を掴み取る直前だった。
ラヴィの母親がわたしに向かって、つららの様な先が尖った大きな氷のトゲを飛ばして、わたしは手を伸ばした左手でそれを受けてしまった。
運良くそれが刺さる事は無かったけれど、わたしは左手を切ってしまって血が流れる。
わたしはその場でしゃがんで蹲る。
「ガキの分際で、厄介なスキルを使うみたいだね~」
わたしの目の前にラヴィの母親が立ち、カリブルヌスの剣を取ってわたしを睨む。
「もうやめだ。お前は殺す事にしたよ。お前のスキルは危険すぎる」
ラヴィの母親は呟くと、わたしが右手で持っているナイフを見た。
そして、ラヴィの母親は眉根を上げて、ナイフを私の右手ごと蹴り上げた。
「――っぅあ!」
わたしは痛みで声を上げて、ナイフを離して落とす。
ラヴィの母親が、わたしが落としたナイフを蹴り飛ばして、わたしに向かってカリブルヌスの剣を振り上げる。
「珍しい髪の毛のガキはもう一人いるんだ。売るのはそっちにしてあげるわ」
「そんな事させない!」
「ふん。どうさせないって言うんだい? もうお前には武器は無いんだ。それに、痛みで両手だって使えない! お前はここで死――――何だいこれは!?」
ラヴィの母親が、わたしに向かってカリブルヌスの剣を振り下ろす直前だった。
喋っている途中で、カリブルヌスの剣の違和感にようやく気が付いた様で、ラヴィの母親は驚き動きを止めてカリブルヌスの剣に視線を向けた。
「ただの棒切れじゃないか!?」
「へえ。おばさんのスキルって、【鑑識眼】って言う名前だっけ? そんな立派な名前のスキルなのに、今更気がついたんだ? と言うか、持ち上げた時に直ぐ気がつかないなんて、ちょっと驚き。おかげで、こっちは準備完了したよ」
ラヴィの母親が持ち上げ振り上げたカリブルヌスの剣、それは偽物だったのだ。
そう、ラヴィの家の前の雪の中に埋めたこのカリブルヌスの剣は、ラヴィのスキル【図画工作】で作り上げた、ただの棒切れ。
このただの棒切れであるカリブルヌスの剣に、わたしも最初は、その完成度の高さに正直驚かされた。
お姉なんて、これを見た途端に、ラヴィの事を天才だと言って両手を掴んで回り出した程だ。
まあ、それは今は置いておくとしよう。
それなら、本物のカリブルヌスの剣は、いったい何処にあるのか?
それは……。
私は立ち上がり、一歩後ろに下がって、空に向かって真っすぐ右手を上にあげる。
「このガキィイイッッ!! 舐めやがって! 大人を馬鹿にするんじゃないよ! 殺してやる!」
ラヴィの母親が怒り狂う様に叫び、ただの棒切れだった物を放り投げた。
「愛那!」
じーじさんに名前を呼ばれて、わたしは上にあげていた右手を大きく開いた。
その瞬間、わたしの右手に本物のカリブルヌスの剣が落ちて来て、わたしは力強くそれを受け止めた。
「なに!? それは!? それにお前、右手が……っ!?」
「お生憎様、演技だよ」
そう、全てが演技。
今の今まで、全部この時の為に演技してきた。
雪の積もった場所が、ラヴィの母親の監視下にある事なんて、ラヴィから聞いて初めから知っていた。
ゴーレムを使うだろう事だって、最初から計画の予定に入っている。
本物のカリブルヌスの剣は、ラヴィの母親の監視外に隠していた。
ゴーレムを片付けて、わたしがラヴィの母親の気を引いている間に、じーじさんがカリブルヌスの剣を取りに行っていたのだ。
全てが、全部が計画通りだったのだ。
「わたしガキだから、大層な演技なんて出来なかったけど、騙されちゃった?」
「クソガキイイイイイッッ!!!」
ラヴィの母親が怒り叫び、わたしはニヤリと笑う。
そして、わたしはラヴィの母親に向かって、カリブルヌスの剣を一気に振り下ろす。
これで決める!
だけど、ここでイレギュラーが起きてしまった。
わたしがカリブルヌスの剣を振り下ろす直前に、わたしの目の前にとんでもない人物が現れた。
その人物とは……。
「よお、また会ったな? カワイ子ちゃん」
「リングイ=トータス!? 嘘? 何でここに……?」
そう、決着の直前、最後の一振りを邪魔した人物はリングイ=トータス。
まさかの突然の登場に、わたしも流石に動揺を隠せずに、カリブルヌスの剣を振り下ろす手を止めてしまった。
「はは、ははは、あーはっはっは! 形勢逆転だねクソガキ! お前はもうお終いだよ!」
悔しいけど本当にその通りだった。
今の今まで、全てがじーじさんの計画通りに進み、最後の一振りの所まで来た。
順調だったそれは、最後の最後で、まさかのリングイ=トータスの登場で水の泡となって消えてしまった。
わたしは唾を飲みこんで、動揺しながらも、この予定外の事態にどうすればいいのかを必死に考えた。
だけど、この目の前に現れてしまったモーナに匹敵する強敵に対して、為す術など思いつく筈も無かった……。