240 着替え終わりました!
※今回も瀾姫視点のお話です。
お館からの脱出中にクォードレターさんに見つかって、元奴隷商人さん達に囲まれてしまいました。
だから、私は愛那ちゃんの姿から元の姿に戻り、フローズンドラゴンへと部分変化しました。
でも、大変な事になってしまったんです。
愛那ちゃんサイズのメイド服なので、きつきつだったんです!
「てっめえ、ふざけてんのか? ああ゛っ!?」
「ふざけてません! 服を貸して下さい!」
私を睨むクォードレターさんに真剣な眼差しを向けます。
でも、分かってくれません。
それに、私は大変な事に気が付いてしまいました。
「あと、おトイレも貸して下さい!」
「トイレだあ?」
「はい! 暫らく眠っていたので、トイレに行きたいです! 後お腹空きました!」
「……本当にふざけた奴だな、てめえ」
「ふざけてません! 真剣です!」
クォードレターさんは困ったさんです。
人間には生理現象があって、その一つがおしっこです。
今は我慢できていますが、早く行かないと危険です!
「スイカ胸、そう言えば言い忘れてたッスけど」
「はい? 何ですか?」
トンちゃんが声をかけてきたので振り向くと、何故か冷や汗をかいてます。
どうしたんでしょうか?
もしかして、トンちゃんもおトイレを我慢していたのかもしれません。
「さっき閉じ込められていた部屋には、トイレがついてたッス」
「――っ!?」
な、なんと言う事でしょうか!?
だから扉が二つもあったんですね!
私は驚愕の事実に驚いて後退りました。
世界の終わりを垣間見た気分です!
「どうしてそれを早く言ってくれなかったんですか!?」
「いやあ、何か色々あって、そこまで考えが回らなかったッス」
「ごめんだぞ」
「いえ。良いんです。寝起きで最初におトイレに行く習慣の無い私が悪いんです。いつも愛那ちゃんに起こされてお顔を洗って朝ご飯食べて、愛那ちゃんの髪の毛を纏めて、学校に行く途中でおトイレに行きたくなる私が悪いんです」
「凄くどうでも良い日常の情報が入ってきたッス」
「ナミキさん、可哀想なんだぞ」
プリュイちゃんが私を優しくよしよしして慰めてくれます。
とってもいい子です。
涙がちょちょぎれます。
でも、どうしましょう?
本当におトイレ行きたいです。
「瀾姫、我慢して」
「へぅ。漏らさないように頑張ります」
ラヴィーナちゃんの残酷な言葉が私を追い詰めますが、仕方がありません。
だって、ラヴィーナちゃんは何も悪い事は言ってないんです。
私が今更おトイレに行きたいなんて言いだしたのが悪いんです。
でも、そんな時です。
私達を囲む元奴隷商人さん達の内の1人、男の人が前に出て怪しげな笑みを見せました。
「ぐへへへへ。俺がトイレになってやってもいいぜ」
「本当ですか!?」
なんと言う事でしょう!?
きっとおトイレを出せるスキルが使えるに違いありません!
私が振り向くと、男の人は舌なめずりをして私に近づこうと、ゆっくりと歩いて来ます。
でも、その途中でビクッと体を震わせて、突然倒れてしまいました。
そして、倒れた男の人を踏みつけて、今度は女の人……エッチな姿をしたクランさんが現れました。
へぅ……おトイレでは無くクランさんが現れました。
「グレイ、ボーっと突っ立って貴方やる気あるの?」
「ヘイルナーか。随分とエロい格好しやがって。誘ってんのか?」
大変です!
大人な会話をしようとしてます!
ラヴィーナちゃんの教育に良くありません!
と言うか、本当にクランさんはエッチな姿です!
