266 落ち込んでる暇なんて無い!
アイリンの腕から力が無くなり、ペン太郎を抱きしめていた腕がぶらりと下がると、2人は魔石の中に吸収されてしまった。
いつの間にか、アイリンとペン太郎に向かって魔石が投げられていて、ポフーが2人を魔石の中に吸収したのだ。
「ポフー! 何で!?」
2人を吸収した魔石をポフーより先に取ろうと、ポフーに向かってカリブルヌスの剣を振るおうとして、でも、振るえなかった。
ポフーはそれを見ると微笑んで、直ぐにスタンプの所まで戻って行く。
そして、アイリンとペン太郎を吸収した魔石を掴んだ。
「ポフーも物好きだな。そんな役に立たない奴等まで吸収したのか? 死んでしまったら、スキルが使えないどころか、魔法だって残留した魔力分だけしか使えないんだろう?」
「うふふ。お兄様からすれば役に立たないかもしれませんが、それでも私にはそれなりに強大な力なのですわ」
「そうか。それなら好きにすると言い」
「はい、お兄様」
「さて、漸く邪魔者がいなくなったね、モーナスちゃん」
スタンプが氷で地面に縛られたモーナに笑顔を向けて、モーナがそれを睨んだ。
「邪魔なのはおまえだ!」
「やれやれ、まだ照れてるのか。相性で呼ぶのが照れくさいのかと思って、モーナちゃんではなくモーナスちゃんと言ってあげているのに、本当に困った妻だ。だが、そんな所も可愛い」
「呼び方なんて知るか! それに妻になった覚えはない! 気持ち悪い奴だな!」
「人前だとそうやって直ぐ照れるんだね、君は。仕方が無い。ポフーの言う通りだな。やはり先にマナちゃんと話し合おうか」
そう言って、モーナの言葉を全く理解しないスタンプは、モーナではなくわたしに向かって歩き出した。
「ポフー、既にグラスも吸収してあるんだろ?」
「予め魔石を仕掛けておきましたので、グラスだけでなく、他の方々も済んでいますわ」
「流石だ。なら、モーナスちゃんは任せたよ?」
「はい、お兄様」
ポフーがモーナに一瞬で近づき、魔石をかざす。
すると、モーナの目の前に大きな氷が飛び出した。
そして次の瞬間、モーナだけでなく、ポフーも一緒に氷の中に入って行った。
「愛那ちゃん、モーナちゃんが!」
「グラスのスキル【万華鏡】だよ」
わたしに駆け寄ったお姉に答えて、わたしはスタンプを睨む。
スタンプは一定の距離までわたしに近づくと、槍を宙に浮かせて、背中に背負っていた斧を手に持った。
その顔は終始ニヤニヤと笑っていて不気味だ。
「マナちゃんには先に教えてあげるよ。俺は既に“憤怒”の力を手に入れている」
「……だから何? 無駄な抵抗はやめろって言いたいの?」
「その通りさ。それにね、俺は君を愛人では無く、ポフーの友人として家族に迎えても良いと思っているんだ」
「ポフーの友達は元から。だけど、アンタみたいな気色の悪いストーカーと家族なんて、死んでもお断り」
「そうです! 愛那ちゃんは私の妹なので、貴方のような悪い人にはあげないです!」
「聞き分けのない性格は姉譲りか。仕方が無い。君のお姉さんを殺せば目が覚めるかな?」
「はあ!? ふざけんな! 目を覚ますのはアンタだ! モーナに振り向いてくれないからって、人まで殺して!」
「仕方が無いだろう? 俺だって君に一度は殺されかけたんだ。手段を選んでいられないじゃないか」
「――っ!」
“君に一度は殺されかけた”と言う言葉に、わたしは何も言い返せなくなった。
それだけは、その言葉だけはスタンプの言う通りだった。
バンブービレッジでの戦いで、わたしは一度スタンプを殺しそうになった。
結果的にスタンプは一命をとりとめたけど、それでもその事実は本当の事だ。
決して誤魔化したり忘れて良い事なんかじゃない。
「正当防衛です! ノーカンです! と言うか、スタンプさんの自業自得です! 私の可愛い妹に逆恨みしないで下さい!」
「お、お姉……?」
心が沈みかけた時、お姉がスタンプに指をさして訴えて、わたしは驚いてお姉の顔を見た。
お姉はプンスカと言うふざけた単語が似合いそうな顔で怒っていて、その顔がいつものお姉って感じがしたせいか、何だか沈みかけた心が救われた気がした。
「自業自得? 逆恨み? それはこっちのセリフだ! 人が下手に出ていれば調子にのりやがって! ポフーが貴様等に好感を抱いていなければ、今直ぐにでも殺したい所なんだ! 最も許せないのは、俺のモーナスちゃんに色目を使って誘惑した事だ。この罪は何よりも重いぞ! だからあの2人も殺した!」
「罪が重いのは貴方です!」
お姉の声色が変わった。
それは、真剣で、悲しみと怒りを含んだ声だった。
「スタンプさん……貴方は、貴方は最低な人です! 何が誘惑ですか! じゃあ、貴方はたったそれだけの為にアイリンちゃんとペン太郎くんを殺したんですか!? アイリンちゃんが、ペン太郎くんが貴方に何をしたって言うんですか!?」
「何をしただと? 簡単だ。モーナスちゃんが村に来たら、一緒に連れて来た奴等を含めて村から出すなと言う命令に背いた。貴様の妹と同じだ。俺とモーナスちゃんの関係を壊そうとしたんだ」
「――っ!?」
