229 はい。愛那ちゃんは可愛くていい子です!
※今回は瀾姫視点のお話です。
アイリンちゃんのお誕生日をお祝いした次の日の事です。
世界で一番可愛い私の妹の愛那ちゃんに変化して、お館様の館に潜入捜査をする事になりました。
愛那ちゃんは自分がと言っていましたけど、そう言うわけにはいきません。
お館様が愛那ちゃんをお嫁さんにしようとしている以上、お姉ちゃんとしては黙っていられないのです。
愛那ちゃんはまだお嫁に出しません!
風の精霊のトンちゃんと一緒に、館のメイドとして頑張って、必ず情報を掴んで見せます!
ふえ?
何の情報を掴むつもりかですか?
ふっふっふ~。
ふふふのふ~です。
もちろんお館様とボウツさんの勢力の情報です!
昨日お話をしあって、メレカさんが提案したんです。
メレカさんがベルゼビュートさんの許に向かう事になって、その間に敵の勢力を把握する必要があると言っていました。
私にはよく分かりませんが、何も分からないままでは、何処かで足元を救われると言ってました。
救ってもらえるのであれば救ってもらった方が良いと思って聞いてみましたが、愛那ちゃんに「すくうの意味が違う」と怒られてしまいました。
未だに何が違うのか分かりません。
とにかくです!
可愛い可愛い愛那ちゃんに変化して、ヒラヒラのメイド服に着替えて潜入捜査です!
きっとボウツさん達も、こんなに可愛い愛那ちゃんが、実は一流の変装スキルを身につけた私だとは気が付かない筈です。
そして気が付かないボウツさん達は、愛那ちゃんのあまりにも可愛らしい姿を見て、きっとうっかり内緒な事をポロリしちゃいます。
完璧な作戦です!
そして、そのチャンスは早くもやって来ました!
休憩室でジュースとオヤツを食べて休んでいたら、クォードレターさんが葉巻の臭いを消して戻ってきました。
臭いの事を教えてあげたからでしょうか?
休憩室に戻って来たクォードレターさんは、私の目の前に気分良さげに座って足を組みました。
「マナ、お前は思っていたより良い奴だな。嫌いじゃないぜ」
「はい。愛那ちゃんは可愛くていい子です!」
「はっはっはっはっ! 冗談も面白い奴だな!」
「冗談じゃ――」
「――はーいッス! 聞きたい事があるッスー!」
冗談ではなく、愛那ちゃんが可愛い事は本当の事だと言おうとしたら、トンちゃんが私の言葉を遮りました。
仕方が無いので後で訂正してもらおうと思います。
「聞きたい事? てめえに話す事なんかねえぞハエ野郎」
「ボクには相変わらず辛辣ッスね。……まあ、良いッス。それより、お館様と連絡をとる手段が無いか聞きたいッス」
「お館様と連絡だあ?」
クォードレターさんがトンちゃんを睨んで、トンちゃんは気にせず紅茶を飲んでお菓子をもぐもぐしました。
そしたらクォードレターさんが私に視線を向けました。
「お館様と連絡をとってどうするつもりだ?」
「お話したいなあと思いまして……」
「お話だあ? 何の話をするつもりだ?」
「そ、それは……」
へぅ。
駄目です!
何も思いつきません!
無茶ぶりです!
「お館様が不在なのに、ボク達がこうして雇ってもらってるけど、良いのかなって思ったんスよ」
「そうです! それです!」
「ああ、確かにな。そりゃ言えてる」
セーフです!
クォードレターさんも納得してくれました!
「ま、気にする事はねえよ。ボウツが言うには、お館様はマナを気に入ってるようだからな」
「会った事あるんですかね?」
「は? ねえのか?」
「無いって言ってました」
正直にお答えすると、何故かトンちゃんが紅茶を噴き出しました。
「うげっ。きったねえな」
「失礼したッス……」
「大丈夫ですか?」
慌てて机の上に広がった紅茶を拭き拭きすると、トンちゃんが私の耳元に飛んできて囁きます。
「会った事あるって言わないと怪しまれないッスか? と言うか、言ってましたって言うのが不味いッス」
「そうなんですか? でも、愛那ちゃんが無いって言ってませんでしたか?」
「言ってたッスけど、それとこれとは――」
「なーにコソコソ話してんだあ? お前等」
トンちゃんと声を小さくしてお話していると、クォードレターさんに睨まれました。
仲間外れにされて寂しいんですね。
仕方がありません。
私はクォードレターさんに暖かい眼差しを向けました。
でも、何故でしょうか?
