023 枝木の村アイスブランチ
モーナが捜している三馬鹿の一人リングイ=トータスは、大きな甲羅を背負った男の子。
背負ったと言っても、正確には腰のあたりにぶら下げていて、腰かけの様な感じらしい。
話によると金銀財宝を趣味で集めていて、それで光る物に反応するから、夜に光を出すと狙われるのだとか。
さて、そんなわけで、元々は三馬鹿の一人のチーリン=ジラーフの情報を集める為に三つの宝を集め出したわたし達は、まさかの二人目の情報を得た。
急遽モーナと話し合い、これからの事を考える。
わたしとしては、じーじさん達を危険な事に巻き込む必要は無いので、氷雪の花を手に入れてから改めて来ようと提案する。
だけどモーナの考えは全く違っていて、自分だけ別行動をして、リングイ=トータスに会うと言いだした。
もちろんそれには、わたしもお姉も即時却下。
じーじさん達から聞いた話では、本当に危険な人物の様で、下手をすれば殺されるらしいのだ。
そんな相手にモーナ一人を行かせられるわけが無い。
わたしとモーナの意見は分かれ続けて、結局時間だけが過ぎていく。
なんて事にはならなかった。
何故ならわたし達は話し合いながらも、並行してしっかりとじーじさん達の後ろを歩いて、もう一つの目的地に向かって歩いていたからだ。
そうして、わたしとモーナの意見が合わない間に、もう一つの目的地に辿り着いてしまった。
「着いたよお嬢さん達。アイスブランチに到着だ」
じーじさんの言葉につられて視線を向けると、わたしは目の前に広がる景色や光景を見て、驚いて足を竦ませてしまった。
わたしが立っているそこから先は崖になっていて、目の前……正確には崖下には雪雲が広がっている。
そして、崖から先、雪雲の上を這う様に伸びて幾つも交差し合う水色に輝く透明な木の枝。
その木の枝の長さと数は数えきれない程で、そしてそのどれもが太く、田舎道の歩道位の大きさはあった。
だけど、一番驚いたのは、その木の枝の上で動物や昆虫たちが暮らしていた事だ。
じーじさんと同じ見た目の熊鶴や、小鳥から大きな鳥達、それに近づきたくない程に大きな昆虫。
そのどれもが見た事も無い生き物で、お姉はわたしと違って目を輝かせる。
「愛那、愛那! 不思議な生物がいっぱいいますよ!」
「う、うん。そうだね」
正直わたしはこれだけ言うのがやっとだった。
そもそも、こんな落ちたら一巻の終わりのような所を歩くのも恐ろしいのに、その上こんな寒いのに気持ちの悪い昆虫達が沢山いるのだから恐怖でしかない。
「あの、じーじさん。本当にここにポレーラと言う人……熊鶴がいるんですか?」
と、念の為に確認する。
出来ればいないと言ってほしい想いを込めての事だ。
だけど、世の中そんなに甘くはない。
じーじさんから帰って来た言葉は、もちろんYESだった。
わたしは再び目の前に広がる景色を見て、一歩後退る。
そうしてわたしが先に進むのを躊躇っていたら、そんなわたしを置いて、お姉もモーナも先に進みだしていた。
しかも、二人共キャーキャーと騒ぎながら走っている。
全身から血の気が引くのを感じて、滑って転んだら大変だから止めさせなきゃと、わたしも一歩を踏み出した。
「ボクが後ろについているから安心して進んでいいぽん」
止めなきゃと思いつつも、わたしの歩く速度はとても遅くかなりのゆっくりペースだったからか、背後にいるラクーさんがわたしを安心させようと笑顔を向けて話しかけてくれた。
わたしは振り返ってラクーさんの笑顔を見て、前を向いて一度ギュッと目をつぶってから大丈夫だと自分に言い聞かせて、ゆっくりと目を開ける。
すると、いつの間にか目の前にお姉が戻って来ていて、わたしの手を握った。
「こうすると、怖くないですよ」
「お姉……。うん」
わたしはお姉の手を握り返して、お姉と並んでゆっくりと歩き始める。
「心配しなくても大丈夫ですよ。お姉ちゃんが愛那を護ります」
「うん」
お姉のおかげで少しずつ恐怖が消えていく。
だけど、完全に消える事は無かった。
下を向かなくても木が透明なせいで下が見えてしまうし、ここが雪雲の上と言うのもわたしの恐怖心を煽っている。
