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256 決戦の館 その5

 クランフィールの背後に浮かんだ幾つもの水の塊。

 その内の一つがわたしとラヴィ目掛けて飛翔して、それはわたしの目の前の床に落ちた。


「外れ――きゃっ」


 水の塊が落ちた場所を踏んだわたしは、思いっきり滑って尻餅をついてしまう。


「――愛那まなっ」


 わたしが尻餅をつくと、ラヴィが止まってわたしに振り向いた。


「ったあ……」


「あははははっ。それが私のスキル【洗浄ウォッシング】よ」


「これが……?」


「それより貴女、結構大胆ね。誘ってるの?」


「は?」


「愛那ちゃん! 見えてます!」


「白」


「へ? 白……って、きゃっ」


 尻餅をついた時に足を思いっきり開いてしまって、パンツをクランフィールに大披露してしまっていたらしい。

 わたしは直ぐにスカートを押さえて、顔が熱くなるのを感じながら立ち上がる。


「最っ低なスキル」


 いつも穿いているスパッツを、今日はたまたま穿いていなかったから起きた事件である。

 だって、昨日は殆ど寝ずに一日中穿いてたし、替えは無いし、洗わないと気持ち悪い……って、まあ、それは今は置いておくとしよう。

 と言うか、正直ライトスピードのスピードで走らなくて良かった。

 もし光速で走ってたら、尻餅とパンツのお披露目では済まなかった。


「うふふ。そうかしら? 可愛らしいものも見えたし、中々面白いスキルだと思うわ。ねえ、ナミキ」


「はい。照れてる愛那ちゃんが可愛かったです。それにお掃除には便利だと思いま……へぅ! 睨まないで下さい、愛那ちゃん!」


 素直に答える馬鹿なお姉を睨んでいる場合でも無いので、わたしは滑る床から離れてカリブルヌスの剣を構えた。

 と言うか、よく見ると水の塊が落ちた場所はピカピカに輝いているので、一応見れば滑るかどうかの判断は出来そうだ。

 だけど、これだけは言える。


「わたしの魔法と相性が悪すぎでしょ。これじゃあ近づくこうにも近づけないじゃん」


 アレで床をピカピカにされたら、加速魔法でスピードの上がったわたしは、間違いなく滑って転んで壁にぶつかってと悪い結果にしかならない。


「滑る地面は氷や雪で慣れてるから、私がクランフィールと戦う。愛那は斬撃を飛ばして援護して」


「ラヴィ……分かった」


「2人とも頑張って下さあああい!」


 ラヴィが提案し、わたしが頷き、そしてお姉がエールを送る。

 そしてクランフィールはテーブルの上にある紅茶を取って一口。


 どう見てもクランフィールからは余裕が見える。

 と言うか、この状況を楽しんでいる。


 ラヴィが駆け出し、クランフィールの背後で浮遊する水の塊がラヴィの進行方向目掛けて飛翔する。

 次々と床が綺麗に輝き出し、ラヴィはその上を器用に上手く滑りながら進んで行く。

 だけど、クランフィールもそれを見ているだけじゃない。

 クランフィールは自分を中心に、床の上に魔法陣を浮かび上がらせた。


「ポイズンガーデン」


 魔法陣から毒々しい紫色の植物が……いいや、植物の形をした液体が無数に出現して、それは魔法陣を禍々しい花畑へと変化させた。

 そして次の瞬間、花畑から紫色をした毒の花粉が舞い散り、それがクランフィールを中心に飛散する。

 と言うか、お姉がクランフィールの近くにいて危ない。

 でも、お姉の心配は無用だった。

 何故なら、お姉が魔法で自分を護っていた……からでは無い。

 お姉は絶賛魔法使用不可で、アイギスの盾は使えない。

