027 少女達の決意
わたし達のピンチに駆けつけたモーナは尻尾の毛を逆立てて、爪を長く伸ばして構える。
熊鶴のポレーラも、モーナと向かい合って大きく羽を広げた。
モーナとポレーラは睨み合い、この場に張り詰めた空気が漂い始める。
わたしはラヴィの手を握り締めて、ラヴィもわたしを握る手に力を込める。
お姉はわたしとラヴィの前に立って、いつでも魔法が使えるように身構えた。
張り詰めた空気が漂う中、ラヴィの母親の目が淡く光った。
「気をつけなポレーラ。その猫人、馬鹿っぽいわりには強いみたいよ」
「ほお。ミチェリ様の【鑑識眼】で強者と出たのですか。それは怖い。出来れば、戦いたくはないですね」
鑑識眼……、ステチリングで見たラヴィの母親のスキルだ。
もしかしたら、ステチリングを使わなくても、相手のデータがわかるのかも。
「怠けた事言ってないで、さっさと片付けな。猫人は殺しても良い。価値なんて無いからね」
「仰せのままに」
「誰が病人だ! 私は健康体そのものだ!」
「モーナ……」
張り詰めた空気の中、唯一一人空気が読めていない馬鹿なモーナ。
と、思いきや、もう一人空気が読めない馬鹿が目の前に……。
「そうです! モーナちゃんは病人なんかじゃありません! 元気いっぱいです!」
「お姉……」
思わずため息が出てしまいそうになるのを堪えて、わたしは気を抜かない様にカリブルヌスの剣の柄を持って集中する。
味方のお姉とモーナの馬鹿な雰囲気にのまれて、わたしが気を抜いてしまったら駄目だ。
少なくとも、この馬鹿な二人と違って、ポレーラは全く気を抜く事無く今にも飛びかかって来そうだった。
ポレーラにステチリングの魔石の光を当てる。
ポレーラ
種族 : 熊鶴
味 : 猛毒
特徴 : 人語理解
属性 : 風属性『風魔法』
能力 : 『炎拡操作』覚醒済
炎拡操作、炎の原因は多分これだ。
あの時は……海で見た時は気温が暑かったのもあって、そう言う鳥なんだと思って気にもしなかったけど、これで炎を操ってるのは間違いない。
モーナとポレーラが同時に動く。
ポレーラの羽が炎を纏って舞い散り、モーナを一斉に襲う。
モーナはそれを爪で斬り落としながら、ポレーラに向かって走り出した。
ラヴィの母親もただ見ているだけでは無かった。
まるでサッカーボールを持つ様に両手を前に出して、そこに氷の結晶体が集合していく。
「愛那、瀾姫、逃げて」
「え!?」
ラヴィがわたしの手を強く引っ張って、出口に向かって走り出す。
わたしは手を引かれるままラヴィと一緒に走り出したけど、その時、ラヴィの母親の両手に集合していた氷の結晶体が弾け飛んだ。
「アイスバーストよ! 逃げられると思わないでね」
氷の結晶体が弾け飛ぶ事で生まれた細かく鋭い氷の欠片が、部屋の中を無差別に飛び回る。
「アイギスの盾!」
「アイアンシールド!」
お姉がわたしとラヴィを護るように立ち、魔法でわたし達を護る。
それと同時に、モーナは鉄の盾を魔法で作り出して、自分の身を護りながらポレーラに接近した。
モーナの爪が淡く茶色に光り、ポレーラの羽も淡く緑色に光る。
「スティールクロウ!」
「スラッシュ!」
二人が同時に呪文を唱えた瞬間に、モーナの爪が鋼に纏われて、ポレーラの羽からは風の刃が放たれた。
でも、ポレーラから放たれた風の刃は、ただの風の刃では無かった。
その刃は炎を纏っていたのだ。
モーナはそれを見た瞬間に爪をひっこませて、風の刃を寸でで避ける。
「あーっ! 厄介なスキルだな!」
モーナはわたし達の所までさがって、尻尾の毛を逆立ててポレーラを警戒しながら、ラヴィを一瞥してから呟く。
「ラヴィーナ、悪いけどお前の家壊すからな」
「家を壊すって、モーナ、アンタ何言って――」
「グラビティレイン!」
わたしの言葉を聞きもせず、モーナが魔法を唱えた途端に、目に見えない重力の雨が周囲を襲った。
畳に雨粒程の大きさの穴が無数に広がり、部屋の中にあった囲炉裏も音を立てて壊れていく。
目の前には見えない何かが……空気が歪んだ様なものが大量に降り注ぎ、ポレーラとラヴィの母親が頭上に魔法を唱えて必死に防ぐ。
「今の内に外に出て逃げるぞ!」
「わかった!」
モーナの掛け声に頷いて、わたし達はラヴィの家を出た。
ラヴィの家を出てから、ある程度の距離をとると、わたし達は立ち止まって振り返る。
