277 にぎやかな少女達
朝陽が昇り、グラスタウンのガラス細工な装飾達が、朝陽に照らされて光りを帯びていく。
とは言っても、スタンプの無差別な攻撃が散々破壊をしてしまったから、それ等は綺麗な物とは言いきれない物になってしまっていた。
それでも、わたしはそれ等を心を落ち着かせて眺めていた。
背後にはお姉がいて、わたしは地面に座って、お姉に背中を預けている。
後頭部でフカフカの柔らかな感触を感じながら、ボーっとボロボロになったグラスタウンを見つめていた。
どれだけの被害が出たのかは、ここからじゃ正確には分からないけど、グラスタウンは酷いありさまだった。
建物と言う建物が全てと言って良い程に破壊されていて、動ける村の人達が救助活動を行っている。
さっきまで大の字で倒れていたわたしも、一度「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」と声をかけられている。
まあ、お姉が「大丈夫です。それよりも他の方を手助けしてあげて下さい」と言ったので、直ぐに救助に向かって行ったけど。
そんなわけで、そう言う事もあって寝ていたらまた声をかけられて邪魔してしまうと思い、わたしはお姉に背中を預けた。
そうしてお姉に背中を預けてもたれかかって、村の人達が助け合ってる姿を眺めているわけだけど、あまり気持ちの良いものではなかった。
だけど、わたしは戦いの直後と言うのもあって全身が痛いし、人に支えてもらわないと立てない状態。
だから、結局は何も出来ないので仕方ないと自分に言い聞かす。
そうでも思わないと、ホントに良心が痛むのだ。
「お姉は村の人達を助けに行かなくて良いの?」
「愛那ちゃんの方が大事なので、ここにいます」
「ん。ありがと」
素直に礼を言っておく。
少し顔が熱くなってきたけど、別に照れてるわけじゃない。
でも、勘違いされると嫌だから俯いて、顔を見えない様にしておく。
「ああああああ! マナいたああああ!」
不意に大きな声が聞こえて顔を上げると、わたしに負けず劣らずボロボロなモーナが、笑顔で走って来ていた。
でも、一緒に鏡の世界に閉じ込められていた筈の、ラヴィの姿はそこには無かった。
モーナはわたし達に近づくと、わたしの姿を見るなり突然笑いだす。
笑顔では無く、笑う。だ。
しかもお腹を抱えて。
「あーっはっはっはっ! マナどうしたんだ? ボロボロだぞ!」
「は? そこは笑う所じゃ無くて心配するところでしょ?」
「私もボロボロだからな!」
「理由になってない。って言うか、ラヴィと……えと、ポフーは?」
「ラヴィは寝てる。ポフーは死にかけてるな」
「はああ!? ――っつ」
大きな声を出したせいで傷に響いた。
ホント最悪だ。
「まあ、多分大丈夫だろ」
「ホントに大丈夫なの?」
「それよりストーカーはどうしたんだ?」
「どうしたってアンタ……」
モーナの問いに思わず呆れた視線を送ってしまう。
そして、どうしてそんな視線を向けたのか、その答えをお姉が指をさして答える。
「モーナちゃんがさっき踏みましたよ?」
そう。
モーナはわたし達に近づいて来る時に、絶賛気絶中のストーカー、スタンプを踏んで走ってきたのだ。
しかも顔を容赦なく思いっきり。
おかげで鼻が潰れていて、鼻から血が出ていた。
モーナはお姉の指さした方に視線を向けて、スタンプを見て「ゴミだと思ったわ」なんて言って、直ぐに興味を無くしてわたしに振り向いた。
「それにしても派手に暴れたな。私もいきなり風が襲って来た時は驚いたわ」
「うん…………ん?」
気のせいだろうか?
まるでモーナも、スタンプのあの無差別攻撃を受けたような言い回しに聞こえた。
「寝てるラヴィーナ達を護るのに少し苦労したぞ」
気のせいじゃない!
