232 虚ろ目少女と猫耳少女の犯人捜し
※今回はラヴィーナ視点のお話です。
愛那がクラライト城下町に戻ってから、私はモーナスとプリュイと3人で話し合い、瀾姫が襲われた場所に犯人を捜しに出かける事にした。
瀾姫とメレカ達の話では、地蔵の数は全部で5体。
魔力で遠隔操作されていたそれは、一見すると私と同じ雪女の作りだすゴーレムの様だと瀾姫が言っていた。
それで私はお母さんが関わってないか不安になった。
お母さんは愛那のおかげで悪い心が消えたけど、それでもフォックがこの村にいたから、お母さんが本当に関わってないとは言い切れないと思った。
だから、2人に相談して、それならと犯人を捜す事にした。
「一面雪景色だな。なあ、ラヴィーナ。この雪で動く雪だるまを作って、人手を増やせないのか?」
「雪女の作りだすゴーレムは、スキルでも魔法でも無く、雪を降らす事によって可能になる特性がある。自分で降らした雪からしか作れない」
「言われてみればそうだったな。妖族って面白いよなあ。あ、そんな事よりプリュイ、お前は水の精霊でこっち方面には強いんだろ? 何か分かったか?」
「精霊が関わってるかもしれないんだぞ」
「精霊?」
「そうなんだぞ」
プリュイは頷くと、雪が積もってしまっているけど微かにだけ残っていた地蔵の通り過ぎた跡の目の前に立って、それを真剣な表情で見つめた。
「氷の加護の名残りがあるんだぞ」
本来、加護は人には使えない。
加護を持ってる生き物も恩恵を受けているだけで、それを己の意識で使ったりは出来ない。
例外もあるけど、使えるのは精霊だけ。
もしプリュイの言う通りなら、瀾姫を襲ったのは精霊かもしれない。
「氷の加護か。でも変な話だな。この村って元々は精霊と関わった奴を殺せってなってたんじゃなかったか?」
「殺せとはなってないんだぞ」
「そうだったか?」
「でもモーナスの言う通り変。それに村の中を見て回ったけど精霊なんていなかった」
「アタシも精霊の気配を感じないんだぞ」
「それなら何処かに隠れてるんだろ。どうせそいつがナミキを襲った犯人だ。さっさと捜してぶっ殺すぞ」
「了解」
「殺したらダメなんだぞ!?」
私とモーナスの意見にはプリュイは反対らしい。
向こうが命を狙ってきているなら、こっちもそのつもりで相手をするのは普通。
それに向こうは瀾姫を狙っていた。
放っておけば、今度狙われるのは愛那かもしれない。
そんな事は絶対させたら駄目。
「そう言えば喫茶店で何か食ったって言ってたな」
「何か分かるかもしれないから行ってみるんだぞ」
「そうだな。暫らくマナは帰って来ないし、飯は各自って事にしたからな。早めの昼飯にするか」
「それなら……」
それなら“愛那から手作りのクッキーを貰った”と言おうとして、クッキーをお昼のご飯にするのは変だと思ってやめた。
それに愛那が暫らく帰って来ないのは本当で、直ぐに食べてしまうのはもったいないと思った。
「どうした?」
「何でもない。分かった」
返事をして、昼食をとりに喫茶店へと向かう。
グラスタウンの喫茶店は猫喫茶ケット=シーではなく、喫茶店なのに“グラス工房”と言う不思議な名前。
外装は氷細工の装飾で飾られていて、それが陽の光を浴びて煌びやかに輝いてる。
内装はグラス工房と言う名前だけあって、所々に氷では無いお洒落なグラスが綺麗に並べられていて、多分並べられているグラスは全て観賞用。
店内の雰囲気は落ち着いていて、猫喫茶と比べるとかなり静かで、私達以外のお客さんは大人の人ばかり。
お店の人に案内された席に座ってメニューを見ると、この村の名産の雪瓜と言う果実を使ったパフェ“スノウフェアリー”がお勧めと書いてあった。
確か瀾姫が美味しかったと言っていたパフェ。
「アタシはスノウフェアリーにするんだぞ」
「ステーキは無いのか?」
「無い。白身魚のムニエルならある」
「ならそれでいいか。ラヴィーナはどうするんだ?」
「私はこれ。ランチセット」
私が選んだランチセットは、スパゲティとサラダと飲み物が通常より安く食べられるお得なセット。
スパゲティは日替わりで、今日はミートソースと書いてあった。
飲み物は紅茶とコーヒーとオレンジと雪瓜の中から選べる。
頼むものが決まったからお店の人を呼んで注文すると、その時からプリュイの様子がおかしくなった。
プリュイの顔は少し青ざめていて、注文を聞きに来たウェイトレスが注文を聞いて去った後も、ずっと視線を送っていた。
「プリュイ?」
名前を呼ぶと、プリュイはビクリと体を震わせた。
「あの人、多分だけど氷の精霊なんだぞ」
「氷の精霊? さっきの女がか?」
「人に見える」
「氷の魔法で体を形成してるんだぞ。それなりに高等な魔法だから、アタシと同じで水や氷の精霊じゃないと、多分わからないんだぞ」
「だからトンペットは気が付かなかったんだな。分かったわ。あいつが犯人だ」
「は、犯人なのか!?」
「私の勘がそう言ってるわ」