今のクランさんの姿は、いつものメイド服ではありませんでした。
透け透けのネグリジェ姿で、下着がまる見えです。
胸元には赤いハートの刺青があって、それが何だかいやらしくて大人の魅力を引き出しています。
そして綺麗に折り畳まれたメイド服を持っていました。
クランさんはゆっくりと私に近づいて、妖艶な笑みを見せて、メイド服を前に出しました。
「トイレに行って、ついでにこれに着替えなさい。場所は分かるわよね?」
「はい! ありがとうございます!」
私はメイド服を受け取って、トイレに向かいます。
でも、行く事は出来ませんでした。
「行かせるわけねえだろ! 馬鹿か!?」
クォードレターさんが怒号を上げて、それを合図に元奴隷商人さん達が一斉に飛びかかってきました。
「おまえ等は駄目だ」
モーナちゃんが呟いて、その途端に元奴隷商人さん達が一斉に何かに押し潰される様に倒れて、皆さん床にへばりついていきます。
「ちっ。重力の魔法か」
「雑魚を何匹連れて来ようと、私の前では無力だわ!」
「はっ。言うじゃねえか猫耳。今にその口を……って、おい。そこ何してる?」
「何言って……ナミキ!?」
ふっふっふっ。
気が付かれてしまいましたか、でも、もう遅いです!
「着替え終わりました!」
皆さんが色々している間に、受け取ったメイド服に着替え直しました。
完璧です!
「瀾姫、場所を考えて」
「壁の代わりをしてくれてありがとうございます、ラヴィーナちゃん」
「うん」
「って言うか、スイカ胸に恥じらいは無いんスか?」
「下着も全部脱ぎ捨てるから隠すのが大変だったんだぞ」
「すみません。下着もきつきつだったので脱いじゃいました」
流石に愛那ちゃんサイズの物は私にはきついので、全部脱ぐ事にしました。
なので、今はブラジャーもつけてませんし、パンツも穿いてません。
「後はおトイレに行くだけですね!」
「もうそこ等辺ですれば良いんじゃないッスか?」
「それは駄目です。人様のお家でそんな事出来ません!」
「何でそこだけ真面目なんスか?」
「ナミキさん偉いんだぞ!」
「偉くない。普通」
おトイレには行きたいですが、私は我慢します。
それに、今はモーナちゃんが頑張ってくれているんです。
私達がこうしてお話している間にも、クォードレターさんと戦ってます。
私が着替え終わって直ぐに、モーナちゃんはクォードレターさんと戦いを始めていたんです。
「試し打ちの時間だぜ!」
クォードレターさんは両手を鉤爪のようにして構えて、モーナちゃんに向かって駆けだします。
そして、次の瞬間に鋭い爪を持つ2メートルを越える巨大な黒竜の手が、クォードレターさんの右手に具現化しました。
「ジャバウォックの竜爪を食らいやがれ!」
「――っ!?」
クォードレターさんが黒竜の手を振るって、モーナちゃんを襲います。
モーナちゃんは直ぐに重力の魔法を使って、重力の防壁を作りだしました。
ですが、クォードレターさんの攻撃の威力は凄まじいものでした。
モーナちゃんが作りだした重力の防壁はその爪に斬り裂かれて、モーナちゃんは急いで後ろに下がってそれを避けます。
クォードレターさんはモーナちゃんが後ろに下がると追撃します。
今度は左手をその場で振るって、振るわれたその左手から黒竜の竜爪が飛び出して、それがモーナちゃんに向かって飛んでいきました。
モーナちゃんは顔を歪めて、直ぐに重力の防壁を何重にも重ねて作って、黒龍の竜爪からくる斬撃を見事に防ぎました。
いえ、防ぎきれてません。
モーナちゃんのお腹が斬られてます。
傷は深く無さそうですが、それでも血が流れ出てしまってます。
「ちっ。防ぎやがったか」
「厄介な威力のスキルだな」
「そうでもねえ。てめえは運が良い。なんせ、俺はまだこいつを使いこなせて無いからな。だがよお!」
クォードレターさんがモーナちゃんに接近します。
その速度はもの凄く速くて、私には見えない程のスピードです。
「てめえを切り刻んで、俺はこいつをものにするぜえ!」
モーナちゃんの爪と、クォードレターさんの右手、黒龍の爪がぶつかり合います。
その激しいぶつかり合いで生まれた振動に、私もラヴィーナちゃんも体をよろめかせました。
すると、私はクランさんに肩を掴まれて、体を支えてもらいました。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます」
「瀾姫から離れてっ」
ラヴィーナちゃんが燭台をクランさんに振り回して、クランさんがそれを軽々と避けます。
「危ないわねえ。そんなムキにならなくても、私は何もしないわよ」
「瀾姫に服を貸してくれた事のお礼は言う。でも、信用してない」
「そうッスよ! だいたいさっき倒れた男に何かのスキルを使ったのは分かってるッスよ!」
「きっと近づいてスキルで何かしたんだぞ! だから近づいたら危険なんだぞ!」
「困ったわねえ。この格好がいけなかったかしら? それともいつもみたいに、丁寧に接してあげた方がお好みでしたでしょうか? お嬢様方」
クランさんが妖艶な笑みを見せて、透け透けネグリジェ姿でカーテシーします。
なんかエッチです!
