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228 人選ミスから始まる潜入作戦

 時はさかのぼり、ここはグラスタウン。

 アイリンの誕生日パーティーをした次の日のお昼すぎ。

 昨日吹雪いていた雪が積もり、村の景色を白銀の世界へと姿を変えている。

 気温も下がりに下がって吐きだす吐息も真っ白だ。

 そんなとても寒いこの寒空の下、館の庭で、メイドの姿をした1人の少女が庭師と一緒に雪かきをいそしんでいた。


「くそっ。あの女、ちっこいのが手伝いに来たからってサボりやがって」


「きっとクォードレターさんが優しいから頼りたくなっちゃったんですよ~」


「ちっ」


 館の庭師改めクォードレターは舌打ちして雪かきを止めて、雪かきを手伝いながら笑顔を向ける少女をギロリと睨む。


「しっかしてめえ、ちっこいの、妙に気持ちが悪くなりやがったな? 何を企んでやがる」


「私はちっこいのじゃありません! なみ……お姉ちゃんの妹の愛那まなちゃんです」


 この世界が漫画の世界であれば、背景に効果音が“ドーン”と出てきそうなドヤ顔を、少女がクォードレターに向ける。

 クォードレターは大きなため息を吐き出して、少女を無視して雪かきを再開した。


「クォードレターさん! 無視しないで下さい! ほら~。可愛い可愛い愛那ちゃんですよ~」


「うぜえ。こいつこんなキャラだったか?」


 クォードレターが呟き、心底嫌そうな顔で少女を無視し続ける。

 だと言うのに、愛那と名乗った少女は諦める様子もなく、何度も何度もクォードレターに「愛那ちゃんです~」なんて言いながら周りをうろちょろする。


 そんなわけでこの少女、分かる人には……いや、分からない人の方が最早貴重と言えるくらいに簡単な答え。

 そう。

 この少女の正体は、さっき自分の事を“瀾姫”と言いかけてしまったお姉だった。


 お姉はスキル【動物変化】でわたしに変化していた。

 妹を動物扱いとはって感じだけど、以前こうもりだったかの獣人に変化していたので、最早何も言うまい。

 お姉にとって、人もまた動物なのだ。


 と言う事で、お姉はとある作戦を決行中。

 妹のわたしに変化して、今日からこの館のメイドとして、敵のアジトであるこの館に乗り込んだのだ。

 もちろん乗り込んだのはお姉1人では無く、相棒として風の精霊トンペットも一緒だ。


 トンペットはお姉の目の前まで飛んでいき、お姉に呆れたような視線を向ける。


「諦めるッスよ。若葉マークは頭が大草原だから何言っても無駄ッス」


 大草原の意味は……まあ、ご想像にお任せするとして、若葉マークとはクォードレターの事。

 クォードレターはほおの左に緑色したクローバーの刺青いれずみがあるから、それを見てトンペットが命名したあだ名だ。


「誰が若葉マークの大草原だ糞ハエ野郎!」


「ボクは野郎でもハエでもないッス~。そんな事も分からないなんて、やっぱり若葉マークは頭の中が大草原ッスね」


「上等だコラ! 叩き潰してやるぜ!」


 トンペットと若葉マークもといクォードレターが睨み合う。

 そんな2人を見て、お姉が2人の間に割って入って眉根を上げる。


「お2人とも、じゃれ合うのは雪かきが終わってからにして下さい!」


「じゃれ合って無いッスよ!」

「じゃれ合ってねえよ!」


「うふふ。仲が良いですね~」


 お姉が微笑み、トンペットとクォードレターが更に睨み合う。

 このままでは雪かきの作業が終わりそうにない。


 それにしてもだけど、人選を間違えてしまったかもしれない。

 今回の作戦の一つであるお姉の役目は、わたしになりきって、この館でお館様が帰ってくるまで過ごす事だ。

 つまりは敵のアジトに乗り込んでの潜入捜査みたいなもの。

 しかし、まったくなりきれていない。

 とは言え、これでもお姉はわたしになりきっているつもりでいる。

 正直1日を待たずしてバレるんじゃないかと心配になるレベルだけど。


 こんな調子で大丈夫なのかと不安になるけど、まあ、それは今は置いておくとしよう。


 お姉はご機嫌に雪かきを楽しみ、トンペットとクォードレターが面倒臭そうに作業する。

 そうした時間が過ぎていき、時計の針が16時を知らせる頃、ようやく雪かきを終えたお姉は玄関で倒れる。


「もう動げないでずうううう……」


「しっかりするッス。まだ仕事が残ってるッスよ」


「が、頑張りまずうう」


 トンペットに返事して、お姉がフラフラと立ち上がる。

 最早限界なお姉。

 わたしに変化したからと言って、流石にこんな時間まで雪かきじゃ、体力が持つわけがない。

 と、そこへ、ボウツがお姉の目の前にやって来る。


 ボウツはタオルや紅茶の入ったコップを乗せたトレイを持っていて、それをお姉に差し出した。


「ご苦労様です。館が広く大変だったでしょう」


「ありがとうございます。いただきます~」


 お姉は紅茶を受け取って一気に飲み干し、トレイに空になったコップを戻し、タオルを受け取って汗を拭った。

 するとそれを見て、クォードレターがボウツを睨んだ。


「俺の分はねえのかよ?」


「飲み物がほしいのであれば、ご自分で用意して下さい。マナ様は貴方とは立場が根本的に違います。マナ様はメイドである前にお館様の客人です。マナ様ご自身がどうしてもと言うので、館のメイドとして働いて頂いているにすぎませんが、本来は客人としてもてなすのが礼儀なのです」


