表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/291

028 作戦開始

「良いかい? 愛那」


「うん。大丈夫」


「ありがとう。では、始めよう。ラヴィーナを助ける為の、我々の戦いを」


「うん」


 わたしが頷くと、じーじさんはラヴィの家の玄関の扉を叩いた。


 わたしは今、じーじさんと二人だけで、ラヴィの家の前まで来ていた。

 お姉やモーナやラヴィ達は、この場にはいない。

 わたしは両手を縄で縛っていて、カリブルヌスの剣もこの場には無い。

 わたし達は、これからラヴィの呪いを解く為の作戦を実行する。


 ガラガラと音が鳴り、玄関の扉が開かれる。


「へえ、驚いた」


 玄関の扉を開けて現れたのはラヴィの母親ミチエーリ。

 じーじさんを見た後に、直ぐにわたしに視線を移してニヤリと笑う。


「珍しい客が来たと思ったら、随分と嬉しい手土産じゃないか。何のつもりだい?」


 ラヴィの母親がじーじさんを睨み質問すると、じーじさんが演技を開始した。


「先程、珍しい髪の色をしたこの子を見つけてね。あまり気乗りはしないが、相談に来させてもらったんだ」


「どう言う事だい?」


 ラヴィの母親が顔を顰めて質問すると、じーじさんは周囲を見てから、こそこそと話し出す。


「詳しい話は中でさせてくれないか?」


「何?」


 ラヴィの母親は、じーじさんとわたしの顔を交互に見る。

 わたしは少し顔を俯かせて、眉根を下げた状態をキープする。

 決して顔は上げず、微動だにしない。


「ふーん……。まあ、良いよ。入りな」


「そうさせてもらおう。さあ、君も来るんだ」


「……はい」


 わたしは俯きながら返事をして、ゆっくりと家の中に入る。


 後戻りはもう出来ない。

 頑張れ、わたし!


 表情は変えずに、わたしは心の中で気合を入れた。

 そうして、ラヴィの母親に通されたのは、さっきと全く同じ部屋だった。

 ただ、モーナの魔法のせいで、畳がそこ等中穴だらけだ。


「こんな所ですまないね~。さっき、その子の仲間にやられたのさ」


 ラヴィの母親がわたしを睨んで口角を上げて話すと、じーじさんは驚いた表情を作り、わたしに視線を移した。


「この子の仲間? 仲間がいるのか?」


「……ねえ、ジークレイン。私はお前を信用していないんだ。お前も、そのお仲間なんだろう?」


「吾輩が? 何を根拠にそう思う?」


「根拠、根拠ねえ。それは私より、ポレーラの方が詳しく知っているよ」


 ラヴィの母親が手を叩き、ポレーラが壊れた囲炉裏から炎の渦を巻いて姿を現す。


「久しぶり……いや。昨日ぶりですね。ジークレイン」


「昨日? 昨日会った覚えはないが?」


 ポレーラがじーじさんの前に立ち、ニヤリと笑う。


「そうですね。確かに私と貴様は会ってはいない。だが、ジークレイン、貴様が最近私の事をこそこそと嗅ぎまわっている事を知っているのですよ。そして、貴様は昨日も私の後をつけていた」


「そうか。知られてしまっていたのか……」


「そう言う事だよ、ジークレイン。何を企んでいるのか知らないが、その娘と二人だけで来たのは間違いだった様だね!」


 ラヴィの母親とポレーラが魔力を集中して、戦闘態勢に入った。

 そして、じーじさんはわたしの手を掴み、わたしを二人の前に出す。


「金がほしい!」


「はあ?」


 わたしはじーじさんを睨み、ラヴィの母親とポレーラが、じーじさんの思いもよらぬ行動と言動で顔を顰めた。


「どう言う事だい?」


 ラヴィの母親がじーじさんに質問すると、じーじさんは溜め息を吐き出してから答える。


「ミチエーリ、チーリン=ジラーフと言う人物を、君も聞いた事があるだろう? 吾輩はチーリン=ジラーフに目をつけられ、多大な借金を背負ってしまったんだ」


「何? チーリン=ジラーフだって? 随分と厄介な奴に目を付けられたものね」


 チーリン=ジラーフは、モーナが追っている三馬鹿の一人。

 わたしとお姉とモーナは、この作戦を練っている時に、じーじさんからこの名前を聞いて驚いた。

 じーじさんとチーリン=ジラーフの間には、実際に繋がりは無いようだけど、どうやらポレーラを調べていた時に耳にした名前らしい。

 だから、じーじさんも詳しい情報は知らなかった。

 だけど、チーリン=ジラーフ自体がかなりの曲者らしく、少なくともアイスブランチにはいない事は知っていたので利用しようと考えたのだ。


「ああ。そして、君達が言った通りだ。金が欲しくて、吾輩はポレーラを調べていた。君達もフォックの情報網は知っているだろう? 彼から、ポレーラが人身売買に関わっている可能性があると聞いたんだ」


