259 VSクランフィール
天井どころか壁すらも無くなった部屋の真ん中で、星空の光すらも通さない毒の花粉が漂い続ける。
中心にいるクランフィールは妖艶な笑みを浮かべて、身動きの取れないお姉の肩に触れた。
スキル【いばら姫】の力で言葉を発する事も出来なくなってしまったお姉は、泣き出しそうな瞳でクランフィールを見た。
その顔はまだ信じられないと言う顔では無く、信じたくないと願う顔。
お姉は基本甘いので、仲良くなったクランフィールと争いたくないのだろう。
でも、お姉には悪いけど、わたしはお姉を助ける為にも退くわけにはいかない。
カリブルヌスの剣をしっかりと握って構えて、クランフィールの動きを警戒する。
ラヴィも魔法で作り出した氷の槌を構えて、クランフィールの隙をうかがっている。
毒の花粉が漂っているから、流石に近づくのにも近づけないと言った様子だ。
ラヴィもクランフィールと同様の水属性持ちではあるけど、ラヴィの上位は【氷】で、クランフィールは【毒】で大きく違う。
ラヴィには毒の耐性が無いから、下手に突っ込んで行っても、毒を食らってお終いなのだ。
毒をわたしのスキルで斬り払って無効に出来ればいいんだけど……。
そんな事を考えるも、正直自信が無い。
玉手箱の煙同様で、この手のタイプは斬っても効果はいまいちで、正直殆ど意味がない。
スキル【必斬】は確かに強力なスキルだけど、こう言うものにはめっぽう弱い。
使用条件が“刃物の扱いに長けている事”と言う単純で簡単なのも納得する程に。
「ねえ、妹とあっちの子、どっちを先に殺すか選ばせてあげる。貴女が選んでいる間に、私は“傲慢”を殺しておくわ」
クランフィールがお姉の耳元で告げて、ラテールとラーヴの側にいるペン太郎に視線を向けた。
お姉は顔を真っ青にさせたまま、言葉を封じられただけでなく首も動かせないのか、クランフィールに訴えるような視線だけ向ける。
そんな中、ラヴィに近づく小さな雪だるまが一つ。
大きさは500ミリリットルのペットボトルサイズ、それを一回り小さくした程度だろうか?
その雪だるまは自分より少し大きめの、それこそ500ミリリットルくらいのサイズの小槌を頭に乗せていた。
打ち出の小槌……っ!?
わたしは心の中でその小槌の名を叫んでいた。
クランフィールはすっかりペン太郎にご執心な様で、そちらばかりに気を取られていて気が付いていない。
さっきまで隙が全く見えていなかったのに、毒の花粉の中にいるから油断しきっている様子だった。
クランフィールは妖艶な笑みを浮かべながら、ペン太郎に体を向けて足を前に出した。
そしてその次の瞬間、ラヴィとわたしが同時に動いた。
打ち出の小槌を雪だるまから受け取ったラヴィは駆け出して、わたしは周囲に散らばっている部屋の壁だった残骸を拾い、それに加速魔法を付与して投げる。
「――っ」
クランフィールは駆け出したラヴィでは無く、加速魔法で加速した壁の残骸を咄嗟に避ける。
不意を突いたつもりだったけど、ここは流石と言うべきかもしれない。
わたしが壁の残骸に与えた加速魔法はサウンドスピードで、つまりは音速で飛翔する物。
当たれば間違いなくかすり傷ではすまないし、下手すると体の一部が欠損する。
クランフィールは躱す事でそれを免れたわけだけど、目つきは大きく変わった。
その目は先程までの妖艶な笑みを見せていた表情からの目と違っていて、間違いなく敵視した目。
楽しんでいた表情では無く、殺意のこもった瞳。
「やっとこっちに興味持った」
わたしは呟き、次の一手を加えるべく、近くにあった残骸に手を伸ばす。
そしてそれと同時期に、ラヴィが打ち出の小槌を振りかぶって、クランフィールの側で漂っている毒の花粉に向かって振り下ろした。
打ち出の小槌には予め氷の魔法が付与されていたのか、ラヴィがそれを振り下ろした瞬間に花粉を出していた毒の花が凍りつき、同時に花粉の粒が小さな氷に覆われて凍っていく。
更には、ラヴィはクランフィールとの間合いを詰めた。
「ポイズンケージ!」
クランフィールが目の前まで接近したラヴィに向かって魔法を放った。
それは毒の檻。
鉄棒の棒のような形をした毒がラヴィを覆うように何本も出現し、それはラヴィを中心に集束して檻になろうと集まりだす。
だけど、それをわたしが見逃すわけがない。
わたしは既に二つ目の残骸を投げ、カリブルヌスの剣をを構えていた。
そしてライトスピードで光速にまで加速させた斬撃を飛ばし、ラヴィを囲おうとしていたそれを全て斬り払った。
