246 暗躍する者達 その4
「あ~。やっぱりマナちゃんの作る料理は最高だなあ」
「ありがとうございます。トカゲから命を救ってくれて、しかもこんな立派なお屋敷に住まわせてくれてるのに、こんな事しか出来なくて申し訳ないです。けど、こんな事でも喜んでもらえて嬉しいです」
「ほっほお。将来はボクちんのお嫁さんになるかい?」
「もう、バーノルドさんは直ぐそうやって冗談言って。そんな事言ってたら婚約者のご令嬢が怒っちゃいますよ」
「ボクちんは真面目なんだけどなあ」
「はいはい。あ、そうだ。ご令嬢からパーティーの招待状を受け取ったんです。でも、お姉もわたしも貴族のパーティーに着ていくようなドレスがなくて困ってるんですけど、断るのも失礼じゃないですか。町の何処かにレンタル屋さんとかって無いですか?」
「レンタル? そんなの勿体無い! ボクちんがマナちゃんにお似合いのドレスを見繕って用意してあげるよ!」
「え? 良いんですか? ありがとうございます。なんか、ホントにバーノルドさんにはいつも助けられますね。このままじゃお礼しきれないですよ」
「そんな事ないよ。ボクちんはマナちゃんとあの山で出会ってから、この上なく幸せなんだ。寧ろボクちんがこの幸せをお返ししたいくらいだよ」
「だから、そう言う事言ってると、婚約者のご令嬢が怒りますって。……まあ、そう言われると、わたしも少しは嬉しいですけど」
それは、わたしとバーノルドが朝の食卓を囲みながら、楽しそうに会話する奇妙な風景。
「マナちゃん!? 何でだ!? 何で帰るなんて言うんだい!? 寂しい事を言わないでくれ!」
「……そりゃ、わたしだって寂しいですよ? でも、わたしとお姉は元々この世界の住人じゃないんです。だから、帰らなきゃ」
「そんなの関係無い! ボクちんが必ず幸せにするから帰らないでくれ!」
「ごめんなさい。バーノルドさんと一緒にいる時間は、わたしにとって幸せな時間でした。でも、やっぱり元の世界に帰りたい。だから、さよなら…………今まで、今まで本当にありがとうございました。本当に、貴方と会えて幸せでした」
それは、涙を流して別れる少女と男。
少女は姉の腕を力強く掴み溢れる涙を流し続ける。
男は今にも縋りそうな目を向けて、少女を見つめて涙を流し続けている。
「これは……これがボクちんのスキルの力? これがあれば、マナちゃんを取り戻せるかもしれない!」
「感謝しろよ? お前が飲んだこの薬は、ジライデッドと言う男が長年かけて先日完成させた薬だ。この薬を飲めば魔族となり、魔法が強化されて、使えるスキルも増える代物だ」
「ジライデッド……? その男はどこにいる?」
「今は無き滅び去ったドワーフの国がある地で、チーリンと名乗る悪魔を操っている。その悪魔も昔はただの瑞獣種の獣人だったようだが、この薬のおかげで今では殺戮を繰り返している。なんでも、ドワーフの国も実はこいつが滅ぼしたと言う話だ」
「そんな悪魔なんぞどうでも良い。そんな情報はいらん! しかしそうか……ドワーフの亡国か。マナちゃんを元の世界に帰した、あの生き残り……にっくきサガーチャ元王女の国か。あの女はいつか利用してから殺してやろうかと思っていたが、まさかこんな繋がりがあるとはなあ。助かった、礼を言うよスタンプ」
「ふんっ。貴様の礼こそいらないな。そんなものよりも、王国から追われる身となった可哀想な妹を匿うと言う話は――――」
スタンプと呼ばれた男の言葉はそれを最後に巻き戻る。
全ての時間が巻き戻り、新しい世界では無く、既に通り過ぎた過去が現実となる。
世界を巻き戻した男の名はバーノルド=チンパン。
おかしなラストネームを持つこの男は、何度も何度も同じ時代を繰り返す。
ただひたすら、自分の欲望、少女を得る為だけに……。
◇
時は、スタンプがベルゼビュートさんを瀕死に追い込んでから、少しの時が進んだ頃。
場所は、とある東の国の少し大きめな港町。