モーナスが真剣な表情でウェイトレスを見て、プリュイが顔を再び青ざめさせた。
モーナスの考えは単純。
でも、私もモーナスの意見に同意だった。
瀾姫はこの喫茶店を出てから襲われているし、あのウェイトレスが本当に氷の精霊なら、氷の地蔵を作りだすなんて簡単。
だけど、分からない。
「何で氷の精霊が瀾姫を襲った?」
質問すると、モーナスが真剣な表情を私に向けて答える。
「食い逃げだろうな」
「食い逃げ……?」
「ナミキさん食い逃げしちゃったのか!?」
思いもしなかったおかしな回答に私は困惑した。
プリュイも驚いてモーナスを見て、モーナスは自信あり気にニヤリと笑う。
「食べ物の恨みは怖いんだ。私も猫喫茶で働いている時、食い逃げしようとした奴を全力で殺そうとしていたわ。ボスには捕まえるだけにしろやり過ぎだと言われるけど、そんな甘い考えだと奴等の思うつぼだからな。食い逃げ犯は殺すべきだわ」
「アスモデさんの言う通りやり過ぎなんだぞ!」
「食い逃げはよくない。でも、瀾姫が食い逃げするとは思えない」
「それもそうか」
「あの……お客様?」
不意に話しかけられて振り向くと、さっきのウェイトレスが水を持って来ていて、困った様な表情をしていた。
「もう少しお静かにして頂いてよろしいですか? 他のお客様のご迷惑になりますので」
「あ、ごめんなさいなんだぞ」
「気にするな」
「モーナスは黙ってて」
ここに愛那がいたら、絶対モーナスは愛那に怒られてる。
だけど、今は愛那がいないから、代わりに私がモーナスに注意した。
そして、改めてウェイトレスに視線を向ける。
プリュイが言っている事が本当なら、このウェイトレスは氷の精霊。
もしそうだとしたら、瀾姫を襲った犯人の可能性が高い。
だけど、ここはウェイトレスが働いている敵地で、今それを確かめるのは危険。
「それよりおまえ、氷の精霊なのか?」
「――っ!」
作戦も立てずにモーナスがいきなりウェイトレスに質問したから、私とプリュイは驚いてモーナスを見た。
ウェイトレスもいきなりの質問に驚いた様で、眉根をピクリと動かした。
「お、お客様? 何の事を言っているのか分かりません」
「おまえ本人の事だぞ? 分からないわけないだろ。なあ、プリュイ」
「アタシに話を振らないでほしいんだぞ!」
慌てるプリュイとモーナスの目がかち合い、それをウェイトレスが眉根を上げながら微笑んで見る。
辛うじて笑っているけど、ウェイトレスは怒ってる。
「まあ良いわ! 私がお前の化けの皮を剥がしてやる!」
「お客様? 何を言っているか分かりませんが、いい加減に――」
「マモンさん! 暴れたら駄目なんだぞ!」
「――マモン?」
プリュイがモーナスの事をマモンと言った途端、ウェイトレスの表情は驚きに変わった。
その瞬間、空気が変わった。
場の空気とかでは無く、店内の空気が凍りつくように温度が下がった。
気温の変化に店内が騒めき、ウェイトレスがニヤリと怪し気に笑む。
「見ーつけた」
「モーナス危ない!」
ウェイトレスが見つけたと言葉を発した瞬間に、ウェイトレスを中心に根を張る様に無数の氷の触手が伸び出して、それは勢いよくモーナスを襲った。
モーナスは咄嗟の私の声に耳をピクリと動かして、跳躍して氷の触手を寸でで避けた。
「強欲のマモン! まさかこんな辺境の村に来てくれるなんてね!」
「ナミキを狙ったのはこいつで決定だな!」
「アタイの目の前に来てくれたご褒美に殺してやるよ! アンタの“強欲”の座はアタイが貰ってやるよ!」
「私が狙いだったとはな! 精霊の分際で魔族に手を出した事を後悔させてやるわ!」
「後悔するのはアンタの方だよ強欲のマモン!」
ウェイトレスの右手に氷の槍が出現して、その槍でモーナスを襲う。
モーナスは爪を伸ばして凶器に変えて、ウェイトレスから繰り出される槍の攻撃を防ぐ。
そして、2人の戦いが始まると、店内は騒然として皆が一斉に店の外へ逃げ出した。
「た、大変なんだぞ! あの槍は氷の精霊リブドーザ姉妹の氷の槍なんだぞ!」
「リブドーザ姉妹? プリュイの知ってる精霊?」
「氷の精霊の中でも優秀な精霊で、次期大精霊候補として有名な双子の精霊なんだぞ!」
「双子? じゃあもう1人が何処かに……っ。違う。多分ここにはいない」
「そ、そうなのか?」
「そう。“ネージュの報告によれば”とボウツが言っていたと愛那が言ってた。あのウェイトレスの双子の1人はネージュと言う名前?」
「確かにマナママさんはそんな事を言ってたけど、アタシ達精霊は双子の事をリブドーザ姉妹って普段から呼んでるから、名前までは知らないんだぞ」
「そう。でも、あのウェイトレスは精霊。きっと愛那が言っていたネージュがあの精霊の双子の姉妹」
「アタシもそう思うんだぞ」
「とにかく今はモーナスに加勢する」
「分かったんだぞ!」
モーナスの爪とウェイトレスの槍が何度もぶつかり合う。
私もプリュイとの話を終わらせると、打ち出の小槌を構えて、その戦いに身を投じた。