「あの狐か。ポレーラ、確か旦那から、この娘と一緒に狐の獣人がいたと聞いたんだろ?」


「はい。他に狸の獣人も一緒にいたと仰っていました」


「……ちっ。ジークレイン、お前とフォックとラクーは同じ家に住んでいた筈だ。一緒にラヴィーナとその娘を連れて来たんじゃないのかい?」


「何!? ラヴィーナも来ているのか?」


 じーじさんの迫真の演技が止まらない。

 わたしもじーじさんに負けてられない。


「やっぱりそうだ! あんた達は仲間だったんだ! でも、ラヴィは絶対あんた達なんかに渡さない!」


「少し黙っていなさい」


 じーじさんがわたしの頭を畳に押し付ける。

 わたしは痛みを我慢して、じーじさんを睨みつけた。

 じーじさんはわたしに視線を向けずに、ラヴィの母親に視線を向ける。


「すまない。さっきも暴れたので、大人しくさせたつもりだったが、まだ抵抗する元気がある様だ。しかし、人を売る行為なんて初めてな事でね。どの程度なら傷をつけても問題無いのかわからないんだ」


「へえ、そうかい。つまり、お前はポレーラから買い手の情報を聞く為に、ここに来たってわけかい?」


「ああ。本当はポレーラを調べた後で、自分から買い手と接触しようとも思ったが、この通り珍しい人間を見つけてしまったからね。仲人代を払って、早くお金にしたくて来たんだ」


「お前の気持ちはよく分かるよ、ジークレイン。髪の毛が黒い人間なんて、希少も良い所だ。きっとお前の想像するより遥かに高い金になるだろうさ」


 ラヴィーナの母親がニヤリと笑い、わたしに視線を送った。


「でえ? お前の仲間は何処にいるんだい? もう一人、髪の黒い女がいただろう?」


「知らない! 知ってても教えない!」


「生意気なガキだね。商品価値が無ければ、今直ぐ串刺しにしてやりたい所だよ」


 わたしとラヴィの母親が睨み合い、ポレーラがじーじさんに質問する。


「この娘は何処で見つけたのですか? 他にラヴィーナお嬢さんと仲間がいた筈ですが?」


「この子を見つけたのは、この近くだ。今日もポレーラの事を調べに来たのだが、その時に一人でいる所を見つけて捕まえた。何かを探している様にも見えたが、その仲間と言うのに関係があるかもしれないな」


「何かを探して? そう言えば、この娘、あの大きな剣を持っていないですね」


「ああ。そうだね。まさか、私達から逃げる時に落としたのかい?」


 わたしは質問に答えずに、じーじさんを睨んで喋る。


「剣があれば、真っ二つに出来たのに!」


「剣? この子は剣を所有しているのか?」


「そうよ。と言っても、ただの飾りみたいだけどね。さっきこのガキと戦った時は、剣を一度も振り回さず、ラヴィーナと一緒に逃げちまったのさ」


「成程……」


 ラヴィの言った通りだ。


 ラヴィの母親のスキル【鑑識眼】は、相手の力を見るスキルだ。

 だけど、これはそこまで便利なスキルでは無かった。

 ラヴィから受けた説明によると、この【鑑識眼】は、あくまで対象の強さや価値を見るだけのもの。

 対象が物であれば、その価値を見抜く。

 対象が人であれば、その人の強さを調べる。

 何の能力を使えるのかとか、どんな魔法を使えるのかは全く分からない。


 あの時お姉が魔法でラヴィの母親の攻撃を防いだ時に、ラヴィの母親は驚いていた。

 その理由は【鑑識眼】で見たお姉の強さが、弱いと言う結果に他ならない。

 つまり、この【鑑識眼】で見れる強さは、対象相手の素の強さだけだ。

 だからこそ言える。

 【鑑識眼】で見たわたしの強さは、わたしのスキル【必斬】を強さに反映しない。

 わたしの強さは、弱いと認識されているのだと。


「部屋の中が荒れている様だから、何かがあったとは思ったが、そうか。ここで戦闘があったのか」


 じーじさんが部屋の中を見回して、首を横に振るう。

 わたしは視線を落として眉根を下げる。


 さて、ここからだ。

 ここまでは、計画通りに事が進んでいた。

 でも、問題はここからだ。

 わたしとじーじさんの関係を気付かれずに話を進める事は出来た。

 今度は一番要注意しないといけない人物を、どうにかしなければならない。


「しかし、困ったな……。この子の言動からして、まさかとは思ったが、この子はラヴィーナの友達かもしれないのか。あの子の友達を売るなんて、吾輩には出来そうにない」


「なんだい、ジークレイン。随分と情けない事を言うじゃないか。まさか、そのガキを売るのを辞めるって言うんじゃないだろうね?」


 ラヴィの母親がじーじさんを睨み、じーじさんは眉根を下げて答える。


「やはり、慣れない事はするものじゃない。この子を見つけた時は、吾輩にも幸運が舞い降りたのかと喜んだものだが、ラヴィーナを裏切れない」


「はっ。何を今更言ってるんだ? いや、ちょいとお待ちよ。ジークレイン、お前にも教えてやるよ」


「ミチェリ様、宜しいのですか?」


「ああ。教えてやれば、気が変わるかもしれないだろう?」


「どう言う事だい?」


 じーじさんが顔を顰めて、ラヴィの母親に質問すると、ラヴィの母親はニヤリと笑みを浮かべた。


「今このアイスブランチに、旦那……リングイ=トータスって言う奴が来てるのさ。そいつにラヴィーナを売ってやろうって思っていてね。お前が連れて来たその娘も、ラヴィーナと一緒に私が売ってやっても良いわよ?」