「ねえ、貴女1人が私達に捕まってくれるなら、他の子達は逃げしてあげても良いのだけどお?」
「私1人を……本当ですか?」
「瀾姫下がって。この人の口車に乗ったら駄目」
ラヴィーナちゃんが私の目の前に出て、クランさんを睨みつけます。
クランさんは私への視線を外しません。
妖艶な笑みをし続けるだけで、私の返事を待ちます。
私はモーナちゃんに視線を向けました。
モーナちゃんとクォードレターさんの戦いは、目で追えない程のスピードの戦いです。
私なんかじゃ見る事が出来ません。
でも、そんな私でも分かります。
ときたま見えるモーナちゃんの顔には、余裕はありません。
考えてもみれば当たり前なんです。
ラヴィーナちゃんが持ってたクッキーを頂きながら聞いた話ですが、捕まっている間は食事をちゃんと頂いていたようですが、拳サイズのパンだけでちゃんとしたものは食べて無いそうです。
そんな食事しかしていないのに、まともに力が出るはずありません!
それに、クォードレターさんのスキルは、モーナちゃんが魔法で出した盾をことごとく斬り裂いてます。
モーナちゃんも防ぐので精一杯と言う顔で歪んでいます。
わたしは再度クランさんを見つめて目を合わせました。
嘘を言っている目には見えません。
だから……。
「私はクランさんを信用します」
「瀾姫っ?」
「何言ってるッスか!?」
「駄目なんだぞ! ナミキさん!」
「私が捕まれば、他の皆さんは助けてくれるんですよね?」
「ええ。約束するわ」
「分かりました。それなら、私はクランさんの言う事を聞きます」
「駄目。そんな事させられない!」
「考え直すッスよ!」
「ナミキさんを護るんだぞ!」
「ふふ。貴女の選択はとても賢いわ」
ラヴィーナちゃんだけでなく、トンちゃんとプリュイちゃんも私の前に出ました。
でも、その瞬間に3人は突然倒れてしまいました。
「ラヴィーナちゃん! トンちゃん! プリュイちゃん!」
「安心して? 眠らせただけだから」
「そう……ですか」
安心して呟いた直後に、今度はモーナちゃんが倒れました。
突然倒れたので心配で視線を向けましたが、モーナちゃんも眠っている様で大きな外傷を与えられたわけではないようです。
「ちっ。良い所だったのによ。とんだ邪魔が入っちまったぜ。こいつ等どうするんだ?」
「そうね。本当は猫耳の子は捕らえておきたい所だけど、約束は守らないといけないし、適当に外に放り投げといて。そのタイミングで眠りを解除しておくわ」
「了解」
「ふふ。では行きましょう?」
「はい。後おトイレ貸して下さい」
私は返事をして、おトイレを目指してクランさんの後ろを歩き始めます。
そして……。
「あの女この雰囲気でトイレとかすげえな」
背後から聞こえるクォードレターさんの呟き声が、不安な気持ちと尿意に震える私の背中を見送りました。