247 暗躍する者達 その5
※今回少しグロい表現が含まれているのでご注意下さい。
フォックさんが倒れた後、地面から生えた氷に足を掴まれたバーノルドは、その直後にグングニルアックスに腹を突き刺されて血反吐を吐いた。
「ごぼぁ…………っ!」
腹を刺されたバーノルドは足の力を失ったけど、その場に倒れる事は無かった。
足の力を失って膝をつこうにも、氷で掴まれ絡め取られたバーノルドはそれさえも許されない。
その場で、足を掴んだ氷に体重を預ける事しか出来なかった。
その結果バーノルドの足は自分の体重が重りとなって、硬い氷と体重のサンドイッチになった足から激痛が走る。
しかし、今のバーノルドはその痛みに顔色を変える程の余裕は無かった。
腹に刺さったグングニルアックスによって、意識を失いかけていたのだ。
そしてバーノルドの意識は飛んだ。
だけど、意識が飛ぶその瞬間その前に、バーノルドは思念転生を使用した。
バーノルドのスキルは発動し、他者に憑りつかせた思念を呼び戻す事によって、バーノルドは失った意識を取り戻した。
しかし、腹に刺さるグングニルアックスの傷が癒えたわけではない。
意識は取り戻せても、ダメージは受けたまま……いいや、今も尚受け続けている。
バーノルドは腹と足の痛みに耐えながら、スタンプを睨みつけた。
「スタンプ、貴様ああああああ!」
「お館様……いや、バーノルド。貴様の思念転生だけは、どうしても条件を調べ上げる事が出来なかった。それだけは褒めてやろう。だが、俺のスキル【必斬】で、貴様を貴様のスキルごと斬ってしまえば良いと考えに至ったよ」
「おのれおのれええええええっっっ!!」
「はっはっはっ。よく吠える醜い豚だなあ? バーノルド。それともこれさえも、貴様が今まで歩んできた別のこの世界の歴史で起きた、想定内の出来事だったか? ええ? どうなんだ? バーノルド」
「ふざけやがってえええ! おい! ネージュ! 何をしている!? 貴様はボクちんが拾ってやったんだぞ! 主であるボクちんを助けろ!」
「あ~らお館様~。お館様のその足を縛り付けている氷は、誰が出した氷かご存知ないのですか~?」
「ま、まままま、まさか……っ! 貴様もボクちんを裏切ったのかああ!?」
「裏切っただなんて人聞きならぬ精霊聞き悪いわね~。アタイは元々お姉ちゃんと一緒に、暇つぶしでアンタを手伝ってあげただけよ。契約なんてしてないし、アンタを主にした覚えはないわ」
「ちくしょおおおおおおお! こんなっこんな事が許されて良いわけがない! この世界は順調だったんだぞ! 後もう少し、後もう少しでマナちゃんがボクちんの――――っ!?」
バーノルドを掴んでいた氷が消滅し、バーノルドは足元を見て驚いていたけど、直ぐに怒気のある表情でスタンプを見た。
「ほっほお! これで巻き戻せる! 残念だったなスタンプ!」
「滑稽ですね、バーノルドさん。氷の枷を外したのは、もうその必要が無いから、私がネージュに言って外させただけですわ」
「なんだと!?」
バーノルドの目の前にポフーが立ち、冷酷な眼差しを向けて言葉を続ける。
「それに私は貴方の思念転生のカラクリも既に分かってしまいましたわ」
「はったりだ! そんなのは嘘だ!」
「分析の魔石でこの男を見ていた所、さっきこの男は思念転生を使用しましたわ。おかげで直接分析出来て、使用条件も理解出来ましたわ」
「そ、そんな馬鹿な! 化け物め! そこまで分かってしまうのか!? 貴様のスキルは!」
「ほう、気になるな。ポフー、それを俺に聞かせてくれないか?」
「はい、お兄様」
ポフーはスタンプに視線を向けて微笑む。
「スキル使用条件は、意識が飛ぶ瞬間にしか使えない事。そして、対象は子供が好きな同性のみですわね。未覚醒なので思念を憑りつかせる相手やその時代は選べないようですわ。でも、一度憑りついた相手には、時代はともかくとして、自らの意思でその対象を選んで何度も憑りつけるみたいです。巻き戻しを使えるからこそ、効果が発揮されるようですわね」
「ほう、俺はてっきり刺青をつけた相手に出来る能力と考えたが、関係なかったか。それは狐の男に悪い事をしたな」
「ふふふ。そうでもありませんわ。先程バーノルドは思念転生を使い、バターマンとか言う男に憑りつけていた思念を呼び戻す事で、意識を取り戻しましたわ」
「なるほど。気絶を免れる為にも使用できると言うわけか」
「その通りです、お兄様。気絶しているフォックさんでは、このスキルは役に立ちませんわ。それに、このスキルには憑りつかせた思念による遠隔操作や、脳内での会話も可能ですわ。欠点として憑りつかせてからの時間や相性が必要みたいです。フォックさんはその点、随分と長い間憑りついている様ですし、相性もいい。先に攻撃しておいて間違いはありませんわ。それに……いえ。もう説明もいりませんわね」
ポフーがバーノルドに視線を戻して、冷酷までな目を向ける。
バーノルドはその目に恐怖し、一歩後ろへと後退る。
ポフーの言った事はまぎれも無く事実だ。
脳内の会話と言うのも、精霊達の行う加護通信の様なもので、遠くに離れたもう1人の自分と会話出来る電話の様なもの。
そしてそれはつまり、バーノルドに絶望的な現実をつきつけている。
救援を呼ぼうにも、現在継続中の思念転生で憑りついた者がいなかった。