 だけど、クランフィールがお姉に毒の花粉がいかない様にしているのか、お姉の周囲にだけ毒は飛散していなかった。

 そんなわけで、今一番危ないのは、クランフィールに接近しているラヴィだ。


 ラヴィは急いで急ブレーキして、慌てて後方に下がって毒の花粉から距離をとった。

 そしてそれは、かなりギリギリだった。

 万が一これが滑る地面に慣れているラヴィでは無くわたしだったら、間違いなくそのまま滑って、毒の花粉の漂う範囲に突っ込んでいただろう。


「あら? こっちに来ないの?」


「行かない。でも、それなら別の方法がある」


 ラヴィが氷の槌を天井にかざし、天井に大きな魔法陣を浮かび上がらせる。


「アイスフィールド」


 ラヴィの頭上を中心として天井に雪雲が発生し、氷に近いひょうのような雪が降る。

 そして、積もった雪から直ぐに雪だるまが生まれて、雪女お得意のゴーレムが完成した。


「それが雪女のアイスゴーレム。あの子が作りだす物にそっくりね」


 雪だるまを見て妖艶な笑みを浮かべたクランフィールの言った“あの子”とは、恐らく例の氷の精霊ならぬ妖精の事だろう。

 氷の地蔵なんてものを操っていたようだし、さっきだって動く人型の氷が沢山いた。


 雪だるまはクランフィールに向かって突進していき、クランフィールはそれを毒の花粉で溶かしにかかるが、その様子は何度も続く事になる。

 ラヴィの雪だるまとクランフィールの毒の花粉は、クランフィール側が優勢と言える。

 次々と雪だるまを作って突進させるラヴィと、それを毒の花粉を操って溶かしていくクランフィール。

 クランフィールが優勢と言っても、クランフィールはあくまでも護りに徹していて、決着はつかないままそれが続く。

 そして、わたしはその様子をジッと見つめて眺めていたわけでは無い。


 わたしはお姉の膝のあたりを狙って、スキル【必斬】を込めた斬撃を飛ばした。

 お姉の足を真っ二つにするわけでは無く、お姉にかけられたクランフィールのスキル【いばら姫】の力を斬る為だ。

 だけど、それは予想外の方法で防がれる。


 クランフィールはあろう事か己の身を前に出し、お姉の代わりにわたしの斬撃を受けたのだ。

 その結果、もちろんクランフィールの足が斬られるわけもなく、お姉の所まで斬撃が届かずに終わってしまう。


「駄目よ、マナ。貴女の相手は私でしょう?」


 ラヴィの雪だるまを相手にしているのに余裕の笑み、妖艶付き。

 かなり煽られている気がするけど、ここで感情に任せてはいけない。


「ボウツを裏切ってお館様に尻尾振って、それでわたしを差し出したいから、わたしに相手になってほしいんでしょ?」


「ああ、そうね。まだ知らないのも無理はないか」


「…………?」


 知らないとは何の事か?

 いぶかしげにクランフィールを見ると、クランフィールは笑む事なく、何でも無いような表情で口を開く。


「お館様は死んだわ。スタンプと言う冴えない男に殺されてね」


「――っ!?」


「私の新しい主はスタンプよ。と言うより、ボウツ以外は全員スタンプに寝返ってるわ。あの気持ちの悪い変態を殺してくれたんだもの。冴えないとは言え、それなりに利用するだけの価値はあるでしょう?」


「おやか……バーノルドが死んだ…………?」


 あまりにも衝撃的だった事実に、わたしは驚愕して一歩後退る。

 ラヴィやお姉も驚いていて、ラヴィなんか雪だるまによる攻撃を止めてしまったほどだ。


「あら? 意外ね。そんなにショックだった?」


「ショック……? それは無い。ただ…………スキル【思念転生リスタート】と【巻き戻し(タイムスリップ)】の攻略を考えても方法が分からなかったから、それをスタンプが破った事に驚いてるだけ」


