237 フロアタムからの使者
クラライト城下町に戻って来て……と言うかクラライト城に来て3日目の朝。
わたし、豊穣愛那は頭を抱えていた。
と言うのも、実は一昨日の夜から連絡が取れない者達がいるのだ。
現在連絡の取れなくなった者は“お姉”“モーナ”“ラヴィ”“トンペット”“プリュイ”の5人。
ラテールがロポと一緒に5人を捜してくれているらしいけど、5人の痕跡すら無いらしい。
お姉とトンペットはお館様の館でメイドをしているから、ラテールが館まで行ってみたようだけど、いるとだけ言われて会わせてはくれないのだとか。
正直かなり怪しい。
おかげでわたしは寝不足だ。
心配過ぎて眠れない。
だけど、わたしはわたしでやらなければならない事がある。
それはお館様のスキル【巻き戻し】と【思念転生】の情報を見つける事じゃない。
その2つの情報は既に入手済みで、今のわたしには別の事でしなくちゃいけない事が出来てしまった。
それは昨日の……まだ、思念転生について調べ終わってない時の事だった。
◇
「罪人達が脱走したああああっっ!?」
「しーっ。声が大きいですよぅ、マナちゃん。気持ちは分かるけど静かにして下さいね~」
「す、すみません。ランさん」
話は昨日に遡り、クラライト城下町の猫喫茶ケット=シー本店の店内。
西の国の王都フロアタムのワンド王子の従者、兎の獣人のランさんと一緒にモーニングセットを頼んで食事しながら話している。
ここにラーヴはいない。
ラーヴはクラライト城下町にいるジャスの許に直接報告に行って、それからまだ戻って来ていないからだ。
まあ、それは今は置いておくとしよう。
ランさんは昨晩わたしが眠った後にクラライト城までやって来たらしく、今朝わたしのベッドで一緒に寝ていた。
わたしがランさんを見て飛び起きると、ランさんも一緒に起きて、話があると言われてここに連れて来られた。
何が何やらな状況で猫喫茶までやって来て、それで飛び出した話が、チーが大きく関わったあの事件で捕まえた罪人達の脱走の話だったと言うわけだ。
そして、ここからが本題だ。
ランさんはわたしが謝ると、直ぐに声を抑えて真剣な面持ちをわたしに向けた。
「それでお願いなんだけど、脱走犯を捕まえるのをマナちゃんに手伝ってほしいんですよ~」
「いやいやいや。何でわたしなんですか?」
「いやあ。ドワーフの所で受けた呪いに抜け道があったみたいで、あれって魔力封印系のマジックアイテムを体内に入れると解呪されちゃうみたいなんですよ~。いやはや困りました。それで、どーも奴等の狙いはマナちゃんへの復讐っぽいんですよね~。だから囮と言うかなんと言うか~みたいな?」
「えええぇぇ……。そんな欠点があったんですかアレ。って言うか、それわたし断れないやつじゃないですか。断っても狙われるって事ですよね?」
「そうかも~」
「そうかも~。じゃないですよ。……はあ、こんな時に」
「ん~? どったの? マナちゃん。ため息なんてついちゃって」
「あ、すみません。ええっと、実は……」
あまり言わない方がとも思ったけど、今わたしの周りで起きている事を正直に説明する。
グラスタウンでの事や、わたしがここにいる理由など、話せる事を全部話した。
すると、ランさんが動揺する様に顔を歪ませて、大量に汗を流し始めた。
「実に困っちまいやがったんだぜぃ」
「どうしたんですか?」
あまりにも酷く動揺していたので尋ねると、ランさんは気まずそうにわたしから目を背けて一言。
「クォードレターとクランフィールって元奴隷商人なんですよねえ。因みに2人ともあの事件に関わってます。ん~、そうなると結構早い段階で脱走してる奴等が……うぅん、考えたくないんだぜぃ」
「……は? それマジですか?」
「あ、はい。マジです」
◇
現在に戻って、ここはクラライト城でわたしが借りている部屋。