と言うのも、ウェーブはわたしによって、念の為にとそれを斬られてバーノルドによる呪縛から完全に解放されていたのだ。
だからこそバーノルドはフォックを保険にしていた。
フォックには顔を変えれるスキルがあった。
それを使えば、最悪顔を変え、自信を発見し辛くする事が出来る。
それにフォックは自信を護らせる護衛であり、万が一の場合はスキルを使って、時間を巻き戻す為の保険でもあった。
そしてポフーが言いかけた事。
間違いなく、憑りついた相手に己のスキルを持ち込む事が出来ると言う事がばれている。
「く、くそう! こんな世界はもういい! 巻き戻してやるぞ!」
バーノルドは叫ぶと勢いよくバク転をするかの様に跳躍し、そして……。
「さっき言いましたわよね? もう氷の枷が必要無いって」
「――っ!?」
バク転する事なく宙で止まり、バーノルドがそれに驚いて宙で手足をばたつかせる。
それを退屈そうにポフーが見つめて、ゆっくりとバーノルドに近づいて行く。
そして、バーノルドの前に立つと、宙に浮いたバーノルドの血に染まった傷口に触れる。
「巻き戻しの使用条件はバク転をする事ですわ」
「や、やめろ! ボクちんに触れるな化け物!」
ポフーはバーノルドの言葉を聞かず、触れた手を手刀の様にとがらせて、傷口を抉るようにねじ込んでいく。
バーノルドは悲鳴を上げ、ポフーの冷酷な目つきがそれを見つめる。
「まさかこんなにもふざけた使用条件で強力なスキルが使えるなんて、誰も気が付かなくても当然、仕方がありませんわね」
「ポフー下がれ。後は俺が殺る」
「……はい、お兄様」
ポフーはバーノルドから一歩分だけ離れて、後ろに振り返ってスタンプに微笑み、バーノルドを地面におろした。
瞬間――スタンプが一瞬でバーノルドに近づき、斧でバーノルド腹を斬り裂く。
バーノルドはよろめき倒れ、腹から大量の血を流しながら血反吐を吐いた。
「こんなの嘘だ……。ぼ、ボクちんの【思念転生】と【巻き戻し】がこんな奴等に敗れるなんて……」
「バーノルド、もうお前のお遊戯はお終いなんだよ」
人通りの無い深夜の町で、1人の長い人生が終わる。
繰り返してきた過去が幾つかなんて、それは誰にも分からない。
だけど、それは間違いなく誰かの為では無く、自分たった1人の我が儘で始まった事。
そしてそれは全てが災いをもたらし、関係の無い人を何度も傷つけていった。
だけど、それでもわたし達は感謝しなければならないかもしれない。
この世界は、本来であれば魔族化したチーによって滅んでいたドワーフの国を、救う事が出来た世界なのだから。
しかし、それはこの世界では誰にも知られていない事実で、バーノルドにそんなつもりが無かったのも事実。
バーノルドは自分の欲望を満たす為だけに、何度も同じ時代を繰り返してきたのだから。
こうして、最初の世界で最後に出会った男によって始まったこの繰り返しは、同じ男によって終止符が打たれた。
◇
ガタガタと揺れる事なく、馬車が静かに街道を走る。
その馬車からは、気持ちの悪い鼻歌が「ふんふんふふうーん」と奏でられ、その出所の人物スタンプは馬車の中で飾られたウェディングドレスを気持ちの悪い笑みで眺めていた。
そしてそれを、氷の精霊ネージュが呆れ顔で見つめていた。
「ねえ、ポフーお嬢様~。そのウェディングドレスって、マナって子じゃなくて、モーナスって子のサイズに合わせて作り直させたんでしょう?」
「そうですわ。お兄様ったら、あの男にバレない様に必死で可愛かったんですわ」
「可愛いねえ。それよりさあ、あそこに放置しちゃったけど、狐の男は始末しておかなくて良かったの?」
「問題無いですわ。お兄様が【必斬】でバーノルドをスキルごと繋がりを断ち切りましたので、あの男のバーノルドだった時の記憶は完全に消滅しましたわ」
「ああ、あの最後の首ちょんぱね。あれってそう言うのも兼ねてたのね~」
2人が会話をしていると、スタンプが鼻歌を止めて2人に視線を移した。
「いよいよだな、ポフー。グラスタウンに戻ったら、直ぐにボウツを殺してモーナスちゃんを助け出してあげるぞ」
「はい、お兄様」
「まさかボウツまで利用していたなんてね~。一応アンタ達はお友達なんでしょう?」
「確かに奴は古くからの友人だが、そんなものは俺とモーナスちゃんの愛の前では関係ない。それに奴の事だ。どうせ“強欲”であるモーナスちゃんの力も狙っている。それなら、奴は俺に殺されたって文句は言えないだろう。なあ、貴様もそうは思わないか?」
スタンプはそう言って、この場所の中にいる、もう1人に視線を向けた。
そう。
馬車に乗っていたのは、ポフーとスタンプとネージュだけじゃなかったのだ。
この人物は、バーノルドを殺した町まで馬車を用意した人物で、密かにスタンプが仲間にしていた最後の1人。
大きめのフードがついたコートで身を隠し、他者から姿を隠している。
スタンプがその人物に視線を向けると、ポフーとネージュもその1人に視線を向ける。
視線を向けられた人物は怯え、動揺して俯いた。
すると、ポフーが笑みを浮かべて、怯えるその人物の頬に触れた。
「怯えなくても良いですわよ? 私もお兄様も、貴女が裏切らなければ、あの子には手出ししませんわ。その証拠に、ボウツ達にはまだ教えていないであげていますわ。それならと、貴女も約束しましわたよね? アイリン」




