241 自称バターマン再び
ここはクラライトの城下町のとある公園。
時刻はだいぶ夜遅く、いつもであれば寝ている時間だ。
何故こんな時間に起きているのか?
それはお姉がクランフィールに捕まるより少し前、トンペットとプリュイから加護の通信を受け、精霊達とその主であるジャスが会話を終えて得た情報が原因だ。
わたし達が考えていた作戦は始まる前から失敗に終わり、わたしを縛りあげていたものは既に無い。
お姉達の現状を知ったわたし達は、急遽グラスタウンに行く為の準備を始めていたのだ。
「今マナちゃんの荷物を持って来て貰ってるから、その間に休んでおいてね」
「はい。ありがとうございます、王女様」
と言っても、既にかなりの時間が経過している。
本当は今直ぐにでもグラスタウンに行きたい所だけど、重くなったカリブルヌスの剣の事や、わたし1人が勝手に行動するのは得策では無いと我慢している。
何故なら、あの連絡以来まだ次の連絡がきてないからだ。
何かがあったのか、それともまだ脱走中なのかは分からないけど、向こうからの連絡がこない事には下手な事は出来ない。
わたしが王女様に答えると、今度はジャスが王女様に尋ねる。
「ねえ、王女様。自称バターマンさんから情報は手に入れたの?」
自称バターマン。
あの男が“邪神の血”を売っていたらしい。
それはメレカさんからの情報でわかった事だ。
「自称バターマン? ロリコン変質者ですっけ? 超キモキモですな~」
「その件でしたら私が」
ジャスの質問を聞いてランさんがケラケラ笑いながら話すと、ランさんと違って真面目な顔した近衛騎士が前に出た。
「現在取り調べが難航しています。ブセラーは“邪神の血”の情報が欲しければ幼女を連れて来いと、訳の分からない事を言って一向に話そうとしない状態です」
「ブセラー?」
「自称バターマンの事だよ。ユラー=ブセラーって名前だったじゃん」
「あれ? そうだっけ?」
気持ちは分かる。
ジャスが自称バターマンの本名を覚えていなかったようで、首を傾げて考え込む。
でも、直ぐに「まあ、いっか」と言って気持ちを切り替えて、騎士に視線を向けた。
「それなら私が行くよ。私見た目は幼いし、きっと大丈夫だと思う」
「見た目はって、言ってもジャスだって子供でしょ? 危ないよ」
「私これでも学校の先生なんだよぉ」
「マ!? 嘘!?」
「ホントだよぉ」
本人が本当だと言っているけど、見た目のせいで正直信用出来ない。
信じられなくて周囲に視線を向けると、全員が無言で頷く。
成る程マジな話らしい。
人は見かけによらないなあ、と思いながら、年齢は聞かない事にしておく。
でも、なんか納得。
前に城下町を出る時に、学校があるから一緒に行けないって言われた事あるけど、あれは授業を受ける側では無く授業をする側だったからなわけだ。
そりゃ、学校の先生が私用でいきなり休んだら駄目だよねって思う。
まあ、それは今は置いておくとしよう。
ジャスの提案により、わたし達は自称バターマンのいる監獄へ向かう事になった。
そう。
行くのはジャスだけでなく、わたし達。
ジャスは見た目がわたしより小さいし、年下にしか見えないけど大人。
だけど、だからって危険な所に1人でなんて行かせられるわけがないと、わたしは思ったのだ。
だからわたしは一緒に行く事にした。
と言っても、ランさんと王女様と近衛騎士も一緒に来てくれるので、安全面はバッチリだ。
◇
クラライト城下町から数キロ離れた地に、富士山よりも高い氷山が一つ。
そこに、罪人を閉じ込めておく監獄がある。
監獄は氷山の中に建てられていて、出入口は一つだけ。
更に、スキルを封じるマジックアイテムと、魔法を防ぐマジックアイテムも備え付けられている。
