261 虚ろ目少女は決意する
※今回はラヴィーナ視点のお話です。
ランが風の魔法で竜巻を出して、私は竜巻を挟んでランの反対側で様子を見てた。
グラスとゴーレムは竜巻にのみ込まれたけど、まだ油断は出来ない状況だった。
この激しい竜巻の中でも、グラスは叫ぶばかりで気を失う事が無い。
それが、竜巻を操るランを少しだけ焦らせている。
何故優勢に見えるこの状況で焦っているのかは、ちゃんとした理由がある。
私とランがラテール達に加勢した後に、グラスのスキルでラテールとラーヴとペン太郎が氷の中に閉じ込められたのが原因。
グラスはそれを出した時に【万華鏡】と言っていた。
恐らくグラスのスキルだけど、それを聞いて私は何かがおかしいと思った。
私だけでなく、皆がグラスのスキルは氷のゴーレムを作りだす事だと思っていた。
だけど、グラスがラテール達に使ったのは別のものだった。
ラテール達が氷の中に閉じ込められて、直ぐにランが竜巻を出して、グラスとゴーレムが竜巻の中にのみ込まれた。
それを見て勝ったと思ったから、油断はしない方が良いと思った反面、グラスが使ったスキルの事を考えるのをやめてしまった。
それがいけなかった。
ランの許へ行こうとした時に、少し離れた場所にいる愛那を見つけた。
愛那は誰かと話していて、それが私の姿をしたゴーレムだと直ぐに分かった。
私は急いで愛那の許に向かったけど間に合わなかった。
愛那は氷の中に吸い込まれて、愛那を吸い込んで閉じ込めた氷が姿を消してしまった。
そして、私の姿をしていたゴーレムが姿を変えて、竜巻にのみ込まれている筈のグラスへになった。
「こっそり始末しようと思ったのに、見られてしまったわね」
グラスが私に気がついて、ニヤリと笑んで私を見た。
私はその場に立ち止まって、打ち出の小槌を構えてグラスを睨んだ。
「向こうでアタイを竜巻の中に閉じ込めてると勘違いしてる兎の騎士にばれる前に、アンタも【万華鏡】で閉じ込めてあげる」
グラスがそう言うと、私の目の前に鏡の様に物を映す氷を出現させた。
私は自分の姿を映す氷から視線を外して、グラスに向かって駆ける。
「あら? もしかしてアンタ」
グラスが呟いて、再び、今度は自分の目の前に氷を出す。
だけど、私は直ぐに横に跳んで、そのままグラスに向かって駆けた。
「ばれてたってわけね」
グラスが呟いて槍を出現させて構える。
そしてそこへ私が打ち出の小槌を振るって、グラスが槍に氷を纏って受け止めた。
槍を纏っていた氷は打ち出の小槌の力で縮んで砕け、グラスが私から離れて一定の距離をもつ。
「まさかこんなにも早くアタイの【万華鏡】が見破られるとはね」
「愛那をそれに閉じ込めた時と、ラテール達が閉じ込められた時に共通するものがあった。見ていれば分かる」
恐らく、万華鏡は鏡に映した相手を閉じ込めるスキル。
閉じ込める条件は、鏡に映った対象相手が、映った自分と目を合わせる事。
映り込んだ自分と目を合わせなければ、回避が可能。
「だったら、可哀想だけど殺してあげる。アンタを殺したら駄目だなんて言われてないしね!」
グラスが槍の切っ先を向けて刺突する。
私はそれを避けて、ランを一瞥して打ち出の小槌を構え直した。
ランもこっちには気がついた様で目が合ったけど、ゴーレムを抑える為に助けには来れない様だった。
ゴーレムに邪魔されるのは状況の悪化を招くと思うから、私もランの判断に納得した。
それに、私はグラスの力で一つ気がついた。
グラスは私と直接戦うつもりでいて、追加のゴーレムを出さない。
私も雪女の力でゴーレムを作りだせるからこそ思うけど、それは不思議な事だった。
今までゴーレムに戦わせていたのに、直接戦おうとした時にサポートでゴーレムを出さないのは、普通に考えたら変。
もし一度に作りだせるゴーレムに限りがあるなら、一二体くらいは竜巻にのみ込まれているのを解除して、こっちに新しく作りだせば良い。
そうすれば、ランに魔法を継続させられて、その上で戦闘のサポートもさせられる。
