278 償い
「ペン太郎、何をしておるのじゃ。早うこっちへこんか」
「か、髪型が決まらないペン」
「このたわけ! お主に髪なんて無いじゃろうが!」
あの日、グラスタウンでの戦いが終わってから、1週間が経った。
あれから色々あった。
スタンプ、ボウツ、クォードレター、クランフィール、グラス、ネージュ、元奴隷商人の脱走犯、そして……ポフー。
全員ランさんによって捕まって、脱走犯はフロアタムに、それ以外はクラライトにある氷山の中の監獄へと連れられて行った。
あれからポフーとは会ってない。
囚人として牢屋に入れられたポフーの事は心配だけど、シャイン王女様に悪いようにはならないと言われたので、それを信じる事にした。
良い知らせも幾つかある。
一つは、ロポがメレカさんとシェイドに助けられて、更にはフォックさんが無事だった事。
じーじさんも助けられたので、ラヴィがとても喜んでいた。
まあ、でもなんかモーナの話によると、多分全部ポフーの計画通りかもしれないだとか。
どうやら、モーナと戦っている時に、ロポの存在に気付いていたような事を言っていたのだとか。
それからもう一つ。
それは勿論、わたしの目の前でペットに怒っているアイリンと、その怒られているペットのペン太郎が生きていた事だ。
「まったく本当に臆病なのはなおらんな。確かにレティを殺したポフーに会うのは、怖くて恐ろしいやもしれんが、ちゃんと話をするって決めたじゃろう? しっかりするのじゃ」
「……頑張るペン」
そう。
わたし達は今からポフーに会いに行く。
漸く面会が出来る状態になったので会いに行くのだ。
皆と言っても、人数はそれ程多いわけでも無い。
わたしとお姉とモーナとラヴィとロポ、それからアイリンとペン太郎の、合計で7人だけだ。
結局、ポフーが“憤怒”……アイリンの友人のレティさんと言う人を殺したのは事実だった。
何故そうなったのかは、アイリンから聞いた。
ポフーが昔住んでいた修道院を襲った盗賊団に、力を与えて、他人事のような態度をとっていた人。
だからポフーは怒り、彼女を殺したのだろうと、アイリンは言っていた。
そしてそれには、少なからずペン太郎も関わっていて、アイリンも止める事が出来なかったと。
その話をする時に、アイリンは言っていた。
「ワシは嫉妬深いのじゃ。内心ではいつも他人に嫉妬ばかりしておる。あの頃も、ワシは嫉妬ばかりしておった。だから責任を取らぬ友を見て、ほら見た事かと、何もせず内心ではほくそ笑んでおったのじゃ。だから罰が当たった。ワシは嫉妬深く、卑しい感情の持ち主なのじゃ。お主にだって、ワシは嫉妬しているのじゃぞ?」
結局は何に嫉妬しているのかは教えてくれなかったけど、聞いた所で意味は無いし、何かあるわけでも無いので詳しく聞こうとも思わなかった。
それはそうと、監獄へは馬車を乗って行く事になる。
アイリンがペン太郎を連れて馬車に乗ると、直ぐに馬車は走り出した。
「あ、愛那ちゃん。昨日ククちゃんから聞いたんですけど、愛那ちゃんは聞きましたか? フープちゃんが家に帰った後、いっぱい怒られちゃったみたいですよ」
「聞いてないけど……確か家出してたんだっけ?」
「はい。お尻ぺんぺんの刑にあったそうです」
「お尻ぺんぺんて……」
お姉が持ってる昔の漫画で見た事あるけど、本当にそんな事する親いたんだ?
