262 虚ろ目少女は奮闘する
※今回もラヴィーナ視点のお話です。
「ラヴィーナちゃんの気持ちは、よおっく分かりました。とは言えですね~。戦いが避けられないと言っても、ここは私に任せちゃって、ラヴィーナちゃんは危ないので隠れていても良いですよ~」
ランは私の事が心配なのか、少しだけ困り顔で言った。
でも、その言葉に甘えようとは思わない。
「大丈夫。もう決めたから」
「わっかりました。ここは無謀では無く、勇敢な少女として受け取って共闘する事にしましょう。では、一つ提案なんですが、“憤怒”殺しのポフーちゃんの方は私に任せてもらえます? 私この通り耳が長くて聴覚も良いので、ラヴィーナちゃんとポフーちゃんの話が聞こえちゃってたんですよねん。ラヴィーナちゃんにお友達と殺し合いをしてほしく無いんですよ、私」
そう言って、ランは少しだけ悲しそうな顔で微笑んだ。
ランの普段見せないその顔を見て、私は少しだけ冷静になれた。
ポフーはじーじを魔石の中に入れていて、私はポフーからじーじをとり返したい。
だから私もポフーと戦うと決めた。
でも、ここで冷静にならないと、グラスに捕まった愛那達を助けられない。
ポフーと戦う事を決めたけど、ランの言う通り、このまま戦っても無謀になる。
それだけ私とポフーの力の差が歴然だと、さっきのトールハンマーの模造品を見て分かってしまった。
「……分かった。私は双子の精霊を何とかする。同じ氷属性の魔法だから、モーナと瀾姫が来るまでの時間は稼げる」
「交渉成立でっすね~」
いつもの調子でそう言うと、ランは風を生みだして、その風に乗って勢いよく空を舞った。
私も打ち出の小槌を強く握って、双子の精霊に向かって走り出した。
双子の精霊は未だに2人で楽しそうに談笑していて隙だらけ。
だけど、私は最大限に注意する。
相手は2人。
それに私と同じ氷属性の魔法を使うと言っても、相手は精霊……魔族化した妖精だ。
油断をしたら、あっという間に返り討ちに合う。
「アイスフィールド」
呪文を唱え、雪を降らす。
それに気付いて、グラスとネージュが私に視線を向けた。
グラスは大人の姿で、ネージュは手のひらに収まる大きさ。
的が大きくて狙いやすいのはグラスだけど、ネージュの大きさが本来の大きさで姿の筈。
一見グラスを先に狙った方が良いと思えるけど、あのグラスが本体と思えない。
それなら、狙うのはネージュ。
魔法で生み出した雪で雪だるまのゴーレムを生みだして、雪だるまをグラスの方へ向かわせ、私はネージュを狙う。
打ち出の小槌を振りかぶり、ネージュに向かって振り下ろした。
「アタイにそれが届くわけないでしょ」
そう言ってネージュが笑むと、私とネージュの間に氷のゴーレムが出現して、氷のゴーレムに攻撃を防がれた。
氷のゴーレムは打ち出の小槌の力で小さくなって、私の視界にネージュが入った次の瞬間、私の体より一回り大きな氷の塊が目の前に飛び出した。
「――っ」
氷の塊を直ぐに避けたけど、頬を掠めて血が飛び出す。
私は直ぐに距離をとって、切れて流れた頬の血を手の甲で拭った。
ランがさっきまで抑えていて、野放しになった氷のゴーレムがこっちに来る前に片方を無力化したかったけど出来なかった。
ネージュの後ろに再生したゴーレム達が集まってきてる。
その時、グラスが雪だるまを槍で破壊して、そのまま私に向かって飛翔した。
「串刺しにしてあげる」
「――っ」
グラスが槍で刺突して、私はそれを打ち出の小槌で受け流して、身を低くする為に屈む。
それから、打ち出の小槌の力を使わずに、グラスのお腹目掛けて打ち出の小槌を振り抜いた。
すると次の瞬間、グラスだったそれは打ち出の小槌を当てたお腹を中心にヒビが入って、氷の様に砕けた。
そして、その中から、グラス本体と思う氷の精霊が姿を現した。
「この! よくもやってくれたわね! アタイのお気に入りの体だったのに!」
グラスが怒った様子で、槍を宙に浮かせて私に向けて飛ばす。
私はそれを避けて、一度グラスから距離をとった。
本当はこのまま攻撃を仕掛けたかったけど、ネージュが直ぐ側まで来ているのが見えたから、攻撃を仕掛ければ逆に危険だと思ってやめた。
「お姉ちゃん、また新しいの作ってあげるから。冷静になって」
「ふん! アタイは冷静だよ!」
ネージュが姉のグラスを宥める姿を見て、私はある事に気がついた。
「ゴーレムは妹のスキルだった……?」
「あら? 今更気がついたの?」
私が呟いた言葉をネージュが聞き取って、ニヤリと笑んで私を見た。
「魔族化して妖精になった事で手に入れたアタイのスキルは【操り人形】。アタイが作ったお人形さんを操るスキルよ」
「操り人形……?」
「ああ、ハウスってとこが引っ掛かっちゃった? 元々は結界内に作りだしたお人形さんだけって制限があったんだけど、覚醒してその制限が無くなったのよ。と言っても、結果の外にいるお人形さんは使いきり。だけど、この村はアタイの結界内。村の中だったら、簡単なものなら直ぐに再生出来るわ」
そう言うつもりで呟いたわけでは無かったけど、ネージュが勘違いして詳しく説明した。
でも、おかげで分かった。
