250 決戦の地へ
ここは精霊達の住む精霊の里。
深い森に囲まれた精霊達が住む楽園。
そんな精霊達の住む里の内の一つ、長の家で神ヘルメースと長が向かい合っていた。
神ヘルメースの前には、小さな机代わりの台と、その上にはワインが備えられている。
長は姿勢正しく座り、神ヘルメースに話しかけた。
「ヘルメース様、人の子等は上手くやっているでしょうか?」
「う~ん、どうだろうね。今まで何度も巻き戻されてしまっているし、今回も同じ事が起きるかもしれない。ただ」
「ただ?」
「諸悪の根源はスタンプに殺されたようだ」
「おお。では――」
「甘いよ、長老。あのポフーと言う少女、あの子がいる限り、油断は出来ないだろうね」
「では、また何かされるので?」
「いいや。私は神として、あの子達を時の運命の呪縛から逃れられる様に少しだけ導いただけだから、これ以上は干渉するつもりはないよ」
「確かに、時を操る力が無くなった以上、もう関わり合いになる必要は無いですからな」
「さあ、どうだろうね」
長の言葉に怪しい笑みを浮かべて、神ヘルメースはワイングラスを傾ける。
そんな神ヘルメースの様子に、長は「やれやれ。まだ何かあるのか」とでも言いたげな表情を浮かべた。
◇
所変わって、先日降っていた雪が嘘の様に無くなって、本来の姿を取り戻したグラスタウン。
相変わらずの田舎な景色は、のんびりしていてなんだか落ち着く。
村人達は変わらない生活を送っていて、すれ違えば「こんにちは」と挨拶を交わす。
「帰ってきたよ、皆」
わたしは呟き、腰に提げたカリブルヌスの剣を握った。
カリブルヌスの剣は未だ重いままで、モーナに何かが起きていると言う事を教えてくれる。
「ママ」
「うん、まずはラテールに会いに行こう」
「がお」
わたしの頭の上に乗るラーヴと言葉を交わして、サガーチャさんから貰った体力の回復と魔力の回復を同時に出来ると言う紫色の怪しげな液体を一気に飲み干す。
色的にヤバさたっぷりだったけど、飲んでみたらグレープジュースの様な味わいで意外と美味しく、更には本当に体力も魔力も回復した。
流石はマジックアイテムの博士だけあって、サガーチャさんはやっぱり凄いなと思わされる。
とまあ、それは今は置いておくとしよう。
わたしはラーヴを頭に乗せて、アイリンの家に向かって歩き始めた。
今は丁度お昼時で、少し前にわたしはクラライト城下町の城門前に立っていた。
そこでアイリンの後をつけてロポがいなくなった事を知らされて、今後の事をジャス達と一緒に話し合った。
メソメとククとカルルとフープの4人は、何故か「探偵団再結成の時だ」なんて意味の分からない事を言っていたけど、あれは何だったんだろう?
とまあ、それは今は置いておくとしよう。
話し合った結果決まったのは、今日やるべき事。
わたしはその為に、ライトスピードを使ってここまで来た。
サガーチャさんから薬を貰って飲んだのもその為だ。
ジャスは「明日お休み貰える様に、今日はお仕事3倍頑張って来るね」と意気込んで出勤した。
スミレさんはメソメ達4人のお手伝いとか言っていて、なんならジャスも早めに仕事が終わったら自分も手伝うと手を上げていた。
いや、本当に探偵団って何だろう? って感じだけど、本人たちはやる気みたいだし「ポフーに皆で会いに行こう」なんて事も言ってたから、とりあえず黙って見守る事にした。
サガーチャさんは自分が無事である事を伝える手紙を書いてドワーフの国に送って、その後クラライトの騎士団体を率いるシャイン王女と一緒にグラスタウンに来る事になった。
騎士団体なんて、なんだか大事になってる感じはする。
だけど、相手は国を滅ぼす力を持つ“憤怒”や“暴食”を倒した連中だと考えると、これでも足りないくらいだとシャイン王女は言っていた。
ランさんからは七色に輝く綺麗な羽を渡されている。
これはランさんのスキルで作りだしたもので、大事な物なので、無くさない様に服の内ポケットにしまっている。
それから、ベルゼビュートさんが目を覚ましたという報告も、シェイドから入ってきていた。
だからこそ判明したスタンプの脅威。
「わたしと同じスキルか……」
話を思い出して、わたしは思わず呟いた。
すると、ラーヴがわたしの頭を慰める様に優しくポンポンと叩く。
「がお。ママのは傷ちゅけるチュキルじゃない」
「うん。ありがとう、ラーヴ」
嬉しくて、頭の上に座るラーヴを持ち上げて頬ずりする。
すると、ラーヴも嬉しそうにわたしの顔に触れて頬ずりをし返してくれた。
でも、それよりも気になる事があった。
それは、ポフーの事。
ベルゼビュートさんが目を覚ました事で、ポフーの事も知ってしまった。
その事に、わたしは未だに受け入れられないでいた。
そうしてアイリンの家まで辿り着くと、あの面倒臭がりなラテールが家の前で待ってくれていた。
しかも、あの家を出たがらなかったペン太郎を連れて、その頭の上で。
「遅いです! 待ちくたびれたです!」
「ごめん。って言うか、何で外で待ってたの?」
「そんなの、今から殴り込みに行くからに決まってるです。ラテはこれ以上黙ってられる程甘くないです」
「……何かあったの?」
何やら怒っているラテールを不思議に思って、ペン太郎に視線を向けて尋ねると、ペン太郎は困り顔で答える。
「マスターが家を出る前に、ラテール嬢さんのプリンを食べてしまったんだペン」
「ぷ、プリン……」
