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025 危険な女

 わたし達は食事を終えて、あらかじめ決めておいたフォックさんとの集合場所に向かう。

 わたしは相変わらずの透明な枝の上を歩きながら、下に広がる雪雲を見てお姉の手を強く握り締めた。


 初めてここに到着してから常に思っている事だけど、やっぱり怖い。

 その内慣れるかもなんて事は無く、どれだけ時間が経っても怖いものは怖い。

 だけど、そんな中でも普通に歩けるようになったのは良かったと思う。


 下にばかり気を取られてしまうけど、実際はこの透明な木の枝の上にも、十分見た目が怖い生物たちが沢山いる。

 例えば、わたしの横を今通り過ぎた空飛ぶ昆虫。

 こんなに寒い中だと言うのに何で虫がいるんだろう? と思うところだけど、そんな事はどうでも良かった。

 わたしは蝿の様な目とムカデの様な体を持つ昆虫を見ない様にして、前だけ見て歩く。


 そんなわたしを知ってか知らないでか、わたしと手を繋ぎ歩くお姉はニコニコと笑いながら、わたしに話しかけてくる。


「見た事も無い虫さんがいっぱいいて楽しいですね」


「楽しくない」


 わたしは即答した。

 虫とか気持ち悪いだけだし、出来れば見るのだって嫌だった。


 そうして集合場所まで辿り着く。

 そこは水色の葉っぱが生い茂る小さな広場。

 ありがたい事に虫はいなくて、小動物達がのんびりと寝転がっていた。


「いた」


 ラヴィがそう言って視線を向けると、ラヴィの言った通り既にフォックさんが来ていて待ってくれていた。


「お待たせだぽん」


 ラクーさんがフォックさんに話しかけると、フォックさんがわたし達に気がついて駆け寄った。


「早速だけど、じーじと話した内容を伝えるんだよ」


「じーじさんは何て言ってたんですか?」


 お姉が質問すると、フォックさんはお姉に視線を移して説明を始める。


「ポレーラの事を話したら、やっぱりラヴィーナをポレーラに会わせるのは危険と言う話になったんだよ。だから、暫らくの間ラヴィーナには何処かで待ってもらう事になったんだよ」


「僕もその意見に同意するぽん」


「うん。わたしもそれが良いと思う」


 わたしもラクーさんと一緒に頷いた。

 ポレーラとか言う熊鶴は、モーナが追っているリングイ=トータスと一緒にいた。

 ラヴィをリングイ=トータスに売ろうとしたポレーラに近づけるなんて、どう考えたって絶対に良い事なんてない。


「とりあえず、ボクちんとラクーは今からポレーラの所に行って、ラヴィーナはナミキ達と一緒にここで休んでいてほしいんだよね」


「私もついて行くぞ」


「モーナ?」


「あの熊鶴の所にはリングイ=トータスが来るかもしれないからな」


 モーナが胸を張ってそう言うと、フォックさんがモーナに手を合わせてお願いする。


「出来ればモーナはラヴィーナと一緒にいてほしいんだよね」


「何でだ?」


「モーナは強いんだよね。もしラヴィーナに何かあった時に、強いモーナが近くにいたら凄く助かるんだよね」


 モーナが尻尾を真っ直ぐ立たせて笑顔になる。


「お前、よく分かってるな! そうだ! 私は強い!」


 どうやらモーナは強いと言われて嬉しかったらしい。

 かなり上機嫌になって、フォックさんの背中を笑顔で叩きだした。


 そう言うわけで、わたし達はフォックさんとラクーさんを見送って、この葉っぱが生い茂る小さな広場で待つ事になった。




 わたしは適当に座って、ラヴィも私の横で正座する。

 お姉はモーナと何やらワイワイと騒ぎ出して走り回っていた。

 わたしは座りながら、平和だな~と、お姉とモーナを見つめてのんびり過ごす。

 そうして暫らくお姉とモーナを見ていると、お姉が肩で息をしながらその場に倒れる。


 はしゃぎ過ぎて倒れちゃったか……。


 と、わたしがお姉の許に向かおうと立ち上がると、その時背後から女性にラヴィが話しかけられる。


「ラヴィーナ、ラヴィーナよね!?」


 ラヴィの知り合い?