とりあえず調べ物をさっさと終わらせて今後の事を考えようとなり、昨日の内に必死で【思念転生】の情報を見つけたわたし達は、緊急会議を開いていた。
メンバーはわたし、ランさん、ジャス、ラーヴ、そして王女様と近衛騎士。
近衛騎士は、この前わたしをこの部屋に案内してくれた騎士さんだ。
ジャスはラーヴの保護者としてここに来た……と言うわけでは無くて、メレカさんと仲が良い関係上、王女様とも実は知り合いだったらしい。
それから、グラスタウンの音信不通の事件に精霊達が関わっているのもあって、この緊急会議にラーヴと一緒に呼ばれたのだ。
因みに今更の事だけど、ランさんは1人で来たらしく、フロアタムからの救援はない。
脱走犯達の一部……主にジライデッド含めたあの事件の主犯格がチーやワンド王子を狙っている様で、2人にも危険が迫っていて、相手が相手だけに身動きが取れなくなっているのだとか。
だから、せめてフロアタムの騎士の中から、本来はワンド王子の側にいなければならない従者であり近衛騎士でもあるランさんを送りだしてくれたらしい。
と言うか、ワンド王子がフロアタムの騎士を動かせれない現状に怒って、ランさんに「今直ぐにマナを護りに行け!」と言ったのが決定打になったのだとか。
それが無ければ、ここに来るのは新兵に等しい騎士だったらしい。
ワンド王子だって危ないのに、本当に感謝しかない。
「まさかフロアタムでそんな事が起きたなんて……。ドワーフの国王様は何て言ってるの?」
「一応連携をとって、両国で脱走犯を捕まえる方針です。ただ、あっちあはあっちで大変みたいなんですよね~」
「大変? すみません、何かあったんですか?」
「サガーチャ殿下が行方不明になったらしいです。いや~参りました」
「大問題じゃないですか!」
「うそっ! サガーチャちゃんいなくなっちゃったの!?」
「――っへ?」
まさかのサガーチャさん行方不明の事件にわたしが驚くのと同時に、ジャスまで声を上げて驚いた。
その事に驚いてジャスに視線を向けると、ジャスがわたしの視線に気づいて目を合わせた。
「あ、そっか。まだ言ってなかったね。私も昔ドワーフの国でサガーチャちゃんとお友達になったんだよ」
「そうなんだ……」
「うん。私はマナちゃんの事はマモンちゃんからの手紙で知ってたから、2人がお友達だって知ってたんだぁ」
驚いたけど、何故かすんなりと納得した。
と言うか、今はそれどころじゃない。
わたしは再びランさんに視線を向けて、目を合わせる。
「それっていつからですか?」
「それがですね~。この前マナちゃんがここに来る前に、フロアタムに来てくれたじゃないですか~。丁度あの頃みたいなんですよ」
「そんな前から……」
「因みに元奴隷商人達が脱走したのは、マナちゃん達がフロアタムを出て直ぐです。いやあ、報告が遅くなって面目ないです」
「マジかあ…………」
わたしは項垂れて肩を落とした。
そうなると事件が起きたのはかなり前の話で、ここまで報告が遅くなったのは、きっとフロアタムで色々と問題が起きたからだろう。
それに脱走した元奴隷商人達がわたしを狙ってるなんて、そんな直ぐに分かる様な話でもない筈。
ワンド王子が怒ってくれたみたいだし、多分わたしが狙われたと分かって直ぐに来てくれたのは間違いないと思う。
わたしが項垂れていると、ジャスがわたしの頭を撫でて慰めてくれた。
「ありがと、ジャス」
「うん。マナちゃん、せっかく王女様達が仲間になってくれたんだし、まずは脱走した人達をどうにかしようよ」
「そうだね。こんな事グラスタウンまで持ち込めないし……。ごめんね、ジャス。ジャスだって連絡取れないトンペットとプリュイが心配なのに」
「ううん。確かに2人の事は心配だけど、きっと大丈夫だもん。今はマナちゃんの方が大事だよ」
「がお」
「ジャス、ラーヴ……ありがとう」
「勿論、私達も全力でサポートするよ。クラライト城や城下町の警備も強化するね」