それでも何とか恐怖心が治まってきたのは、お姉が手を握って一緒に歩いてくれているからだ。
もしまた一人で歩く事になってしまったら、わたしは間違いなく一歩も動けなくなるに違いない。
そうして暫らく歩いていると、先頭を歩くじーじさんが立ち止まり、そのすぐ後ろを歩いていたラヴィが立ち止まってわたし達に振り向いた。
「ついた」
ラヴィに言われてわたしとお姉も立ち止まって、その先を見上げた。
そこにあったのは、ミノムシの様な不思議な家だった。
木の枝にぶら下がる細長い糸の様な物に吊るされている茶色の葉っぱの集合体。
大きさは、全部で八部屋の二階建てアパートくらいの大きさだ。
よく見ると、窓の様な物がついていて、誰かが住んでいる様な気配を感じた。
周りが水色で透明な木の枝ばかりだから、それは妙に目立っていて、場違いな雰囲気を出していた。
「ミノムシさんのお家みたいですね」
「ナミキよく知ってるな! これはミノムシハウスだ!」
「ミノムシって、この世界にもいるの?」
お姉の呟きに答えたモーナの言葉を聞いて質問すると、モーナは頷く。
「不味いけどいるぞ」
「別に食べないよ」
「そうなんですか? 残念です」
「残念って、お姉……」
どうもこの異世界に来てからと言うもの、お姉は色んな珍しい食べ物を食べすぎて、何でも食べてみたいと思う傾向にある。
わたしとしては、その内お姉が毒キノコ的な何かを食べてしまわないか心配だ。
「中に入ろう」
じーじさんはそう言って、ラヴィを背中に乗せて羽ばたいて空を飛ぶ。
それを見て、モーナが得意気に胸を張った。
「わたしの出番だな!」
「うん。モーナよろしく」
「モーナちゃんお願いします」
わたしとお姉がモーナにお願いすると、モーナは重力の魔法を使ってわたし達を宙に浮かせて、そのままミノムシハウスに向かう。
そこで、ラクーさんとフォックさんはどうするのだろうと視線を向けると、その瞬間にわたしの目の前をラクーさんとフォックさんが横ぎった。
わたしは驚いて直ぐに目で追うと、二人はジャンプだけでミノムシハウスの入り口らしき場所まで飛んで着地していた。
「凄……」
思わず口にすると、モーナが何故か対抗心を燃やし始める。
モーナはわたしとお姉をミノムシハウスの入り口に降ろすと、自分はさっきまでいた場所に戻っていって、勢いをつけずにジャンプして……。
「あ。落ちた」
少しおしかった。
モーナは後もう少しで届くと言う所で届かずに、そのまま真っ逆さまに落ちていってしまった。
と思ったら、モーナは這い上がってやって来た。
それはそれで凄いなと思いながら、わたしはモーナに近づいて手を差し伸べる。
モーナはわたしの手を握って立ち上がり、回れ右して再び挑戦しようとするので、わたしはモーナの肩を掴んで止めた。
「待て」
「離せマナ! 私にだって意地があるんだ! このまま引き下がれないわ!」
「その意地いらないから早く先に行こうよ。もう皆行っちゃったよ」
「何!?」
モーナに教えた通り、既に皆先に行ってしまった。
と言っても、そこまで広くない建物なので、追えばすぐに追いつくだろうけど。
モーナは少し不服そうにしながらも皆の後を追う事を選択して、わたしはモーナと一緒に歩き出した。
わたしは改めてミノムシハウスの中を見る。
外から見た通り、ここは茶色の葉っぱが壁の様になっていて、まるで学校の廊下の様になっていた。
通路の床は木の枝が重なって道を作っていて、何だか少し歩き辛い。
ここは一階だから、わたしとモーナは階段を上って二階に上がる。
すると、直ぐそこの部屋の前でお姉達が待っていた。
「ここみたいです」
お姉が静かに耳元で囁いて教えてくれて、わたしは部屋の扉に視線を向ける。
扉は茶色では無く赤く染まった葉っぱの紅葉で出来ていて、ドアノブにはプレートがかかっていて、しっかりとポレーラと文字が書かれている。
「困ったぽん。留守みたいだぽん」
タイミング悪く今はいない様で、わたし達はこれからどうしようかと考える。
