275 “憤怒”の力
元々とんでもない切れ味を誇るエクスカリバーは、持ち主であるレオさんによってそれを封印された。
その時にエクスカリバーは姿を変えて、カリブルヌスの剣となった。
そしてそれを、モーナは貰って、わたしが使う事になった。
レオさんが言うには、このエクスカリバーは神様から貰った物らしい。
それ程に凄い剣を人にあげるってどうなの? って感じだけど、まあ、それは今は置いておくとしよう。
わたしが今手にしているのが、まさにそのエクスカリバー。
封印を解いて、カリブルヌスの剣から真の姿にって感じの凄いアレ。
でも、元の姿に戻すのは、全然難しくない。
どんな方法かって?
誰にでも出来ちゃうよ。
だって、カリブルヌスの剣に“お願い”って念じて、「エクスカリバー」って叫ぶだけなんだもん。
魔力とかそう言うのが何もいらないのだ。
レオさん曰く「熱い展開に使えそうじゃね?」だ。
ホント何考えてるんだあの人って感じ。
ちなみに、念じるのは“頼む”でも良いそうだ。
さて、そんなふざけた解放のされ方をされたエクスカリバーだけど、わたしの想像以上の効果を発揮してくれた。
「この俺の斬撃が……相殺どころか、斬られただと…………?」
スタンプが目を大きく見開いて驚愕し、わたしが手に持つエクスカリバーを凝視した。
確かにスタンプが驚くのも無理はない。
わたしだって正直かなり驚いてる。
山を真っ二つにとは聞いていたけど、まさか空間を斬り裂く斬撃に勝つなんて思わなかった。
しかも、わたしはあの時、実は必斬を使ってない。
なんと言うか、もう必死で、そんな余裕が無かったのだ。
あれはまぎれも無くエクスカリバーの力だった。
まさか斬撃まで飛んでいくとはって感じの気分。
そんな事を想いながら、わたしはふと、ある事に気づいた。
「あれ? 軽くなってる?」
そう。
カリブルヌスの剣だった頃と比べると、かなり軽い。
玩具なんじゃ……は、言いすぎだけど、その位は軽いのだ。
「その剣って、フルートで愛那ちゃんがレオさんに修行してもらった時に聞いたって言ってた剣の、エクスカリバーですか?」
「うん。神様から貰ったって言う剣だよ」
「さっきまで金ぴかでしたけど、今は光ってませんね?」
「言われてみるとそうだね。力を使う時に輝くのかも?」
「きっとそうです! これでスタンプさんも怖くないですね!」
「うん」
わたしとお姉はスタンプを見て、剣を構える。
スタンプは未だに驚いていて、完全に動きが止まってしまっていた。
だけど、わたしが剣を構えるとそれに気付いたからか、直ぐに我に返って斧を構えた。
そして、自分の周囲に6つのグングニルアックスを浮遊させる。
「どんな手品を使ったか知らないが、随分と面白い事をしてくれたな」
「そりゃどうも。面白いものを見せてあげたんだから、気持ちよく帰ってくれない?」
「まだモーナスちゃんが戻って来てないんだから、それは出来ないなあ」
スタンプが薄気味の悪い笑みを浮かべる。
すると、それを合図にするかの様に、突然気候が荒れ始めた。
その荒れ方はまるで酷い時の台風の様で、空を見上げれば雲が波の様に大きくうねっている。
「へぅ。急に風が強くなってきました!」
「これって、スタンプの魔法……?」
スタンプの魔法は風の属性だ。
上位が【嵐】だったから、可能性は高い。
でも、これをする意図が分からない。
確かに風が強いと動き辛くなるけど、その為だけにするにしては大がかりだ。
「君に関わると、つくづく俺は甘く優しい男だと思い知らされるよ、マナちゃん」
いつものわたしであれば、何言ってんだと言っているだろうけど、今のわたしは何も言わない。
スタンプには何を言っても無駄だと知ってるからだ。
だからわたしがする事と言えば、ゴミを見るような視線を向けてやる事。
だけど、スタンプは何を勘違いしたのか、そのわたしの目を見て満足そうに微笑んだ。
正直言って気持ち悪い。
「今回ばかりは、いくら物わかりの悪いマナちゃんでも分かってくれたようだね? そうさ。俺は君みたいな子にも優しいんだよ。だけどそれじゃあ駄目なんだろうな。手加減はお終いだ」
「――っ!」
この場の空気が一変し、スタンプから殺気が伝わってくる。
スタンプの放つ殺気は肌で感じとれるほどで、スタンプの気持ちの悪い笑みも、既に面影の欠片すら無い。
その顔は憎しみに満ちていて、親の敵でも見るかのような目つきで、わたしを鋭く睨んでいた。
「俺のスピードは、最早止められないぞ」
スタンプが呟き、目の前から消える。
否、とんでもない速度で駆け出したのだ。
正直、加速魔法による恩恵の動体視力の良さが無ければ、スタンプの動きが全く見えないだろう。
現にお姉はついていけてない。
スタンプがわたしに接近して、斧を振リおろし、わたしはそれを受け止めず避ける。
わたしが避けた場所は空間ごと斬り裂かれ、振り下ろされた先の地面が割れる。
と言うか、避けられはしたけど、ギリギリだった。
後少し反応が遅れていれば、間違いなくやられていた。