囚人達はスキルを使う事も魔法を使う事も出来ず、その身が受けるべき罰を与えられる場所。
決して脱獄不可能な鉄壁ならぬ氷壁に囲まれたその監獄に、寝る間も惜しんでわたし達はやって来た。のだけど……。
「ランクSの囚人が全て行方不明ってどう言う事だ!?」
「捜せ! 外には出ていない筈だ! 必ず中にいる!」
「くそお! 監視の騎士がやられた! 他の被害はどうなっている!?」
深夜の監獄は騒然としていて、何やら大変な事になっていた。
と言うか、わたし達は監獄の大きな扉の出入口の目の前にいて、聞こえてきたのは中からの声だ。
かなり大変な状況な様で、扉が閉じられていると言うのに、他にも騎士達の声が外まで聞こえている。
わたし達は扉の前にいた警備の騎士達に止められて、中に入る事が出来ない状況だ。
「ベル様はここに。私は中の様子を確認します」
「あ、私も一緒に行きます。マナちゃん達はここで待ってて下さいねん」
「うん。ランさん、いってらっしゃい」
「では行きましょう」
「了解ですぜ」
「2人とも、頼みましたよ」
王女様が丁寧な口調で近衛騎士とランさんに話し、近衛騎士はランさんと一緒に扉を開けて中に入って行った。
近衛騎士が中に入ると扉は直ぐに閉められて、わたし達はここで待機となる。
「なんか凄い時に来ちゃったね」
「がお」
「こう言う事って何度もあるんですか?」
「今までこんな事一度もありません。初めての事で対応が遅れてしまっているのだと思います」
「まあ、そうですよね。普通こんな事……ん?」
話している途中で、不意にマーガリンっぽい物がわたしの目に映る。
それが落ちている場所は、近衛騎士とランさんが先程開けて入って行った扉の所。
まさかと思い注意して見つめていると、それはやっぱりマーガリンで少しずつ動いて扉から離れていた。
「いた」
「え? 何が?」
「がお?」
ジャスとラーヴが首を傾げてわたしを見つめたので、動くマーガリンに指をさす。
2人もそれに視線を向けて、数秒間だけ時を止めたように体を硬直させる。
そしてそんな2人を尻目にして王女様が無言で歩き出し、扉の目の前まで移動すると、何も言わずにマーガリンを踏みつぶした。
「ぎゃああああああああああああ!!」
突如聞こえる叫び声。
その出所はもちろん王女様の足元から。
王女様は叫び声を聞くと、さっとその場を離れてわたし達の所に戻って来た。
そしてそれと同時に、潰れたマーガリンがみるみると姿を変えて、自称バターマンが姿を現した。
自称バターマンが姿を見せると、警備の騎士達が長剣を抜き取りバターマンを囲む。
「なんて事するんだこのアバズレ! 年増の分際でよくもボクちんを踏みやがった――――むぁあああああぬぁああああちゅぁああああああんんん!?!? 何故ここにいいいい!?」
「煩って言うかキモ」
自称バターマンが怒鳴って大声を上げたかと思ったら、わたしの姿を見た途端に、目を見開いて鼻水と唾を飛び散らせて凄く驚いた顔で指をさしてきた。
と言うか、よっぽどここにわたしがいる事に驚いたのか、最早隠す事が出来なくなっているらしい。
自称バターマンと言えばお館様と繋がっていて、自分の事を“ボクちん”と呼んでいる。
でも、何を聞いても知らぬ存ぜぬを貫いていた。
あの時盗み聞きした事を考えると、恐らくお館様に【思念転生】を使われているのだけど、前に会った時はそれを全く感じさせなかった。
それが今ではこの醜態。
お館様と繋がっている事を、もう間違いなく自分から公表したようなものだ。
「ななななななっ何でボクちんのマナちゃんがここに!? マナちゃんはボクちんの館……に…………あっ」
隠していたのに自分から喋ってしまった事に途中で気がついたのか、自称バターマンは慌てて自分の口を手で塞いだ。
「王女様かっこいい!」