「マナ、メレカ、ラーヴ、シェイド……4人も村から出たんだ。殺されて当然だろう? 言う事を聞けないなら、あの時“憤怒”を殺した様に、ペン太郎の命も奪うと言っておいたが、無能には意味が無かった。1人や2人までならまだしも、4人は多すぎだ。しかも、いくら殺したいほど憎く思っているとは言え、俺の妹のポフーの友人であるマナを村の外に出すのは流石に見過ごせないだろう? 俺はポフーにとっての良い兄でなければならないのに、本当にいい迷惑だ」
「わたしの……せい? わたしが村を出たから……」
自分が村から出たのが原因だったと言うショックで、全身から力が抜けて、わたしはカリブルヌスの剣を落とした。
そして、立つ力さえも無くなって、気付いた時には両膝を地面につけていた。
「違います! 愛那ちゃんは悪くありません!」
お姉がわたしを抱きしめた。
優しくて温かい感触に包まれて、涙が出そうになる。
するとそんな時、今まで聞いた事の無いお姉の怒気を孕んだ声が聞こえた。
「何でもかんでも人のせいにしないで下さい! そうやって全部人のせいにして、自分は悪くないとでも言いたいんですか!?」
お姉の顔を見上げると、そこには見た事の無いお姉の怒った顔があった。
こんなにも怒った顔をしたお姉を見たのは初めてだった。
「人のせいも何も、俺は本当の事を言っただけだ。全部お前達の自業自得じゃないか。俺は被害者だぞ? 可笑しな事を言う女だな、貴様は」
「貴方は――」
「お姉、もう良いよ」
「――愛那……?」
お姉が心配そうにわたしを見つめる。
今まで見た事なかったお姉の怒った顔に、本当に心配そうにわたしを見つめるお姉の顔。
二つの顔を見て、わたしは妙な落ち着きを感じた。
わたしが一度村を出る時に、アイリンは何も言わずに見送ってくれた。
その結果スタンプの言う通り、知らなかったとは言え、アイリンが追い詰められてしまう事をしてしまった。
言ってくれればとか、本人がいれば色々言えたけど、もうアイリンはいない。
きっとアイリンは1人でずっと色々考えてくれたんだと思う。
わたし達の事なんか気にしないで、ペン太郎を助ける事だけ考えてくれたら良かったのに。
アイリンは、とっても優しい子なんだ。
だから、わたしの目の前に立ったあの時、泣き出しそうだったんだ。
「アイリンの事は、全部終わったらケジメをつける」
「ケジメ? 愛那、でもそれは――」
「お姉、だからさ。スタンプを倒す為に力を貸してよ? あいつだけは絶対にここで倒さないと駄目なんだ」
「愛那……」
お姉から離れて、真剣に目を合わせる。
お姉は心配そうにわたしを見ていたけど、直ぐに真剣な表情になって頷いて、笑顔になる。
「分かりました。でも、ケジメをつける時は、お姉ちゃんも一緒ですよ」
「うん。ありがとう、お姉」
ケジメと言っても、今は何をすれば良いのか、正直よく分からない。
でも、それでも今は目の前にいる、この悪質なストーカーのスタンプを止めないといけない。
自分の行動が原因で、アイリンを、ペン太郎を、2人を殺してしまった。
こんな結果になるなんて、あの時は想像もしてなかった。
考えれば考える程、気持ちが落ちていくけど、それは後でだって出来る。
落ち込んでる暇なんて無い!
わたしは自分に心の中でそう言い聞かせる。
そして、カリブルヌスの剣をを拾って、スタンプに向き合って構えた。
すると、スタンプがあくびを一つして、頭をかいた。
「感動の姉妹愛は終わったか? で? どうするんだ? 俺としては、ポフーには悪いが話し合うのはやめにして、二度と逆らえない様にしてやりたい所だが」
「へえ。待っててくれたんだ? 意外と紳士な所もあるんだね。それで? 逆らえない様にって、何するつもり?」
「お前の姉は目障りだから殺して、お前は腕を二本とも切り落とす。ポフーも命さえあれば喜んでくれるだろう」
「最っ低のクズだね」
「俺がせっかく生かしてやると言っているのに、恩を仇で返すような態度をする貴様こそクズだろう。一々苛立たせるガキだな。俺は基本優しく慈悲深く温厚な性格だ。小さい女の子にはとくに優しくしているし、ある程度は大目に見てやってる。それなのに貴様の事がここまで憎く感じるとは、一度殺されかけたとは言え、貴様は人を苛立たせる才能があるんじゃないか?」
本当に話が通じない。
思えば、出会った時からずっとそうだった。
これ程までに自己中心的な考えを持った人間は、他にいないだろう。
最初は【高速なでなで】とか言う変なスキルを持っているだけの、ただのロリコンだと思っていた。
それがこんな風に再び関わって、人をここまで不快にさせる奴になるとは思わなかった。
正直言って、いい加減に鬱陶しいし関わりたくない。
と言うか消えてほしい。
長々と聞きたくもない話に嫌気を覚えながら、わたしがスタンプを睨むと、その時だ。
お姉が小さく「へぅ!」と声を上げて、小声でわたしに話しかけてきた。
「た、大変です! ラヴィーナちゃんがいません!」
「……は?」
ラヴィが眠っていた場所に視線を向けると、そこにラヴィの姿は無かった。
そして、わたし達の様子に気づいたスタンプが、ニヤリと笑んで答え合わせをする。
「うさ耳の子供なら、ポフーが一緒に万華鏡の中に連れて行ったぞ」
良かったと言うべきか悪かったと言うべきか、何はともあれ、わたしは心の中で懇願する。
お願い、モーナ。
ポフーとラヴィの事、頼んだからね。
と。




