264 集う者達
わたしとラヴィがグラスとネージュを倒した直後の事。
クラライト城下町を襲っていて氷のゴーレムの大群が、次々とその身を崩れさせて消えていった。
氷のゴーレムと戦っていたシャイン王女様は、率いた騎士達に直ぐ次の指示を出し、自身はサガーチャさんがいる場所へと急いだ。
理由は、サガーチャさんが中心になって、城下町で暴れる死人と戦っているからだ。
と言っても、その中心となっているサガーチャさんは、レールガンとやらを改造したマジックアイテム【なんちゃって聖なる炎】をぶっ放して町を燃やしてしまってるのだけど……。
シャイン王女様がサガーチャさんの許に辿り着くと、サガーチャさんはシャイン王女様を一瞥して、と言うより目が合った瞬間にシャイン王女様から目を逸らした。
それを見て、シャイン王女様は額に冷や汗を流して側まで近づいて話しかける。
「こちらの方は……順調? の様ですね」
ランさんをわたしが呼び寄せた直後に、サガーチャさんの側にはクラライトの騎士を護衛として側に置いていた。
そう言う事もありシャイン王女様が砕けた態度では無く、王女様として恥ずかしくない態度で話しかけると、サガーチャさんはシャイン王女様に体を向けて頭を下げた。
「すまない。民家を幾つか燃やしてしまった」
「は、はい。それは伺っています。ですが……その、気にしないで下さい。そ、それより、氷のゴーレムが一斉に消えました。こちらの死人には変化がありませんでしたか?」
「ああ。残念ながら無いね。ランくんがマナくんの許に向かった事を考えると、恐らく氷のゴーレムを操っていた者を倒したのだろうね」
「やはりサガーチャ殿下もそう思われますか。私も同じ意見です」
シャイン王女様が真剣な面持ちで答えると、そこへ「おーい!」と大きな声を上げながら、ジャスが手を振ってやって来る。
ジャスの顔は何やら慌てたような表情で、2人はそんなジャスの顔を見てクエスチョンマークを頭に浮かべた。
「ククちゃん達が何処にもいないの! 2人とも見なかった!?」
「え!? み、見てない……って、アスモデちゃんに預けたって聞いたけど?」
「それが、アスモデちゃんが目を離した隙にいなくなったって言ってたの!」
「えええええええええっっっ!?」
「どうしよー!?」
アスモデの所で非難していたクク達の失踪。
まさかの事態に驚愕して、騎士の前だと言うのにシャイン王女様が地を表に出して、ジャスと一緒に頭を抱えて慌てふためく。
しかしそんな中、サガーチャさんはその様子を冷静に見ながら考えた。
「ジャスミンくん、一つ確認だけど、スミレくんにはこの事は伝えたかい?」
「え? スミレちゃん? まだだけ…………あ! そっか! スミレちゃんなら匂いで居場所が分かるかも!」
「今直ぐスミレさんの所に行こう!」
「うん!」
2人が意気込んで頷き合うと、そこでサガーチャさんの護衛をしていた騎士が、恐る恐ると言った感じで「あの……」と呟いて手を上げた。
すると、ジャスとシャイン王女様が騎士に視線を向けて、騎士がビクリと体を一瞬震えさせて言葉を続ける。
「す、スミレ殿でしたら、少女達を連れて何処かへ行かれました」
「「――――っ何処に!?」」
騎士からの情報に驚き、ジャスとシャイン王女様が同時に声を出して騎士に詰め寄る。
美女と美少女に詰め寄られて……と言うよりは、この国の王女様であるシャイン王女様と、魔性の幼女と言われ精霊使いとしても有名なジャスに詰め寄られて、騎士はたじろいで一歩下がる。
そして、何処からともなくくる2人の威圧的な何かに圧倒されて恐怖し、顔を青ざめさせて若干ではあるが半泣きしながら口を開いた。