それなりに栄えているこの町には、バーノルドの目的の物が売ってあるらしく、バーノルド達はこの町に来ていた。
「ほっほお。これだこれだ。マナちゃんのウェディングドレス! 世界に二つとないボクちんの特注品! 今でも昨日の様に思いだすなあ。あの時のマナちゃんのドレス姿! きっとこのウェディングドレスはあのドレスよりもっと似合う!」
大迷惑な話だけど、バーノルドはわたし用のウェディングドレスを特注で注文していた。
これを取りにこの町に立ち寄る為に、バーノルドは直ぐにはグラスタウンに戻って来なかったと言うわけだ。
ただ、現在は人が寝静まった深夜の時間。
こんな時間にバーノルドは全く悪びれもせずに店を開けさせていた。
しかし、その報酬がかなりの高額だったようで、店の人はニコニコと対応している。
「お客様、こちらのドレスは、オリハルコン蚕の絹から作られた特別な素材で作られたものです。折り曲げてたたんでも、傷や皺が全くつきません。ですが、持ち運びの際には、なるべく折り曲げずに運んで下さい」
「そんな事貴様に言われなくとも分かっておるわ。その為にそれ用の馬車も用意したのだ」
バーノルドはご機嫌な面持ちで答えると、後ろに控えていたスタンプにアイコンタクトをして、スタンプが店員に金貨800枚を手渡した。
「ありがとうございます」
「よしっ。スタンプ、お前が運べ。決して地面につけて汚すなよ?」
「安心しろ。俺も妻のウェディングドレス姿を見たいと思ってる身だ。気持ちは分かる。そんな事はしない」
スタンプは答えた通り、慎重に、そして丁寧にウェディングドレスを運び、バーノルドと共に店を出る。
店の外では、ポフーとネージュが待っていて、他にもう1人男が立っていた。
バーノルドはその男を見て、機嫌の良い笑顔を見せる。
「ほっほお。よく来たなフォック。いや、親愛なる分身」
「はい、親愛なる分身。この身は貴方様の為にだよ」
ポフー達と一緒にいたのは、フォックさんだった。
フォックさんは思念転生でバーノルドの分身とも言える思念体に憑依され、バーノルド本人の意識が働かなくとも、こうして思うように操れるまで至っていた。
そしてこれこそがこのスキルの恐ろしい所でもある。
本来であれば憑依して、完全にバーノルドの思念体の支配下でのみ自分の分身として活動できるのが、思念転生だ。
だけど、憑依自体が長い年月を重ねると、こうして完全な“親愛なる分身”として、バーノルド自身の思念体が動かさなくても操れてしまうのだ。
と言っても、相性のようなものもある。
ウェーブやバターマンなんかはその良い例で、ウェーブはそうでもないけれど、バターマンはフォックさんより前に憑依されている。
だけど、フォックさんより相性の悪い2人は、思念体自身が意識的に憑依しなければ操る事が出来ないのだ。
しかも、その度合いも様々だ。
憑依された者の性格や態度が個々人で大きく違うのには、こう言った理由があった。
そして、大きな違いは幾つもあるけど、その最たるものは操っている者とバーノルドの思念体が会話出来るかどうかだ。
フォックさんはバーノルドに憑依されている期間が長く、誰よりも相性が良かった為に、完璧なまでに操られてしまっていた。
フォックさんはバーノルドに跪き、それをネージュが呆れたような視線で見る。
「お館様~。フォックをここに来させても良かったの? 婚約者がグラスタウンに来る世界が初めてだから、監視の為にフォックを残して来て正解だったって言ってたじゃない」
「問題無い。確かにフォックはマナちゃんの様子を見る為の保険にしていた。だけどその必要は無くなった。それにフォックはボクちんの保険でもあるからな」
「お館様の保険……?」
ネージュが首を傾げるが、この保険と言うのは、単純に自信が殺された時の為の保険だった。
思念転生の特徴の一つとして、思念を憑依させた者を意識的に操る事が出来るのだけど、その操った者の体を完全に乗っ取る事が出来ると言うものがある。
