245 暗躍する者達 その3
東の国の高い山の上にある森インセクトフォレスト。
ベルゼビュートさんとバーノルド達はこの森の中を歩いていた。
目的はバーノルドが見たと言うポフーを捜す為。
しかし、見つかるはずなんて無い。
何故なら、そのポフーは一緒に歩いていて、ベルゼビュートさんは騙されているのだから。
「本当にこの森で見たのか?」
「心配するな。もう少し歩けば辿り着く。そもそもボクちんがこの森に来なければいけなかった仕事は――」
「――待て。………なんだ? あれは」
バーノルドが準備していた渾身の理由を話そうとしたその時だ。
ベルゼビュートさんが何かに気付き、バーノルドの話を止めてそれに注目した。
そして、慎重に周囲を警戒しながら近づいて行く。
バーノルドはニヤリと笑みを浮かべ、スタンプやポフーやネージュは表情を変えずに、ベルゼビュートさんの後ろ姿をジッと見つめた。
「これは奴の私物か……?」
「何か見つけたのか?」
「ああ。“憤怒”の私物だ。殺される前にこの場所に来た事があるらしいな」
ベルゼビュートさんが見つけたのは殺された“憤怒”の荷物。
大きめのリュックサックの様な鞄と、その中には衣類やテントを張る為の道具などが入っていた。
ベルゼビュートさんは屈んで鞄を手に取って、その拍子に二つ折りになった紙が一枚ヒラリと地面に落ちる。
「紙……いや、手紙か」
ベルゼビュートさんは落ちた手紙を拾い、それを読み始める。
バーノルド達は何かを言うでも無く、ベルゼビュートさんにゆっくりと近づいて行く。
「……これはっ」
「んん? 何かあったのか?」
手紙を呼んで、何かに驚いたベルゼビュートさんにバーノルドが尋ねると、ベルゼビュートさんは深刻な面持ちでバーノルドに視線を移した。
「これはポフーと言う名の少女から“憤怒”に宛てた手紙の様だ。ここにはポフーの現在の居場所が記されている。この山のここより高い所……東に向かった先で兄と2人で暮らしていて、会いに来てほしいと書いてある」
「ほっほお。それは良い情報を得ましたな。ボクちんはたまたま見かけたに過ぎないし、そちらに向かった方が良いかもしれないなあ」
「……そうだな。この手紙には詳しい住所が書いてある。ここに書かれた住所に“憤怒”を殺したポフーと言う名の少女がまだ住んでいるのであれば、そこに行けば見つけ出せる」
ベルゼビュートさんは手紙を鞄の中に入れて、鞄を持って立ち上がった。
「これがあれば問題ないので、ここから先は1人で向かう。貴殿には感謝する」
「とんでもない。こっちはまだ呪いを解いてくれた礼が出来ていないんだ。最後までつき合おうじゃないか」
「ありがとう。だが、気持ちだけ頂こう。相手は少女と言えど、“憤怒”を殺した者だ。これ以上は危険かもしれない」
「そんなものはここに来る時に覚悟してる。手伝わせてくれ」
ベルゼビュートさんとバーノルドが真剣に見つめ合い、ベルゼビュートさんは「ふうっ」と大きく息を吐き出して微笑んだ。
「……分かった。ありがとう、感謝する」
「気にするな。先に救ってくれたのはそっちだ」
「ふっ。それなら、貴殿の婚約者に感謝をせねばな」
◇
「貴様等! 騙したのか!? ならやはり“憤怒”を殺したのはっ!」
ベルゼビュートさんの口から出された怒声。
その背中は深く斬られ、大量の血が流れ出る。
「ほっほお。だから何だって言うんだあ? 本当に単純な男だよお前は。ポフーが今までずっと目の前にいた事に気付かない無能だよ」
怒るベルゼビュートさんのを見て、愉快そうに笑うバーノルド。
そしてその隣には、刃に付着した血を滴らせる斧を持つスタンプ。
「無能で結構だ! せめて“憤怒”を殺したポフーだけは!」