暖かい眼差しを向けたら、凄く嫌そうな目を向けられました。
「まあ良い。それより、面白い話があるんだが、聞きたいか?」
「聞きたいです!」
「良い返事だ。そう言う素直なのは嫌いじゃねえ」
クォードレターさんが嬉しそうに笑って、お菓子を一つパクリと口に放り込んで食べました。
やっぱりオヤツが食べたかったようです。
トンちゃんはオヤツを食べられたのがショックだったみたいで、クォードレターさんにジト目を向けました。
「それで面白い事ってなんなんスか?」
「“邪神の血”。飲めば魔族になれるっつう薬なんだが、お館様に気にいられりゃ、そいつを頂けるんだ」
「ま、マジッスか?」
「何だか何処かで聞いた事あるようなお話です」
私は首を傾げます。
邪神の血? と言うのは聞いた事がありませんけど、魔族になっちゃう薬と言うのを、何処かで聞いた事があります。
でも、何処でしたっけ?
全然思いだせません。
「へえ。ボウツの野郎からもう聞いてたのか? 流石はお館様のお気に入りだな。ならお前もお館様が帰って来たら薬を貰うのか?」
「いえ、そんな話は聞いてませんね」
ボウツさんが薬の事を言っていた覚えはありません。
本当に何処で聞いたのでしょうか?
「そりゃあ可哀想なこって。因みに俺は貰えるぜ。今から楽しみで仕方がねえ」
「おお! そうなんですね~。おめでとうございます~」
「へへっ。よせやい。照れるじゃねえか」
クォードレターさんが嬉しそうに笑うので、私もニッコリ微笑みました。
すると、私の耳元でトンちゃんがボソッと呟きます。
「微妙に話がかみ合ってないのに上手い具合にアンジャッシュしてるッスね」
「何がですか?」
「何でもないッス」
トンちゃんがジト目をわたしに向けました。
今日はトンちゃんのとってもキュートなジト目が盛りだくさんですね。
可愛いです~。
あ、それよりです。
後でトンちゃんに、じゃ……邪し……えーっと…………薬の事を愛那ちゃん達に伝えてもらおうと思います。
これがお館様のスキルと関係あるかは分かりませんが、魔族になっちゃうらしいので、何かあるかもです。
と、そこでトンちゃんがクォードレターさんの目の前に飛んで行って尋ねます。
「魔族になりたいんスか?」
「そりゃあそうだろ。今でこそ衰えてはいるが、魔族はかつてこの世界を支配していたんだ。しかも、大罪魔族ってのになりゃあ更に強くなれるって話だ。気に入らねえ奴等を殺すだけの力は魅力以外の何物でもねえだろうが」
「うわ~。悪役の野心みたいな事を言ってるッス」
「悪役だあ? 上等だ。正義の味方なんかよりよっぽど楽しいじゃねえか」
「正義と悪の二択しかないんスか? 極端ッスね~」
「最近は悪役なのに良い人が多いので、人を見た目で判断したら駄目です。クォードレターさんも見た目がこわこわですが、話すととっても良い人です」
「おいてめえ。誰が良い人だ気色悪い。調子乗ってると殺すぞ」
「うふふ。照れなくて良いんですよ~」
クォードレターさんは照れ屋さんですね。
怖い顔で私を睨んでいますが、私には分かります。
クォードレターさんはとっても良い人です。
「でも良いんスか? その“邪神の血”って誰かに言って良い話じゃないッスよね? ボク達が言いふらしてたってバラすかもしれないッスよ?」
「ちっ。考えてもみりゃあ、マナはともかく、てめえは本当に言いそうだな」
「ボクは風の精霊ッスからね~。噂話は大好物ッス。もちろん噂の出所になるのも好きだから、村中にこの話を言いふらして楽しむのも有りッスね~」
「一々腹の立つハエ野郎だなてめえは。この話は他言無用だ。分かったな?」
「別に良いッスよ~。ボク等も言いふらしたのが自分達だってバレたら、後が怖いッスからね~」
トンちゃんとクォードレターさんが怪しげな笑みを浮かべ合います。
2人ともとっても仲良しさんですね~。
心配しなくても、そんな事言いふらさないのに、よっぽどお話がしたいんですね。
トンちゃん可愛いです。
2人を微笑ましく眺めていると、この部屋の扉を叩く音が聞こえてきました。
「マナ、仕事を再開するわよ」
そう言って部屋に入って来たのはクランさんです。
クランさんが迎えに来てくれたようです。
「休憩したので元気満タンです! トンちゃん、お仕事頑張りましょー!」
「何でそんなやる気なんスか? ボク達の目的は……」
「目的だあ?」
「目的は館を綺麗にする事ッス~」
「変なハエだな、おめえは」
「若葉マークに言われたくないッスよ~」
「上等だハエ野郎! 叩き潰してやらあ!」
「出来るものならやってみろッス!」
クランさんの許に小走りする私の背後で、トンちゃんとクォードレターさんがイチャイチャしてます。
本当に仲が良いですね~。