「た、探偵団がどうのと仰っていましたが、い、い、行き先までは……」
騎士が答えると、ジャスとシャイン王女様は騎士から離れて、2人とも「うーん」と唸りながら考える。
そして、ジャスの方から「それって」と、思いだすように声を出した。
「ドワーフの国で出来たお友達と一緒に作ったって言ってたよね?」
「うん。他にもメンバーがいて、スミレさんがあの子達と一緒に集めてたのを見たよ。なんか、残りのメンバーもこの町にいるとかいないとか、ククちゃんとカルルちゃんが話してたのを聞いたの。まだ集めてるのかな?」
「死人が暴れてるこんな時に? 残りの子達も避難所に避難してるだろうけど、そんなのスミレちゃんがさせると思わないけど……」
「なら避難場所を変えてるとか……?」
2人が、あーでもないこーでもないと話していると、サガーチャさんがニマァッと笑みを浮かべて口を開く。
「なるほどね。少し……いや、かなり困ったものだけど、みんな友達思いのいい子達だね」
「え? サガーチャちゃん分かったの?」
サガーチャさんの言葉にジャスが驚いて尋ねて、シャイン王女様と騎士もサガーチャさんに視線を向けた。
すると、サガーチャさんは頷いて、再びニマァッと笑みを浮かべた。
「彼女達は、スミレくんと一緒にグラスタウンに向かったんだよ」
「「ええええええええええええっっっっっ!?」」
◇
所変わってグラスタウン。
バーノルドの館の敷地内で、モーナがポフーを相手に戦っていた。
館は所々破壊されていて、瓦礫の山となっている。
館と庭を囲う塀もそれは同じだ。
そして、そこにはランさんの姿は無かった。
ここにいるのはお姉とモーナ、そしてポフーの3人。
お姉は心配そうに眉根を下げて、2人の戦いを見守っている。
「ローリングフレイム」
ポフーが魔法を唱え、プロペラの形をした炎が回転しながらモーナに向かって飛翔する。
その火力は尋常では無く、それなりに距離を置いて離れて見ているお姉にまで熱が伝わってきていた。
モーナはそれを寸でで避け、ポフーに向かって一気に跳躍。
その速度は音速の域に達していて、普通であれば捉える事の出来ない速度。
だけど、ポフーには通じなかった。
モーナがポフーを間合いに入れ爪を振るった直後、ポフーが魔石を目の前に投げ、まるで斬撃のような風が魔石から飛び出した。
そしてそれはモーナの爪の斬撃を防ぎ、更にポフーがその魔石を掴んで、空気を圧縮した球体が発射される。
「――っ」
モーナは咄嗟に空気の球を避けたけど、それが左頬を掠め、一度距離をとる為に後方へ下がる。
念の為に追い打ちを警戒したけれど、ポフーは追い打ちをせずに、その場でジッとモーナを見ていた。
「炎属性の癖にランの風属性の魔法を使うなんて、その魔石を操るスキル、結構厄介だな」
空気の球を左頬に受けて少しだけ血が流れたので、モーナがそれを腕で拭いながら話すと、ポフーはつまらなそうに答える。
「厄介と言っていますけど、それでもこの程度は貴女には通じないと分かっていますわ。ランさんを吸収する前に、魔力を使わせ過ぎてしまったのは失敗でしたわね」
「【魔石使い】か。おまえがスキルで魔石の中にランを吸収した時は驚いたぞ」
「私のスキルと言うより、この魔石の力ですわ。私は魔石の力を最大限に利用しているだけです。その結果が、魔石で対象を吸収し、吸収した対象の力が使えるにすぎませんわ」
「そんなのどっちも同じだろ」
「確かに、他人から見れば同じですわね」
「ポフーちゃん! もうやめて下さい! 愛那ちゃんだって、今のポフーちゃんを見たら悲しみます!」
