024 虚ろ目幼女と出会いの理由
突然現れてわたしに指をさしたリングイ=トータスに向かって、モーナスがいきなり飛びかかる。
「リングイ=トータス! 覚悟しろ!」
「あ? 何だ何だ?」
モーナが爪を伸ばして顔を引っ掻こうとして、リングイ=トータスが顔を顰めてそれを避けた。
「何だお前?」
「モーナスだ!」
「モーナス? 知らねえな~。それよりお前、オイラになんか恨みでもあんのか?」
リングイ=トータスがモーナを睨み、腰に背負っている甲羅を右手で掴んで、左手は前に出して青い光が左手を覆う。
「大ありだ! お前等三馬鹿が悪さしてるせいで、私が三馬鹿退治に来る事になったんだ!」
「はあ? 知るか! 何処の誰だか知らねえけど、オイラを三馬鹿呼ばわりとは良い度胸じゃねえか! 遊んでやるよ!」
リングイ=トータスが後ろにジャンプして、背後に会あった机に乗っかる。
その時わたしは気がついたけど、ここはお店の中で当たり前の様に人がいる為、突然言い争いをしだしたモーナとリングイ=トータスは皆の注目の的になっていた。
驚きや困惑の視線を全てかき集めた二人は、周囲の目など気にせず睨み合う。
そして、店員さんがこの騒動を止めにやって来て、その瞬間に二人は同時に動き出した。
モーナの両手に見えない何かが纏わりつき、それは違和感となって夏の炎天下のアスファルトの様にゆらゆらと陽炎を見せる。
リングイ=トータスの左手を覆う青い光が空気中の水分を集めて、左手が水に覆われる。
そして二人はそのまま互いに飛びかかり、モーナの右手とリングイ=トータスの左手がぶつかり合う。
「お客さ――うわあああっ!」
モーナとリングイ=トータスの攻撃がぶつかり合うと、そこから台風でも来たのかと思える程の風が発生して、店員さんが叫びながら吹き飛ばされた。
わたしとお姉とラヴィはラクーさんとフォックさんが庇ってくれて吹き飛ばされずにすんだけど、周りにいたお客さん達はそうはいかない。
殆どの人が店員さん同様に、お店に並ぶ机や椅子など様々な物と一緒に吹き飛ばされた。
店内には埃が舞い、窓ガラスや様々な物を割り破壊し、廃墟の様に悲惨な惨状となって目に映る。
そして、この状況を作りだしたモーナとリングイ=トータスの二人は、机などが無くなって広くなった店内で距離をとりあって睨み合う。
「す、凄いぽん。あのモーナって子、いったい何者だぽん?」
「あの二人、あの一瞬で五回以上も攻防を繰り返したんだよ!」
え?
何それ?
ラクーさんとフォックさんが驚きながら漏らした言葉に、わたしは驚いた。
わたしの目には拳と拳がぶつかっただけにしか見えなかったけど、実際は違っていたらしい。
もしかしたら、二人の拳がぶつかった途端に発生した風からわたしを護る為に前に出てくれたラクーさんの背中で見えなかっただけかもしれないけれど……。
よく見ると、リングイ=トータスが右手で掴んでいた甲羅は、リングイ=トータスの側で床に突き刺さっていた。
リングイ=トータスはそれを抜き取り、再び腰に着ける。
「ちっ。待ち合わせしてただけなのに、とんでもねえ面倒臭い奴に掴まっちまったぜ」
「待ち合わせ? 仲間がいるのか!」
「そんなんじゃねえよ! だいたいお前には関係な……って、あああああああああっっっ!!!」
リングイ=トータスが突然叫び出して、さっきまで自分が座っていたと思われる席があった方に視線を向けた。
そして、焦る様な顔でその場に行き、吹き飛んで何も無くなってしまったそこで周囲を見回し始める。
「何かあったんですかね?」
「さあ……」
お姉にわたしがそう返事を返すと、丁度その時リングイ=トータスは何かを見つけた様で、椅子や机がぐちゃぐちゃになって集まっている場所まで走る。
そして、そこから小物が入っていそうな小さな袋を取り出して、安心した様な素振りを見せた。
リングイ=トータスがモーナに振り返り、大声で話す。
「モーナスとか言ったな!? お前の顔は覚えたからな! オイラは今忙しいから見逃してやる! 今度会ったらただじゃおかねえ!」
「何だと! 私はお前を見逃してやるつもりは無い!」
「うるせえ! つきあってられるか!」
モーナがリングイ=トータスに向かって走り出し、リングイ=トータスはもの凄く濃い霧を作りだして姿を隠す。
そして、流石のモーナも霧で目をくらまされたせいで逃げられてしまった様だ。
「あーっ! 逃げられた!」
モーナが悔しそうに叫び、ぐちゃぐちゃになってしまった店内にわたし達はとり残される。
リングイ=トータスが作りだした霧は次第に店内に充満して、わたし達の視界は奪われたのだけど、その時ラクーさんに腕を掴まれた。
わたしは驚いてラクーさんに視線を向けると、ラクーさんが小声で話しかけてきた。
「お店をぐちゃぐちゃにしてしまったから逃げるぽん」
「え?」
「賛成です。愛那を前科持ちなんかに出来ません」
「お、お姉?」
「逃げるが勝ちなんだよね」
「フォックさんまで……」
「困った奴等だな。つきあってやるわ!」
「いや、アンタのせいでしょ」
「店員が来る」
ラヴィがそう話すと、ラクーさんが渋るわたしの腕を引っ張って、わたし達は割れたガラスから外に出て逃げ出した。
わたしは逃げながら悪さをする三馬鹿を懲らしめに来たモーナが悪さしてどうするんだと思い、意味が違うような気もするけど、ミイラ取りがミイラになった気持ちになった。
◇
モーナが暴れてしまったお店から離れる為暫らく走って、わたし達はここに来るまでに通った透明な木の林にやって来た。
わたしとお姉は息を切らしてその場に座り込み、わたしはモーナを睨む。
「モーナ、お店の中で暴れないでよ」
「大丈夫だ! ちゃんと店を直す為の修理代は置いてきたわ!」
「そう言う問題じゃないの」
本当に困った子だと、わたしは溜め息を吐き出すのを堪えて立ち上がる。
お姉もわたしに続いて立ち上がり、首を傾げて呟いた。
「リングイ=トータスさんは誰と待ち合わせしていたんでしょう?」
「あの小物入れ袋も気になるんだよね」
「考えていても仕方がないぽん。ご飯も食べ損ねてしまったし、適当に済ませて早く戻るぽん」
「待って」
ラクーさんが歩き出そうとすると、それをラヴィが呼び止めた。
ラヴィは真剣な面持ちで林の中を走り出して、わたし達に手招きする。
わたし達は不思議に思いながらもラヴィの後をついて行き、辿り着いた先で見たもので目を疑った。
林の中で見たものは、モーナと争ったリングイ=トータスと熊鶴だったのだ。
わたし達は身を隠して、二人の様子を窺う。
リングイ=トータス!?
