236 い、いらないです
※今回も瀾姫視点のお話です。
「待て待て待て待て! こいつ等には手を出すなって話だったろうが!」
グラスさんのお家の地下でモーナちゃんとラヴィーナちゃんとプリュイちゃんを見つけた私は、グラスさんと睨み合いました。
でも、そんな時に、私とグラスさんの間にクォードレターさんが入りました。
てっきりクォードレターさんとも戦う事になると思っていた私は、少し驚いてしまいました。
クォードレターさんはグラスさんを睨んでいて、私の味方をしてくれるみたいで良かったです。
「それはボウツの独断でしょ? たかが執事の言う事を私が聞くわけないでしょう?」
「あいつは今はお館様の代わりだ! てめえが村長って立場なのは分かるが、それを忘れるな! 問題になるぞ!」
「……はあ。面倒ね」
グラスさんが本当に面倒臭そうにため息を吐き出しました。
するとそれを見て、クォードレターさんが怒ってグラスさんと言い争いを始めました。
「なんか言い争いが始まったッスね?」
「はい。でも、それより今はラヴィーナちゃんとプリュイちゃんです」
2人が言い争っている間に、私はラヴィーナちゃんとプリュイちゃんに近づいて、グルグルと巻かれていた鎖を全部取り外しました。
でも、足枷と手枷は取るのに鍵が必要な様で取れません。
「酷い傷ッスね」
「はい……」
トンちゃんの言う通りで、ラヴィーナちゃんもプリュイちゃんも傷が酷いです。
グラスさんと何があったのかは分かりませんが、こんな事をするなんてグラスさん酷いです。
2人の傷を見ていたら、悲しくて涙が出てきました。
すると、背後から「こいつを使え」と声がしました。
振り向くと、クォードレターさんが小瓶を私に放り投げたので、私はそれを慌てて受け取ります。
小瓶を見ると、その中には水色の液体が入っていました。
「その中に強力な回復薬が入ってる。その2人に飲ませてやれ」
「はい! ありがとうございます!」
嬉しくてお礼を言うとそっぽを向かれましたが、クォードレターさんはとっても優しい人です。
クォードレターさんの厚意を無駄にしない為にも、私は急いで2人にお薬を飲ませました。
すると、2人の傷がみるみると治っていきました。
本当に良かったです。
「あーあ。せっかく捕まえたのに~」
「うるせえ! てめえの独断で行動するのが悪いんだろうが!」
「はいはい」
戦いは……しなくても良さそうです。
何事も無く平和に解決出来て安心しました。
でも、グラスさんは何でこんな事をしようと思ったんでしょう?
何だか心配になります。
「おい。もう1人いるって言ったよな? そいつは何処だ?」
「あ、それは――」
「こっちッス!」
グラスさんへの不安を考えていた時に話しかけられて、直ぐに答えられませんでしたが、私の代わりにトンちゃんが答えてくれました。
トンちゃんは案内する為に飛んで、クォードレターさんを連れて行きました。
「まあ、仕方ないわね」
2人がいなくなると、グラスさんが呟きました。
グラスさんに視線を向けると、私と目を合わせたグラスさんがこちらに近づいてきました。
私の目の前まで来ると、手を前に出したので視線を向けると、そこには鍵がありました。
「それの鍵よ」
「ありがとうございます」
鍵を受け取って、直ぐに2人の足枷と手枷を外します。
2人はまだ目を覚ましませんが、これでとりあえずは安心です。
「ったく、何でこいつだけ氷漬けにしてんだよ?」
クォードレターさんの声がして振り向くと、クォードレターさんがモーナちゃんをお米様抱っこしていました。
トンちゃんも私の側まで戻って来て、安心した表情を見せて肩の上に座ります。
モーナちゃんも無事のようで、本当に良かったです。
「その子は“強欲”よ? その位しないと逃げられるじゃない」
「そうかよ。とりあえずこいつもそのガキ共と一緒に寝かせておくか」
「あ、はい。お願いします」
「ほら。終わったらさっさと用件を済ませるわよ」
グラスさんがそう言うと歩いていくので、クォードレターさんにモーナちゃんとラヴィーナちゃんとプリュイちゃんの隣に寝かしてもらい、クォードレターさんと一緒に私もグラスさんの後を追いかけました。
本当はお布団とかフワフワした物がほしいですが、ここにそう言う物が無いので諦めます。
少し先を進んで行くと扉が見えました。
この地下では全てのお部屋に扉が無かったので、そこだけ異様に感じます。
お薬がそこにあるのかなって思っていると、当たっていました。
グラスさんは扉を開けて、そこに入って行きました。
私もクォードレターさんと一緒にお部屋に入ると、そこはとても寒い場所でした。
何だか肺が凍りそうな勢いの寒さです。
