227 墜ちる暴食
エベレストよりも高い標高1万キロ以上もある東の国の大きな山。
流石は異世界と言うべきか、常に気温がマイナスなこの標高の高いこの山にも、色々な植物や生物達が生きている。
背の高く綺麗な葉を茂らせた草木に、寒さをものともしない昆虫や獣達。
そんな山に、男が3人と女が少女が2人。
彼等は登山をしているわけでも、下山をしているわけでも、仲良く立ち話をしているわけでもない。
男の内の1人は傷だらけで倒れている。
お腹には風穴があり、血の池を作って、その中心で意識を失っていた。
男を囲むように、他の男2人と少女が1人立っている。
残りのもう1人の少女は、近くの岩の上で体育座りをするようにして座っていて、彼等の様子をジッと眺めていた。
「こんな状態でもまだ息があるな。こいつの“暴食”の力は驚異になる。止めをさすか?」
「ボクちんが今まで通った世界では、この男はこの後そのまま死んでいた。放っておいて良いだろうね」
「ふふ。これだけ派手にやったんだし当然でしょ」
「しかし困ったもんだな。こいつに俺達の正体がばれるのは、どうせこれが初めてじゃないんだろ? 何で言わなかった?」
「それはお前のスキルを見たかったからだ」
「俺のスキルを? どうしてだ?」
「決まってるだろ? それは本来マナちゃんのものだ。お前が手に入れたのは腹立たしいが、大いに利用出来る。利用するなら、その性能を早めに知っておきたくもなる」
「なるほどな。お前が羨む気持ちも分かる。俺も真の魔族となってこのスキルを身につけた時、心が震えた。俺に相応しいスキルだとな」
「それよりさあ、2人とも。あそこのあの子、退屈そうよ? この男を放っておくなら、さっさと館に戻らない?」
「それもそうだな。ああ、愛しのマナちゃん。早く会いたいなあ。でも、もうちょっと待っててね。君にとっておきのプレゼントを用意しているんだ。それを取りに行かなきゃいけないからね」
男は気持ちの悪い笑みを浮かべて空を仰ぐ。
そして、男達は気を失っている男をそのまま放置して、この場を離れていった。
◇
「そうなの~。思っていた通りだったの~。発見した時は生きてるのが不思議なくらい危険な状態だったけど、今は安静にしてそのまま眠ってもらってるの~。それじゃあ、そっちもしっかりやるの~。……報告終わりなの~」
「ありがとうございます。加護の力を使っての精霊同士の通信は、やはり便利ですね」
ここは東の国の大きな山にある森の中に建つ小さな家の一室。
そして、たった今会話を交わしたのは、王姉兼メイドのメレカさんと闇の大精霊シェイドの2人。
アイリンの誕生日パーティーの後に話し合ったあの日から、既に5日が経過していた。
彼女達の目の前には、ベッドで眠らされている男が1人。
そしてその男こそ、モーナの上司であり大罪魔族の“暴食”であるベルゼビュートさんだ。
「しかし驚きましたね。まさかマナの予想が当たるとは……」
「我もびっくりしたの~。マナの言った通り、ベルゼビュートの無事を確認しに来て正解だったの~」
そう。
メレカさんとシェイドがここにいる理由、それは、わたしがベルゼビュートさんの危険を予感したからだった。
ボウツとクランの話を盗み聞きしていたわたしは、お館様とスタンプが共に行動している事を知り、そしてベルゼビュートさんに会った事を知った。
わたしはそれを知り、嫌な予感を感じていた。
それが何なのかは分からないけれど、何か不味い事になると思った。
元々ベルゼビュートさんはポフーの調査に向かっている。
そしてその先でお館様やスタンプに会った。
更には、神ヘルメースが言っていた。
“グラスタウンに行けば君達のさがしているものが見つかるかもよ?”
