252 決戦の館 その1
視界を奪う眩い光。
全方位から襲う電流を帯びた無数の剣。
そして、鋭い爪を持つ黒竜の手。
この逃げ道のない驚異的攻撃の全てがわたしとモーナを襲い、いきなりの大ピンチに陥ってしまった。
「これ絶対ヤバいって! って言うか、眩しくて殆ど見えないんだけど!」
「全部叩き落としてやるわ!」
「ママ、任てて」
「へ? ラーヴ…………っ!」
わたしの頭の上に立つラーヴが、頭上に赤と白が混ざった様な魔法陣を浮かび上がらせる。
そして、それとほぼ同時に魔法陣から終わる事ない蒼炎の炎が飛び出して、迫り来る無数の攻撃を次々と相殺していった。
更に、蒼炎の炎がわたし達を囲み、炎がクォードレターの光を遮断する。
おかげで周囲が見えるようになり、わたしは口を開けて驚いた。
「凄っ」
「やるなラーヴ!」
「がお」
驚く事に、あれ程あったクォードレターから繰り出された無数の攻撃は、ラーヴの出した蒼炎の炎で全て焼き尽くされた。
その偉業とも言える事をやってのけたラーヴをクォードレターが睨む。
「ちっ。精霊がここまでやれるなんて聞いてねえぞ」
これには敵であるクォードレターに同意せざるを得ない。
正直ここまでって感じでわたしも驚いてる。
かなり頼もしい。
「仕方がねえ。分が悪いから退かせてもらうぜ」
「逃げる気か!?」
「そうだよ、逃げるんだよ。じゃあな」
「なにいいいっっ!」
モーナが叫ぶ中、素早くこの場から逃げて行くクォードレター。
わたしはその引き際の良さに感心しながら、当初の作戦に移る為に気持ちを切り替える。
「さっきの戦いで塀が壊れたみたいだし、このまま中に入るよ」
「がお。あめちゃん準備ちた」
ラーブと簡単に話して先を急ぐと、モーナが慌てた様子でわたしについて来た。
それを見て、そう言えばと思い、あめちゃんを3個渡す。
「アメ? 何だこれ?」
「庭で暴れて奴等の目を引き付けるの。それ舐めてる間と舐め終ってからの10分は魔法が使える様になるから、モーナも手伝ってよ」
「おお! 凄いな! よし分かった。暴れたら良いのか?」
「うん。って言うか、今まで何処にいたの?」
「フォックの家だ。ラヴィーナがこの前あいつに会った時に、家の場所を聞き出してたんだ。まあ、あいつは家にいなかったから、勝手に入って食料とかも適当にあるものを食べたぞ」
「おい。人の……って、まあ良いや。良くないけど、今はこっちが優先」
「こいつ等をぶっ飛ばせば良いんだな?」
「殺すのは無しね」
「分かってるって」
壊れた塀の上を通って庭に入ると、騒ぎを聞いてやって来た元奴隷商人達が次々に現れ始めていた。
でも、数が会わない。
聞いていた話だと、こっちにいる元奴隷商人は20人くらいだった筈。
だけど、集まって来た連中の数はそれを軽々と超えていた。
前後左右に館の屋根の上にまで武器を持った大人達。
それが、ざっと見た感じで50人以上はくだらない人数。
でも、その理由も直ぐに分かった。
「氷……?」
そう。
人だと思っていたわたし達を囲む人物の中には、氷が人の形をしているものまでまざっていたのだ。
恐らくだけど、お姉を襲った氷の地蔵を人型にしただけだと思うけど、聞いた話では再生能力がすば抜けていて厄介な敵。
まあでも、今回に限っては、そこまで気にする必要もないかもしれない。
何故かって?