既にラヴィの家が見えない所まで来ていて、ラヴィの母親とポレーラが追って来る気配は無かった。
かなり全力で走って逃げたおかげで汗も結構かいたし、随分と疲れてしまった。
わたしはモーナに振り向いて、息を切らしながら話しかける。
「でもモーナ、逃げる必要なんて……あったの? アンタなら負けそうに……ないんだけど?」
「あの熊鶴のスキルがかなり厄介だったからな~。それにラヴィーナの母親の魔法、アレを見て思った。マナ達を護りながら戦うのは、流石に分が悪いわ」
「モーナにしては……珍しく弱きだね? そんなに厄介なの?」
「そうだな。歩きながら説明してやる。多分皆こっちに向かって来てるからな」
「皆って、じーじさん達ですか?」
「そうだ。私がラヴィーナの家に行くって伝えたら、血相変えて自分達も行くって言いだしたぞ。私が一番早いから、皆より先に来てやったんだ。感謝しろ!」
「はいはい。ま、今回は本当に感謝するよ。ありがとう、モーナ」
わたしが素直にお礼を言うと、モーナは誇らしげに胸を張ってドヤ顔になる。
「皆に心配かけた……」
ラヴィが立ち止まって、眉根を下げて俯く。
わたしはしゃがんでラヴィの目線に顔を合わせて、微笑んで頭を撫でた。
「早く皆に会って安心させてあげよう? ラヴィ」
「うん」
ラヴィが頷いたのを見てから、わたしは立ちあがって、ラヴィと再び手を繋いで歩き始めた。
お姉もわたしとは反対側のラヴィの手を握って、わたしとお姉でラヴィを左右から挟んで歩く。
モーナはわたしの前を後ろ歩きで歩いて、先程の説明を開始した。
「まずはラヴィーナの母親だ。さっき使ってた魔法。あれは上位の魔法の中でも、結構ヤバい部類だ。ナミキのアイギスの盾が無かったら、多分マナも今頃死んでたぞ!」
「え? マ? そんなヤバいのあれ?」
「そうだな! 気付いてなかったのか? アレで壁が穴だらけになってたぞ」
今更になって寒気に襲われて、わたしはブルリと身を震わせた。
「でも、ラヴィーナの母親もナミキに防がれて、だいぶ驚いていたけどな! いい気味だ! あーっはっはっはっ!」
モーナは面白そうに笑ってるけど、わたしとしては恐ろしくて二度と出会いたくない魔法になってしまった。
「次は熊鶴だな」
「ポレーラのスキルってそんなに厄介なの?」
わたしが質問すると、モーナは頷いて答える。
「そうだ。本来は属性の違う魔法を絡ませる事が出来ないけど、熊鶴の炎はスキルであって魔法じゃ無いからな。二つの属性持ちを敵にしてるようなものだ。複数の属性持ちは珍しいけど、その厄介さを私は知ってるからな! それに、さっき私が避けた熊鶴の魔法があっただろ? 多分アレにあたってたら、私は今頃焼かれてたわ」
「そんなにヤバいの? あのスキル?」
「そう。ポレーラのスキル、元々は炎を広げるスキル。覚醒して、炎と一体化出来るスキルになった。だから、一度触れてしまえば自由に広げられる」
わたしの質問にラヴィが答えて、わたしは全身から血の気が引いていくのを感じた。
歩きながら考える。
正直、思った以上に大変な事になってきている。
モーナの手伝いで始まったお宝探しは、最初は順調に進んでいたけど、最後の【氷雪の花】でまさかの大苦戦だ。
手に入れる為に必要だった【礼雀のつづら】は、誰かさん達のせいで既になかった。
でも、代わりの物をメリーさんが作ってくれるとなって、【打ち出の小槌】を手に入れるまでの調子を取り戻したかのように思えた。
だけどそんな事は無くて、花を手に入れる為に、ラヴィに掛かっている魔法の封印を解く為に何とかしなければならない。
問題はモーナが厄介だと言っていたポレーラだ。
今回は逃げたけど、ポレーラにラヴィの封印を解いて貰わない事には、花についてはどうにもならない。
とは言うものの、【氷雪の花】の事が無かったとしても、ラヴィの為に母親との事をどうにかしてあげたいとも、わたしは思っている。
そんな事をわたしが考えながら歩いていると、突然目の前を歩くモーナが笑いだした。
「あーっはっはっはっ! お前も大変だなー!」
「な、何が?」
驚いてモーナに視線を向けて質問する。
モーナはラヴィに視線を向けて面白そうに笑っていて、わたしの質問が聞こえなかったのか答えない。
すると、お姉が少し眉根を上げてモーナを注意する。
「モーナちゃん、駄目ですよ。ラヴィーナちゃんが可哀想です」
ラヴィが可哀想?