なんて事を考えていると、わたしの膝の上に座るラヴィが、うさ耳カチューシャを揺らして会話に入る。
「ククが痛そうだったって言ってた」
「あの後メソメの家に遊びに行くって言って、ついてったから現場を見たのか。って言うかフープの親凄いな。友達の前でお尻叩くのか」
「スミレが止めに入るまで叩いてたらしい」
「怖っ」
ポフー以外の探偵団の面々は、南の国にあるメソメの住む教会へと遊びに行っていた。
スミレさんは責任を持って家まで送ると言っていたけど、どちらかと言うと子供達に振り回されていた印象だった。
スミレさんって、結局のところは女の子限定ではあるみたいだけど子供に甘いから、皆に凄く懐かれている。
聞くところによると、昨日クラライトに帰って来て、今日はチーに会いにフロアタムまで皆を連れて行くのだとか。
ちなみに、チーを連れてポフーに会いに行くと意気込んでいた。
意気込むと言えば、わたしの隣に座るモーナが、何やら怪しい笑みを浮かべている。
いや、正確には悪巧みしてそうな笑みかもしれない。
その顔があまりにも不気味だったので、わたしは聞いてみる事にした。
「ねえ、モーナ。何かあったの?」
「何がだ?」
「いや。なんかさっきから顔が笑っててキモい」
「失礼な奴だな! どっからどう見ても世界一可愛い顔だろ!」
「ホントその自信はどっからくるの? って言うか、それでなんでさっきから笑ってんの?」
「そんなの簡単だ! 檻の中に入れられた鳥を眺めに行くのが楽しみなだけだ!」
「うわっ。性格悪っ」
「魔族には褒め言葉だ! あーっはっはっはっ!」
「うふふ。モーナちゃんもポフーちゃんに会うのが楽しみなんですね」
「ツンデレ?」
「これはそう言うのでは無いじゃろう?」
「かっこいいペン」
「てんしさま、つんでれってなあに?」
「うーん、ロポは覚えなくて良い言葉かなあ」
モーナの反対に座るお姉の膝の上に座るロポの頭を撫でて答える。
と言うか、ロポにあまり俗っぽい言葉を教えたくない。
最近は色々と人の生活や使うものに凄く興味を持っていて、ロポは何でも知りたがるのだ。
だから、あまり変なものを覚えさせたくないと言う親心……そんな年じゃないから違う。
言うなれば“姉”。
そう、姉心的な何かがわたしの中で生まれているのだ。
「マナママは過保護なのじゃ」
「流石ママだな」
「納得のママだペン」
「愛那ちゃんは妹ママ属性です!」
「変な属性つけるな!」
ジャスの精霊達にママ呼びを許してしまってる手前、ママと言う言葉を否定しなかったわたしだけど、お姉の妹ママ属性なるものだけは許せず声を上げた。
そうして騒がしく馬車を乗って暫らくが経ち、氷の山の中にある監獄へと辿り着いた。
馬車を降りて、扉の前に立っている警備の騎士と話をして中へ入れてもらう事になった。
ここに来るのは2回目だけど、前回は色々あって結局中には入らなかった。
なので、実はこれから始めて建物の中に入るのだ。
ペン太郎じゃないけど、なんだか少し緊張してきた。
ポフーは元気にしていれば良いんだけど、こんな所じゃ元気どころか病んでしまうかもしれない。
だって、ここは監獄で、ポフーは牢屋に入れられているんだ。
周りは犯罪者ばかりだし、きっと毎日が不安だろう。
シャイン王女様は、なるべく悪いようにしないと言ってくれたけど、ポフーが囚人には変わりないのだ。
きっと辛い思いをしているに違いない。
騎士が扉を開け、わたしはどんなにポフーが疲れ切った顔をしていても覚悟を決めて話しかけようと、足を踏み入れた。
監獄の中は、思ったより綺麗で、大きなビルのエントランスホールの様になっていた。
そしてそこには、面会に来た人が休憩する為の場も設けてあり、青色や水色の葉の観葉植物が飾ってあった。
