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255 決戦の館 その4

 モーナと別れると、わたしはラヴィに頼んで魔法で館の壁を壊して中に入った。

 人様の家を壊すなんてって感じではあるけど、向こうはお姉を拉致してるのだから、そんなの知った事じゃない。

 それに、わたしの役目はあくまでも囮。

 ラテールとペン太郎を助けに行ったモーナとラーヴが動きやすいようにしなければならない。


 わたし達が館の中に入ると、続々と元奴隷商人の脱走犯達が押し寄せてきた……なんて事は無かった。

 辺りはシンと静まり返っていて、誰一人として来る気配が無い。


「誰も来ない……? もしかして外にいたので全員だった?」


「一応注意して進む」


「うん、そうだよね。注意しながら囮……は、もう意味ないかな? お姉を捜そう」


 わたしとラヴィは頷き合うと、注意しながら廊下を走る。

 もちろん注目が集める為の壁の破壊活動も止めたりはしない。

 と言うか、実はこの壁の破壊は、注目を集める他にも別の役割を持っている。

 それは、脱出用の通路を自分達で作りだすと言うものだ。


 館は以前わたしが迷っただけあって、かなり広くて同じ様な景色が続く。

 正直言って脱出中に迷子になる可能性だってある。

 庭から逃げようにも逃げられない事だってあるかもしれない。

 そう言うわけなので、こうして壁を破壊して脱出ルートを作っているわけだ。

 まあ、使うかどうかは分からないけど。


「でも、何でクォードレターもクランフィールも出て来ないんだろう? それにグラスって妖精だっけ? も来ないね」


「逃げた?」


「ああ、確かにあるかも。さっきラヴィがいない時にクォードレターと戦ったけど、普通に逃げたし。ボウツがお館様を裏切るって分かれば、ボウツを見捨てて逃げるとか普通にありそう」


 だけど、クランフィールは逃げるだろうか? と、それだけは疑問に思う。

 あの時わたしが盗み聞きで聞いた時のクランフィールを考えると、ボウツを置いて逃げ出すようにはとても思えない。

 仮にクォードレターとグラスが逃げ出したとしても、クランフィールだけはまだ館の中にいるような気がした。

 それにそうで無かったとしても、間違いなく言える事がある。


「でもさ、ラヴィ。ラテールとペン太郎が捕まったって事は、絶対誰かはいるはずだよね」


「そう思う。それに、瀾姫なみき愛那まなを捕まえる為に捕まった。ボウツは利用しなかったけど、何か理由があるかもしれない」


「理由……? って言うか、全然気付かなかったけど、そうだよね。何でボウツはお姉を人質にしなかったんだろう?」


 ラヴィに言われて疑問が浮かんだ。

 確かに言う通りだった。

 わざわざ正面から正々堂々と戦わなくても、お姉を人質にとれば良かったのだ。

 それなのに、ボウツはそれをせずにわたし達と戦った。


「……お姉を人質に出来ない何かって何だろう?」


 考えても思いつかない。

 それだけでなく、思いつかないせいか嫌な事まで考えてしまう。


 この世界に来て、わたしは今まで沢山の嫌なものを見てきた。

 自分の欲望の為に誰かを利用して犠牲にする者達。

 今までは、その犠牲者は友達になった人や親しい人、それから知らない誰かだった。

 でも、それが今回はお姉になるかもしれない。


 不安がどんどん膨らんでいく。

 人質に出来なかったのは、お姉が既に死んでいて、連れて来たらそれが分かってしまうから?