「がお!」
ジャスとラーヴが戻って来た王女様にキラキラと輝かせた目を向けて、王女様が2人の視線に微笑む。
と、そこで、自称バターマンが自分を囲む騎士達を睨み見た。
「忌々しい男どもめ。ボクちんに刃を向けた事を後悔させてやる!」
それは一瞬だった。
自称バターマンの立つその地面を中心にして、騎士達の下にも大きな魔法陣が浮かび上がる。
騎士達が危険を察知して後方へ下がろうとしたけど遅かった。
魔法陣から柔らかな鉄が水のように溢れだして、それが触手の様に動き出して騎士達に巻き付いた。
騎士達は何も出来ず、一瞬で動きを封じられてしまった。
「ボクちんの魔法を男に使うなんて反吐が出そうだけど、背に腹は代えられないからね。ここにマナちゃんがいるのは予想外だけど、いっそこのままお持ち帰りさせてもらうよ!」
「うげっ。狙いはわたしかよ。って言うか……」
わたしは自称バターマンが胸の大きな女の子に目覚めていた事を思い出し、自分の胸にそっと触れる。
「成る程。わたしの胸はやっぱり将来性があるって事か。来年あたりにはお姉くらい大きくなるかも」
「何言ってるのマナちゃん! 今そんな事言ってる場合じゃないよ!?」
「が、がお。来た」
ラーヴが指をさし、その先に視線を向けると、鉄の触手がわたし目掛けて伸びてきた。
「ここは私が――――っんんーっっ!?」
鉄の触手からわたしを護ろうと、ジャスが前に出たその時だ。
突然ジャスの頭上から鉄の触手が現れて、ジャスは手足や体だけでなく、口にも巻き付かれて何も出来なくなってしまった。
それにそれはジャスだけじゃない。
迫っていた鉄の触手の魔の手で、ラーヴまで瞬く間に無力化されてしまう。
「ジャス! ラーヴ!」
「ほっほお! 質の良い幼女をゲットしたぞお!」
「これ以上貴方の好きにはさせません!」
王女様が何処に隠し持っていたのか杖を構えて、自称バターマンを睨み見る。
すると、自称バターマンが王女様と目を合わせて、ニヤリと下卑た笑みを浮かべた。
「どこの年増かと思ったら、よく見たらクラライトの王女じゃないか。お前には感謝しないとね」
「感謝? 私に?」
王女様は訝しみ、眉を顰めて顔を歪ませた。
「監獄の騎士達は実に優秀で真面目でよく出来ている。それ故に騙しやすくてね。ボクちんのスキルには持って来いの奴等だったよ。おかげでここを脱獄出来た! そりゃあ感謝もするってものだろう!?」
「貴方のスキル? 貴方のスキルは【健やかな食用油脂化】……それが、騎士達と何が関係しているのですか?」
「ほっほお! 騎士達と同じで王女も騙しやすそうだ!」
王女様と自称バターマンの会話を聞き、わたしは今一度ステチリングで自称バターマンの情報を探る。
そして、そこに表示された情報を見て驚かされた。
ユラー=ブセラー
年齢 : 35
種族 : ヒューマン
職業 : ロリコン
身長 : 172
装備 : 囚人服上下・スキルカットキャンセラー
属性 : 土属性『土魔法』
能力 : 『嘘から出たまこと』覚醒済
「嘘から出たまこと? この前見た時とスキルが違う。それにスキルカットキャンセラー?」
「――っスキルカットキャンセラー……? だから監獄内でスキルが使えた!?」
「ほっほお! 流石はボクちんのマナちゃんだ! 真面目な馬鹿共とは違ってかしこいねえ!」
最早本気で本性を隠す気の無い自称バターマンだけど、わたしはこの男に変な違和感……と言うか、嫌な懐かしさを感じた。
この男、何処か……何処か別の場所で会って話した事があるような……?
でも、そんな事を考えている場合でも無い。
自称バターマンは下卑た笑みを浮かべたまま、わたし達に向かって走り出した。
「ボクちんの真の恐ろしさを見せてあげるよ! 嘘から出たまことでね!」