「そうです! 今朝ラテは目覚めのプリンの気分だったです! だから数日前から取っておいたプリンを食べようとしたら、アイリンが家を出る前に食べてたってペン太郎が教えてくれたです! これは許される事ではないです!」
「そ、そっか。って言うか、アイリンって昨日今日にいなくなったわけじゃないよね? なんで今まで気が付かなかったの?」
「トンペットとプリュイから連絡とれなくて捜し回ってたんだから、プリンどころじゃ無かっただけです! それから今朝はマナママがラーヴと一緒に帰って来るって言うから、気持ちに余裕が出来ただけです!」
「あ、うん。なんかごめん。すっごい愚問だったね……ホントに」
何だか申し訳ない気持ちになる。
そりゃそうだよねって感じで、心配でずっと捜しまわってたんだと思う。
あんなにいつもごろごろ寝ていたラテールの目の下には、よく見ると隈が出来ていた。
それでプリンを食べたアイリンがバーノルド達の仲間かもしれないとなれば、そりゃ荒れても仕方が無い。
殴り込みにともなるだろう。
「とにかくです! ラテにい良い考えがあるです!」
「良い考え?」
「でーす!」
ラテールがまるで悪者のような顔でニヤリと笑い、そして、作戦を提案した。
◇
時刻は16時を回った夕刻時。
だけど、今日は既に真っ暗な空模様。
この村特有の、日によって暗くなる時間が違うと言うもの。
「よく寝たです?」
「うん。ラテールのおかげで3時間以上は寝れたよ。本当はあの後直ぐに乗り込むつもりだったけど、やっぱり寝不足だと判断も鈍るし、寝て良かったよ」
「それはそうペン。これから大きな事をするんだから、睡眠もしっかりとらないといけないペン」
「がお」
ラテールの提案で、わたしはラテールと合流した後に睡眠をとった。
明日にはバーノルドが帰って来ると言うのに、何を呑気にと思うかもしれないけれど、実際に寝不足で体調は不良気味だった。
正直あのまま館に乗り込んでいたら、わたしは何か重大なミスをやらかしていたかもしれない。
そう考えると、しっかり睡眠をとって本当に良かった。
それに、ラテールの目の下の隈も無くなっていた。
「カリブルヌスの剣は暫らくの間だけ軽くしておくです。でも、マモンが復帰したらそっちにお願いするです」
「うん、分かってる。めっちゃ助かるよ。ありがと」
「です」
「それとさ、ペン太郎は本当に良いの? 今から行く所は、ペン太郎の命を狙ってる人達の所なんだよ?」
「大丈夫ペン。マスターの誕生日をお祝いしてくれた人達を放っておけないペン。それに、ワイはまだマスターを信じてるペン。本当にマスターが悪い人達の仲間だったら、きっとワイは今ここにはいない……とっくに殺されている筈だペン」
「ペン太郎……うん、そうだよね。ごめんね、ペン太郎。アイリンを悪く言っちゃって。アイリンを信じよう」
アイリンがお館様達の仲間かもしれないと、ペン太郎には伝えていた。
でも、ペン太郎が信じるなら、わたしももう少しアイリンの事を信じてみようと思う。
わたしがまだポフーを信じているみたいに。
「無駄口たたいてないでさっさと行くです」
わたしとペン太郎が話していると、ペン太郎の頭に乗るラテールが頭をペチペチ叩いて小気味の良い音を立てる。
その様子にわたしは苦笑して、懐からマジックアイテムを取り出した。
これは、サガーチャさんから受け取ったマジックアイテム【マジキャンデリートあめちゃんタイプ】だ。
サガーチャさんが作りだしたマジックアイテムで、魔力を無効化する館の中でも、舐めている間と舐め終ってからの10分間だけ魔法が使えると言う飴玉。
元々は、ラーヴやラテールの様な手のひらサイズの精霊や、ペン太郎の様に持ち運び自体が出来ない生物の為に開発した物らしい。
「それじゃあ、先にこれを渡しておくね」
「これが話で言ってたアメです? ちゃんと精霊用の大きさもあるですね。早速頂くです」
「がお。あめちゃんおいちい」
「え? もう!?」
わたしから受け取ったマジキャンデリートあめちゃんタイプ、略してあめちゃんを早速口の中に放り込む精霊の2人。
その早さにわたしが驚くと、2人は美味しいと笑顔を向けてきた。
そんな笑顔を見せられたら最早何も言えない。
「食べるのが早いペン」
「心配しなくても1人3つはあるから大丈夫です。瞬殺してやればいいです」
「ちゅんころ、がおー」
「可愛い顔して言う事が物騒だペン」
「ラテはそれだけ怒ってるだけです。そんな事より、館に着いたらラテとペン太郎でスキル無効化のマジックアイテムを探しだして破壊するです」
「わたしはその間に囮として敵の目をひきつける。それから元奴隷商人の脱走犯達を、可能であれば無力化してボウツ達を倒す」
これが、ラテールの考えた作戦。
お姉達を助けるのはそれが終わってから。
人質にとられる可能性も考えたけど、助けたくてもスキルが使えなければ、向こうがスキルを使ってくる以上結局は助けられない可能性が高い。
それなら、もういっその事お姉達の安全確保を後回しにした方が、向こうがこっちの考えを読み辛く出来るだろうとラテールは考えた。
ラテールは昼頃に、直ぐにでも作戦を決行しようとしていたけど、それでもわたしの体を気遣って眠らせてくれた。
だから、正直お姉達の身の安全を優先したいけど、そんなラテールが考えた作戦を信じる事にした。
「それじゃ行こっか」
「がお」
「プリンの恨みを全部ぶつけてやるです!」
「頑張るペン」
わたし達は頷き合い、館を目指して歩き出した。




