242 お館様の正体
※今回は最後の方に少し残酷な描写があります。ご注意ください。
「マナちゃん下がっててね」
脱獄した自称バターマンがわたし達に向かって駆けだして、王女様は全く怯む事なくわたしの前に出て杖を構える。
本来であれば王女様ではなく、わたしが護る立場だと思うけど、王女様は勇敢に立ち向かう気でいた。
そして次の瞬間、王女様のドレスが光り輝き、巫女装束へと姿を変えた。
突然起きたその出来事にわたしが驚いている中、王女様は白く光り輝く魔法陣を浮かび上がらせた。
「ライトニードル!」
瞬間――魔法陣から4つの光の針が飛び出して、自称バターマン目掛けて光の速度で飛翔する。
光の針は一瞬で自称バターマンの両手と両足に命中し、自称バターマンは勢いよく転がって倒れた。
「凄っ。これが光の魔法……この世界でたった1人しか使えないって言う光の魔法なんだ」
光の魔法を使える人物は世界でたった1人だけ。
クラライト王国の王女であるシャイン=ベル=クラライト様だけが使えるのだ。
わたしがそれを知ったのは、つい最近の事。
初めてお会いした時に姿が見えなかった種明かしを聞いた時に、それが光の魔法で光を屈折させて姿を隠していたからと教えてもらったのだけど、そのついでに教えてもらえたのだ。
と言うか、妙に納得してしまう。
王女様は巫女姫と呼ばれているようだけど、唯一光の魔法が使えて戦う時は巫女装束だなんて、巫女姫と呼ばれている理由はこれだったのかって感じだ。
まあ、それは今は置いておくとしよう。
王女様は自称バターマンが倒れると、ゆっくりと近づきながら、杖を光り輝く弓へと姿を変形させた。
「ユラー=ブセラー、貴方をここで拘束します」
「拘束だと? ボクちんはお前の様な年増に縛られる趣味はないんだよ!」
自称バターマンが怒鳴るけど、王女様は怯まない。
その堂々たる佇まいで優雅に歩き、見惚れる程に美しい姿で自称バターマンの目の前に立った。
だけど、その時だ。
「ボクちんは縛り上げる方だ」
自称バターマンがニヤリと下卑た笑みを浮かべて、次の瞬間、王女様が縛り上げられる。
王女様を縛り上げたのは、騎士達を縛り上げた水のように流れる鉄。
それが突然現れて、気がついた時には王女様が縛られてしまったのだ。
「まさかこれが――んむぅっ!」
王女様の口にもジャスと同じように鉄が巻き付いて、喋る事すら出来なくなってしまった。
「そうさ。これがボクちんのスキル【嘘から出たまこと】だ。どんな嘘も現実に変えてしまうスキルさ。ちなみにそれ、スキルも魔法も何もかもみーんな使えなくなるからね~! ほっほお!」
「嘘でしょ……? こいつこんなに強かったの? あの時は手加減してたって事?」
自称バターマンのまさかの強さに、わたしは唾を飲み込んで一歩後退る。
スミレさんと馬鹿な事を言い合っていたロリコンが、まさかこんなヤバい奴だとは思わなかった。
「そりゃあそうだろう。マナちゃんにボクちんの事を隠さなくちゃいけなかったからねえ」
「何の為に? って言うか、アンタの正体はお館様でしょ? ここで決着をつけてやる!」
「――っ!? な、何故そこまで知ってるんだ…………?」
わたしが知っていた事によっぽど驚いたのか、自称バターマンは再び目を見開いて驚き尋ねた。
ただ、わたしはそれに答えてあげるつもりはない。
今の内にと短剣を構え、スキル【必斬】の力を乗せて勢いよく短剣を振るい、自称バターマンに向かって斬撃を飛ばした。
「無駄だよマナちゃん。ボクちんの力を忘れたのかい?」
「しまった! こいつには嘘を現実に変える【嘘から出たまこと】のスキルが!」
瞬間――斬撃がバターマンに届き、それは虚しくかき消さ……れない。
自称バターマンは突然お尻を突き出して斬撃をまともに……と言うかお尻に受け、お尻から血飛沫を豪快にあげた。
「……へ?」
「ぶひいいいいん! きんもちいいいいいいいいいい!」
「ひぃっ」
自称バターマンがあまりにも気持ち悪く声を上げるので、わたしは思わず小さく悲鳴を上げて後退る。