だけど、次の瞬間、クランフィールがとんでもない事をしでかした。
「それを待ってたわ」
「――っ!?」
今更の話ではあるけれどわたしが放つ飛翔する斬撃は、放たれれば最後、わたしのコントロール下にはいない。
つまり、出せば消えるまで突き進む。
ただ、出す前に威力の調整が出来る為、わたしはそれでむやみやたらとそこ等中を斬りまくると言った事が無いようにしていた。
これはこの世界に来てまだ間もない頃、スタンプと最初に出会った時に、例の“扉”を真っ二つにしてしまったからに他ならない。
とは言え、今回の様に光速で飛翔する斬撃は未だに慣れておらず、あまり加減が出来ていなかった。
結果、下手したら相手を殺しかねないので、あまり使わないでいた。
そう。
今回の様に急を要する時以外は、使っていないのだ……相手にもよるけど。
まあ、それは今は置いておくとしよう。
わたしが放った斬撃が消える前に、クランフィールに利用されてしまったのだ。
いつの間に準備しておいたのかは定かではないけど、わたしの放った斬撃はクランフィールのスキル【洗浄】によって上手に方向転換されてしまった。
そしてそれはわたし目掛けて飛んでくる。
ラヴィに向かわなかったのが不幸中の幸いと言いたい所だけど、今はそんな事を言ってる場合でも無い。
なんせ光速で飛んでくる【必斬】が乗った斬撃だ。
使用者のわたしですら、考えるより先に避けなければ真っ二つになる。
わたしは直ぐに無詠唱でライトスピードを発動し、自ら放った斬撃を避ける。
そしてそれが原因で、またもやクランフィールの【洗浄】でツルツルになった床で滑ってしまった。
バランスを崩したのは言うまでもなく、そのまま滑って壁や屋根の残骸、瓦礫に突っ込む。
「愛那っ!」
「あら? お嬢ちゃんは人の心配している場合では無いでわよ」
「――っ」
いつの間にそこにいたのか、ラヴィの背後にクランフィールが現れ、ねっとりとした手つきでラヴィの体に後ろから抱きつく。
そして、ラヴィはそれと同時にクランフィールの持つ錘針で刺されて、手をぶらりとさせて打ち出の小槌を落とす。
それを見たクランフィールは笑みを浮かべ、ラヴィから離れ、ラヴィはその場に倒れた。
「呆気なかったわね。所詮はお子様って所かしら」
クランフィールはお姉に振り返り、錘針の紐をぶらりと垂れ流す。
そして、お姉と目を合わせて、何かに驚いたかのように目を見開いた。
瞬間――クランフィールの持っていた錘針の紐が切れて、錘針が落下する。
そして、とてつもない冷気がクランフィールの背後に広がった。
「まさか――っ!」
クランフィールがお姉と目を合わせた時に、クランフィールが見たのは、お姉が手を前に出していた光景。
そして、それを見てクランフィールは気付いた。
だけどもう遅い。
「アイスハンマー」
クランフィールが背後に振り向いたと同時、ラヴィが魔法で出現させたとびっきり大きな氷の槌が、クランフィールの頭に振り下ろされた。
「こん……な…………。アレを切るべきじゃ……なか…………っ」
クランフィールは氷の槌の直撃を受け、最後に何かを呟いていたようだけど、最後には白目を剥いてその場で倒れ気絶した。
「瀾姫、助かった」
「はいー! 何故か魔法が使えました! あ、動きます! 声も出ます!」
魔法が使えた理由は謎だけど、クランフィールが気絶した事でスキルの効力が切れたのか、お姉の足は動ける様になり声も出るようになったようだ。
お姉はラヴィに返事をすると、喜びながら立ち上がった。
そして、わたしもそんな2人の許へと歩いていく。
「お姉、ホントに助かったよ。お姉の魔法が無かったら、結構ヤバかったかも。ありがと」
「愛那ちゃん! 無事で良かったですー!」
さて、わたしとラヴィが何故無事だったのか?
それは、お姉の魔法のおかげだった。
光速で瓦礫に突っ込んだわたしは、ギリギリの所でお姉のアイギスの盾で護られて、無傷とはいかないまでも軽症で済んだのだ。
そして、ラヴィもお姉の魔法のおかげで、クランフィールに錘針で刺されずに済んでいた。
ラヴィはクランフィールの隙を作る為に、わざと刺されたフリをしたと言うわけだ。
そんなわけで、わたし達はクランフィールに勝つ事が出来たのだ。
わたしは少しだけ安堵して、2人の許に歩いていく。
「後は、向こうのゴーレムだけだね」
「はい! ラテールちゃんとラーヴちゃんとペン太郎くんを助けましょう!」
「了解」
わたし達は頷いて、まだ戦闘が終わっていない精霊達に視線を向けた。




