248 行方不明者と家出少女
「ふぁああ~…………流石に眠っ」
自称バターマンが突然元の人格に戻ってから朝陽を迎えた午前の事。
わたしは寝ずにクラライトのお城まで戻って来ていた。
と言うのも、何もかもを忘れてしまっているらしい自称バターマンに取り調べをしている最中に、城にいた騎士がやって来てこんな知らせをしたからだ。
「スミレと名乗る魔族の女が、ドワーフの国の王女を連れて、マナ殿を連れて来てほしいと騒いでおります。いかがなさいますか?」
まさかのスミレさんの帰還と、行方不明の王女の登場。
わたし達は全員が驚いて、急いでお城に戻って来たと言うわけだ。
因みに今更な事でどうでも良いけど、あの時監獄に侵入した近衛騎士とランさんは脱獄犯を捕まえる手伝いをして、無事全員捕まえる事が出来たのだとか。
と言うのも、自称バターマンからバーノルドの意識が途切れたのと同じタイミングで、目の前にいた脱獄犯たちを認識出来たらしい。
どうやら、バターマンのスキル【嘘から出たまこと】で、脱獄犯が認識疎外を受けていたようだ。
そのスキルでステチリングで読み取れる情報も変えていたようだし、本当に厄介なスキルだ。
まあ、それは今は置いておくとしよう。
そんなわけで寝ずに帰ってきたわたし達は、早朝から城門の前で騒いでいるスミレさんと、それを楽しそうに眺めている行方不明だった筈のドワーフの国の王女サガーチャさんを見つけた。
正直、わたしは驚いていた。
と言うか、サガーチャさんはバーノルド達に捕まってしまって、何処かに捕えられてるものだと思っていた。
でも、実際はそんな事は無く、お城に戻って来たわたし達に気がついて元気な笑顔を向けた。
「やあ、マナくん。来ちゃったよ」
「いや、来ちゃったよ。じゃないですよ」
「そうだよ、サガーチャちゃん。皆心配してたんだからね」
「おや? 誰かと思ったらジャスミンくんじゃないか。君と会うのは……何年振りだろうか?」
「そんな事よりサガーチャ殿下~。ドワーフの国が大騒ぎになってますぜ~」
「ランくんもいるのか。何だか勢揃いだね。因みに国が大騒ぎって、何かあったのかい?」
「何かって……」
駄目だこの人。
事の重大さに気づいてない。
わたしが呆れてそんな事を考えている間に、ランさんがサガーチャさんに行方不明になってる件を伝えて、サガーチャさんがそれは面白いと楽しそうに笑う。
そしてその隣では、ジャスに抱き付いて頬を合わせてスリスリしているスミレさんの姿が……。
「なんか頭痛くなってきた……」
「賑やかだよね」
わたしの呟きに答えるように、王女様……シャイン王女様が苦笑しながら話した。
と、そこで、スミレさんが「そうなのです!」と大声を上げてジャスから離れる。
「こうしちゃいられないなのです! マナちゃんに関わる大事件なのですよ! 幼女先輩!」
何だか久しぶりに聞いた気がする幼女先輩と言うパワーワード。
それは勿論ジャスのことなんだけど、まあ、それは今は置いておくとしよう。
そんな事より、スミレさんが今、凄く気になる事を口走った。
「へ? わたし? 大事件って何ですか?」
「はいなの。実はシェルポートタウンに行って、可愛い女の子達の水着姿を見て匂いを嗅いでいたなの」
「え? あ、はい。え? 本当に何の話ですか?」
突然の出た変質者的犯罪まがいな発言に、わたしが動揺していると、サガーチャさんがニマァッと笑みを浮かべた。
と言うか、ホントに何やってんだこの人って感じだ。
「そしたら大変な事に気がついたなの。マナちゃんの匂いが2つあったなの。でも、昨晩1つ匂いが消えたなの」
「……はあ?」
どうしよう?