バターマンの囚人服のズボンは綺麗に斬られてお尻が顔を出し、お尻の右側には青い色をしたスペードの刺青が描かれていた。
いつもの私であればこの刺青を見て、館に勤めるクォードレターの頬にあったクローバーの刺青を思いだしている所だけど、今のわたしの精神にそんな余裕は無い。
そう言うわけで、まあ、それは今は置いておくとしよう、と言った所だ。
わたしは大きな思い違いをしていた事に気がついた。
自称バターマンがとんでもない変態M野郎だったのを忘れていたのだ。
思いだすのは初めて戦った時の事。
あの時もこいつはわたしの斬撃を浴びて、ご褒美とか気持ちの悪い事を言っていた。
そう。
つまりはこいつ、自称バターマンにわたしの攻撃は通用しない。
「冗談でしょ…………」
本気で不味い事になった。
スミレさんがいない今、こいつに勝つ術が思いつかない。
「マナちゃんが何故ボクちんの事に気がついたか、今のマナちゃんの愛の斬撃で気付いたよ」
「は? 愛の斬撃……? 何言って――」
「これこそボクちんとマナちゃんの愛なんだね! ボクちんとマナちゃん、2人の愛には隠し事は出来ないって事なんだね! マナちゃん!」
「んなわけあるか! 寝言は寝てから言って!」
「ほっほお! 照れなくて良いんだよマナちゃん!」
マジでウザい。
なんなんだこいつは。
でも、この感じ……ホントどっかで感じたような……あっ。
わたしは自称バターマンと会話する事で、とある人物の顔が思い浮かんだ。
それは、もう随分と前の事。
それは、ドワーフの国でメイドと言う名目の奴隷として働いていた時の事。
それは、自分の事を“ボクちん”と呼び、毎日わたしに求婚をしていた男の顔。
その人物の事を思い出し、わたしは震える手で自称バターマンに指をさした。
「あ、アンタ……お館様の正体って、もしかしてバーノルド!?」
わたしの問いに自称バターマンは答えない。
ただニヤリと笑んで、肯定だとでも言いたげな表情を見せるだけ。
「嘘でしょ!? でも、バーノルドはわたしには会えない呪い、ドワーフの国で――っあ」
あの時、ボウツが言っていた事を思い出す。
ボウツは言っていた。
“お館様はスタンプの協力もあって“暴食”に呪いを食ってもらう事に成功したらしい”
そしてわたしはスキルの事を調べて、“暴食”の力も知っている。
ベルゼビュートさんの“暴食”の力は、スキルや魔法を食べる能力。
それは呪いさえも食べて無かった事にしてしまう。
お館様であるバーノルドはベルゼビュートさんに会い、“暴食”の力で呪いを消したのだ。
驚き続けるわたしを見て、自称バターマンは下卑た笑みを浮かべ語りだす。
「でもね、マナちゃん。これはボクちんが【思念転生】で憑りついている男にすぎないんだよ」
その言葉に間違いはないと思う。
そうでなければ、お館様であるバーノルド本人が今いる場所はここではありえない。
バーノルドは今グラスタウンに帰っている所で、そこにはスタンプもいる筈なのだから。
「だからボクちんが憑りついているこの男をいくら攻撃しても、どっちにしても無駄なんだよ。ボクちんはここにはいないからね。それにボクちん本人ではないから、あの忌々しい呪いも関係ないんだ。と言っても、もうあの呪いもボクちんとマナちゃんの愛の為に、既に消し去ったけどね」
自称バターマン……いや、バーノルドは下卑た笑みを浮かべ、ゆっくりとわたしに向かって歩き出す。
「ここにマナちゃんがいるのは想定外の出来事だけど、今回の世界は最高に順調だ。こんなにもマナちゃんと愛し合える世界は始めの世界でしか味わえなかったからね」
「始めの……世界?」
「そうだよマナちゃん。ボクちん達は本当はもっと早く出会っていたんだよ」
「どう言う事……?」
質問するも、わたしには解かっていた。
きっと、それはスキル【巻き戻し】で巻き戻される前の世界の事。
わたしは言い得ぬ恐怖を感じて、胸を抑えてまた少し後退る。
だけど、ゆっくりと近づいて来るバーノルドは、下卑た笑みをそのままに決して足を止めたりしない。