わたしが探している物。
それは魔力を入れる為の魔石……それと、ポフーだ。
そして、グラスタウンには魔石も無く、ポフーもいなかった。
でも、考えたんだ。
ポフーには【魔石使い】と言うスキルがある。
だから、もしかしたら、グラスタウンにいればポフーに会えるのかもしれないと。
そしてそこから導き出された最悪の答えの一つが、お館様達と行動している可能性があり、一緒にグラスタウンに来ると言う可能性。
ポフーの事は信じてるけど、それはわたしの一方的な気持ちでしかない。
だから、もしポフーが“憤怒”を殺した犯人であれば、お館様と遭遇してしまったベルゼビュートさんが危ない。
そう思ったわたしは、念の為にその思いを皆に打ち明けて、メレカさんとシェイドにお願いして会いに行ってもらった。
それが、メレカさんとシェイドがここにいる理由だった。
「しかし、これでポフーと言う名の少女が犯人……ともいかないのが、まだ救いでしょうか」
「ベルゼビュートの傷は切り傷が殆どだったの~。魔石使いを相手にした傷とは思えない傷痕だったから、一応向こうにもそれは知らせておいたの~」
「そうですか。マナもそれを聞いたら安心するでしょうね」
「でも、真相は本人に聞かないと分からないの~」
「ええ。マナの聞いていた話が本当であれば、お館様が館に戻るのは明後日です。ベルゼビュートは明日には目覚めると思いますので、目を覚ましてから詳しい事情を聞きましょう。あちらはあちらで大変ですし、あまり精神的な負担はかけさせたくありませんから」
「それが良いの~」
2人は会話を終えて、部屋を出て行こうと扉に向かう。
するとその時、家の玄関の扉を叩く音と声が聞こえてきた。
「食べ物持って来たったよ~」
声を聞くと、メレカさんがシェイドに苦笑して、玄関へと急いで向かう。
そして、玄関に辿り着くと返事をしてから扉を開けて、扉を叩いていた人物を家の中に招き入れた。
「やっと出て来た。ありがとお思ってな? アンタ等がラヴィーナとマナの知り合い言うから、こうやって面倒みたっとるんよ」
「ふふ。勿論感謝してます、ラリューヌ」
そう。
ここはモーナが一時的に住んでいた森の中にある家。
そして、玄関の扉を叩いて現れたのは、バンブービレッジのかぐや姫、兎の獣人のラリューヌだった。
ラリューヌは相変わらずのだらしのない格好で、帯をせずに着物を羽織っているだけの姿で、もちろん肌着は無くパンツだけ。
丸見えのパンツと、見えそうでギリギリ見えていないだけの小さな胸の痴女姿。
メレカさんはそんな痴女っぷりを見せるラリューヌの姿には全く触れもせず、ただ微笑んでラリューヌを居間へと通した。
「ラリューヌよく来たの~」
「精霊様、頼まれとった事を村の男連中から聞き出したったよ」
シェイドが居間に入って来たラリューヌを迎えると、ラリューヌは居間の机に持って来た食料を置き、シェイドに向かってニヤリと笑う。
メレカさんは机に置かれた食料を確認しながら、それを机の上に並べていき、それを尻目にラリューヌが腰を下ろして言葉を続ける。
「精霊様の言うとった通り、スタンプは例の薬を飲んどるな。数日前に鳥の獣人の女の子を連れて、私のおとんに会うて蔵から盗んだみたいやなあ。村の男連中も、何かが入った瓶を持った女の子が、1人で村を出て行くのを見たって言うとったわ」
「その薬の入手場所は聞き出せましたか?」
「もちろん聞いたで。クラライト王国の城下町に住む“バターマン”と名乗る男。そいつが薬の売人や」
「バターマン……ですか? 知らない名前ですね。シェイド様、ジャスミンに連絡を入れて……シェイド様?」
ジャスに加護の通信で連絡を入れて、その人物を捜してもらおうとメレカさんが考えシェイドに話しかけたその時、シェイドが驚いた表情で体を強張らせていた事にメレカさんは気が付いた。
そして、シェイドがメレカさんでは無くラリューヌに真剣な眼差しを向けた。
「ラリューヌ、本当にバターマンと言っていたの~?」
「せやなあ。分かり易い名前やったから、間違い無いやろな」
「大変なの~。バターマンと名乗っていた男は、ジャシーとマナも会った事があるの~」
「本当ですか!?」
「本当なの~。今直ぐジャスに連絡を入れて、その男を調べてもらうの~。ラリューヌ、貴重な情報ありがとうなの~」
そう。
バターマンと言えば、カルルが行方不明になったあの事件“神隠し”の犯人だった。
あの事件についてシェイドはジャスから聞いていて、犯人が自らをバターマンと呼んでいた事を知っていた。
神隠しの事件自体は解決している事だけど、バターマンを調べる必要が出て来てしまった。
その理由は例の薬だ。
そしてその薬がなんなのか……それは…………。
「かつてドワーフの国の大罪人ジライデッド=ルーンバイムが所持し、義理の娘であるチーリン=ジラーフに飲ませ、そして我が国でもイングロング=L=ドラゴンが飲んだと言うあの薬。人に限らず、ありとあらゆる生物を魔族化させると言うあの薬……“邪神の血”を、間違いなく敵が所持していると言う事になりますね」




