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244 暗躍する者達 その2

※今回は前回に引き続きポフー側のお話です。


「ポフーはっ、ポフーは何処だあああああああああっっ!!」


 時はだいぶさかのぼり、場所はグラスタウンにある大きな館。

 お館様であるバーノルドは荒れに荒れ、ポフーの名前を呼んで怒鳴り散らしていた。

 そして、氷の精霊のグラスとネージュがそれを見て面白そうに笑んでいる。


「お館様、荒れてるわね」


「そうね、お姉ちゃん。ドワーフの国で受けた呪いがよっぽど気に食わないみたい」


「護衛の為に連れて行ったポフーが全く役に立たなかったんだもの。そりゃ荒れるわよ」


「ふふふ。結局は保険の為に予め買収しておいた奴隷商人のクォードレターとクランフィールのおかげで、戻って来れたようなものだしね」


「グラス! ネージュ! 今直ぐポフーとスタンプを連れて来い! ボクちんより先にここに帰って来てるのは分かってるんだ! ボクちんを助けなかった事がいかに罪な事か、あの化け物(・・・)に分からせてやる!」


「「は~い」」


 グラスとネージュは返事をするとバーノルドに背を向けて飛んで行くのだけど、グラスは直ぐに止まってバーノルドに振り向いた。

 すると、それに気付いて、ネージュも止まってグラスに視線を向ける。


「ところでお館様、一つ質問なのだけど~」


「なんだっ?」


 怒気を含んだままお館様が聞き返すと、グラスが怪しく笑む。


「そんなに怒るなら、巻き戻せば良いのでは?」


「ふんっ。この世界は今回のこれを覗けば順調だ。ボクちんがドワーフの国に行ったのも、マナちゃんをメイドとして雇ったのも始めてのこころみだったが、マナちゃんとの関係は良好だ。ここまで順調に行くとは思わなかった。邪魔者がいなければ完璧なのだ!」