そして完全に乗っ取れば、元々持っているその者のスキルと同様に、バーノルド自身のスキルも使えてしまうのだ。
つまり、それを使えば殺されても時間の巻き戻しが可能なのだ。
とは言え、それにも条件があり、バーノルド本人の体が死ぬ事が前提だ。
生きたままでは出来ないのが条件だった。
他にも利点があるのだけど、まあ、それは今は置いておくとしよう。
「保険ねえ。って、それより必要無いって、もしかしてマナって子が館にメイドをしに来たから?」
「ほっほお。想像に任せるとだけ言っておこう。全てが上手くいっているのは確かだ!」
「マナちゃんか……。メイドをしに来たと報告があったようだが、しかし、館の主が貴方だと知らないのでは? それに俺の妻もあの村にいる。その狐の男が突然村から消えたとなれば、警戒される可能性もあるぞ?」
「スタンプくん、君は何も解かっちゃいないなあ。フォックはその為に畑仕事をさせている。隣町まで野菜を売りに行った事にでもしておけば、怪しまれる要素は無い。それに……そうだなあ。言ってしまってもいいか。館にいるマナちゃんは偽物だったようなんだ」
「何? どう言う事だ?」
「今クラライト城下町に潜ませておいたボクちんの親愛なる分身の1人、バターマンの目の前にマナちゃんがいるみたいなんだ。最初は驚いたけど、これってつまりボクちんとマナちゃんは赤い糸で結ばれていて、どんなに離れていても惹かれあうって事だろう? 最高じゃないか!」
「ふ~ん。さっきから機嫌が良かったのは、ウェディングドレスを手に入れたからってだけでもないようね~」
「ほっほお。機嫌良く見えていたのか? ついノロケてしまったな。っと、それよりスタンプ、さっさとドレスを馬車に置いて来てくれ」
「そうだな」
スタンプが近くに止めている馬車に行くと、ネージュがぼやく。
「野菜を売りにって、そんな事で騙される? アタイはちょっと心配。お姉ちゃん大丈夫かしら?」
「ふんっ。お前の姉の報告が遅くなければ、もっと早くにマナちゃんが村に来ていた事が分かったんだ。分かっていれば、マナちゃんの為に他にも用意出来ていた。その責任は帰ってから取ってもらうからな。伝えておけよ」
「は~い。わっかりました~」
ネージュは返事をすると、バーノルドに背中を見せて顔を歪ませて、ポフーの側まで飛んでいく。
ポフーはそれには何も言わず、バーノルドに話しかける。
「ねえ、お館様。いつも気になっていたのですけど、お館様とマナねえさんはどうやって知り合ったんですの?」
「ほっほお。聞きたいか?」
「ええ。いつもはぐらかされているので、そろそろ教えてほしいですわ」
「こうしてウェディングドレスも手に入って、ボクちんは今気分が良い。そんなに聞きたいなら、そうだな……あそこの店を開けさせてお茶でも飲みながら聞かせてやろう」
バーノルドはそう言って、人の迷惑をまったく気にしない様子で、上機嫌で近くにあった高級そうなカフェに向かって歩き出した。
その直ぐ背後にフォックが続き、ポフーや他の者達は更にその後に続いてカフェへと向かう。
それから、いつの間にかに戻って来ていたスタンプも、ポフーの隣を歩いてそれに続いた。
そして……。
バーノルドの背後を歩いていたフォックが突然倒れる。
倒れたフォックの背中には、刃物で斬られた傷。
衣服が斬り裂かれて背中がまる見えとなり、その背中には黄色のダイヤが刺青されていて、それが真っ二つに斬られたようになっていた。
背後で倒れたフォックにバーノルドが振り向いて、驚いた眼をフォックに向ける。
そして、バーノルドは直ぐに巻き戻しを使おうとバク転をしようするも、それは出来なかった。
バーノルドの足はいつの間にか地面から生えた氷に掴まれていて、足が動かせなくなっていた。
そして次の瞬間、バーノルドの腹にグングニルアックスが突き刺さった。




