003 異世界に順応するのは難しくない
ここは異世界、森の中。
森の中にある小さな家に一人で住んでいるモーナに保護されたわたしは、夜が明けてから、台所を借りて朝食を作っていた。
わたしは朝食を作りながら、早速スキル必斬の練習をする。
そうして、朝食を作り終えて食卓に朝食を並べていくと、モーナがタイミング良く寝惚け眼で起きてきた。
そして、モーナは椅子に座って朝食を眺める。
「お姉を起こしてくるから、モーナは先に朝ご飯食べてて」
「にゃあ」
わたしはモーナの返事を聞いて、お姉が眠っている部屋へと向かおうとした所で、ガシッと腕を掴まれる。
わたしは腕を掴まれて、腕を掴んだモーナに視線を向けた。
「何?」
「何? じゃなーい! 何だこの美味しそうな朝ご飯は!?」
「わたしが作ったの。どうせモーナは猫舌でしょ? 熱くしてないから安心して食べていいよ」
「それはありがた……ちっがーう!」
モーナがわたしの腕を離して、私に向かって指をさす。
「私のお味噌汁にだけネギが入ってないわ! どういう事よ!?」
「え? 猫にネギは良くないんでしょ?」
「私はま……」
「ま?」
「私は獣人だから大丈夫なのよ!」
「ふーん。そうなんだ」
まって何だったんだろうと思いながら、わたしはモーナのお味噌汁にも、ネギを入れてあげる。
と、そこへ珍しくお姉が一人で起きて顔を出す。
「良いにおいです~」
「あ。お姉。おはよう。今日は一人で起きられたんだね」
「はい~。お姉ちゃんも、たまには一人で起きられるんですよ」
「たまにじゃなくて、毎日一人で起きてよね」
「えへへ~。頑張ります」
わたしはだらしのない笑みを浮かべるお姉を椅子に座らせて、それから3人で朝食を始める。
朝食を食べながら、わたしはこの異世界の事を聞いてみた。
それで話ついでにわかった事だけど、意外な事に、モーナはわたしとお姉を見た時から、この世界とは別の世界から来た人間だというのが分かったらしい。
それが何故なのかと聞いたら、少し言葉を詰まらせてから、目を逸らして勘だと答えた。
何はともあれ、益々怪しいモーナだけど、わたしの質問には全部答えてくれた。
モーナから聞いた話の中でも、わたしが少し安心した事がある。
この世界では、ファンタジーの世界ではお馴染みのモンスターの様なものはいるのだけど、既にそのモンスター達を統べる魔族だかのトップが倒されているという事だ。
だから、この世界は何の意味も無く村が襲われたり、人が殺されたりなんかはしないらしい。
この先何があるかわからないと思うと、そう言う危険分子は無い方が良いので、わたしは心から安心した。
そうして朝食を食べ終える頃、わたしは気絶している間の、昨日の出来事を確認する事にした。
「ねえ。モーナは何でわたしとお姉を助けてくれたの? と言うか、わたしは昨日気を失ってたから、どういう経緯で助けてもらったのか知らないんだけど」
「そう言えばそうでしたね。昨日は愛那ちゃんが気絶しちゃった後に、森の見回りをしていたモーナちゃんが、私達を見つけてくれたんですよ」
「森の見回り?」
わたしがお姉の説明に首を傾げると、モーナが得意気に胸を張って答える。
「そうだ。近くの村に住む木こりから、私は森を守ってるんだ。マナとナミキを助けてあげたのは、私の気まぐれよ」
「へ~。気まぐれね。どっちにしろ助かったのは確かだし、ありがとう」
「もっと感謝しても良いわよ!」
近くに村か。
後でモーナに村の場所を教えて貰おう。
って、そうじゃない。
いつの間にか、わたしもお姉みたいに今の状況に順応しちゃってる。
早く元の世界に帰らないと。
「ねえ、モーナ。森の外に出て家に帰りたいんだけど、森の外まで案内してもらっていい?」
ものは試しだと、わたしは期待せずモーナに聞いてみる。
「森の外? んー……良いわ。案内してあげる」
「え? 良いの?」