更に売店なんてのもあって、何も知らずにここに来たら、ここが監獄だとは思わないかもしれない。
騎士達も休憩中なのか、何人かラフな格好で面会人の休憩用ソファに座って飲み物を飲んで談笑している者もいた。
多分下が鎧なので、騎士で間違いない筈。
と、まあ、それは今は置いておくとしよう。
そんな監獄の中で、わたしは驚愕していた。
別に監獄なのにそれっぽくない事に驚いたわけじゃない。
わたしが驚いたのは別の事。
監獄に入って直ぐに、出入口に立っていた人物を見て、驚いたのだ。
「お帰りなさいませ、お嬢さ……あら? マナねえさん! 来て下さいましたのね! 嬉しいですわ!」
「……ぽ、ポフー?」
そう。
出入口に立ってわたし達を出迎えたのは、これでもかってくらいに素敵な笑顔のポフー。
しかも、メイド服。
と言うか、その姿に思わず二度見してしまった。
「わあ! ポフーちゃん、メイド姿似合ってます~」
「可愛い」
「かわいいー!」
「なんでそんな格好してるんだ?」
お姉とラヴィとロポが絶賛する中、唯一わたしの心の声を代わりに言ってくれたのはモーナ。
モーナにしては珍しく、凄くまともな事を言っている。
尚、アイリンとペン太郎もポフーの姿に困惑していた。
「シャイン王女殿下の命で、私の罰がこの監獄でのメイド3年に決定した結果ですわ」
どんな罰だよ。
そんな事を思いながら、ポフーの背後に視線を向けると、ニコニコ顔の騎士達がポフーを見ていた。
中には視線が若干下の方を向いている者がいるので気になって視線の先を追うと、成る程と納得。
ポフーは今でこそ魔族だけど、元々鳥の獣人で、尾羽がある。
そう。
メイド服のスカートを尾羽が少し持ち上げていて、多分後ろから見るとパンツが見えるかどうかって感じなのだろう。
わたしがそのいやらしい騎士に向けて、あの騎士も牢屋にぶち込んでおいた方が良くない? なんて事を考えていると、ポフーがロポと目を合わせて「やっぱり」と微笑んだ。
「港町でこそこそ様子を見ていた女の子ですわ。貴女もマナねえさんのお仲間だったのですね? ふふふ。思った通りでしたわ。一人であんな所に来ていたのですもの。きっとその子もお強いのでしょうね?」
「は? 何言ってんだおまえ。やっぱり鳥頭だな」
「モーナちゃん、そんな事言ったら駄目ですよ。仲良くして下さい」
「この子はロポ。ポフーも知ってるオリハルコンダンゴムシ」
「――っ! うそ!? ロポさんですの!?」
「うん!」
ロポが頷いて元の姿、オリハルコンダンゴムシへと姿を変える。
すると、ポフーが目を大きく開いて驚いて、ついでに口も手で覆った。
「ほ、本当ですわ! そうと知っていたら私、いくらお兄様から頼まれたとはいえ、あんなに沢山の死人なんて出さなかったですのに!」
「ああ、そっか。ロポが人型になれるようになったのって、南の国から帰って来てからだから、ポフーは知らないんだ?」
「そうですわ! ロポさんごめんなさい! 無事で良かったですわ!」
ポフーが目尻に涙を溜めて謝ると、ロポはポフーにすり寄って、触角を気にしないでと揺らした。
するとその時だ。
アイリンとペン太郎がポフーの目の前に立って、頭を下げた。
「ポフー、修道院の件は本当にすまなんだ!」
「本当に申し訳なかったペン!」
「…………」
突然の謝罪に、ポフーは涙を引っ込めて、ポカンとして表情で2人を見つめた。
そして、小さくため息を吐き出して苦笑する。
「顔を上げて下さい。私は貴女方の大切な方……レティさんを殺しましたわ。ですので、謝る必要はありません。それに、修道院を盗賊団が襲った事は、貴女方は直接は関係無いでしょう? 寧ろ恨んでくれても良いのですわよ?」
アイリンとペン太郎が顔を上げる。