そんなの簡単な事。
「ラーヴ、人の形をしてる氷は任しちゃって良い?」
「がお」
こっちには火の精霊のラーヴがいるのだ。
人型の氷はラーヴに任せれば問題無いだろう。
ラーヴは返事をすると、わたしの頭から降りて魔法陣を足元に浮かび上がらせた。
「モーナ、いくよ」
「もう良いのか? それじゃあ暴れるか!」
わたしとモーナが掛け声したのと同時に魔法陣から炎が飛び出して、それは人型の氷に向かって飛んでいき、一瞬の内に氷を溶かしていった。
それから直ぐにモーナが屋根の上に向かって跳躍し、屋根の上にいる元奴隷商人達を爪で斬っていく。
わたしも負けじと加速魔法で速さを高めて、一番近い所にいる相手の足を狙って薙ぎ払いして無力化していった。
モーナが来てくれた事で、予定よりかなり順調に作戦は進んでいた。
と言うか、スキルが使えない状況下でこの調子なら、そのままお姉を助け出す事も出来るかもしれない。
だけど、世の中はそんなに甘くない。
4人目の相手を斬ろうとカリブルヌスの剣を振るうと、それは軽々と受け止められてしまった。
それだけでなく、更にその相手に剣を振るわれ、わたしは急いで後ろに下がってそれを避ける。
そして、わたしはその相手を見て驚き、改めてカリブルヌスの剣を構え直した。
「これはこれはマナ様。こんな夜分に随分と騒々しいですね。何かご不満でもございましたか? もしそう言った事がおありでしたら、この私、ボウツめに何なりとお申し付けください」
「ボウツ……」
そう。
わたしの剣を受け止めて、反撃をしてきたのはボウツだった。
ボウツはいつもの様に執事の服を着ていたが、その両手には剣が2本。
2本の剣は形容が違っていて、右手には炎の様に赤い長剣、左手には氷のような水色の剣。
わたしがボウツを睨み見ると、ボウツはギザギザの歯を見せるようにニヤリと笑んで、目つきを鋭く変化させた。
「演技はお終いか。お館様が戻って来るまでは、お行儀の良い執事でいたかったんだけどね」
「一応聞いておくけど、お姉を返してくれない?」
「あそこで暴れてる“強欲”と、この村の何処かにいる“傲慢”を差し出せば考えてやるよ」
「そんなのお断りに決まってんじゃん」
「だろうね。オレはそれで構わないけどね。お前さえ捕まえれば、少なくとも“強欲”は手に入るだろうからさあ!」
ボウツが駆け出し、わたしとの距離を詰める。
そして、水色の剣を振るい、わたしはそれを受け流しながら後ろに下がって再び距離をとった。
「随分と逃げ腰だな。今更怖くなったのか?」
「うっさい。大人相手に真正面から力比べする程わたしは馬鹿じゃないってだけ」
実際にスキルが使えない以上、ボウツとの単純な力のみの押し合いは避けたい。
今のわたしに出来る攻撃は、加速魔法を使っての一撃離脱のみ。
欲張ったら絶対にろくな結果にはならない。
それに南の国でレオさんに「向いてる」と言われて、そう言った戦法はいっぱい教えてもらった。
とは言え、このボウツと言う男は正直言って隙が無い。
おかげで攻めあぐねてしまう。
ただまあ、だからと言って何もしないわけでは無く、わたしは直ぐにステチリングでボウツの情報を調べた。
ボウツ
年齢 : 17
種族 : 魚人『魚族・ウツボ種』
職業 : ジャック
身長 : 176
装備 : 長剣フランベルジュ・魔剣グラム
燕尾服
マジキャンデリート・スキルカットキャンセラー
属性 : 土属性『土魔法』上位『生物魔法』
能力 : 『オーガキャッスル』覚醒済
ボウツの情報を見て、一先ず魔族化していない事に安心する。
けど、安心してばかりもいられない。
いつもの事だけど、こうして情報を見ても何が何やらな事が多い。
それ故に、わたしが眉を顰めて疑問を一つ口に出しても仕方が無いと言うもの。
「職業ジャック? 執事じゃないの?」
いやまあ、そこかよって感じだけど、一番最初に目についたから仕方ない。
「これだけ忠誠を誓ってるのにまだジャックか。明日にはお館様も帰って来ると言うのに。いつになったらお館様はオレをキングにするんだ?」
「キング? 執事の階級か何か?」
ボウツが声量を抑えて呟いたのが聞こえて尋ねると、ボウツは顔を顰める。
「聞こえていたのか? キングとは、お館様の許で働く幹部のトップだよ。オレは三番手でジャック。一番手がキングでスタンプ。女だけがなれる二番手がクイーンの……ん? 働きに来た時に、一番最初に教えた筈だが……って、そうか。アレはお前の姉にだったな」
「へえ。ついでにスキルについても教えてくれない?」
「それなら今直ぐ期待に応える為にも見せてあげよう」
その時、ボウツの背後に半透明で巨大な城が地面から飛び出して、城の扉が開かれる。
そして、半透明の扉の中から、巨大な一角ハゲ頭の鬼が次から次へと現れた。
その鬼のデカさは、どの鬼も50メートルは軽く超える。
「マ? ヤバくない? これ……」
「オレのスキル【オーガキャッスル】は城を呼び出し、忠実に動く巨大な鬼の兵士を召還するスキル。いずれ世界を支配する王たるオレに相応しいスキルだろう?」
半透明で巨大な城から出てくる鬼はまだまだ終わらない。
それは気が付けば余裕で館の庭を埋め尽くし、塀を踏みつぶして破壊して、外にまで出てわたしを囲む。
そして最終的に出て来た数はおよそ10体。
流石の異常事態にモーナとラーヴも気がついて、2人とも直ぐにわたしの側に駆けつけてくれた。
「マナ! 何だこいつ等!?」
「が、がお」
「巨大な鬼としか……」
「役者が揃ったか。では、盛大なパーティーを始めようか。お嬢様方」
ボウツがニヤリとギザギザの歯を見せ笑んで、巨大な鬼達が一斉にわたし達目掛けて襲ってきた。