考え事をしていたせいで、全く話の流れがわからないわたしは、ラヴィに視線を向けた。
ラヴィは相変わらずの虚ろ目を少しだけ大きく開けて、驚いている様だった。
益々意味が分からなくて、わたしはもう一度モーナに質問する。
「ねえ、モーナ? 何がそんなに可笑しいの?」
「可笑しいに決まってるだろ!」
今度はしっかりと聞こえたらしく、モーナはわたしの質問に答えて話し出す。
「私の知り合いにも、自分の子供の敵になって、自分の子供の友人を人質にとる様な酷い両親を持つ奴が一人いるんだ」
「は? 何それ? 聞いただけで本当に酷いんだけど……」
そう言って、わたしはモーナが何に笑っていたのか理解する。
多分、お姉がラヴィの母親との事を話したのだろう。
だから、モーナがラヴィの母親の事を聞いて、自分の友達の事を思い出してか知らないけど笑いだしたんだ。
わたしはそう思ったのだけど、少し違ったらしい。
モーナの話は終わらなくて、楽しそうに続きを喋る。
「それでな、私の知り合いは両親に呆れて、殺すとか言いだしたんだ!」
「へう。ご両親を殺すだなんて、言っちゃ駄目ですよ~」
「そうか? 私は賛成だ! 親だろうが、敵に回るならぶっ殺してやるくらいの気持ちでいいわ!」
「いやいや。流石にそれはどうなのよ?」
「親だとかそんなもの、気にしたら負けだ! 敵は敵、それだけだ! だから、そんなつまらん事気にするな! あーっはっはっはっ!」
つまりあれだ。
モーナは……この馬鹿は、母親に酷い仕打ちをされているラヴィに対して笑っているのだ。
流石にわたしも、この馬鹿の態度は腹ただしいので、文句を言ってやりたい……とも思ったけど、何となく、その言葉に救われた気がした。
そして、それはわたしだけじゃなかった。
「お母さんを殺すなんて嫌。でも……」
「ラヴィ?」
ラヴィが少しだけ俯いて、直ぐに顔を上げて、わたしの顔を見上げた。
「海で、愛那と瀾姫とモーナスに助けてもらって、凄く嬉しかった。私、愛那と、皆と一緒にいたい。お母さんと戦う」
「ラヴィ」
わたしはラヴィが愛おしくなって抱きしめた。
わたしだけじゃない。
ラヴィを抱きしめたわたしごと、お姉がラヴィを抱きしめて、モーナもその上から抱きしめる。
と言っても、モーナはわたしやお姉とは違う。
愛おしいとか、そう言うのじゃなくて、ノリの様なものだった。
楽しそうに笑って抱き付くモーナの顔は、憎らしい程に笑えてくる。
「打倒ラヴィの母親だな!」
「うん。出来れば穏便に済ませたいけど、それが出来ないなら仕方が無いか」
「愛那もラヴィーナちゃんも、絶対に私が護ります!」
「私も頑張る」
わたし達は立ち上がって、利き手を上げて「おー!」と声を上げた。
そしてそこへ、ようやく彼等が到着する。
「どうやら、皆無事な様だ」
不意に声が聞こえて振り返ると、じーじさんとラクーさんとフォックさんが、わたし達を見て安堵していた。
「良かったぽん」
「ラヴィーナの家に行ったって聞いた時は、心臓が飛び出るかと思ったんだよね」
ラヴィがじーじさん達に駆け寄って、小さく頭を下げた。
「皆、心配かけた。ごめんなさい」
「いいさ。ラヴィーナが無事だったのだから」
「そうだぽん。安心したぽん」
「そうなんだよ。無事ならそれが一番なんだよね」
「ありがとう」
口角を少し上げたラヴィの微笑みを見て、じーじさん達も嬉しそうに微笑んだ。
ラヴィが母親と戦うと決めたんだ。
わたしだって、いつまでもこのままじゃいられない。
何処まで出来るかなんてわからないけど、それでもこの心に誓ってわたしは決めた。
「頼むぞ相棒」
静かに小さく呟いて、カリブルヌスの剣にそっと触れた。
わたしがラヴィの母親を……この手で斬るんだ。