意味が分からない。
と、わたしは頭を抱えたくなる。
と言うか、スミレさんって確か女の子の匂いを随分と離れた距離でも嗅ぎ分ける事が出来た筈だ。
その人間離れした犬を軽く凌駕する嗅覚はスキルでも何でもないらしいけど、今はそんな事どうでも良いし、だからこそわたしは気付いた。
「って、あれ? って事は、お姉が変身を解いたって事?」
「変身なの?」
「はい。今お姉にはわたしに変身してもらってて、バーノルドの館にいるんです。……ねえ、ジャス。お姉と一緒にいるトンペットに連絡とれない?」
「うん、今ちょうど加護を使って話しかけてるんだけど、全然繋がらないんだよねぇ。まだ寝てるだけなら良いんだけど……」
「そっか……」
確かに時間は早朝で陽が昇ってまだ間もない。
いつものお姉達であれば、布団の中で眠ってる時間だ。
でも、昨日連絡が入った時に、捕まっていたと言っていた。
時間が時間だし向こうの状況を考えて、こちらからは連絡をしなかった。
ただ、向こうからは連絡が来ると思っていたわけだけど、一向に連絡がこない。
スミレさんの話ではお姉が元の姿に戻ってる可能性が高いし、こうなってくると流石に心配になる。
「あ、話は終わってないなの。そっちはついでなの」
「へ? ついで……?」
「はいなの。私がマナちゃんの匂いで場所が分かるのに、ここに来た理由が関係してるなの」
「どう言う事ですか?」
わたしが質問したその時だ。
背後……と言うよりは、随分離れた後方から、わたしの名前を大きな声で呼ぶ声が聞こえてきた。
それは懐かしい声で、更には1つでは無く2つ。
その声に驚いて振り向くと、大きく手を振って近づいて来る2人の少女の姿が。
そしてわたしはその2人の少女の姿を見て、思わず名前を呼んで驚く。
「メソメとフープ!? なんで!?」
そう。
近づいて来ていたのは、バーノルドの所でメイドとして働いていた時に知り合ったメソメとフープ。
それから、名前は呼ばなかったけど、その後ろにはククとカルルも並んで話しながら歩いていた。
わたしが驚いていると、フープが走りだして、それをメソメが慌てて追いかける。
「いやあ、参ったよね。フープくんは家出真最中みたいだよ」
「は!? 家出!?」
「そうなのよ。大事件なのよ」
「……あの、スミレさん? わたしに関わる大事件って、まさかフープの家出?」
「それは私が説明しよう」
「あ、はい……」
何故かサガーチャさんが前に出て説明をしたがるので、わたしはこっちに向かって走って転んだフープと、慌てた様子でフープに駆け寄ったメソメを眺めながら頷く。
「結果だけ先に言ってしまうなら、フープくんはマナちゃんに会いたくて家出をした。と言った所だね」
「マ? それ本当ですか?」
「本当だとも。まあ、それには私にも責任が少なからずあってね。若干だけど責任は感じているよ」
「……何があったんですか?」
何となく聞いてほしい雰囲気だったので尋ねると、サガーチャさんが嬉しそうに話し出す。
「実は私もスミレくんと一緒で、南の島、シェルポートタウンまでバカンスに行っていたんだよ。と言っても、フルート城で保管される事になった玉手箱が本名だったけどね。っと、話がズレてしまったね。すまない」
「いえ……」
「それでシェルポートタウンでバカンスをとっていた私は、そこで女の子に怪しい視線を送る変質者を見つけたのさ。彼女はあろう事か、あられもない水着姿の少女に話しかけていた」
「え? 最低……」
「誤解なのよ! 私はただ水着姿でエチチな幼女とお近づきになりたかっただけなのよ!」
「まんまじゃん。って言うか、もう完全に事案ですよ」
「さて、そんなスミレくんを放っておくわけにもいかないだろう?」
「あ、はい。って言うか、その話続くんですね」
「スミレくんが犯罪に手を染める前に、最近開発したマジックアイテム【レールガン】をぶっ放したんだ。威力を抑えたつもりだったけど、海が割れた時は焦ったよ」
「わ、割れ……」
「あの時は死ぬかと思ったなの」
「そしたら、たまたま海水浴に来ていたフープくんがそれを見て、私に気がついて久々の再会を果たしたのさ」
「……何て言うか、滅茶苦茶ですね」
フープはサガーチャさんの事を“博士”と呼んで尊敬の眼差しを向けていたから、再会した時はさぞ喜んだ事だろう。
ちなみにそのフープはと言うと、立ち上がってメソメと手を繋いで、走る事なく歩いてこっちに向かっている。
「それでその後、マナくんの話で盛り上がって、フープくんがマナくんに会いたいと両親に言いだしたんだ。結局それを受け入れてもらえなかったフープくんが怒って、メソメくんを連れて家出したと言うわけさ」
「なるほど……って、え? なんでそこでメソメが?」
「メソメちゃんとフープちゃんが元々会う約束をしてたみたいなのよ。フープちゃんのご両親に、ハグレって言う元罪人達の集まりの中に知り合いがいたらしいなの。それでフルートに様子を見に行った時に、そこにメソメちゃんがいて、たまたま会ったみたいなの」
なんと言うか、世の中狭いなって感じに思う。
「あ。言っておくけど、メソメくんは家出じゃないよ。彼女はフープくんの両親からこっそりお願いされて、フープくんについて来ただけだからね。因みに私とスミレくんもお願いされてるよ」
「……はあ。なるほどです。それで、クラライト城下町に到着して、ここに住んでるククとカルルを朝早くから連れ出したって事ですね」
「流石はマナちゃん。その通りなのよ。あんなに可愛い幼女達を連れて、野蛮人の変態ゴミ糞虫集団の集まる監獄になんて行けないから、クラライトの騎士に呼んでほしいってお願いしたなの」
「……そうですか」
なんて迷惑な人なんだろう。と、わたしは思いながら理解した。
と、話も終わった所で、フープがメソメとククとカルルを連れて目の前に到着した。
久々に見るフープは少し背が伸びただろうか?