「ラヴィーナを……売るっ!? ミチエーリ、ラヴィーナは君の娘なんだぞ!? 何を考えて……いや。しかし…………」


 じーじさんが言い淀み、考える素振りを見せた。

 すると、ラヴィの母親が説得する様に話し出す。


「ジークレイン。私はね、これでもラヴィーナの母親として、安心したのよ。あの子にも友達が出来て良かったって。貴方も私と思いは一緒でしょう? だったら、友達と一緒に同じ相手に売ってあげた方が、ラヴィーナの為になるわよ」


 正直、今にもラヴィの母親を怒鳴りつけてやりたい気持ちになった。

 何があの子の為だと、母親ならラヴィを売るなんて考え自体が間違っていると気付けと。

 だけど、わたしは我慢する。

 ここでわたしが暴れたら、せっかくここまで進んだ計画が台無しになってしまうかもしれないからだ。


「……そうだな。わかった。それなら、そのリングイ? と言う買い手を紹介してくれないか?」


「ええ、勿論よ。それに丁度良いわ。今日はこの後、ここで旦那と会う約束をしているのよ」


「ほお。随分と都合がいいね。ラヴィーナを捕まえたのかい?」


「さっきも言っただろう? ラヴィーナお嬢さんは仲間と一緒に逃げましたよ」


「では何故?」


「打ち合わせよ。ラヴィーナの仲間、猫耳の女が厄介でね。アイツだけ飛び抜けて強いんだよ。私の【鑑識眼】で強さを見たら、驚く事に【強さレベル100】だった。それに私の魔法を防いだ女もいたわ。だけど、そいつは【強さレベル2】だったのさ。もしかしたら、このガキも【強さレベル1】のくせに、あの剣を持ったら強くなるかもしれないわ」


 強さレベル……、これもラヴィが言っていた通りだ。

 でも、モーナって結構どころか、わたしやお姉と比べると滅茶苦茶強かったんだな。


「何? 君の魔法を防いだ【強さレベル2】の人物も気になるが、その【強さレベル100】の猫耳の女が気になるな。ポレーラ、君でも【強さレベル35】だったと記憶している」


「そうですね。スキル抜きの強さはその程度です」


「その猫耳の女のスキルと魔法は?」


「さあね。魔法は重力を使っていたけど、スキルは見せていなかったよ」


「上位魔法!? かなりの手練れじゃないか!」


 じーじさんが驚愕きょうがくした様に演技をすると、ラヴィの母親がニヤリと笑みを浮かべた。


「だからよ。ラヴィーナを買い取る予定の旦那も【強さレベル100】で、猫耳の女と同じなのよ。そして、勿論上位魔法習得者。協力を頼んで、ラヴィーナを捕まえるには持ってこいの相手よ」


「成程」


「と言っても、あくまで同じ。少しでも勝率を上げる為に、ここに来てもらって、作戦を考えようってわけよ」


「それが良いだろうな」


「ええ。まあ、まさか旦那が、一度ラヴィーナと接触していたとは思わなかったけどね。ポレーラが旦那にこの話をもちだしたら、一度会っていたと言いだして、私も驚いたわ」


「はい。トータス様もラヴィーナお嬢さんと気付かず見過ごした事を、深く後悔していました」


「でも、そのおかげで私に運が向いてきたみたいね。ポレーラ、旦那を迎えに行きなさい。このガキの事もある。このガキの事を教えて予定を早めると伝えれば、話に飛びついて来る筈だわ」


「仰せのままに」


 ポレーラは返事をすると、炎を纏ってこの場から去って行った。

 わたしは畳に顔をつけたまま、ラヴィの母親に顔の表情を見られない様にして、一先ず計画が順調に進んでいる事に安心する。

 一つ焦った事があったとすれば、リングイ=トータスがわたし達と会っていた事を話していた事だ。

 だけど、実はそれも想定内だったりする。

 じーじさんがわたし達の話を聞いて、そこまで考えて、様々なシチュエーションに備えて作戦を考えてくれたのだ。

 何はともあれ、順調なのは間違いない。


 お姉、モーナ、二人共頼んだよ。


 わたしは、ここにいないお姉とモーナに心の中でエールを送る。

 作戦は、まだ始まったばかりだ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