「それなら巻き戻すのは、“暴食”を利用出来るかためしてからでも遅くはないですね」


「そう言う事だ。しかし、暴食を利用するのはこれが初めてでは無い。状況が違うだけで、何度も利用して殺してやったからな」


「流石はお館様。頼もしいです」


「ふんっ。貴様に頼られても嬉しくも無い。ボクちんを頼って良いのはマナちゃんだけだ。それよりさっさと行け」


「は~い」


 グラスは返事をすると、今度こそネージュと一緒にこの場を去って行った。







 時はわたし達がグラスタウンに到着した頃まで進み、雪山にある断崖絶壁に建つ小さな家の密集地帯。

 崖にくっついている様に建てられた家に、むき出しになった足場の悪そうな道。

 ここはラヴィのもう一つの故郷。


 この崖の村に、ベルゼビュートさんが訪れていた。

 理由は“憤怒”を殺したと思われる人物、ポフーがこの村に来ていると言う情報を得たからだ。

 モーナとの待ち合わせの場所はここでは無かったけど、ベルゼビュートさんは待っている間にと、下調べをしにここまで来ていた。

 下調べと言っても簡単なもので、情報源である人物に会い、本人かどうかの確認をする事。


 そして今、ベルゼビュートさんは情報源の人物と会っていた。

 情報源の人物は男、そして護衛が1人と何故か女の子が2人。

 家族……にしては、雰囲気がそう語っていない。

 正直言って、怪しい。

 だけど、それはお互い様だった。


 ベルゼビュートさんは自分が魔族だと言う事を隠す為に、大きなコートを着こなし、そして深々とフードを被って顔を見せない様にしている。

 その姿は何も知らない人から見たら不審者そのもの。

 この世界だからこそ違和感は多少無くなってはいるけど、怪しさしかない格好なのは確かだった。

 そしてそれは、情報源の男を不快にさせたようだ。


「ベルゼビュートと言ったな? 随分と無礼な男じゃないか。そのフードは何だ? こちらは顔を見せて対等の立場で話しているんだ。おまえも顔を見せたらどうだ?」


「……失礼した」


 ベルゼビュートさんが深々と被っていたフードを取り、顔を見せる。

 すると、ベルゼビュートさんに文句を言った人物は、満足そうに笑みを浮かべた。


「それで、貴殿きでんが“憤怒”を殺した犯人を見たと言うのは本当か?」


「ああ、そうだとも。間違いなくこの村で、その現場を見た」


「そして、再びここでその人物を見たと? 聞けば貴殿はこの村出身では無いと聞くが……」


 ベルゼビュートさんが探る様な視線を向けて質問すると、情報源の男では無く、護衛の男がそれに答える。


「お館様は貴族故に多忙なお方で、国境を越え、各地を回ってお仕事をなさっている。たまたま目にしたとしても不思議では無い」


「…………」


 ベルゼビュートさんは腕を組み、目をつぶって暫らく考え込んだ。


 護衛の男から出た言葉“お館様”と言う単語に引っ掛かりを覚えたわけではない。

 もしこの場にわたしやモーナがいれば良かったけど、これはわたし達がグラスタウンに到着した頃の事で、それは不可能。

 ベルゼビュートさんの目の前にいる情報源の男こそが、何を隠そう宿敵とも言える“お館様”であるバーノルドだった。

 そして、その護衛を務める男がスタンプで、2人の女の子は氷の精霊ネージュとポフーだった。


 そう。

 ベルゼビュートさんの目の前には、捜している人物であるポフーがいるのだ。

 だけど、ベルゼビュートさんは全く気が付いていなかった。

 何故なら、ベルゼビュートさんはポフーとの面識がなく、名前しか知らないから。


 ベルゼビュートさんは目を開けて、バーノルドに視線を戻して質問を再開する。


「貴殿の言う通り、“憤怒”の死体が見つかったのはこの村だ。しかし、当時は誰に殺されたのか分からなかった。それが最近になって我々に情報が流れてきた。出所は謎だったのだが、その情報を流したのも貴殿だったのか?」


「ほっほお。気がついたか。その通り、ボクちんが情報を提供してやったんだ」


「やはりそうだったか。感謝する。しかし、何故今更になって情報を? 今まで黙っていたのは、目撃者も消されると考えたからと推察すいさつするが」


「お前の言う通りだ。大罪魔族の“憤怒”をいとも簡単に殺した奴になんて狙われたくなかったからな。あんな化け物に狙われたら一溜まりもない」


「いとも簡単に……か。確かにそれは恐ろしいな。奴の……“憤怒”の実力は理解している。それを簡単に殺すとなると、相当な実力者だ」


「今回お前に情報を流したのは、お前が“暴食”だと知ったからだ」


「――っ何? どうやって調べた?」


 バーノルドの発言に、ベルゼビュートさんが顔色を変えた。

 眉根を上げ、バーノルドを鋭く睨み見る。

 だけど、バーノルドも、その周囲にいるスタンプ達も顔色一つ変えずにいた。

 それどころか、バーノルドはニヤリと笑んで余裕を見せた。


「調べた方法なんてどうでも良いだろう? それより頼みたい事がある」


「頼みたい事だと?」


 ベルゼビュートさんがいぶかしみ顔を歪ませると、背後に立っていたポフーが前に出た。


「お初にお目にかかりますわ。私、ポピー=フレア=フェニックスと申しますわ。頼み事と言うのは、私からですわ」


「フェニックス……瑞獣種の鳳凰一族」


 ポフーの名乗りを聞いてベルゼビュートさんが思わず呟くと、スタンプがベルゼビュートさんを睨んだ。

 ベルゼビュートさんはそれに気づき、失礼な反応を見せたと反省して、「すまない」と頭を下げた。

 そして、ポフーと目を合わせ質問する。


「君の頼み事と言うのは?」


 ベルゼビュートさんが質問すると、ポフーは頷いて、ベルゼビュートさんの目の前でひざまずく。


「呪いを食べてほしいのですわ」


「呪いを食べる? どう言う事だ?」


「私はお館様と婚約をしていますの。でも、お館様は呪いにかけられていて、女性と触れ合う事が出来ないのですわ。お館様は問題無いと仰ってくれていますけど、そんなの私が耐えられませんの」


