258 猫耳VS若葉マーク
グラスタウンにあるバーノルドの館で、激しい戦いが繰り広げられる。
その戦いの内の一つは、モーナとクォードレターの戦いだ。
モーナはラテールとラーヴと共に、スキルを使用不可にしてしまうマジックアイテムを発見して破壊し、その後直ぐにクォードレターからの襲撃を受けたのだ。
そしてそれによって氷の妖精グラスが率いる氷のゴーレムとの戦闘も始まり、ラテールとラーヴがそれを引き受ける事となった。
クォードレターの操る風の魔法の威力はすさまじく、戦っているモーナどころか、館までもを半壊させてしまった。
そう。
わたし達がクランフィールと睨み合いをしている時に館の壁やらを吹き飛ばしたのは、クォードレターだったのだ。
モーナを追撃するクォードレターは次々と魔法を繰り出し、モーナはそれを魔法で相殺していく。
だけど、クォードレターの攻撃は休む暇を与えず連続で繰り出され、ついには魔法の直撃を受けてしまった。
その威力は凄まじく、モーナは吹き飛ばされて、半壊した館の瓦礫に突っ込んで埋もれた。
とは言え、致命傷を受けたわけでもなく、まだまだ余裕のあるモーナ。
直ぐに瓦礫を蹴り上げて這いあがった。
「何なんだアイツ。さっきより魔法の威力が上がってるぞ」
余裕があるからと言っても不満はある。
それはそれでこれはこれなのだ。
モーナは不満を呟いて体についた汚れを払う。
すると、そこへ追いかけて来たクォードレターが現れ答える。
「そりゃそうだろ。こっちだってマジックアイテムで魔法が使えるようになっていたとは言え、それでも魔力は抑えられてたんだ。てめえ等がぶっ壊してくれたけどな」
「スキルの奴なら壊した覚えはあるけど、そっちは見つけてすらいないぞ」
「あ゛? そんなわけ…………ああ、そう言う事か。あの女、やりやがったな」
クォードレターが何かに気がついてぶつくさと呟き、モーナは眉を顰めてクォードレターを睨む。
すると、クォードレターはその視線に気づいて、ニヤリと笑みを浮かべた。
「わりいな。こっちの話だ」
「……?」
「それより、そろそろ本気の殺し合いを始めようぜ“強欲”。てめえの事は前から気になっててよ。殺り合いたかったんだ」
「本気で殺し合い? 殺され願望か?」
「殺されるのは俺じゃねえ。てめえだ猫耳。俺は元々奴隷商人をやっててな。その時にてめえを知った。あの頃の俺にはチャンスが無かったが、こうしててめえと殺り合うチャンスがようやく巡ってきたんだ。最高な気分さ」
「迷惑な奴だな」
「俺は元々龍族の求愛種。惚れた女は決闘で勝ち取る種ってのもあり、この種は戦う事自体が好きなのが特徴でな。てめえを見てるとその血が騒ぐんだ」
「知るか。私には関係ない」
「違いねえが、つきあってもらうぜ? 猫耳。てめえに惚れたわけじゃないが、俺は殺し合いが好きなのさ。だが、さっさと殺さねえとスタンプが来ちまう。奴はてめえに惚れてるみたいだからな。早めに終わらせてえ所だ」
モーナはスタンプの名前を聞くと、更に眉を顰めて、とんでもなく不機嫌な顔になる。
当然と言えば当然だけど、モーナはよっぽどスタンプが嫌いなようだ。
クォードレターはモーナが眉を顰めると、ニヤリと笑みを浮かべた。
「その顔、今直ぐ恐怖で歪ませてやるよ!」
次の瞬間、凄まじい強風が吹き荒れ、クォードレターが風に乗って猛スピードでモーナに接近。
モーナは魔法で重力を操作して周囲の瓦礫を浮かばせ、それ等をクォードレターに向かって飛ばした。
クォードレターはそれ等を全て殴って破壊して、モーナとの間合いを詰める。
そして、姿勢を低くして、モーナのお腹に向かってスキルを発動。
「ジャバウォック!」
「――っ」
黒竜の爪がモーナを襲い、モーナは寸での所でそれを後ろに跳んで避ける。
だけど、それと同時にまるで炎を纏った爪で斬り裂かれたように、モーナのお腹は熱を帯びた見えない風によって三本の傷が刻まれ血が噴き出す。
モーナはそれを食らうと同時に、直ぐにクォードレターの放ったそれが何かを理解した。
クォードレターの放ったそれは、魔法とスキルを合わせた攻撃だ。
スキル【ジャバウォック】で具現化した黒竜の爪と、それに合わせて風の魔法で射程距離を伸ばし、射程の伸びた爪撃にスキル【真夏の太陽】で熱を帯びさせる。
まさにクォードレターのみに許されたその攻撃は、間違いなく力をものにしてしまった証拠。
これにはモーナも多少なりとも面倒臭い事になったと顔を歪ませた。
モーナは斬られたお腹の痛みを感じてはいたけど、それでも焦っていなくて冷静だった。
まあ、多少は苛々しているようだけど、落ち着いてはいる。
それどころか、落ち着きすぎて余計な事を考えていた。
「マナのご飯が食べたい」
そう言って、お腹を押さえるモーナ。
本気でこんな時に何言ってんだって感じだけど、モーナは大マジだった。