期待していなかっただけに、了承を得られて私が驚いて聞き返すと、モーナが得意気に胸を張る。
「任せなさい! 私は心が広いのだ!」
「愛那は元の世界に帰りたいんですか?」
「当たり前でしょ。お姉は帰りたくないの?」
「お母さんとお父さんも旅行に行ってるし、私も愛那と旅行に一緒に行きたいと思っていたんです」
「旅行って……」
私はお姉の言葉に心底呆れた。
それに、気持ちが分からないわけではないけど、あんな巨大なトカゲや空飛ぶ芋虫がいる様な、こんな右も左も分からないこの異世界に、わたしは正直長居したくない。
「マナが家の扉を開けたら、この世界に続いていたって、ナミキに聞いたわ。場所を教えてくれたら、そこまで連れて行ってあげるわよ」
「え? そこまでしてくれるの? ありがたいけど……」
私が言葉を詰まらせると、モーナが首を傾げる。
「ありがたいけど何よ?」
モーナに質問されて、わたしはモーナの瞳をじっと見つめた。
モーナの瞳は真っ直ぐで、とても悪い事を考えている様には見えない。
色々と怪しい節がある子ではあるけど、悪い子では無いのかな。
そう思ったわたしは、モーナの質問に質問を重ねる。
「何でそこまでしてくれるの? モーナには何も得する事が無いと思うけど?」
「そんなの簡単よ。私はこの時を待っていたのだ!」
「え?」
わたしの質問に、モーナが得意気に胸を張って答えて、わたしは言われた意味が分からずに固まる。
すると、お姉が首を傾げて、モーナに質問する。
「どういう事ですか?」
「言ったでしょ? 私はこの森を木こりから守ってるんだ。アイギスの盾の魔法を使えるナミキと、必斬のスキルを持ったマナがいれば、きっと森を守れるわ!」
なるほど。
そういう事ね。
「つまり、わたしとお姉に森の守護を手伝って貰う代わりに、わたしとお姉を元の場所まで連れて行ってくれるわけだ」
「その通りだ!」
私が理解して言葉にすると、それを聞いたモーナが得意気に胸を張って頷いた。
モーナが頷くと、私はそれを見て、モーナの事は信頼出来ると感じた。
「見返りを求められる事で、ここまで人を信用出来るとは思わなかった。良いよ。手伝ってあげる」
「私も手伝いますよ。助け合いましょう」
私が口角を上げてモーナに喋ると、お姉も微笑んで同意した。
「交渉成立ね。早速村を滅ぼしに行くわよ!」
「は? 今何て?」
「早速村を滅ぼしに行くわよ!」
「ええええっっ!?」
モーナの言葉に、お姉が大声を上げて驚いた。
そして、お姉はモーナに涙目で迫る。
「モーナちゃん! 村を滅ぼすなんて駄目ですよ!」
「あんな村滅んでしまえば良い」
わたしはお姉の肩にそっと手を添えて、お姉を落ち着かせると、モーナに視線を向けて質問する。
「村を滅ぼさなきゃいけない理由は?」
「それは――」
と、モーナがわたしの質問に答えようとしたその時、家の外から男の大声が聞こえてきた。
「モーナちゃーん! モーナちゃんいるんだろ!? 今日こそ俺のお嫁さんにしてあげるよー! 出ておいでー!?」
モーナを呼ぶ男の大きな声にわたしとお姉が驚いていると、玄関の方から扉を力強く叩く音が聞こえてきた。
しかも、モーナを呼ぶその声は、言っちゃ悪いが少し気持ち悪い感じがした。
「へう。何ですか~?」
「来たわね」
涙目で慌てるお姉と、真剣な面持ちで玄関の方に視線を向けるモーナ。
私は冷や汗をかきながら、モーナに視線を向けて質問する。
「まさか、例の木こり?」
「そうだ。私が村に行ってから、ストーカーの様に毎日私に体の関係を迫って来る変態よ!」
「す、ストーカーですか!?」
お姉がストーカーと聞いてオロオロしだす。
そして、モーナはめりっと床の一部を突然剥がして、そこから剣を取り出した。
わたしがその様子に若干引きながら見ていると、剣を取り出したモーナがわたしと目を合わせる。