ランが言っていたクラライト城下町を襲っているらしい氷のゴーレムも、今この場にいるあの氷のゴーレムも、全部ネージュがスキルで出したもの。
それなら、ネージュを倒せばゴーレムはいなくなる。
「アイスハンマー」
ネージュに向かって走りながら、打ち出の小槌を軸にして、自分より大きな氷の槌を打ち出の小槌を覆うようにして出現させる。
同じ氷属性の攻撃は効かないと思った方が良いから、トールハンマーを使いたいけど、2人を相手にいきなり出すわけにはいかない。
そんな事をしたら、片方を倒せても、魔力を使い果たしてもう片方に負ける可能性が高い。
だからここは氷属性による攻撃効果を出来るだけ薄めるべきで、ハンマーの打撃で攻める。
それでも氷属性での攻撃には変わらないから、これだけだと決定打にはならない。
だからこそ、これだけで攻めようとは思ってない。
アイスフィールドで降らせた雪はまだ残ってる。
まずは雪だるまを限界まで作り、それをゴーレムの足止めに使う。
「アイスボックス」
走りながらハンマーを持ってない方の手を前にかざして、グラスに照準をあわせて氷の箱を出現させる。
グラスはそれに気づいて、箱に閉じ込める前に避けた。
でも、それで良い。
氷の箱を出した事で、グラスをネージュから離す事には成功した。
そして、私はその間にネージュに近づいて、アイスハンマーを大きく振るった。
瞬間――振るったアイスハンマーが真横から現れた大きな何かに破壊され、私は諸共それの衝撃を受けて、真横に大きく吹っ飛んだ。
「――くぁっはっ」
勢いよく地面を転がって何かに背中から衝突して、その何かを破壊して、私は血を吐き出した。
見れば、その何かは館の塀だった。
吹っ飛ばされた時に、私は塀まで転がってぶつかったようだ。
ダメージが大きい。
でも、このダメージの殆どが吹っ飛ばされた時に転がって受けたダメージと、塀にぶつかった時のダメージ。
敵の攻撃でかなり大きな衝撃を受けたけど、でも、鶴羽の振袖がダメージをかなり防いでくれた。
その理由は、私を攻撃した何かが氷属性のものを含んでいたから。
ただ、私は立ちあがって目の前に映ったそれを見て、少しだけ嫌気がさした。
それは、巨大な氷のゴーレムだった。
その大きさはかなりのもので、ゴーレムの拳が私2人分の大きさ。
雰囲気から読み取ると、私はアレに殴られて吹っ飛ばされた。
鶴羽の振袖を着ていなければ、さっきの一撃でやられていた。
「トールハンマーで一気に倒すしかない」
私は呟いて、打ち出の小槌に魔力を込めていく。
戦闘が長引くのも、力を出し惜しみするのも、私が負ける要因になる。
妖精姉妹を倒した後は、愛那の手伝いがしたかった。
ここでトールハンマーを使えば、力を使い果たしてそれは出来なくなる。
でも、グラスのスキルで閉じ込められた愛那達を助ける為には、これしか方法が無い。
それに、さっきの一撃で私の体はボロボロだった。
回復魔法で回復しても、疲労までもは回復できない。
肩で息をして、額の汗を腕で拭って、目の前にそびえ立つゴーレムでは無く、グラスとネージュの2人に視線を向ける。
「あの2人……狙うなら今がチャンス?」
グラスとネージュは並んで宙に浮いていた。
2人で仲良く私を見て笑いながら話していて、その姿を見て私は気付いた。
あの2人は私相手だから油断しているのか、今までずっとそうだった。
出会ってから、ずっとくっついて喋ってる。
離しても直ぐにどちらかともなく近づいて、それで会話する。
よっぽど仲が良いのか知らないけど、おかげで2人まとめて倒すチャンスだった。
「違っても、先にグラスを倒す」
最初はネージュを先に倒す予定だった。
でも、考えを変えた。
愛那達を閉じ込めてるのはグラス。
先にグラスを倒せば、私がネージュに倒されても、きっと愛那がモーナスと一緒にグラスを倒してくれる。
私はそう信じた。
私は駆け出す。
打ち出の小槌は電流を帯びて姿を変える。
妖精姉妹が姿を変えたトールハンマーに気づいて、それでも油断しきって談笑をしている。
馬鹿にするような視線を私に向けて、指をさして笑っている。
そして、大きなゴーレムが私を踏みつぶそうと足を上げた。
「このまま行く」
クランフィールがスキルで床を滑りやすくしたように、私も地面を凍らせてスピードを上げる。
大きなゴーレムの足は私を踏みつぶせず、私の背後で地面が大きな音を上げて揺れた。
スピードを上げた私の行動が予想外だった様で、妖精姉妹は驚いて動揺したのか、その場で見動きを止めた。
絶好の好機だと思った私は、地面を滑るスピードを更に上げて、一気に2人に近づいた。
「トールハンマー!」
妖精姉妹に近づいてトールハンマーを振りかぶった時、グラスが焦る様に前に手をかざして、人を映せる程に姿が反射する大きな氷が出現する。
目を合わせたら取り込まれると思ったけど、その前に振り抜いてみせるつもりだった。
だけど、そこに映ったのは私では無かった。
「――――っ愛那!?」
そこに映ったのは愛那だった。
でも、止められない。
愛那と目がかち合う中、私はトールハンマーを振り下ろした。