257 協力者達の奮闘
わたし達がバーノルドの館で戦闘を繰り広げている中、クラライト城下町もまた、戦乱の真っ只中にあった。
それは数時間前の事。
全部で1万を余裕で超える数万の氷のゴーレムが、クラライト城下町を襲う為にやって来た。
そしてそれだけでなく、クラライト城下町の各地で死人が動きだし、各所で暴れ出したのだ。
その数は計り知れず、中には白骨死体ですら動く始末。
それどころかバラバラだった骨が集まって、それが動き出して襲ってくる事まであった。
クラライトの王女であるシャイン=ベル=クラライトことシャイン王女は、グラスタウンの為に揃えた精鋭達を含め、騎士を指揮し民を護っていた。
戦っているのはシャイン王女やこの国の騎士だけでなく、ジャスやスミレさんやランさん達もだ。
皆が突然のこの事態を収拾するべく、あっちへこっちへと動き回っていた。
「あ、スミレちゃん! ククちゃん達の避難は!?」
「早い段階でアスモデちゃんに任せたから安心して良いなのです! 逃げ遅れた幼女と幼女の家族を逃がしてあげてたなのです」
「スミレちゃん偉い!」
「やあやあ、そこにおわすはジャスミン殿とスミレ殿ではありませんかあ」
「あ、ランさん。って、あれ? アレってまだだったんだ?」
「はい。まだなんですよお。なので、こっちを手伝ってます。でも、そろそろくると思うんですよねえ。これ、それまでに終わりますかね?」
「む、無理かも? でも、皆で頑張ればきっともう直ぐで終わるよ! ランさんも頑張って!」
「とりあえず魔力がスカスカにならない程度に頑張るんだぜぃ」
ジャスとスミレさんとランさんが言葉を交わし、それぞれ各方面へと散っていく。
3人はシャイン王女に城下町の安全確保を頼まれていた。
本来であればクラライトの騎士がそれをしなければならないが、騎士団は全て城下町に攻め込もうとしている氷のゴーレムの相手で余裕が無かった。
ランさんが空を舞い、民家の屋根の上に降り立つと、そこにいた先客に話しかけられる。
「いやあ、しかし参ったねえ。氷のゴーレムは恐らく精霊……いや、妖精の仕業かな? 動く死人はスキルって所だろう」
そう口にしたのは、ボサボサ頭で背の低く、ブカブカな白衣を身に纏う少女……否、女性。
彼女の目には、メガネのような見た目が機械的に見える何かが装着されている。
「それ便利ですね~、サガーチャ殿下。そんな事まで分かるんですか?」
「勿論だとも。ちなみに氷のゴーレムも死人も、あれ等を動かす者は近くにはいない様だね。そのせいか少し精度も低いようだ」
「あれで精度が低い? 勘弁して下さいよ~。死人はともかく、氷のゴーレムの方はクソ強ですよう? 使用者がいたらもっとヤバいって事じゃないですか~」
「そうだねえ。でも、どちらかと言うと強さよりタフさかな。今のアレは騎士達の攻撃で破壊されている様だけど、使用者がいれば復活できるのではないかな?」
「うげえですね。死人の方はどうですか? 私としては、さっさと使用者をぶっころころしてやりたいのですよね~」
「さっきも言ったけど、ここいら……10キロ以内にはいないね」
「はあ。さよですか~。困りましたなあ」
「それにシャイン殿下の指示は的確で正しいと言えるね」
「と言いますと?」
「次々に城下町内に湧いて出る死人は、感染と言った類はないようだけど、それに殺された民が死人となって暴れている。下手に下っ端の騎士にアレの相手をさせれば、武器を持ち鎧を着た厄介な死人が増えるだけだろう」
「死んだ民ってのは言う事聞かない悪党どもですよねん? 私の記憶が正しければ、マナちゃん囮大作戦時に、安全な場所に一部を除いて皆非難させてる筈ですもん」
「そうなるね。王家の言う事を鼻で笑って聞かない貴族やその護衛の騎士、それから自己中な連中と言った所だ」
「最大国家と言っても、そこ等辺は我が国や他国と変わらないですね~。とりあえず私は善良な市民優先で助けますよ。非難したくても出来なかった人達を優先に護ってほしいって頼まれましたので」
「そうだね。でも安心したまえ。それも後少しの辛抱だ。私に秘策があるからね」
「…………あの、秘策ってソレですかい?」
「正解だ。冴えてるね、ランくん」
「目の前でそんなのしてたら冴えて無くても気づきますぜ旦那。ソレって何なんです~?」
そう、サガーチャさんは何かを作っていた。
ランさんがこの場に降り立ったのは、それが見えたからに他ならない。
ランさんは冷やかな視線をサガーチャさんに向ける。
そんな視線を何とも思わず、サガーチャさんは何かを作り続けながら言葉を返す。
「新作……ではないか。【レールガン】を改造して作りだすマジックアイテム【なんちゃって聖なる炎】さ」
「なんちゃってって…………。サガーチャ殿下~、私が言うのも何ですけど、結構ふざけたネーミングですね」
「ふっ。なんちゃってをつけないと、本物に失礼だからね」
「はあ……?」
なんのこっちゃ、と言わんばかりの顔で見つめるランさんに、サガーチャさんはニマァッと笑みを見せた。
一方その頃、クラライトの王女シャイン=ベル=クラライトの許に、最悪の一報が届いた。
それは、シャイン王女が氷のゴーレムを迎え撃つために、その立場を顧みずに前線で指揮を取って戦っていた時だった。
シャイン王女が氷のゴーレムを光の矢で粉砕していると、いつも側に置いている近衛騎士がやって来る。
その表情は真剣で焦りさえ見える。
シャイン王女は近衛騎士のその表情に、嫌なものを感じ取った。