「マナ、改めて協力を申し込むわ! このカリブルヌスの剣で、私に協力しなさい!」
「人にものを頼む態度じゃないけど……」
わたしはモーナから剣を受け取る。
「良いよ。協力してあげる。その代わり、ちゃんと元の場所まで連れてってもらうからね」
わたしとモーナが目を合わせて頷き合う。
この剣、結構重い。
私と同じ身長位の大きさだし、とても軽快に振り回せるとは思えないけど……それでも持ち上げれる事を考えると、きっとこれでも、かなり軽い剣って事だよね。
わたしのスキルは必斬だから、軽快じゃなくても振り回す事が出来れば、意外と何とかなるかもしれない。
って、何だかんだ言っても、私はお姉の妹だね。
さっきも思ったけど、やっぱり早くも異世界に順応しちゃってる。
「待って下さい! ストーカーを懲らしめるのは分かります! だけど、村を滅ぼす理由を聞いてません!」
お姉がモーナに大声を上げて質問すると、モーナがお姉に答える。
「あいつ等、私のプリンを奪ったんだ!」
「プリン?」
わたしは思いもよらない言葉に驚愕する。
そもそも、この世界にもプリンがあった事にも驚いた。
「そうだ! プリンよ! プリンの木から取って来たプリンの実を、あの村の連中は一人で食べきれないだろうから、食べてあげるよとか言い出して、私の許可も得ずに持って行ったんだ!」
わたしはあまりにもくだらない理由に更に驚く。
だけど、わたしと一緒に聞いていたお姉は違っていたようだ。
お姉は食べるの大好きな女子高生。
特に甘い物が大好きで、勿論プリンも好物だ。
そんなお姉だからこそだろうと、わたしは思う。
いつもニコニコと笑って怒らないお姉が、闘志を燃やしている。
何はともあれ、プリンが生る木があるだなんて、流石は異世界だなとわたしは思う。
「モーナちゃん! 食べ物の恨みは怖いって、村の人に分からせてあげましょう!」
「勿論よ!」
二人が盛り上がっている所悪いけど、木こりはともかく村を滅ぼす気になれない。
ただ、お姉を放っておくわけにもいかないので、成り行き上仕方がないので協力する事になるだろうなと、わたしは感じていた。
「まずは外にいる木こりね。モーナとお姉はここで待ってて。一応、わたしが面と向かって、モーナに付きまとうなって話してみる」
「任せたわ! よし行けー! マーナ! マーナ!」
「愛那一人だと心配なので、お姉ちゃんも一緒に行きます」
わたしが二人に待つ様に言って玄関へ向かうと、お姉がついて来ようとする。
「お姉は駄目。相手はストーカーだよ。お姉が行ったら、何されるかわかったもんじゃない」
お姉は本当に男からエッチな目でしか見られない。
そんなお姉を、危険なストーカー野郎なんかの目の前に連れて行けるわけが無いのだ。
わたしはお姉を手でしっしっと追い払う。
だけど、お姉はわたしから離れようとしない。
それどころか、私の左手を握り締めた。
「可愛い愛那を、一人で危険な男の人の前に行かせられるわけないでしょう? お姉ちゃんも一緒に行きます」
わたしはお姉の固い意思を持った瞳を見て、仕方がないと諦める。
お姉の事は今まで通り、私が護ればいいのだ。
幸いな事に、今のわたしには、モーナから受け取った剣がある。
そして、必斬のスキルだってあるのだ。
「モーナちゃん! 早く出ておいでよ! 今日はモーナちゃんの為に、森の木を切って二人の愛の巣を作る為の木材を用意したんだ!」
いまいち森を守るって意味が分からなかったけど、森を守るって、そういう事か。
要はストーカーがモーナの気を引く為に、森の木を切って荒らしているのね。
わたしは玄関に辿り着き、今も尚玄関前でモーナに大声で話しかける男の声を聞きながら、扉のドアノブを掴んだ。
魔法は昨日寝る前に沢山試したし、スキルは朝食を作る時に練習した。
うん。大丈夫。
相手がどんな大男だって、お姉を護れる。
「お姉、開けるよ」
「はい!」