だけど、グラスはそれをしない。
それどころか、さっきまで竜巻の中で叫んでいた偽物のグラスは、既にいなくなっていた。
だから、それをこっちに出せば良い。
でも、今はその謎を考えている時間はそんなに無い。
グラスが槍で私を攻撃して、私もその対処に追われてしまう。
グラスは槍の攻撃に加えて、氷の魔法を次々に繰り出している。
だけど、私にとって脅威と言えるのは槍の攻撃だけ。
鶴羽の振袖を着ている私には、氷の魔法は殆ど効かない。
それに気がついたのか、グラスは攻撃手段に変化を見せた。
槍の攻撃はそのままで、氷の魔法は刺突効果のある棘状の物に。
そしてそれを、全て私の顔に向けて飛ばすように攻撃の方法を変えてきた。
「――っ」
魔法による攻撃の狙う先が顔のみに絞られて、対処しやすくなったと思ったけど、そんな簡単なものではなかった。
その分だけ槍の攻撃が精度を増して、逆に顔に飛んでくる魔法を対処する余裕が無くなってしまった。
このままだと不味い。
そう考えた私は直ぐに間合いを取って、打ち出の小槌に魔力を籠める。
打ち出の小槌を今直ぐトールハンマーに変えて、一撃必殺をグラスに叩き込む。
そう考えたからだった。
でも、それは出来なかった。
「お兄様を置いて先に様子を見に来て、正解だったみたいですわね」
打ち出の小槌をトールハンマーに変えられなかったのは、突然目の前にポフーがそう言って現れたからだ。
それは本当に突然で音もなく、私はポフーの登場に驚いて、目を見開いて動きを止めた。
それに現れたのはポフー意外にもいる。
ポフーの肩の上に精霊がいて、その精霊は空を舞ってグラスの側に行った。
「お姉ちゃん大丈夫だった?」
「ネージュ、おかえり。アタイは大丈夫よ。早かったわね」
「ポフーお嬢様がスタンプに先に行くって馬車を飛び出したから、お姉ちゃんが心配で一緒について来たの」
「そうなの? 姉思いで優しい子ね、好きよ。ネージュ」
「うん、お姉ちゃん」
グラスと妹らしいネージュと言う精霊が話し合う中、私はポフーと目をかち合わせていた。
ポフーは私と少しの間目を合わせると、周囲を見回してため息を吐き出して、私に視線を戻した。
「お久しぶりですわね、ラヴィーナさん。貴女とは短い間でしたけど、友人である貴女に会えて嬉しいですわ。ところで、マナねえさんは何処にいますの?」
「私も嬉しい。でも……それより、それより“憤怒”を殺したのは本当? ポフー」
「“憤怒”? ああ、あの方でしたら、確かに以前殺しましたわ」
ポフーはそれが何でもない事の様に言い、柔らかな笑みを浮かべた。
本人から聞いた今でも信じられない。
だけど、間違いなくポフーは大罪魔族の“憤怒”を殺していて、グラスの仲間。
「それで、マナねえさんは何処に?」
「グラスがスキルで氷の中に閉じ込めた」
「グラスさんが? ……そうですか。でしたら心配はいりませんわね」
ポフーが安心した様に微笑んだ。
でも、それはほんの一瞬で、私に冷酷な視線を向けた。
「ところでラヴィーナさん、これ、何だか分かります?」
ポフーが私に見せる様に、自分の目の前に小石くらいの大きさの魔石を宙に浮かせた。
訝しんでそれに視線を向けて、私は驚いて目を見開いた。
「じーじ……っ!?」
魔石の中には、じーじがいた。
私の家族、沢山いるお父さんの1人の、熊鶴のじーじが小さな姿で魔石の中に閉じ込められていた。
「流石ラヴィーナさん。ご自分のお義父様の事、こんな小さな姿でも気付いてあげれましたわね」
ポフーが嬉しそうに微笑んだ。
私にはポフーが何を考えているのか分からない。
じーじにこんな酷い事をして、魔石の中にいるのが本物のじーじだと気がついた私を見て、喜ぶポフーの事が。
「先日、ラヴィーナさんが住んでいた崖の村に行った時に、ラヴィーナさんのお宅に伺ったんです。その時にラヴィーナさんの友人だと言ったら、とっても良くしてくれました。なので、魔石の中に取り入れるのは、お1人にしたんですよ? あの方達、とっても良い方達ですわね」