「アンタあの時こっちに戻って来てたの!?」
「あの時? どの時か知らないけど、結構前には戻って来てたぞ。風の魔法だか何かで家が空を飛んでたし、マナ達が戦ってる最中だったと思うぞ」
「はあああああ――――ったぁ……」
また大きな声を出したせいで痛みが走る。
ホント最悪。
「愛那ちゃん、大きな声を出したら、傷に響いちゃいますよ?」
「分かってる……」
「あーっはっはっはっ! 思った以上にヤバそうだな!」
お姉がわたしの頭を撫でて、モーナがわたしの様子を見て笑う。
体が万全であれば、殴ってやりたい。
って言うか笑いすぎだこの馬鹿猫。
抗議の意味を込めて尻尾でも掴んでやろうか。と、わたしはモーナの揺れ動く尻尾を掴もうとする。
だけど、モーナはわたしの手を弄ぶように、ギリギリの所で躱していく。
やはり座ったままではこちらが不利か。
なんて事を考えていると、お姉がさっきの会話の続きを始めた。
「モーナちゃんはこっちに戻って来てから、私達を捜してたんですか?」
「どうせ寝てたんじゃないの?」
少し不機嫌気味にわたしがお姉に続けて質問すると、モーナが「寝る暇なんて無かったぞ」と言ってから、お姉の質問に答える。
「捜しだしたのはさっきだな。それまでは家とかが飛ぶくらい風がヤバかったし、眠ってるラヴィーナ達を護ってたんだ」
「そうだったんですね。モーナちゃん偉いです」
「私は最強だからな!」
「…………」
何も言えなくなってしまった。
本当は「直ぐに助けに来てほしかった」と文句を言いたかったけど、ラヴィ達を護ってたなんて言われたら、もう何も言えるわけないじゃないか。
「しかし失敗だったな」
「失敗?」
突然モーナが“失敗”と口にして困り顔をしたので聞き返す。
すると、モーナが腕を組んで「うーん」と唸って何やら考え事を始めた。
その様子をわたしとお姉が見て数秒後、モーナは何かに納得した様子で頷いて、わたしと目を合わせた。
「あいつ等を連れて来れば良かったと思ったんだ。あいつ等は無事だ。なんせ、ポフーはおまえと結婚したいみたいだからな」
「…………は?」
何言ってんの? と、言っている意味が分からず、そんな事を思った時だった。
「何言ってますの!?」
「――んにゃあ!」
わたしが思った言葉と同じ言葉がモーナの背後から聞こえて、それと同時にゴツンッと、かなり大きな岩で殴られたような鈍い音がモーナの後頭部から鳴る。
モーナは後頭部を押さえて蹲り、そして、モーナの背後に現れた人物とわたしの目がかち合った。
「ポフー!?」
「マナねえさん、酷い怪我ですわね。でも、ご無事で良かったですわ」
「う、うん……」
「愛那、直ぐ治す」
「ラヴィ! 目が覚めたんだね」
モーナの背後に現れたのはポフーで、その隣にはラヴィが立っていた。
ラヴィは直ぐにわたしに駆け寄って、回復の魔法を使い始めた。
「でも、魔力はトールハンマーを使った時に殆ど消耗してる。回復した分も、さっきポフーの傷を治して使ったから、あまり治せない」
「ううん。少しでも治してくれるだけで十分だよ。ありがと、ラヴィ」
「うん」
わたしがお礼を言うと、ラヴィは口角を上げた。
そしてそんな中、モーナが若干涙目で立ち上がり、ポフーを睨んだ。
「いきなり痛いだろ!」
「あら? マナねえさんの目の前に、邪魔な猫の置物があったと思ったので廃棄しようと思ったのですけど、貴女だったのですわね?」
「おまえホントムカつくな! もっかいぶっとばすぞ!」
「返り討ちにしてさしあげますわよ!」
モーナとポフーが睨み合い、わたしはそんな2人を見て困惑するしかなかった。
「え? 何この2人? こんなに仲悪かったっけ? ねえ、ラヴィ。閉じ込められてから何があったの?」
「私は知らない。あと、ごめん愛那。これ以上は治せない」
確かに怪我は治りきっていなくて、まだまだ体が痛い。
でも、さっきよりは痛みも引いたし、目立った外傷は消えていたので十分助かった。
ラヴィは眉根を下げて申し訳なさそうにしていたけど、わたしはラヴィの頭を撫でて微笑んで「ありがとう」と感謝を告げた。
そしてそんな中、未だに睨み合って言い争いをしている2人。
「マジで仲悪いな」
思わず呟くと、お姉が「そんな事ないですよ」と言って、言い争う2人を楽しそうに見て言葉を続ける。
「モーナちゃんもポフーちゃんも、すっごい仲良しさんですよ~」
「いやいやいや。すっごい剣幕で睨み合ってるじゃんか」