どうしようかと言っても結局は帰って来るまで待つしかないので、じーじさんの提案で、一度ここを離れて観光する事になった。
ただ、じーじさんは入れ違いになるといけないからと、この場に残る様だ。
観光しようとなってミノムシハウスから出ると、ラクーさんが提案する。
「美味しいハチミツを使って作るハニートーストが自慢のお店があるぽん。今からそこに行くぽん」
「ハニートーストですか? 美味しそうです」
お姉の賛同もあって早速ハニートーストを食べにお店に向かうのだけど、この時、わたしはこの足元に広がる雪雲の恐怖に見事打ち勝つ手段を閃いていた。
何故もっと早く気がつかなかったのだろうと、自分の考えの足りなさを悔やんだけど、すぎてしまった事は仕方が無いと諦める。
わたしの閃いた手段、それは……。
「モーナお願い。わたしを魔法で宙に浮かせて連れてって」
「いいぞ?」
「やった。ありがとうモーナ」
わたしは喜んで素直にお礼を言って感謝する。
わたしが閃いた事、それは、モーナの魔法で浮かぶ事だった。
ようは、足を踏み外したりしなければ良いわけで、最初から浮いていれば何も問題が無い。
モーナに負担をかけるのは正直悪いなとも思うけど、その分何かモーナが喜ぶ事でお返ししようとわたしは考えた。
そうして、わたしはモーナのおかげでハニートーストが美味しいと言うお店に辿り着き、お店を見てホッと一安心する。
そのお店は普通の建物で出来ていて、凄く落ち着く雰囲気のあるお店だった。
早速お店に入って店員さんに連れられて席につき、わたしは出された水を飲んで一息つく。
「モーナありがとね。今度なんかお礼するよ」
「そうか? それなら、マナ成分を二倍充電するわ!」
「いやいや。そんなのより、もっと他にあるでしょ?」
「他か? んー……」
モーナが腕を組んで、もの凄く真剣に悩みだす。
「愛那、これおすすめ」
ラヴィがメニューを開いて指をさし、わたしはそれを見る。
「何これ? チョコチッププリン乗せ……? 可愛い」
ラヴィがお勧めしたものは、ハニートーストの上にプリンを乗せて、そこにチョコチップを振りかけたもので、見た目も可愛くて美味しそうだ。
「ラヴィはこれが好きなの?」
「そう」
ラヴィが相変わらずの虚ろ目で若干だけど興奮気味に返事をした。
よっぽど好きなんだなと思って、せっかくだからわたしはそれを頼む事にした。
「ま、迷います。うーん……全部頼んだら食べきれませんかね?」
お姉が馬鹿な事を言いだして、ラクーさんとフォックさんが困惑する。
するとその時、突然私の背後から声が聞こえてきた。
「全部ー? かっかっかっ! 面白いな姉ちゃん! そんなに食ったら太っちまうぜ!」
驚いて後ろを振り向くと、隣のテーブル席の男の子が仕切りの上から顔を出して、笑いながらわたし達を見ていた。
な、何この子!?
て言うか、普通に失礼だな。
流石に見ず知らずの男の子に思った事をそのまま口に出すのは躊躇いがあるから、口に出さずに我慢する。
だけど、その男の子には躊躇いなどない様で、更に失礼に言葉を続ける。
「よく見たら狸に狐に猫、それと人間二人に雪女か。おもしれーパーティだな? 合コンか? オイラも仲間に入れてくれよ」
本当になんだこいつ。
凄く嫌いなタイプだな。
流石にわたしも苛立ちを覚えて男の子を睨みつける。
だけど、男の子は全然気にもせずに顔を引っ込めてから、直ぐにわたし達の目の前までやって来た。
男の子の姿を、全身を見た瞬間に、一気にこの場の空気が凍りつく。
「ほおほお。決めた! オイラの好みは~……お前だ!」
男の子が指をさす。
「わた……し…………?」
男の子に指をさされたわたしは驚いていた。
だけど、この驚きは男の子に選ばれたからでは無い。
その男の子の姿が、最近聞いたばかりの人物と、まるっきり同じ姿だったからだ。
男の子はこの寒い中なのに、緑色のティーシャツと長ズボンだけという寒そうな服装だった。
だけど、問題はそこじゃない。
背中に……腰にぶら下がる大きな甲羅。
間違いなく、その大きな甲羅こそ、話に聞いていた三馬鹿の一人のリングイ=トータスの特徴だった。