「事情は分かった……が、婚約とはな。貴族は女性が若い内に婚約を結んで、成人したら婚姻するとは知っていたが」


「そう言う事だ。ボクちんとしては使ってくれなくとも構わないが、婚約者がどうしてもと言うから仕方ないだろ?」


「ふっ。違いない。そう言う事であれば、お安い御用だ。しかし、女性と触れ合う事が出来ない呪いか。随分と特殊な呪いを受けたものだな」


「可愛い婚約者がいるボクちんへの嫌がらせだよ。貴族同士の関係はお前が思っている以上にドロドロな関係だからな」


「そう言うものか」


 ベルゼビュートさんは疑いもせず苦笑して、バーノルドとポフーの言葉を信じてしまった。


 ここにもしわたしがいれば驚いた事だろう。

 サガーチャさんがバーノルドに与えた罰は“年齢に限らず、君が子供だと思った者には会う事も禁じるよ”だ。

 それなのに、氷の精霊ネージュはともかくとして、7歳の子供のポフーに会えてしまってる。

 しかし、これには理由があった。

 ポフーはバーノルドにとって、子供としての認識外にいる。

 ポフーが年齢を偽っているわけでもないし、ポフーはれっきとした子供だ。

 ただ、バーノルドにとって、ポフーは化け物(・・・)なのだ。


 ベルゼビュートさんはスタンプ達をバーノルドから距離を置かせて、バーノルドの目の前に立って右手を前に出す。


「確かに呪いがかかっている。が、しかし……女性と言うよりは子供か? それに触れると言うよりは、会う事を禁じられ……いや、まあいい。このままでは、子が出来た時に困るだろう」


 ベルゼビュートさんは周囲に聞こえない声量で呟くと、バーノルドと目を合わせて近づき、右手をバーノルドの胸の中心に当てて“暴食”のスキルを発動させた。

 だけど、その瞬間に何か異様な光景が起こるでもなく、見た目にも何の変化も起こらない。

 他者から見れば何もしてないに等しいけど、“胸の中心に触れる”と言うそれだけの事で全てが終わったらしく、ベルゼビュートは当てていた右手を下ろした。


「貴殿の呪い、それなりに美味だったぞ」


 ベルゼビュートさんがそう告げると、バーノルドでは無く、ポフーが深々と頭を下げた。


「では、本題の件……“憤怒”を殺したポフーと言う名の少女がいた場所まで案内してもらおうか」


「勿論だ」


 ベルゼビュートさんの言葉に、バーノルドはニヤリと笑んで頷いた。


「案内しよう。場所はインセクトフォレスト。バンブービレッジとか言う辺境の村の側の森の中だ」


「何? この村で見たのでは無かったのか?」


 ベルゼビュートさんは怒気を含んだ声を上げた。

 すると、スタンプがベルゼビュートさんに一礼して、淡々と答える。


「お館様は貴方を疑っていた。万が一“暴食”が“憤怒”を殺した者と仲間だった場合、逃げ道を確保しやすい場所でなければならないと。その結果、失礼ながらこの村で見たと情報を流したのだ」


「確かにこの村では逃げ道も沢山用意出来るだろう。だが、些か冗談が過ぎるのでは――」


「ごめんなさい! 私のせいですわ! 私がお館様に我が儘を言って、貴方に会いたいと言ったから! だから逃げやすい場所でと、ここに来てもらいましたの!」


「…………」


 ベルゼビュートさんの言葉をさえぎってポフーが頭を下げて話すと、ベルゼビュートさんの怒気は薄れてしまった。

 その結果、ベルゼビュートさんはやれやれとでも言いたげな表情を見せ、ため息を一つ吐き出した。


「過ぎた事は仕方が無い。信用していなかったのはこちらも同じだ。今回はお互い様だったと言う事で、水に流す事にしておこう」


「ありがとうですわ!」


 ポフーが顔を上げて、ベルゼビュートさんに笑顔を向けた。

 流石にまだ幼い女の子にこんな顔をされてしまっては、ベルゼビュートさんも苦笑するしか出来ず、言葉だけでなく心から水に流してしまった。


「寛大なご判断に感謝を。では、参りましょう」


 スタンプがそう告げると、一同はインセクトフォレストへ向けて歩き出した。

 わたしとお姉がこの世界に来て、最初に入ったあの森に向けて歩き出してしまった。

 これは、最悪の展開への誘い。


 自分が騙されている事にベルゼビュートさんは気付かない。

 人の良いベルゼビュートさんは、嘘しか話さないポフーの演技に騙されて、これから身に起こる災いへと自らの足で一歩一歩近づいて行った。

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