「ちっ」


「どうでも良いけど、ボクも雑に扱われてるッスか?」


「いえいえ、滅相も無い。精霊様の分はクランに頼んでありますゆえ、別の場所にご用意しております」


「別の場所ッスか? 一緒に持って来てほしかったッス」


「トンちゃん、我が儘言ったら駄目ですよ。用意してくれてるんですから、感謝しないとです」


「それもそうッスね」


「マナ様の心優しいお言葉に感謝いたします」


 ボウツがお姉にお辞儀して、お姉が照れ笑う。

 そんな2人を見て、クォードレターは再び舌打ちして、機嫌悪そうに何処かに歩いて行った。


 お姉とトンペットは次の仕事をボウツから聞こうとしたけど、一先ず休憩をと言われ、休憩室に案内される。

 休憩室にはボウツが言っていた通りに、トンペット用にジュースやお菓子が置いてあった。

 ボウツは2人を案内すると、「暫らくしたらクランがお迎えに来ます」と言って、休憩室から出て行った。


「とりあえず作戦は上手くいってるッスね。って言うか、雪かきの途中で雪遊びを若葉マークとするから、あのボウツって人に怒られるかと思ったッスよ。あ、このジュース美味いッスね」


「そうですねえ。確かに誘ってあげればよかったです。そのジュースちょっと頂いても良いですか?」


「良いッスよ。って言うか、ボクはそう言う意味で怒られるかと思ったって言ったわけじゃないッス」


「ありがとうございます~。そうなんですか? あ、そう言えば、ボウツさんって愛那ちゃんの事を、様なんて付けて呼んでましたっけ?」


「え? ああ、言われてみればそうッスね。でも、魚メイドにもアマンダ様って言ってたから、別に気にする事でもないと思うッスよ。それより、お館様の客人って言ってた事の方が気になるッス」


「どうしてですか?」


「そもそもな話ッスけど、お館様のお気に入りって、向こうは内緒にしてる事じゃないッスか?」


「…………そうなんですか?」


 お姉はよく分かっていない様だけど、実際に昨日までは、その事について何も触れられていなかった事だった。

 なのに今日になって突然お館様の客人と言われて、この好待遇だ。

 本来であれば、お館様とわたしの面識はあるはずがないのにだ。

 だからこそ、トンペットは怪しいと警戒していた。


「そうッスよ。とにかく油断はしたら駄目ッスよ。ボク達の――」


 トンペットがお姉に何かを言おうとした時、言葉を遮る様にして休憩室の扉がガチャリと開かれる。

 慌てて口を塞ぎ扉に視線を向けたトンペットは、扉を開けた人物を見て眉根を上げた。


「良いご身分だな」


 そう言って現れたのはクォードレター。

 入って来るなりお姉とトンペットを見てあごを上げて薄ら笑いをして、出た言葉がそれだった。


「クォードレターさんもおやつ食べますか?」


「菓子なんてガキの食いものは俺は食わねえよ」


「うわっ。葉巻臭いッス」


「あれ? 臭い落としてきたと思ったけど臭うか?」


 クォードレターの意外な反応に、トンペットが訝しんで顔を歪める……なんて事は無かった。

 と言うか、トンペットがさっき言った様に雪遊びをしたからか、何となく距離が近い。

 それは精神的な話だけでなく、実際お姉はクォードレターに近づいて、臭いを嗅ぐ為にスンスンと鼻を鳴らした。


「ちょっとだけ臭いがしますね」


「ありがとよ、マナ。ボウツの野郎はこの臭いが嫌いでね、少しでも残しておくと煩いんだよ。っつうわけだから、臭い消してらあ」


 いつの間にかマナ(・・)呼びになっていたクォードレターが、素直にお姉の言葉を受け入れて、お礼まで言って休憩室を出て行った。

 流石にここまで懐柔されたクォードレターを見るとは思わず、その思ってもみない展開にトンペットが驚いて目を点にする。

 すると、そのトンペットの顔を見て、お姉が微笑んだ。


「そのお菓子、そんなに驚くほど美味しかったんですか?」


「お菓子じゃないッスよ! スイカ胸は今のあいつを見て何も思わなかったッスか!?」


「あ。トンちゃん駄目ですよ? 今の私は可愛い愛那ちゃんです。愛那ちゃんの大好きなお姉ちゃんじゃありません」


「そんなのどうでも良いッス!」


「どうでも良くないです! 愛那ちゃんは世界一可愛いんです!」


「そこじゃないッス!」


 何処かズレているお姉の反応。

 やはり人選ミスだったのでは? なんて感じのこの状況だけど、兎にも角にもお姉の館潜入作戦は、まだ始まったばかりだ。

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