お部屋の中にはガラスケースが幾つかあって、その中には液体が入った小瓶が幾つもありました。
「さ、寒いです……」
「ふふふ。マナちゃんには少し辛い寒さだったかしら?」
「何言ってやがる。この部屋の温度は俺もきついっての。用件済ませたら今直ぐにでも出て行きてえよ」
「あら? 情けない男ね」
グラスさんが微笑んで、ガラスケースの一つに近づいて開けて、自販機で売ってそうな缶ジュースくらいのサイズの瓶を取り出しました。
それから瓶にあった蓋を外して、それをクォードレターさんに渡します。
「こいつが“邪神の血”か。ついに俺も魔族になれるってわけだ」
「そうね。魔族になれば、今ならボウツも殺せるんじゃない?」
「そいつはいいな」
「ボウツさんを殺しちゃうんですか!?」
「例え話に決まってんだろ? マジになんなよ」
「へぅ。すみません」
殺せるなんて言うからびっくりしました。
例え話で言うようなお話では無いと思いますが、実際にしようとしてるわけじゃなくて安心です。
私が謝ると、クォードレターさんは可笑しそうに笑って、受け取った瓶の中身を覗き込みました。
そして瓶の縁に口を当てると、中身を一気に飲み干します。
すると、クォードレターさんに異変が起こりました。
瓶を落とし、口を押えて苦しそうに声を上げて、崩れる様に倒れました。
気を失ったわけではありません。
苦しそうに目を見開いて叫び続けます。
私は段々と怖くなって、気が付くとお部屋の壁にぶつかる程に後退っていました。
グラスさんに視線を向けると、グラスさんは落ち着いた表情でクォードレターさんを見ていました。
クォードレターさんが苦しみだしてから、いったいどの位の時間が経ったでしょうか?
あまりに恐ろしくて、随分と時間が経ってしまったような気がします。
クォードレターさんは苦しいのが終わったようで、叫ばなくなったと思ったら、スッと立ち上がりました。
凄い汗をかいていて、クォードレターさんが着ている服もびっしょりと濡れていました。
クォードレターさんは立ち上がると、自分の両手を見つめてニヤリと笑って、グラスさんに視線を向けました。
「聞いてたより随分ときついじゃねえか」
「そう? 私も飲んだ時それなりに苦しかったけど、貴方程は苦しまなかったわ」
「ちっ。まあ良い。今は最高に気分が良い」
クォードレターさんは笑って、私と目を合わせて近づいてきました。
「マナ、お前のステータスチェックリングで俺のデータを出してくれ」
「は、はい。分かりました」
言われた通りにステチリングの光をクォードレターさんに向けて、情報を出します。
すると、クォードレターさんが横からそれを覗き込みました。
クォードレター=グレイシップ
年齢 : 26
種族 : 魔人『魔族・元龍族・求愛種』
職業 : 庭師
身長 : 208
装備 : ミスリルウールコート上下・ミスリルウールシューズ
マジキャンデリート・スキルカットキャンセラー
属性 : 風属性『風魔法』上位『雷魔法』
能力1: 『真夏の太陽』未覚醒
能力2: 『ジャバウォック』未覚醒
ステチリングで表示されたクォードレターさんの情報は、当然ですが以前と違うものになってました。
酒場で初めてお会いした時の情報では、魔人では無かったですし、魔法の上位が無くスキルも1つだけでした。
でも、クォードレターさんご本人の見た目は何も変わってません。
てっきり見た目も怖くなっちゃうと思ってました。
「ジャバウォックか……。こいつは良い。俺にぴったりじゃねえか。しかも上位の魔法も手に入れたってか? 最高だなあ!」
クォードレターさんが嬉しそうに笑いながら話して、私の側を離れました。
すると、今度はトンちゃんが私の耳元で、声をおさえて話しかけてきました。
「ジャバウォック……って何スか? 聞いた事無いッス。これだけだと何の効果があるスキルか分かり辛いッスね」
「童話に出てくるジャバウォックさんでしょうか?」
「知ってるんスか?」
「私の世界の童話のお話で出てくるんで――へぅ!」
トンちゃんとこそこそ話をしていると、突然クォードレターさんに頭を掴まれました。
驚いて顔を上げると、ニヤリと笑うクォードレターさんと目が合います。
「マナも邪神の血を飲みたいか?」
「い、いらないです」
「んじゃ、用事もすんだ事だし、さっさと帰るか」
クォードレターさんは私の頭を離して、あくびをして扉に向かって歩き出しました。
グラスさんはそれをジト目で見つめて腕を組んでいたので、私はグラスさんの前に行ってお辞儀をしてから、クォードレターさんの後を追ってお部屋を出ました。
でも、その時不意にチクッとして、何だか……眠……くなってき……ま……。