「させると思ってるのか? “暴食”よ」
スタンプが斧を振るい、ベルゼビュートさんがそれを“暴食”のスキルで防ごうとして失敗に終わり、左腕を斬られる。
「ぐっぅ……っ。やはり貴様のそのスキルは……っ!」
ここは、インセクトフォレストより東にある、標高1万キロ以上もある高い山の上。
ベルゼビュートさんは最悪な状況に陥っていた。
“憤怒”の荷物を見つけ、そこにあった手紙の場所に訪れたベルゼビュートさんは、その地でポフーの正体に気づいた。
だけど、直ぐには行動を起こさなかった。
この場は気付かないふりをして、モーナと合流をと考えていたわけでは無い。
単純に、ポフーの人柄を見て知って、本当にポフーが“憤怒”を殺したのか疑問を持ってしまったからだ。
でも、その結果、最悪な事態となってしまった。
殺したのはポフーでは無く、別の……この中の誰かかもしれない。
ポフーの正体を隠しているのにも事情が合って、本当の犯人を見つけようと彼等も必死なのかもしれない。
そう考え始めた矢先に、ベルゼビュートさんは背後からスタンプに斧で斬られてしまった。
そして、斬られた自分を見るポフーの表情で、全てが嘘だったと確信した。
「ほっほお。お前はもう直ぐで死ぬ運命だ。だから無能なお前に、冥土の土産に良い事を教えてやろう」
「良い事だと? 聞きたくもない。それに、ここで死ぬのは貴様等だ!」
ベルゼビュートさんがバーノルドに向かって駆けだして、スタンプがそれを斧を振るって阻止する。
「ぐっ……!」
ベルゼビュートさんとスタンプが睨み合い、2人は同時に跳びかかる。
そしてそれを見ながら、バーノルドは話し始める。
「お前を騙して“暴食”の力を使わせたのは、他でも無い、ボクちんの花嫁であるマナちゃんの為さ」
「……マナ? マモンから報告にあった少女の事か。だが、それがどうしたと言うのだ!」
「分からないのかい? 本来の世界では、ボクちんはお前を殺して“暴食”の力を得ている。マナちゃんの愛情をたっぷり食べる為にね」
「本来の世界だと? 何を言って――――ちぃっ!」
バーノルドの言葉に少なからず動揺を見せたベルゼビュートさんに、スタンプが容赦するはずもなく、鋭い斬撃がベルゼビュートさんを襲った。
ベルゼビュートさんは横腹を斬られ、顔の表情を歪めて後ろに下がった。
「だけどどの世界も駄目だった。始まりの世界以外では、全ての世界が上手くいかない。どの世界でも“暴食”の力は最後まで役に立たなかった」
「貴様は何を言っているっ……?」
「だから今回の世界では、お前を殺す予定はなかった。でも駄目だ。順調だったこの世界で、ボクちんは邪魔者から呪いを受けてしまったからね。だからお前を利用してやったんだ」
ベルゼビュートさんはスタンプでは無く、バーノルドに向かって駆けだした。
それは直感だったのだろう。
この男を野放しにしておくのは危険だと言う、何かを感じ取ったのだ。
でも、バーノルドを攻撃しようにも、それが簡単に出来るわけもなかった。
「お前の相手は俺だ」
スタンプが斧を振るって、ベルゼビュートさんを止める。
2人は睨み合い、2人の戦いは再開された。
そしてその様子を、少し離れた場所から岩の上に座って、つまらなそうに見つめるポフーの姿があった。
ポフーの隣には、氷の精霊ネージュが少女の姿をして並んで座っている。
2人はベルゼビュートさん達の戦いを見ながら会話していた。
「どう? ポフーお嬢様。アンタのお兄様のスキルは」
「本当に一緒ですわ。それに流石は私のお兄様と言えますわ。既にスキルをものにしてますの」
「へえ、そうなのね。それじゃあ、やっぱり予定通りに?」