「ああ、そう言う事ね。彼、貴女と同じスキルを使えるようになったから、そのスキルで殺したみたいよ」


「…………」


 スキル【必斬】を使っているからこそ、理解出来た。

 わたしはそんな単純な事も気が付かなかったけど、確かにこのスキルを使えば可能だろうと。


「そんな事はどうでも良いじゃない。私が貴女に用があるのは彼の――っ!」


 クランフィールが何かを言いかけた瞬間、突然この部屋の壁や屋根がまるごと吹き飛ぶ事態が発生した。

 それは突然で、この部屋どころか館ごと吹っ飛ぶんじゃないかと言う程の威力、いや風か。

 あまりにも強い風に飛ばされない様に、わたしはカリブルヌスの剣を床に刺して、ラヴィは氷で床にしがみついて必死に耐える。

 その嵐のような尋常でない風は治まらず、わたし達の目の前に風に流される人物……モーナが通り過ぎる。


「観念しろよ猫耳!」


「それはこっちのセリフだあああ!」


 わたしの目の前をモーナが叫びながら吹っ飛んでいき、それをクォードレターが風に乗るように宙を舞い追う。


「――っモーナ!?」


「愛那、あれ」


「――っ!? 嘘でしょ……?」


 ラヴィがモーナとクォードレターが来た方角に指をさすと、そこには恐ろしい程の大群、空飛ぶ氷のゴーレムが目に映る。

 そしてそこには、ラーヴとラテールが誰かと向かい合っていた。


「だから嫌なのよね、この人達と組むの。後先考えず所構わず色んな物を直ぐ壊すんだもの」


 クランフィールがボソリと呟きため息を吐き出す。

 そして、わたしでは無くラーヴ達の側、近くに視線を向けて妖艶な笑みを浮かべた。


「アレが出て来たって事は、そろそろ私も本気になった方が良いみたい」


「あれ……?」


 クランフィールの視線の先にいたのは、ペン太郎だった。

 ペン太郎が震えて立っていたのだ。


「ずっと捜していた“傲慢”がこんなに近くにいたなんて……嬉しいわあ」


「待って! ボウツの仲間じゃないなら大罪魔族の力なんて必要無いでしょ!?」


「あら? 知ってたの? でも、それとこれとは別よ。私個人が狙っていたんだもの」


「どういう事?」


 わたしが問うと、クランフィールは光悦とした笑みを浮かべ答える。


「私ね、とっても“傲慢”で、とっても“強欲”なの。苦しむ人の顔や叫び声が好きだし、騙して追い詰めた後の絶望する顔も好き。ボウツも目を覚ましたら、たっぷり可愛がってあげようと思っているの。私は欲しいものを全部手に入れる為に、魔族の力、それもとびっきりの力が必要なのよ。だって、恐怖で震えあがる人達って、脅せば何でもくれるでしょう? 言う事を聞かなければ、殺せば良いのだもの。もちろん、恐怖を与えて苦しむ様を楽しむわ」


 光悦な笑みで答えたそれは饒舌じょうぜつで、あまりにも狂っているクランフィールの思想に、わたしは鳥肌を立てて背筋が凍るような感覚を覚えた。


「クランさん……?」


 いつも呑気な顔したお姉が顔を青ざめさせてクランフィールを見た。

 すると、クランフィールはお姉の顎を手に取って、妖艶な笑みを浮かべる。


「うふふ。貴女のそのとっても素敵な笑顔を、どうやったら恐怖の色に染めれるかずっと考えてたの」


「嘘ですよね? クランさんはとっても優しい方です!」


「ええ。私は優しいわよ。だって、そんな優しい私が目の前で妹を殺したら、絶対に面白いでしょう?」


 お姉は更に顔を青ざめさせて、わたしを見た。

 その顔は何かを言いたげで、だけど何も言えない顔。

 でも、その何かなんてわたしになら分かる。

 お姉はわたしに「逃げて」と言いたい。

 だけど言えないんだ。


 クランフィールの手には、スキル【いばら姫】を使う為の錘がある。

 それをクランフィールがお姉の顎に刺したのをわたしは見た。

 下半身を動かせなくしたように、声を出せなくしたのだろう。


 お姉は涙を目尻に溜め、クランフィールがそれを満足そうに微笑む。

 その姿を見れば、さっきまでの言葉をクランフィールが本気で言っていたと直ぐ理解できる。


 今まで、このクランフィールと言う女が何を考えて、何を目的としているのかよく分からなかった。

 敵かと思えばお姉と引き換えにだけど他の皆を助けて、駆けつけたらお姉と一緒に談笑までしていた。

 そのくせ、わたし達とは戦う気があるような素振りを見せて、だけど遊んでいる様にしか見えない。

 本気で意味が分からなかったけど、でも、ようやく分かった。


 この女は確かに“傲慢”で“強欲”だ。

 ろくでもない最低な人間だ。

 こんな人、絶対野放しになんて出来ない。

 ここで止めないと、絶対この先で誰かが、沢山の人が不幸になる。


「クランフィールをここで止めるよ、ラヴィ」


「うん」

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