263 妖精姉妹との決着
「マ…………」
「……ナマ……」
「ん……」
「マ……ママ」
「っ…………ん」
「マナママッ」
「――っ!」
どうやらわたしは気を失っていたようだ。
目が覚めると、視界には星空と、ラテールとラーヴの顔が見えた。
2人が呼んで起こしてくれたらしい。
上体を起こして周囲を見まわすと、バーノルドの館の広い庭だった。
だけど、何か妙な違和感がある。
その違和感に首を傾げると、背後にペン太郎がいて話しかけてきた。
「無事で良かったペン。どこか体調の悪い所は無いペン?」
「え? ああ、うん。ありがと、ペン太郎。それより、他の皆は?」
「ラテもよく分からないですが、ここは氷の中の世界です」
「へ? ……あっ! 思いだした! そうだよ。いきなり出てきた氷の中に吸い込まれたんだ」
「がお」
再び周囲を見回して、違和感の正体に気付く。
ここは全てが左右反対になっていて、だから違和感を覚えたのだ。
「って事は、これって【万華鏡】って事か」
「がお?」
「ほら。クラライト城でバーノルドのスキルを調べてたでしょ? あの時に見たんだよ。確か……鏡、もしくは鏡の様に姿を反射出来る物を使って出すスキル。それで効果は、対象相手が鏡に映った自分と目を合わせると、鏡の世界に閉じ込められるとかだったと思う」
「面倒なスキルです。対処方法はあるです?」
「えーっと、確か鏡に触れれば向こう側に戻れるはずだよ。鏡さえあればそんなに厄介なスキルじゃ無かったと思う。あっ。でも、ガラスとかの姿が映る物は駄目だったはず。入って来る時と違って、ちゃんと鏡じゃないと駄目だったんじゃなかったかな」
「それなら今直ぐ鏡を探すペン」
「決まりです」
「がお」
ありがたい事にここには館があるので、鏡を見つけるのは簡単だ。
とりあえずさっさと元の場所に戻らないとと、わたしは立ち上がってラテール達と鏡を探しに歩き出した。
だけど、その時だ。
突然わたし達の目の前、地面から氷が生えてきて、それは手のひらサイズの二頭身の女の子に姿を変えた。
その姿は氷の妖精グラス。
わたしが知っているグラスの姿は、普通の人と変わらない、それも大人サイズなだけあって最初誰だか分からなかった。
でも、その顔から見せる表情や、そもそも顔が大人サイズを幼くしたものだったので直ぐに気付いた。
「まさか出る方法を知られてたなんてね。でも、困るのよね~。ここから出られると」
「魔族化した愚か者が困った所でどうでもいいです! さっさとこんな所からはおさらばするです!」
「そんな事させるわけないでしょ?」
グラスが槍を出現させて、それを構えて、ラテールに向かって飛翔する。
ラテールは直ぐに目の前に魔法陣を浮かび上がらせて、そこから鋼鉄の盾を出現させた。
グラスの槍をラテールが盾で受け止めて、その瞬間に盾が氷に覆われる。
「精霊如きがアタイに勝てると思うな!」
「お前は馬鹿です? ラテより注意した方が良い相手がいるですよ?」
「――何っ?」
瞬間――グラスが灼熱の炎に覆われる。
「ああああああっっっ!!」
グラスは叫び声をあげて、その場で氷のように溶けて消えていった。
「ナイスです、ラーヴ」
「がお」
流石に相性が抜群に良い。
ラテールがグラスを煽って注意をひきつけて、その間にラーヴが背後に回って炎の魔法を使う。
2人には加護の通信があり、言葉を発する事なく話し合う事が出来るので、グラスにそれを知られる事なく作戦を実行した。
まあ、これでグラスが死んだわけではないだろうけど、多少は時間を稼げるだろう。
と、思ったのだけど、そう言うわけにはいかないらしい。
「ふざけやがってえええ! 表にいる生意気な雪女の子供の相手だってしなきゃいけないのに!」
目の前……ではなく、周囲にグラスが複数現れた。
正直その数は数える気になれない程に多くて、鏡の世界だからってやりたい放題かよと文句を言いたくなる。
「流石に多すぎです」
「が、がお」
「まあ良いわ! ネージュが来てくれた事だし、アンタ等を優先して相手してあげる! 向こうはネージュに任せて側にいれば平気そうだしね!」
「……そっか。ラヴィも戦ってるんだ」
わたしはカリブルヌスの剣を構えて、ペン太郎を護るように前に立つ。
ペン太郎は相変わらず身を震え上がらせていて、護らなきゃと思ったから。
だけどそんな時だ。
ペン太郎が震えながらも、わたしの目の前に立った。
「ペン太郎?」
「わ、ワイに任せるペン」
「へ? 任せるって……無理しなくていいよ? ちゃんと護ってあげるから」
「駄目だペン! あの時、ワイのせいで……。今度はワイも戦うペン!」
相変わらず体は震えているけど、わたしに振り返りながら言ったペン太郎のその顔は力強かった。
そして、ペン太郎が片手で地面に触り、地面に巨大な魔法陣を浮かび上がらせる。
「フリーズハントだペン!」
瞬間――魔法陣が水色に光り輝き、周囲にいたグラス達が全て凍結していく。