と言っても、まだ6歳でリスの獣人だからか、そこまで大きくなった感じは無い。
でも、前よりリス尻尾がフワフワで大きく、身長よりもこっちが育ったって感じがして正直尻尾が可愛い。
メイド時代よりも髪の毛の艶もよくて、ちょっと癖っ毛のある茶色な毛は、後頭部で結ばれてポニーテールになっていた。
それに体が前より少し丸みを帯びていて、頬が少しぷっくらしている。
服装は可愛らしく、半袖のシャツの上から、キャミソールに似たワンピースを着ていた。
フープは目の前に来ると、そのキラキラとしたこげ茶色の眼差しをわたしに向けて、勢いよく抱き付いた。
「マナさん久しぶりー! 博士の船すっごいんだよー! ばびゅーって!」
「へ? 船? ばびゅー? そうなんだ? ははは……」
サガーチャさんに視線を向けると、何故かニマァッと笑みを浮かべられた。
と言うか、シェルポートタウンやフルートからここまで、本来なら来るのに最低でも1カ月かかる筈。
それがこんなに早く来たと言う事は、相当ヤバいスピードだったに違いない。
ただまあ、何だか聞くのが怖かったので、詳しく聞くのはやめておく。
「マナちゃん久しぶり。元気だった?」
「うん、久しぶり。メソメも元気そうだね」
「ホント困ったぜ。いきなり母ちゃんに叩き起こされて、何かと思ったらメソメがフープを連れて来てるんだもんな」
「うん~。私も驚いちゃったよ~」
「カルルはまだマシな方だろ? 私なんて深夜に起こされたんだぜ? おかげで寝不足だよ」
「2人とも大変だったね……」
実際にククは大変だっただろう。
ククの家はここから随分と遠いので、本当に深夜に起こされたに違いない。
「って言うか、メソメとフープっていつ頃にこの城下町に着いたの?」
「ええっと……確か昨日の夜9時か10時をまわった頃だと思う。でも、馬車でここまで来たから、馬車の中で寝てたからあまり眠くないよ」
「私は眠ーよ」
「ホントに大変だね……」
「早くマナさんに会いたくて、博士にお願いしたんだよー!」
「ありがと。でも、あんまり皆に迷惑かけちゃ駄目だよ」
「うん!」
嬉しそうに話すフープを叱る気になれず、フープの頭を撫でた。
とまあ、それはそれとして、わたしはサガーチャさんにジト目を向けた。
するとサガーチャさんは悪びれもせずに笑んで、更には話を変える。
「それよりマナくん。感動の再会も終わった事だし、君が今置かれている状況を、君の口から教えてくれるかい?」
「へ?」
「君達が再会の会話に花を咲かせている間に、大方の説明はシャイン王女と近衛の騎士、それからジャスミンくんとランくんから聞いたけどね」
サガーチャさんに言われた事で、ここにはシャイン王女様達がいた事を思い出して視線を向ける。
どうやら久しぶりの友人達に会ったわたしに気を使ってくれたらしい。
シャイン王女様と近衛騎士とランさんとジャスとラーヴの5人が、何かの作戦会議をしているのか、真剣な表情で話し合っていた。
せっかくの再会だけど、だからと言って楽しくお喋りしてる場合でも無い。
わたしはサガーチャさんに視線を戻して、少し深呼吸をして気持ちを切り替える。
「分かりました。何があったのか説明します」