何でこんな所に?
それに……。
と、考えていると、モーナがリングイ=トータスを見て飛び出そうとしたので、わたしはモーナの腕に抱き付いてそれを止める。
「離せマナ! リングイ=トータスを――」
「静かにして。様子を見るのよ」
「何でだ?」
「モーナ、ラヴィとラクーさん達の顔を見て」
モーナの耳に顔を近づけて、周りに聞こえないようにわたしが話すと、モーナは訝しんでラヴィ達の顔を見た。
わたしがモーナにラヴィ達の顔を見る様に言ったのは、ラヴィ達がこれまでに無い程に驚きと真剣な表情が入り混じったような顔をしているからだった。
そして、その顔を見てわたしはわかってしまった。
リングイ=トータスが今そこで会っている熊鶴が、あのミノムシハウスに住んでいる熊鶴のポレーラだと言う事に。
でも、それだけじゃなかった。
お姉も気づいている。
リングイ=トータスと一緒にいる熊鶴は、あの時、ラヴィと出会う前に見かけた熊鶴だったのだ。
「あの熊鶴さん。海で見た熊鶴さんと一緒です」
「うん。ラヴィ、あの熊鶴がポレーラで間違いないの?」
「そう。ポレーラ」
ラヴィは頷いて、少しだけ眉根を下げる。
やっぱり、と、わたしはポレーラに視線を向ける。
ポレーラはリングイ=トータスと何かを話している様だけど、ここからでは上手く聞き取れない。
だけど、獣人は耳が良いのか、モーナは聞きとれていたらしくて、顔を顰めて呟く。
「鶴羽の振袖と雪女の子供の報酬?」
「え? どう言う事よ?」
わたしがモーナに質問すると、モーナではなく、フォックさんが説明する。
「どうやら、ラヴィーナを何処かの海岸でリングイ=トータスに売り渡そうとしていたみたいなんだよね」
「酷いです。そんな事をしようとしていたんですか!?」
お姉が目を潤ませてラヴィに抱き付く。
ラヴィも俯いて目を潤ませながら、涙を堪えているのが分かった。
「ラヴィ……」
わたしは何も言えず、お姉と一緒にラヴィを抱きしめた。
ラヴィが砂浜で倒れていた理由がわかった。
ラヴィはポレーラに攫われて、リングイ=トータスに売られそうになっていたんだ。
でも、それなら何でラヴィは家に帰りたがらなかったんだろう?
もしかして、ラヴィの母親もこの事に関わってる?
「どうするぽん? リングイ=トータスが近くにいたら、今ポレーラに近づくのは危険だぽん」
「そうだよね。このまま気付かれない様に、この場を去った方がいいんだよね」
「それなら私だけ残るわ」
「だからそれは駄目だって言ってるでしょ。今はラクーさんとフォックさんの言った通りにしようよ」
モーナに真剣な面持ちで視線を向けると、モーナはわたしと、わたしとお姉に抱きしめられるラヴィを見つめて顔を顰めた。
「仕方が無いな」
モーナが納得した所で、わたし達は直ぐにその場を離れる。
見つからない様に慎重に進み、何とか無事に元の場所まで戻って来た。
「困ったぽん。ポレーラがラヴィを人身売買に使おうとしていたなら、絶対に会わせない方が良いぽん」
「そうなんだよね。じーじにはボクちんがこの事を知らせて来るんだよね」
「お願いするぽん」
ラクーさんとフォックさんが話し合い、フォックさんが走って一人でじーじさんの所に向かって行った。
それを見送ると、ラクーさんはわたし達に笑顔を向けて話す。
「さあ、食べ損ねたご飯を食べに行くぽん。まずは美味しいものを食べるのが一番だぽん」
「そうですね。私お腹ぺこぺこです~」
お姉もラクーさんにならって場を和ませようと笑顔を作る。
だから私もそれに加わる事にした。
「ラヴィ、行こう」
ラヴィの手を握って笑顔を向ける。
すると、ラヴィは相変わらずの虚ろ目だったけれど、ほんの少し口角を上げてくれた。