 後ろに振り向き声の人物を確認すると、背後に立っていたのは、ラヴィと同じ様に着物を着た女性だった。


 髪の毛は薄い水色で、白い肌に水色の瞳。

 そして、何処かラヴィに似ている顔立ちをしていて、わたしは一目見てラヴィの母親なのだと理解した。


「お母さん……」


 ラヴィが母親を見て立ち上がり、呟いてから少し顔をうつむかせる。


「何だ何だ? 何かあったのか?」


 わたし達の様子に気がついて、モーナがお姉を連れて来た。

 すると、ラヴィの母親がわたしやお姉やモーナを見て、ラヴィに話しかける。


「良かったわ。突然いなくなったから心配していたのよ。ポレーラに聞いても知らないと言うし、いったい何処へ行っていたの? この人達と何か関係があるの?」


「……それは――」


「私達が、浜辺で倒れていたラヴィーナちゃんを見つけたんです」


 ラヴィが俯いたまま答えずらそうにしていたので、お姉が横から口を挿んで説明すると、ラヴィの母親は眉根を下げてラヴィに突然抱き付いた。


「そうだったのね。可哀想なラヴィーナ。でも無事で良かったわ」


 ラヴィの母親がラヴィから体を離して、両肩を掴みながらラヴィの目を真っ直ぐと見つめる。


「何故そんな所に行ってしまったの?」


 ラヴィは未だに俯いたままで答えない。

 何だかとても居心地が悪くなって、わたしはついラヴィを引き寄せて抱きしめた。


「すみません。ラヴィも色々あって疲れているので、その――」


「そうよね。ごめんねラヴィーナ。お母さん嬉しくって、でも、本当に貴女が無事で良かったわ」


 ラヴィの母親が微笑んで、わたし達に頭を下げる。


「この子を、ラヴィーナを助けてくれてありがとう」


「いえ、そんな……」


 正直、わたしは困惑していた。

 聞いていた話では、ラヴィの母親は子供を捨てる様な悪い人だった。

 だから、ラヴィをリングイ=トータスに売ろうとした張本人は、ラヴィの母親だとわたしは予想していた。

 だけど実際に会ってみると、こんなにもラヴィの無事を喜んでいる。

 本当にこの人が、聞いていたラヴィの母親なのかわからなくなる。


「ほら、ラヴィーナ、お姉さん達にお礼を言って家に帰るわよ」


「え?」


 ラヴィが母親に手を引かれて、わたしから離される。

 すると、ラヴィはわたしを眉根を下げて見つめた。

 わたしはそれを見て、勇気を出して声を出す。


「あの、ラヴィを連れて行かないで下さい」


 一瞬、ほんの一瞬の事だった。

 勇気を出して話したその時、ラヴィの母親はわたしに冷たい視線を送った。

 その冷たい視線で、わたしは背筋に悪寒を感じて一瞬だけ体を震わせた。


 だけど、何も無かったかのように、ラヴィの母親が眉根を下げて苦笑しながら口を開く。


「どう言う意味なの?」


「それは……」


 わたしが言い淀むと、わたしの前にお姉が出て笑顔で話す。


「私達もラヴィーナちゃんのお家に一緒に行きたいって言いたかったんです。ね? 愛那」


「え? あ、うん」


 わたしがお姉の機転に頷くと、ラヴィの母親がラヴィを見る。

 ラヴィは母親に見られると小さく頷いた。


「そう。そうね。ラヴィを助けてくれた人に何もしないわけにもいかないし、せめて何かご馳走するわ」


 ラヴィの母親が一瞬だけ残念そうに眉根を下げて、直ぐに笑顔をわたし達に向けた。

 すると、モーナが不服そうな顔でラヴィの母親に抗議しだす。


「ご馳走か? さっきご飯を食べたばかりだ! 他のお礼にしろ!」


「そ、そうなの?」


 ラヴィの母親が困惑して、わたしはモーナにデコピンを食らわせた。


「んにゃっ。何をするー!」


「うっさい馬鹿。ご馳走楽しみです!」


 モーナを睨みつけて、直ぐにラヴィの母親に笑顔で取り繕う。


 全く、モーナには困ったものだ。

 せっかくお姉のおかげでラヴィを一人にせずに済んだのに、それを邪魔する事を言うなんて本当に困った子だ。


 こうして、わたし達はラヴィの家に行く事になったのだけど、ここで一つ問題があった。

 それは、フォックさんとラクーさんに、この広場で待っていると言っている事だ。


 勝手にこの場を離れるわけにもいかないし、さてどうしようか? と、わたしとお姉とモーナの三人で、ラヴィとラヴィの母親に少し待ってもらって話し合う。


「誰かが残れば良いわ!」


「誰かがって、誰が残るのよ?」


「そうね……。ラヴィーナが適任だ!」


「いやそれあんた、流石に無理があるでしょ。ラヴィの家に行くのに、何でラヴィを置いて行くのよ?」


 呆れながらモーナに話すと、モーナは胸を張って誇らしげに答える。


「行きたく無い奴が残れば良いからよ!」


「なるほど! 確かにそうです!」


「お姉まで何言ってるの」


 そもそもラヴィの母親がラヴィを連れて帰ろうとしているから、それについて行くと言う話なのに、それでは本末転倒である。

 まあ、そりゃあラヴィが行かないのが一番なのはわかるけど……。


 わたしはラヴィに視線を向けて考える。

 ラヴィは相変わらず俯いていて、母親を見ようとはしていなかった。

 それを見て、本当にラヴィを家に帰していいのかと考えた。


 そんなの、良いわけないよね。

 でも……。


 なんとなく、本当になんとなくだけど、それでもわたしはラヴィの家に行かなければならないような気がした。

 何故かはわからない。


 でも、一つだけわたしにも解かる事があった。

 それは、俯いていてるラヴィが、母親と帰る事を嫌がっていない事だ。


 ラヴィは母親に手を引かれて眉根を下げたけど、それは嫌がっていたのではなく、多分だけどわたしと離されるのを悲しんだからだ。

 ラヴィは俯いたまま喋らないから、実際に何を考えているかなんてわからないけれど、わたしはそう思った。


「仕方ないな。私があいつ等に教えてくるわ」


「じーじさん達に伝えに行ってくれるんですか?」


「そうだ! 目的地さえ教えてくれれば、さっさと行って来るぞ!」


「それでいこう」


 モーナの提案にわたしは頷いた。


 モーナにしては良い案だと思う。

 確かにそれであればじーじさん達にこの事を伝えられるし、わたしも安心してラヴィの家に行ける。


「そうですね。それでいきましょう!」


 お姉もモーナの提案に乗って頷いた。


 何はともあれ、わたしとお姉はモーナに同意して、ラヴィの家に向かう事にした。

 だけど、モーナはわたし達と別れる直前に、真剣な面持ちでわたしにとんでもない事を耳打ちしていった。


「気をつけろマナ。あの女、ラヴィーナの母親は危険だ」


 と……。

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