モーナとポフーが言葉を交わしていると、そこへお姉がポフーに呼びかけた。
だけど、ポフーはお姉には視線を向ける事なく、ただ淡々と答えるだけ。
「マナねえさんの名前を出して説得しようとしても無駄です。それに、これはただの時間稼ぎですわ」
「時間稼ぎ……?」
ポフーの答えにモーナが眉間にしわを寄せて訝しむ。
「マナが来るのを待ってるのか?」
「まさか。私が待っているのはお兄様ですわ」
「お兄様?」
「あ、分かりました! ポフーちゃんを迎えに来たお兄さんですよ!」
「そう言えばそんな奴がいたな。お前の兄がこっちに来るのか?」
「そうですわね。ただ……」
「ん?」
ポフーは何かを言おうとして、手で口を抑える。
それから軽く首を横に振って、ニコりと笑んだ。
「いえ、何でもありませんわ。それより、あの姉妹は使い物になりませんわね」
「あの姉妹……?」
ポフーがお姉の背後へと視線を向けて、モーナとお姉が視線の先を目で追うと、その先には鏡の中から出てきたラテールとラーヴとペン太郎の姿があった。
3人はわたしと合流する前に、先に戦闘の音が聞こえていたこちら側に来てしまったのだ。
お姉は3人を見ると、目を瞬きさせて首を傾げる。
「あれ? 愛那ちゃんとラヴィーナちゃんがいません」
「2人なら先にこっちに戻って来てるです」
「がお」
「先にこっちに戻って……ですか? いませんよ?」
「ワイ等は鏡の世界に閉じ込められていたペン」
「そうだったんですか!? じゃあ愛那ちゃんとラヴィーナちゃんは何処かにいるんですね」
「がお。……がお? みんないない」
ラーヴが頷いて直ぐに、周囲を見回して首を傾げた。
その様子にラテールも首を傾げて、ラーヴに「皆って誰です?」と尋ねる。
すると、ラーヴは「がお」と呟いてから言葉を続ける。
「ここ、ママと一緒に悪い人倒ちたとこ。でも、悪い人いなくなってる」
そう。
実は今モーナとポフーが戦っているここは、わたしがボウツと戦っていた所だったのだ。
つまり、本来であれば気絶しているボウツや元奴隷商人達がいる筈なんだけど、誰一人としてこの場にはいなかった。
「ここにいた方達は、ポフーちゃんの魔石に吸収されちゃいました。それに、ランさんもです!」
「がお!?」
「魔石に吸収されたです!?」
「ひいいいっ! 怖いペンー!」
ラーヴとラテールが驚いて、ペン太郎が怯えて頭を隠すようにして丸くなる。
すると、ポフーがペン太郎に冷やかな視線を向けて呟く。
「過去の傲慢な性格は見る影もありませんわね」
「傲慢な性格? 昔の、ペン太郎の過去を知ってるのか?」
「ええ。そうですわね……ふふ。もし気になるのでしたら、丁度役者も揃いましたし、アイリンに聞いてみてはいかが?」
「何?」
そう言ってモーナが眉間にしわを寄せたその時、ラヴィを背負ったわたしと、スタンプとアイリンがこの場に揃う。
わたしはお姉達の側に、スタンプとアイリンはポフーの背後に、偶然にも揃ったのだ。
「マナ!」
モーナが声をあげ、お姉とラテールとラーヴがわたしに気づいて視線を向けた。
わたしはお姉やモーナ達に視線を向けずスタンプを見て、呼ばれても視線を逸らす事は無かった。
何故なら、わたしは到着早々に、スタンプが手に掴んでいる2人を見てしまったからだ。
「トンペット! プリュイ!」
そう。
その2人とは、何処かで眠っている筈のトンペットとプリュイだった。
2人はスタンプと争ったのか血を流していて、意識は無く、スタンプに捕まってしまっていたのだ。
「――っ。愛那ちゃん、無事で良かったです。でも……」
「うん、お姉。これって結構最悪な状況かも」