そんなモーナの様子に、クォードレターの方こそ落ち着いていられない。
命の取り合いをしている相手が、自分の事をそっちのけでご飯をご所望なわけだから、眼中に無いと言われている様で良い気分になれるわけも無かった。
「ぶっ殺す!」
クォードレターがモーナに向かって走り出し、モーナはそれを見て爪を伸ばす。
そして、ニヤリと……いいや、ドヤ顔で瞳を光らせる。
尻尾も揺れていてご機嫌だ。
「殺し合い上等だ! お腹が空いたからさっさと終わらせてやるわ!」
モーナの周囲に大量の魔法陣が浮かび上がる。
それは一つ一つは10センチくらいの小さなものだったけど、その数は軽く三桁を越える量。
「おまえのおかげでマナが何処にいるかも分かったし、周りに誰もいないから手加減してやる必要が無くなったわ」
「手加減だ? てめえは俺に一度負けてんだぜ? 既に実力は知れてんだよ! 俺のこのジャバウォックにな!」
クォードレターが先程と同じようにスキルを発動し、それはモーナを襲った。
だけど、モーナは今度は避けようとすらしない。
ドヤ顔をそのままに、クォードレターのスキルを爪で受け止め、空間ごと斬り裂いた。
斬り裂かれた空間はひび割れ、その場もひっかき傷の形をした闇が生まれる。
そして次の瞬間、モーナの周囲に浮かび上がった魔法陣から、黒い無機物な何かが飛び出す。
「――っ!?」
黒色の無機物のそれは直径5センチ程の、言わば重力の塊。
触れれば触れた所から吸い込まれる様に引き寄せられ、あまりの重力の強さに潰される。
大罪魔族と言われるモーナだからこそ出来る魔法で、モーナの本気。
そしてそれはクォードレターを囲み、クォードレターは足を止めて身構える。
「何だこれは!? 猫耳、てめえ本当に手加減してやがったのか!?」
そのあまりにも驚異的な魔法、そして今も尚そこにあるひっかき傷の残る闇に、クォードレターはモーナを睨みつけるも最早分かりきってしまった実力の差に全く動けなくなった。
そんなクォードレターにモーナはドヤ顔する事なく、いつになく真剣な表情で見つめる。
「命乞いするなら助けてやっても良いぞ? おまえはマナに変身してたナミキと仲が良かったみたいだからな」
普通であれば泣いて媚びりたくなるその救済の言葉に、クォードレターは媚びない。
それどころか鼻で笑い、嬉しそうに笑いながら再び走り出した。
「命乞いだあ!? 冗談じゃねえ! んな事するくらいなら、ここを俺の死に場所にしてやるよ! ただし、てめえの首を掻っ切ってからなあ!」
クォードレターが咆哮する様に大声を上げ、その姿をコートシップドラゴンへと変え、走っていた勢いそのままに飛翔する。
「ジャバウォック!」
スキルを発動し、己に向かって飛んでくる重力の塊を斬り裂こうとして右手が潰れ、左腕の骨が粉々に砕かれる。
両手が使えなくなると、今度は迫り来る重力の塊を尻尾で薙ぎ払い突き進み、あっという間に尻尾すらも拉げていく。
それでもクォードレターはモーナに向かって飛翔して、足も潰れて、ついには片羽までもが潰れた。
だけど、止まらない。
風の魔法で勢いそのままに突き進み、雷の魔法で電流を帯びたクォードレターが咆哮を上げる。
「あぁあああ゛あ゛あ゛あ゛っっっっっ!!!」
クォードレターの頭に黒竜の頭が具現化され、それはモーナを噛み砕こうと大口を上げた。
モーナとクォードレターの距離が目と鼻の先まで縮まって、ビリビリとした電気を肌や耳で感じながら、耳をピクピクとさせてモーナは笑んだ。
瞬間――クォードレターは黒い闇に飲み込まれ、跡形も無く、クォードレターが帯びた電流と共にその場から消えた。
「良い事を教えてやる。生まれながらの魔族は、闇属性の魔法を一番得意とするんだ。そしてそれは闇の属性を大きく含んだブラックホールみたいなもので、普段は周りを巻き込むから使わなかったんだ」
モーナは歩き出し、周囲に漂っていた重力の塊が消えて行く。
「ハッキリ言って、おまえ如き相手は“強欲”の力を使うまでもなく簡単に殺せるわ。でも……」
歩きながら話すモーナが、先程までクォードレターが立っていた場所を通り過ぎると、その場に黒い闇が再び現れる。
そして、闇の中から白目を剥いた意識の無いクォードレターが落下して、ドサッと地面に倒れた。
「今回はサービスで生かしておいてやる」
その姿は、まさに大罪魔族と名乗るに相応しい魔族の象徴と言うべきか。
普段のモーナからは考えられない程に堂々たるその姿は、いつものモーナを知る者が見れば見間違えた事だろう。
と、言いたい所だけど、それは直ぐに無くなってしまう。
やはりモーナはモーナだった。
モーナは耳を少し下げ、元気なさげにお腹をさすって歩く。
最早その顔は大罪魔族然とした勝者の顔では無く、お腹を空かせた浮かばないマヌケな顔。
肩を若干落としながら尻尾もしおしおで、何処か元気が無い様子。
「お腹が空いた。マナのご飯が食べたいわ」