「喧嘩する程仲が良いんですよ。あ、でも、私と愛那ちゃんは喧嘩しなくても仲良しですね~」
お姉が腕に力を入れて、わたしをギュッと強く抱きしめる。
そんなお姉に鬱陶しいなと思っていると、睨み合っていた2人がお互いそっぽを向いた。
そして、モーナが「言う事があるだろ」と話し、それを聞いたポフーが顔を俯かせた。
「そう……ですわね。貴女の言う通りですわ」
ポフーが真剣な表情をわたしに向け、そして、頭を下げた。
「マナねえさん、心配かけさせてしまって、ごめんなさいですわ!」
「……うん。ホント、心ぱ――」
心配したんだからね。と、言葉を続けるつもりだったけど、そんなわたしの言葉は、突然聞こえた大きな声によって遮断される。
「あああああああっっっ!! やっと見つけたあああ!!」
その大きな声に驚いて、この場にいる全員が視線を向ける。
するとそこには、ここにいるはずの無い面々が揃いも揃って牛車のような乗り物から顔を出して、わたし達に向かって手を振っている姿があった。
「メソメ? クク? カルル? フープ? ペケテー? モノノ? な、何で皆がここに……? って言うか、あれ引っ張ってるのって、スミレさん!?」
そう。
牛車から顔を出していたのは、ドワーフの国で知り合った子供達で、それを引っ張って動かしていたのはスミレさんだった。
皆のまさかの登場に驚いていると、スミレさんが砂煙を上げて急ブレーキして目の前で止まり、それと同時に皆が牛車から飛び降りた。
「わっ。マナちゃん大丈夫?」
「こらポフー! 悪い事したら駄目なんだぜ!」
「もー。ククさんは直ぐそうやって決めつけちゃう~」
「ねえねえ! マナさん聞いて! スミレさんビュビューって凄いんだよ!」
「だ、駄目だよフープちゃん。マナちゃん顔色が悪いから大きな声出しちゃ」
「家がいっぱい壊れてるよ! 何でーっ?」
何だか一気に騒がしくなった。
わたしが皆の言葉を聞き取れたのはここまでで、メソメ、クク、カルル、フープ、ペケテー、モノノ、の順に喋っていた。
この後はポフーを囲って皆一斉に喋りだしてしまい、時折聞こえる「探偵団」と言う言葉以外は、最早聞き取りできない。
と言うか、ラヴィが虚ろ目を丸くさせて、皆にのみ込まれた。
あれは暫らく帰って来れないだろう。
「少し来るのが遅かったみたいなの」
スミレさんがわたしの横に立って呟いて、わたしはスミレさんの顔を見上げた。
「あの子達がポフーちゃんが悪い事をしないように説得したいって言いだして、それで連れて来たなの。だけど、必要無かったみたいなのね」
「……ううん。そんな事ないですよ」
わたしは皆に囲まれたポフーに視線を向けた。
そこには、騒がしい友達に囲まれた、涙を流す笑顔のポフーがいた。
結局、わたしはまだポフーに何も聞いてない。
だから、ポフーの事情は何も知らない。
でも、嬉しそうに涙を流すポフーの姿を見たら、そんなのどうでも良くなった。
「そうですね。ポフーちゃん、とっても嬉しそうです」
「まったく、人騒がせな奴だな。それよりスミレ、あんな物でよくここまで来れたな? クラライトの城下町にいたんだろ?」
「滅茶苦茶しんどかったなの。でも、幼女達の応援、そして何より、背後から香る幼女達の匂いが、私を奮い立たせてくれたなの」
「おまえも相変わらず気持ち悪い奴だな」
スミレさんの危険な変態発言は置いといて、確かによく来れたな。って感じではある。
城下町からグラスタウンまで走った私だからこそ分かるけど、それを子供達を乗せた牛車を引いて来るって、かなり凄い事だ。
ちなみに普通に馬車で来ようと思うと、途中の氷の砂漠とか抜きにして考えても、ぶっ通しで走って最低でも2週間以上は必要だと思われる。
なんて言うか、スミレさんのキャラ的に、ギャグ感覚でそう言うの全部ぶっ飛ばしたのかなって気持ちになる。
でも、まあ、それは今は置いておくとしよう。
わたしはポフーとそれを囲う皆を見て、顔をほころばせる。
今は村の人達の救助活動を手伝おうと言う話に変わっていて、何故かラヴィが「隊長」と呼ばれて、皆に的確な指示を言っていた。
皆の様子を見ていると、不意にラヴィと目が合い、ラヴィが口角を上げた。
「愛那、行ってくる」
「「「いってきまーす!」」」
ラヴィに続いて、皆がそう言ってわたしに笑顔を向けて、そして走り出す。
だから、わたしは「いってらっしゃい」と、皆の背中を見送った。