でもその顔は、ポフーの言うような恨みを持つ顔では無かった。
「盗賊団はワイが集めた連中に、レティが力を与えた結果だペン。だから、ワイにだって責任があるペン」
「ワシも奴等が悪さをしているのを知っていて、止めようとしなかった。それは罪なのじゃ。だから、お主に殺されたとしても仕方のない事。じゃが、お主はワシとペン太郎の命を救ってくれたのじゃ」
「助けてくれて、本当にありがとうだペン!」
「ありがとうなのじゃ!」
アイリンとペン太郎がもう一度頭を下げ、ポフーは眉根を下げて微笑した。
「別に、貴女方の為ではありませんわ。感謝するならマナねえさんにして下さいまし。マナねえさんと仲がよろしいようなので、助けてあげたにすぎませんわ」
「ポフー。おまえ、面倒な奴だな。素直に、どういたしまして。くらい言えないのか?」
「私は本当の事を言ったまでですわ」
「ツンデレか? ツンデレになれば、マナに気にいられると思ったんだろ? あさましい奴だな!」
「それは自分の事を仰ってるつもりですの? 随分と自己顕示欲の強い方ですわね!」
「何故喧嘩になった?」
「うふふ。違いますよ、ラヴィーナちゃん。これはイチャイチャしてるんです」
「いちゃいちゃ?」
モーナとポフーが喧嘩を始め、ラヴィが冷や汗を流して、お姉がニヤニヤする横で、いつの間にか人型に戻っていたロポが首を傾げる。
アイリンとペン太郎はそんな光景を目にして、目を点にして呆然としてしまった。
ちなみに、わたしは周囲の視線が気になって仕方ない。
ここは監獄の出入口にあるエントランスホールくらいある大きな空間で、騎士達が沢山いる場所。
思いっきり注目の的になっていたのだ。
こんなの恥ずかしい以外無い。
するとその時、奥の方にある通路から、聞き覚えのある声で「ポフー」と呼ぶ声が聞こえてきた。
ポフーはビクリと体を震わせて、恐る恐ると言った表情で振り返り、わたしもその声の主に視線を向けた。
するとそこにいたのは、ポフーに冷ややかな視線を向けるメレカさんだった。
勿論メレカさんもメイド服を着ていて、手にはデッキブラシのような物を持っている。
「何をしているのですか!? 休憩の時間は終わりですよ!?」
「い、今行きますわ!」
ポフーが慌てて駆け出してメレカさんの許に向かい、丁度その時、わたしとメレカさんの目がかち合った。
すると、メレカさんはポフーを睨んで、デッキブラシをたまたま近くにいた休憩中っぽい騎士に渡す。
「マナ達が来ているなら、それを先に言いなさい」
「はい! ごめんなさいですわ!」
「そんな事で謝らなくて良いわ。それより、今日はもう休みなさい。せっかく貴女の事を思って来てくれた人がいるのだから」
「――メイド長! ありがとうですわ!」
そんなわけで、メイド長? ことメレカさんの計らいで、ポフーの今日の仕事は終わりになった。
と思ったのだけど、そうはならなかった。
「ですが、遠慮します。私は罪を償う為にここで働いているのですわ。ですから、マナねえさん達には私が働いている所を見て頂きますわ」
ポフーはメレカさんに笑顔で告げて、デッキブラシを騎士から奪って、一度わたし達に振り向いてから駆けて行った。
そんなポフーの姿に、メレカさんは優しい笑みを浮かべた。
「馬鹿だな。サボれるならサボればいいのにな?」
「ポフーちゃん偉いです」
「うん、偉い」
モーナの言う事も分かるけど、でも、わたしはお姉とラヴィに同意だ。
まあ、休んで良いと言われてるのに働くなんて、まじめすぎるんじゃって思うけどね。
「それじゃあ、ポフーの頑張る姿でも見ようか」
「では、案内は私が」
わたし達の前にメレカさんが立ち、カーテシーの挨拶を披露する。
こうして、今日はポフーの頑張る姿を見守りながら、1日を過ごすのだった。