それは一瞬で、同じ氷属性の魔法だと言うのに、グラスは抵抗する事さえできなかった。
「見つけたペン」
ペン太郎が呟いた瞬間、館の方から窓が割れる音が聞こえて、そこから何かが飛び出した。
そしてそれは勢いよくわたしの目の前に落ちて、クルクルと回ってその場にペタンと横になる。
「か、鏡……」
そう。
目の前に落ちたのは鏡。
そしてその鏡は、よく見ると縁が凍っていた。
「“傲慢”のスキルを使ったペン」
「あ、ああ。それで……」
ペン太郎の持つ“傲慢”のスキル。
尚、鏡が飛んで来たのは魔法の効果だろうからスキルは関係無い。
“傲慢”のスキルとは、簡単に言ってしまえば、狙いを定めた対象を見下す力を一時的に得るスキル。
どんな相手よりも強くなれる為、ある意味チート的なスキルではある。
但し、対象相手より優れた何かがある事と、一日一回と言うのが条件。
尚、相手より怯え上手など、弱い方面に優れているとかは無しである。
これもクラライト城でスキルを調べてる時に見つけたので知っている。
まあ、それは今は置いておくとしよう。
今回の場合は、さっきの魔法を見る限りでは、恐らく魔法か魔力が優れていたのかもしれない。
「ペン太郎、やれば出来るじゃん」
そう言って、功績者のペン太郎を褒めて頭を撫でると、ペン太郎が嬉しそうに笑った。
「今の内にさっさと鏡を触るです」
「がお」
「あ、そうだね。さっさと戻らないと……って、あれ?」
鏡に触れて、“向こう側にも同じ様にその場所に鏡か、その代用品が必要だったような?”なんて事を考えた時だった。
「――えっ」
触れた鏡に映ったのは、わたしでは無くラヴィの姿だった。
確か書物には鏡の世界の鏡も自分を映すと書いてあったはず。
それなのにわたしでは無くラヴィが映って、更にはラヴィがトールハンマーをこちらに振り下ろそうとしていた。
と言うか、もう振り下ろしてる真っ最中で、そんな中わたしとラヴィの目がかち合う。
そして、わたしはラヴィと目を合わせながら頷いた。
「ごめん皆! 少しだけ待ってて!」
わたしは叫び、次の瞬間、わたしは鏡に吸い込まれながら魔法を使う。
「ライトスピード!」
瞬間――弾き出される様にラヴィの目の前に飛び出たわたしに、トールハンマーが振り下ろされ、わたしは地面を蹴り上げ避ける。
そして、光の速度で駆け抜けて、グラスの位置を確認する。
次の瞬間、ラヴィのトールハンマーがわたしが飛び出した大きな氷ごとグラスを頭から叩き潰し、わたしはグラスの側に立っていたグラスに似た妖精の横を駆け抜けながら斬り払った。
この場に轟々たる音が舞い、雷光と閃光が周囲を照らす。
ラヴィにトールハンマーで打たれたグラスと、わたしに斬られたグラスに似た妖精が、同時に白目を剥いてその場で倒れる。
見上げれば、何やらよく分からない巨大な氷のゴーレムがいて、それがボロボロと音もなく崩れ出して、地面に氷が落ちるより早く粒子となって消えていった。
「愛那っ」
ラヴィはあんなヤバそうなのと戦ってたの? なんて事を思いながら崩れ去る巨大な氷のゴーレムを見上げていると、ラヴィに声をかけられて視線を向ける。
さっきは殆ど一瞬の事で気が付かなかったけど、ラヴィは随分とボロボロになっていた。
ラヴィは少しふらつきながらわたしに近づいて来ていたので、わたしは直ぐにラヴィに駆け寄って抱きしめた。
「ありがと、ラヴィ」
「愛那が無事で良かった」
ラヴィがわたしを抱きしめ返して、わたしの顔を覗き込むように顔を上げる。
「ポフーが来てる」
「――っえ?」
「ごめん。私じゃ説得出来ない。それに、もう……」
トールハンマーを使ってかなり消耗したのだろう。
そこまで言うと、ラヴィはゆっくりと目を閉じて、わたしを抱きしめていた腕の力が無くなった。
「ラヴィ、ゆっくり休んでてね」
ラヴィを地面に寝かせると、わたしは改めて周囲を見回した。
ただ、ポフーどころか、ランさんの姿も見当たらなかった。
だけど、代わりに少し離れた場所から、爆発する音やらが聞こえていた。
「向こうかな……。って、あれ? そう言えば、お姉とモーナってまだ来てないの? って言うか、もしかしてポフーの方にいるのかな?」
まあ、考えていても仕方が無いし、まずはグラスを気絶させたことで出て来たはずのラテール達を迎えに行かなければだ。
万華鏡で鏡の世界に閉じ込められた者は、スキル使用者が気絶して強制解除された場合、スキル使用者から一番近くにある鏡の目の前に排出される。
確か書物にはそう書いてあった。
つまり館の中の何処かに出て来ている筈だった。
なので、ラテール達を捜しに行こう走り出して、ふと考え直して立ち止まる。
「念の為ラヴィも連れて行こう」
近くではグラスとグラスに似た妖精が倒れているし、もしラヴィより先に目を覚ましたら危ない。
それに、3人にラヴィを預ける事だって出来る。
そんなわけで、わたしはラヴィを背負って、改めて3人を捜しに走り出した。