 嫌な考えはお姉の死にまで至り、わたしは不安に押し潰されそうになった。


「愛那?」


「っ。ごめん、大丈夫」


 ラヴィに声をかけられて我に返り、首を大きく横に振る。

 こんな事でマイナスな感情が無くなるなんて思わないけど、少しでも気を紛らわしたかった。


「ごめんなさい。不安にさせるつもいじゃなかった」


「ラヴィ……ううん、本当に大丈夫だよ。ありがとう、ラヴィ」


「…………」


 ラヴィに余計な心配をさせてしまった事に反省する。

 だけど、それ以上に不安はつのるばかりで、段々と目尻にも涙が溜まってきた。

 でも、まだ決まったわけじゃないと、そう自分に言い聞かせて涙を拭う。


 するとその時だ。

 わたし達が走る廊下の先の方、扉の前に1人、男が立っている部屋が目に映った。

 その男は恐らくだけど元奴隷商人で、腰には剣をぶら提げていた。

 そしてその部屋の扉の向こうから、女の笑い声……クランフィールの笑い声が廊下まで響いた。


「見つけた! ラヴィ!」


「任せて」


 男がわたし達に気が付き、剣を構えたけどもう遅い。

 ラヴィの魔法が男の体を氷で覆い、男は一瞬で氷漬けになった。

 そして次の瞬間、館の何処かから大きな爆発音が響き渡った。

 つまりこれは。


「モーナからの合図だ! タイミングばっちりじゃん。スキルが使える!」


 ライトスピードで加速し、スキル【必斬】をカリブルヌスの剣に乗せて横一文字に扉のドアノブ周辺を狙って斬り払う。

 そして、そのまま扉を蹴り破って部屋の中に飛び込んだ。


「お姉!」


 お姉を呼んで姿を捜し、そして、そこにいたお姉を見つけて視線が合う。


「ま、愛那ちゃん!?」


「お姉、良かった。無事だったんだ……ね? ん? お姉?」


 お姉の姿を見て安堵し、そして、困惑した。

 何故なら……。


「それは……?」


「マリトッツォです。喫茶店で食べ損ねたお話をしたら、クランフィールさんが作ってくれました。愛那ちゃんも食べますか?」


「…………いらない」


 うーん、このお姉。

 間違いなく本物。

 と言うか、あろう事かこのお姉、人が心配している間に呑気にオヤツを食べていたらしい。


 わたしが見た光景、それは、本気で拍子抜けするほどにガッカリな光景だった。

 お姉はクランフィールと一緒にテーブルを囲んで座っていて、優雅? にお茶していた。

 テーブルの上にはミルクティーとマリトッツォ。

 それだけでなく、クッキーやらチョコやらが並べられていて……って、まあ、それは今は置いておくとしよう。

 とりあえず、心配して損したのは間違いない。


「って言うか、呑気にお茶してる場合じゃないでしょ!? 心配したんだからね!」


「で、でもでも、クランフィールさんが愛那ちゃん達が来るまでお茶しましょうって……」


「は?」


 お姉の目を見れば嘘を言ってないのは分かる。

 だけど、そんな馬鹿なとクランフィールに視線を向けると、笑顔で頷かれた。

 正直この人が何考えてるか分からない。


「愛那、何が起きてる?」


 一足遅れてラヴィが部屋の中に入って来て、予想外な状況に困惑してわたしに問うけど、正直わたしも聞きたい。

 とりあえずラヴィには首を横に振って答えて、再びお姉に視線を戻した。


「とにかく、何とも無いなら帰るよ、お姉」


「実はそれは出来ないんです」


「は?」


「それには私が詳しく答えてあげるわ」


 今まで黙ってわたし達の様子を見ていたクランフィールが立ち上がり、妖艶ようえんな笑みを浮かべた。


 と言うか今更だけど、クランフィールは透けて肌が見えるネグリジェを着ていて、そのせいで胸元にある赤いハートの刺青と下着のショーツが丸見えだった

 そのせいかクランフィールが立ち上がった途端に、お姉が「愛那ちゃんは見ちゃ駄目です!」なんて言って慌ててる。

 とまあ、お姉は置いといて、クランフィールがテーブルの上に置いてあった空の小瓶を持ち上げてわたしに見せる。


「私ね、基本的には強いものの味方でいる主義なのだけど、最近までは扱いやすいボウツを持ち上げてあげてたのよ」


「……はあ?」


 どうでも良いし関係も無い事を語りだしたので、わたしが眉を顰めて呟くと、クランフィールは満足そうに微笑んでから言葉を続ける。


「でもね、それもさっき止めたわ。だって、ボウツを裏切ったら“邪神の血”を飲ませてくれるって言われたもの」


「……その小瓶に入ってたって言いたいの?」


「正解よ」


 クランフィールが妖艶な笑みを見せ、持っていた小瓶をテーブルに置いた。


「魔族化した事で、私のスキル【いばら姫】は覚醒したわ。元々は対象相手を眠らせるだけのスキルだったのに、今では体の一部の機能だけを眠らせる事も出来るようになったの」


「体の一部? もしかしてお姉……」


「そうよ。今、この子の下半身は眠っている状態よ。動かす事は出来ないわ」


「そう言う事か。一応やっぱ人質ってわけじゃん」


「違うわ。この子は貴女が来るまでの話相手。ただ、解放してあげる気はないけどね」


 クランフィールが妖艶に微笑み、糸の付いた尖った針のような物を取り出した。

 わたしはステチリングの光をクランフィールに向けて、直ぐに情報を確認する。




 クランフィール=ヘイルナー

 年齢 : 18

 種族 : 魔人『魔族・元ヒューマン』

 職業 : メイド長

 身長 : 166

 BWH: 86・55・87

 装備 : スノウビーの錘針おもりばり

      妖精の羽衣

      マジキャンデリート・スキルカットキャンセラー

 属性 : 水属性『水魔法』上位『毒魔法』

 能力1: 『いばら姫』覚醒済

 能力2: 『洗浄ウォッシング』未覚醒




 情報を確認すると、クランフィールは糸を摘まんで針をぶら提げ見せ微笑む。


「先にネタばらししてあげると、このスノウビーの錘針を使って刺すと、刺した相手を眠らせる事が出来るのよ」


「スキルの効果をネタバレするなんて、気前が良いんだね。ついでにもう一つ教えてくれない?」


「それは駄目よ。これから初披露してあげるんだもの」


 クランフィールが妖艶な笑みを浮かべて、背後に幾つもの水の塊を浮かび上がらせる。

 水の塊の大きさは統一性がなく、それぞれ違っていて、ペットボトルのキャップくらいの大きさのものからバレーボールくらいの大きさのものまであった。


「それじゃあ、始めましょうか」


 クランフィールが言葉を発した次の瞬間、水の塊が回転し、それ等がわたしとラヴィに向かって飛翔した。


「ラヴィ、いくよ!」


「分かった」


 わたしはカリブルヌスの剣を構え、ラヴィは魔法で氷のつちを作りだし手に取って、2人同時に駆けだした。

 そして、お姉が見守る中、クランフィールとの戦いが始まった。

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