「ボクちんとマナちゃんが運命の出会いをしたのは、マナちゃんが初めてこの世界に舞い降りた日だよ」
「この世界に来た日……? でも、それはモーナと――」
「違うんだよマナちゃん。本当はウインドリザードに襲われているマナちゃん達姉妹を、ボクちんが助けるのが最初だったんだよ」
「うそ……っ」
「本当だよ。そしてその初めての世界で君は、ボクちんに沢山の料理を幸せと一緒に振る舞ってくれた! 本当に幸せな日々だったよ」
何も言えなくなってしまった。
過去に……巻き戻される前の世界で、そんな事が起きていただなんて信じられない。
でも、バーノルドはまるで至福のひと時を思いだすように、下卑た笑みを善望の笑みへと変化させる。
だけど、それは直ぐに無くなる。
バーノルドは足を止めて震えだし、怒りをあらわに眉を寄せてしわを作る。
「だけど、それも長くは続かなかった! マナちゃんは元の世界に帰ってしまったんだ! そんな事が許されて良いわけがない! ドワーフの王女がボクちんからマナちゃんを奪ったんだ!」
ドワーフの王女、それはサガーチャさんの事。
サガーチャさんは現在行方不明だとランさんが言っていた。
わたしは嫌な予感がした。
「でも、それも全部過去の話だ! まるで物語の主人公の気分だよ! ボクちんはついに真実の世界に辿り着いたんだ!」
「待って! サガーチャさんに何かしたの!?」
「サガーチャ? ドワーフの王女の事を――――っぅが!」
「へ?」
それは突然だった。
バーノルドは突然大きく目を見開いて、白目を剥いてその場で倒れた。
本当に突然の事でわたしは驚いて、誰かの攻撃を受けたのかと思って周囲に視線を向けたけど、それらしい人物は1人もいない。
恐る恐るバーノルドに近づいて行くと、バーノルドがゆっくりと起き上がって、大量の汗を流して困惑した様子で周囲を見回した。
「し、死ぬかと思った! スキルが無かったら死んでたぞ! 何で俺にあんな得体のしれない傷が尻に…………って、ここは何処だ?」
「ば、バーノルド?」
「うあっ! 本当に何処だここ!? な、なななななななな、何で王女様や騎士の方々が縛られてるの!? な、何なんだこれ!? 俺にあった傷と言い、まさか俺、何かの事件に巻き込まれてる!?」
「――――っ! バーノルドじゃ……ない?」
目覚めた男はバーノルドでは無くなっていた。
演技かとも思ったけど、あの状況で突然こんな演技をするメリットが全く無い。
何が起きたのかは正直全く分からなかったけど、結局謎を残したまま、バーノルドはわたしの前から消えてしまった。
◇
ここは、わたし達がいる監獄より遠く離れた地。
闇夜に浮かぶ星々が宝石の様に輝く寒空の下。
1人の男が血反吐を吐いて倒れていた。
そして、その男の側に立つ男と少女。
「こんなの嘘だ……。ぼ、ボクちんの【思念転生】と【巻き戻し】がこんな奴等に敗れるなんて……」
血反吐を吐いて倒れた男の名はバーノルド=チンパン。
バーノルドは憎しみの感情をむき出しにし、側に立つ男を睨み見る。
「バーノルド、もうお前のお遊戯はお終いなんだよ」
「貴様ああああああ! スタンプウウウ! ボクちんのおかげで――――っぐぶぉぁ……っ!」
バーノルドの肺を押し潰すように、男……スタンプが足でバーノルドを踏みつける。
「マナ、あの子には感謝しないとな。バーノルドが今まで見てこなかった世界をあの子が作ってくれたおかげで、こうして始末できるまでに至った」
「ぢぐっじょおおおおおおおお! スキルさえ使えれば! 貴様なんぞに――――っがはっ」
全てを言い終える前に、スタンプがバーノルドの首に斧を振るい止めをさす。
バーノルドだったそれは血飛沫を大量にまき散らし、その場を血の池に変えて絶命した。
そして、スタンプは微笑んで、少女に向かって手を伸ばす。
「お前もよくやってくれたな、ポフー。グラスタウンに戻ろうか」
「はい。お兄様」
そう言って、少女は……ポフーは血に染まった手をスタンプに出して、繋いだ。