「そうですわね」
「それより、アンタがポフーって何でばれたのかしら? さっきまで“暴食”はアンタに普通に接していたじゃない。アタイはバレていたなんて気付かなかったから、いきなりアンタのお兄様が斬りかかるから驚いたわ」
「私が退屈でスキルを使って遊んでいたのを見られただけですわ。それをお兄様は知っていた。だから、警戒しながらも油断して背中を見せた今、攻撃をしたに過ぎませんわ」
「あははっ。なあに~? それえ? アンタ等わざとやったんでしょ? わざと見せて気付かせた。兄妹揃って性格悪いわね~」
「さあ? たまたまですわ。少なくとも私はお兄様には何も言ってませんわ。それにお館様の話では元々この地で正体がばれるらしいので、それが早いか遅いかの違いしかありませんわ。お兄様にはそれも内緒だったみたいですけど」
「ふふっ。面白い。スタンプより信頼されてるのね? やっぱりアンタについて正解みたい。アタイでも知らない事を何でも知ってる。ねえ、ポフーお嬢様」
「……そうですわね。私も話相手が出来て嬉しいですわ」
2人が会話をしている中、ベルゼビュートさん達の戦いは早くも決着がつこうとしていた。
ベルゼビュートさんのスキル“暴食”は、相手のスキルや魔法を食べてしまえる効果を持っている。
とてつもなく強力なスキルで、どんなに強いスキルや魔法であっても“暴食”のスキルの前では通用しない。
だからこそ、ベルゼビュートさんは心の何処かで油断してしまっていたのかもしれない。
「非常に良い練習台だな、ベルゼビュート。貴様のおかげで俺は今より強くなれる!」
スタンプがベルゼビュートさんに向かって斧を振るい、斧から斬撃が飛び出し飛翔する。
それはまるで、わたしが放つ斬撃。
「またこのスキルか! だが、そう何度も同じものを食らってやるほど甘くはない!」
ベルゼビュートさんは飛んでくる斬撃を避け、手に魔力を集中。
しかしその時だ。
スタンプがニヤリと笑みを浮かべ、ベルゼビュートさんはお腹に気を失う程の激痛を感じて目を見開いた。
「だろうな」
「これ……は…………っ」
ベルゼビュートさんは背後から槍斧に背中を貫かれて、お腹から先端を見せていた槍斧に視線を移した。
そして、血を吐きだして、力無く膝から地面に倒れてしまった。
「こいつは俺の為にポフーが魔石で作りだしてくれた【グングニルアックス】と言う名のマジックアイテムだ。こいつは魔力だけで操作出来る特別製でな。切れ味の程は……っと、言わなくても分かるか。貴様は今まさに身をもって知った所だからな」
ベルゼビュートさんは血を吐いてスタンプを睨み見て、スタンプがゆっくっりと近づいて行く。
もう、誰が見ても決着はついていた。
バーノルドが愉快そうに笑い、ポフーは退屈そうに眺め、ネージュはニヤニヤと笑う。
スタンプはベルゼビュートさんに近づくと、ベルゼビュートさんに突き刺さったグングニルアックスを掴む。
「と言っても、この威力は俺の新たなスキルのおかげでもある。そのスキルこそ、我が愛しの妻モーナスちゃんの夫に相応しいスキル。そう、これこそが!」
スタンプがグングニルアックスを抜き取り、そしてそれを宙に浮かせる。
すると、グングニルアックスが6つに分裂し、それ等は回転しながらベルゼビュートさんに追い打ちをかける。
分裂したグングニルアックスに何度も斬られて、ベルゼビュートさんから流れ出た血が地面を赤色に染めていく。
スタンプによるこの非道な攻撃により、ベルゼビュートさんは意識を失ってしまった。
「選ばれた俺にこそ相応しいスキル」
スタンプは気絶したベルゼビュートさんの頭に足を乗せ、嬉しそうに両手を広げて空を仰いだ。
「【必斬】だ!」