「王女様、ありがとうございます」
そう言って王女様に頭を下げると、王女様は優しく微笑んだ。
「でも~、どうしましょっか~? 奴等は一般人にまぎれてるんですよね~」
ランさんが眉を顰めて困った表情をして、うさ耳を片方くねりと折り曲げる。
確かに言う通りで、脱走した元奴隷商人達は元々武装せずに普段着で戦っていたし、今も同じなのだろう。
まあ、フロアタムの新兵に紛れ込んでいた連中は別だけど。
「指名手配的なのは無いんですか?」
「一応フロアタム近辺やドワーフの国には出てますね。ここには急いで来たので持って来るの忘れました」
「何やってんですか?」
「いやあ、申し訳ないですな~。でも、あっても意味ないですよ多分」
「意味ないって、何でですか?」
「実は、奴等の中に顔を変えるスキルを持ってる奴がいるみたいなんですよ。それのせいで、町で見かけたって分かりません」
「マ!? それかなり厄介な事になってるじゃないですか!?」
「そうなんですよね~。そのせいもあって奴等を見つけるのも苦労してます。なので、もしかしたら昨日の朝食をとった場所にだって、脱走した奴がいたかもしれないですぜ」
「しれないですぜ。じゃないですよ。それが分かってたら、あんな所であんな大事な話しません」
流石にわたしも怒ってランさんを睨むと、ランさんは「怒った顔も素敵だぜぃ」なんてふざけた事を言って、わたしの頭を撫でた。
この人ホントにワンド王子の近衛騎士なんだろうか?
寧ろランさんこそ顔を変えた元奴隷商人の脱走犯なのでは?
って感じだけど、まあ、それは今は置いておくとしよう。
「私に良い考えがあるよ」
ジャスがとても真剣な表情を見せ、この場にいるわたし達1人1人と目を合わせた。
「あえてマナちゃんを縛り上げて、脱走犯が手を出しやすそうな広場に放置して誘い込むんだよ」
「が、がお」
「さ、流石にそれはどうだろう? 私は良くないと思うなあ。マナちゃんもそんな囮なんてやりたくないよね?」
ジャスの提案にラーヴと王女様が困惑する。
だけどこの提案、わたしはそうは思わなかった。
「いや。意外とありかもですね」
「ええええええええええっっっ!?」
わたしの同意に、王女様が大声を上げて驚いた。
と言うか、声には出さないものの、側にいる騎士もランさんも驚いている。
更に言えば、ラーヴですら丸い目を更に丸くさせて驚いていた。
「元奴隷商人の狙いがわたしなら、それをやれば何らかの動きが見られると思うんですよ。仮に罠だと思って近づかないといった選択を取っても、絶対何処かでわたしの様子を窺います。そうなれば、こちらからも向こうを見つけやすいと思います」
「うんうん。それにマナちゃんは絶対私が護るから安全だよ」
ジャスの何処から出てくるのか分からない自信。
どっかの馬鹿猫に似ている所があるけど、そのおかげか凄く信頼出来る気がした。
わたしとジャスは目を合わせて微笑み合い、それを見ていた王女様達も驚いていた表情を緩めた。
「マナちゃんはグラスタウンで館の主の相手をしないといけないんだよね?」
「はい。予定では後4日くらいで帰って来るそうなので、それまでには戻らないとです。それに、連絡が取れないお姉達の事も気になりますから」
「……うん、分かったよ。本当は危険な事はさせたくないけど、ジャスちゃんの作戦でいこう」
「ありゃりゃあ。こりゃもう決定ですな~。そう言う事なら私も腹を括りましょう。フロアタムの代表として、全力でマナちゃんを縄で縛りあげますよ~」
「え? そこですか?」
「勿論そこに決まってるんだぜ~!」
「がお!」
ランさんがドヤ顔でポーズをとり、まるで左右対称になる様にラーヴが真似してポーズをとる。
それが何だか可笑しくて、わたしは思わず笑ってしまった。
こうして、わたしを囮にした“元奴隷商人捕縛作戦”が決行される事になった。