そんな状況で、わたしに向かって追撃が来る。
それは6つに別れているグングニルアックスだ。
これまたスタンプ同様の洒落にならない速度でわたしに迫り、不規則な動きでわたしに斬りかかってきた。
正直かなりきつい。
やっぱりと言うか、この速度で6つは流石に数が多すぎるのだ。
エクスカリバーで弾き、避け、それを何度も繰り返すが、目に見えない風の刃も弾幕の様に飛んできていて避けきれない。
致命傷になるものや、当たると不味い物を見極める。
だけど、捌ききれないと判断して、わたしはそれ等の攻撃から逃げる為に下がる。
でも、流石に逃げきれない。
グングニルアックス程ではない切れ味と速度だけど、見えない風の刃が厄介すぎた。
集中すれば飛んでくる方角は予測できるけど、それをグングニルアックスがさせてくれない。
どうしても風の刃は幾つか食らってしまう。
体のあちこちを何度も斬られ、でも、胸元にいるお姉だけは必死に守った。
するとそんな時だ。
突然お姉が叫び出す。
「動物部分変化! ミニマム愛那ちゃんアイズバージョンですううう!」
「――へ?」
瞬間――わたしを襲っていたグングニルアックスが、次々とアイギスの盾で防がれていく。
しかもそれは正確で無駄がなく、6つ全てを防ぎきっただけでなく、アイギスの盾がスライムの様にぐにゃりとしてグングニルアックスを包み込んだ。
「アンド、アイギスの盾スライムスタイルですうう!」
お姉がスライムスタイルと言い終わる頃には、全てのグングニルアックスがアイギスの盾に包まれて地面に落ちていた。
おかげで余裕が生まれたわたしは、直ぐに全ての風の刃を相殺した。
「お姉……ヤバ」
「ふっふっふ~。どうですか? 愛那ちゃん。お姉ちゃんもやる時はやるんです!」
「いや、マジで凄いよ。って言うか、ミニマム愛那アイズバージョンって何?」
「違います。ミニマム愛那ちゃんアイズバージョンです。動物変化の力で、私の目を愛那ちゃんのおめ目に変えて、動きが見えるようにしました。見えたら後はシュシュに念じて、魔法を使うだけです」
「なにそれ……? もう変化の域ホントに越えて無い? 変化って言うかそのものじゃん。何でもありなの?」
とは言うものの、思い返してみれば最初からそうだったのかもしれない。
思い返してもみれば、この世界に来てまもなくの頃、お姉がパグに変身した。
あの時から既に、その変身した動物の特徴を使えていたし、トカゲに変身した時は羽も無いのに空だって飛んだ。
つまり、今更なのだ。
最初からお姉は同じ様な事をやっていて、今更驚く方がおかしかった。
サガーチャさんの言う通り、お姉は始めから天才的に力を発揮していたのだ。
「一応聞くけど、姿を変えたら、その変えた相手の魔法やスキルも使えるの?」
「それは出来ないです」
「そっか。まあ、そうだよね」
使えるなら、是非使ってほしいと思ったけど、そこまで便利ではないみたいだ。
ともあれ、お姉のおかげで状況が再びよくなった。
まあ、スタンプは驚き通り越して、かなり怒ってるみたいだけど。
止められないとか言ってたし、本人かなり恥ずかしいんじゃないかって感じだ。
まあ、知ったこっちゃないけど。
「丁度良い! 風も申し分ない。俺は自分が生みだした風に乗り、スピードをあげる事が出来るんだよ。そしてこれから、俺の力を見せてあげるよ、マナちゃん」
気が付けば、酷い時の台風のような風は家がまるごと飛ばされるレベルまでになっていた。
わたしが平然と立っていられるのは、お姉が盾で壁を作ってくれているからだ。
「怒りの力……“憤怒”の力【激昂狂者】をな!」
スタンプが怒声を上げて、全身が燃える様に赤くなる。
全身から煙が上がって、大地が軽く揺れた。
「何あれ? あいつだけ別の世界の生き物なんじゃないの!?」
「こ、怖いでずうううう!」
お姉が怯えるのも分かる。
肌が赤くなって煙なんて出してるから、正直言って見た目がかなり怖い。
だけど、怖がってる場合でも無い。
次の瞬間、スタンプがわたしに向かって跳躍した。
そのジャンプ力は尋常じゃなく、速度で言うなら光速の領域。
一瞬でわたしの目と鼻の先まで近づいた。
「――っくぅ」
スタンプの攻撃を寸での所でエクスカリバーで受け止めて、わたしは力負けして後方に吹っ飛ぶ。
そして、わたしをスタンプが追って来た。
「この力はまさに俺の貴様への怒りの象徴だ! 何度も貴様に邪魔されてきた俺の怒りを思いしれ!」
ここにきて、わたしは一つの真実に辿り着いてしまったらしい。
つまりこいつ、ストーカー野郎のスタンプが“憤怒”の力を手にしたのは、わたしへの怒りが原因なわけだ。
何が怒りの象徴だふざけんなって話だ。
だいたい邪魔って言うけど、モーナのストーカーをして、そんなくだらない事で周囲を巻き込むこいつが悪いのだ。
エクスカリバーを地面につきつけて吹っ飛ぶ勢いを消し、スタンプを迎え撃つ。
「だったらストーカーなんてするんじゃないわよ!」
エクスカリバーとラブリュスがぶつかり合い、爆発するような衝撃がわたしとスタンプを中心に広がった。