「……ポフー。皆は無事?」
「じーじさんを吸収する時に抵抗されたので、少し痛い目に合わせてしまったのですが、どうでしょう? 生死の確認はしていませんわ。無事だと良いですね」
もう話し合いをする余裕が無くなっていた。
私は気がついた時には駆け出していて、ポフーに向かって打ち出の小槌を振り下ろしていた。
「マナねえさんを選んだ貴女に、怒る資格は無いのでは?」
「――っ!」
振り下ろした打ち出の小槌をポフーが腕で受け止めて、私とポフーの間に赤色の魔石が飛び出し、発火する。
その瞬間に灼熱の炎が広がって、私は急いで後ろに下がった。
そして、ポフーに視線を向けて驚いた。
私は打ち出の小槌に魔力を送って、ポフーの体を小さくさせようとした。
だけど、ポフーは小さくなっていなかった。
間違いなくポフーの腕に打ち出の小槌を当てたのに、ポフーはそのままの大きさで、さっきと同じ場所に立っていた。
「何故? ってお顔ですわね。種明かしをしてあげますと、私の使うスキル【魔石使い】のおかげですわ」
驚いている私にポフーはそう言うと、服の中から色んな魔石を取り出して、それを全て宙に浮かせる。
「知ってました? マジックアイテムと言うのは、そもそも魔石が長い年月をかけて姿を変えた物なのですわ。ですので、私にはマジックアイテムの効力、そしてそれの防ぎ方が分かります。貴女が使うその打ち出の小槌も、元々は魔石が姿を変えた物なので、対処法は分かりますわ」
ポフーが宙に浮かせた魔石の内の一つを手に取る。
すると、その魔石から電流が流れ出して姿を変えた。
その姿は私が持つ打ち出の小槌の封印を一時的に解除したトールハンマーにそっくりで、私は無意識に恐怖した。
「ふふ。怯えなくても大丈夫ですわ。これはトールハンマーの模造品。似ていますが、トールハンマーの威力には遠く及びませんわ。でも……」
ポフーが怪しく微笑み目がかち合う。
そして、ポフーは手に持った模造品のトールハンマーを振り上げた。
「村一つ消し飛ばすだけの威力はありますわよ」
次の瞬間ポフーがそれを振り下ろして、言葉では言い表せない程の凄まじい電気が周囲を巻き込みながら放たれ――なかった。
決して振り下ろすのをポフーがやめたわけでは無く、いつの間にかポフーの背後にいたランが、ポフーのお腹を勢いよく殴り飛ばしたからだった。
ポフーは背後に現れたランに気が付かなかった様で、お腹に強力な一発を食らって吹っ飛んで、地面を勢いよく転がっていく。
手に持っていた模造品から放たれていた電流も四散して、それは元の魔石へと姿を変えた。
「大丈夫ですかい? ヤバそうだったので、ゴーレムを無視して来ちゃったんだぜい。ご迷惑でした~?」
いつもの調子でふざけるような口調のランは、そう言って私の横に立った。
「助かった。ありがとう」
「どーいたしまして。ま~、残念ですけど、ぴんぴんしてるっぽいですけどねん」
ランが冷や汗を流しながら剣を構え、砂煙の上がる中で立ち上がるポフーに視線を向けた。
ポフーは全く効いていない様で、服についた砂や土を手で払いながら「汚れちゃいましたわ」と言って平然としていた。
「でも、分かった」
「お、何か分かっちゃいました?」
ポフーが私に冷たい視線を向けて目がかち合う。
「ポフーは私を殺そうとしてる。戦いは避けられない」
「みたいですねん。私は眼中に無いっぽいです」
さっきの不発に終わったトールハンマーに似た攻撃は、間違いなく私を殺せる威力だった。
思いだすだけでも逃げたくなる威力。
それに本当はポフーと戦いたくない。
でも、だからと言ってポフーに捕まったじーじを見捨てるなんて出来ない。
だから逃げない。
こんな時、愛那だったらきっと諦めない。
愛那みたいに上手くできるか分からないけど、でも、私も諦めたくない。
じーじの事も、ポフーの事も。
「だから、ポフーと戦う」