「何かあったのですか?」
「はい。先程、南東からの使者からベル様への救援願いの手紙が届きました。まずはこちらを」
近衛騎士がシャイン王女に手紙を渡し、シャイン王女がそれを読み上げ顔色を変える。
その表情はとても良いものとは言えないもので、美しい顔を歪ませていた。
「南東の港町で死人が動き、町民を襲っている? ここに書かれてある事は本当ですか?」
「はい、恐らくは。使者も同じ事を話していました。転移の魔石が無ければ町から出られぬほどの死人で溢れかえっている模様です」
「……分かりました。最早一刻の猶予もありません。今直ぐ近衛の一騎士団体を集結させ、貴方が指揮を取って救援に向かって下さい。貴方の魔法であれば、港町に着くのに半刻もかからないでしょう。私はここに残り、残った騎士達の指揮をとります」
「御意に」
近衛騎士はシャイン王女の命を受けると、直ぐにこの場を去って行った。
そして、シャイン王女も直ぐに作戦を建て直し、残った騎士達に伝えて氷のゴーレム数万を相手に前線で戦い続けた。
◇
所変わってクラライト城下町から南東にある港町。
と言っても、普通の馬車で向かうとなると最低で丸々1週間は移動の時間がかかるその場所で、わたし達のペットが孤軍奮闘していた。
「てんしさまーっ!」
5歳くらいの幼い女の子を思わせるその体で、自分より大きな大の大人の両足を己の両脇に抱えながら、大好きな人を呼びながら必死で逃げる。
女の子の名前はロポ。
そう。
オリハルコンダンゴムシのロポが人の姿になっていた。
そしてロポの両脇に抱えられた足の持ち主は、背中にある大きな傷から血を垂れ流して気絶している狐の獣人。
人に毛皮が生えて顔が狐の形をしているようなその顔は、ラヴィの義父の1人、フォックさんだった。
そしてラヴィを追いかけ回すもの。
それは、今まさにこの港町で大量に発生してしまっている動く死人。
フォックさんを引きずって叫びながら、ロポは死人から逃げ回っていた。
迫り来る死人の恐怖は計り知れず、まさにゾンビホラーな恐ろしい光景。
玉手箱の煙の中を飛び込んでラヴィを助ける程の勇敢なロポではあるが、実は元々怖がりなのである。
こんな恐ろしいなりをしているゾンビのような死人に追いかけられて、勇敢に立ち向かえるわけも無かった。
出来るのは、グラスタウンで美味しい野菜を食べさせてくれた優しい人を連れて、必死に逃げる事だけだ。
わたしの事を“てんしさま”と呼んで叫びながら逃げているけど、ここにいない事はロポだって分かっている。
だからこれは、恐怖を紛らわす為に大好きな人を呼んで気を紛らわしているだけに過ぎなかった。
でも、これがロポに幸運をもたらした。
一瞬、死人から逃げ惑うロポの横を、小さな何かが大量に通り過ぎていく。
そして次の瞬間、ロポを追いかけ回していた何人もの死人が、一斉に頭をはじけ飛ばして倒れていった。
ロポはポカンと口を開けて、倒れて行く死人では無く、自分の目の前に現れた人物を見上げた。
「驚きました。まさかお館様……バーノルド達の魔力を辿って立ち寄った港町で、貴女を見つけるとは思いませんでした、ロポ」
「ロポの声が聞こえて来た時は本当にびっくりしたの~」
「メレ。シェイ」
そう。
ロポの目の前に現れたのは、バセットホルンの王姉であるメイドのメレカさんと、ジャスと契約した闇の大精霊シェイドだった。
2人はベルゼビュートさんから聞いた事をわたし達に加護の通信で伝えた後に、バーノルド達の魔力を追って、この港町に訪れていたのだ。
「しかし……ロポ、何があったのですか?」
ロポがアイリンの後をついて行ったのは、メレカさんにも伝わっている。
だから、だいたいの予想はついていた。
そしてその予想は当たっていた。
メレカさんが尋ねると、ロポは一生懸命何があったのか教えてくれた。
「はこべないから、よいしょしてー」
こんな感じに……。
圧倒的に語彙力が足りないロポの言葉でも、メレカさんは解釈し納得する。
そうして聞き出した内容は、簡単に説明するとこう言ったもの。
まず、ロポはアイリンをこっそりつけ回し、アイリンの乗る馬車の荷台に潜りこんでこの町にやって来た。
その後もこそこそと後をつけ回していた所、バーノルド達がもめている現場を目撃した。
ロポは恐怖で近づく事が出来なくて、ずっと見ていたらフォックさんが斬られた。
バーノルドが殺されて、フォックさんは道端に放置されたので、誰もいなくなった後にフォックさんに近づいた。
するとその時、突然周囲から呻き声が聞こえて、動く死人が何処からともなく現れた。
ロポは死人に恐怖で震えあがり、フォックさんの両足を両脇に挟んで逃げ出した。
と言う事だったらしい。
どのくらい逃げ回っていたのかは分からないけどロポはフラフラで、左足の靴も何処かで脱げてしまったのか履いていなくて、左足の裏は血が出る程にボロボロだった。
なにはともあれとして、メレカさんとシェイドは心強い仲間である事に間違いない。
2人と合流できたロポは話を終えると、安心して疲れが一気にきたのだろう。
道のど真ん中だと言うのに、その場でスヤスヤと眠ってしまった。
死人は町中の所々に沢山いて寝ている場合ではないのは確かだったけど、それでも今まで逃げ切ったロポに敬意を払い、メレカさんはロポを優しく背中に背負った。
そして、周囲から次々に現れる死人に視線を向けて、銃を構える。
「では、ロポを起こさない様に掃除を始めましょう」
「賛成するの~」




