225 吹雪の中の逃亡戦
降りだした雪は次第に勢いを増していき、視界を遮る程に吹雪いてお姉の行く手を阻む。
背後から迫る動き出した地蔵5体を相手に、お姉は吹雪の中を全速力で逃げる。
だけど、悲しい事にお姉はやっぱりお姉だ。
全速力で走ったせいで、数十メートル……いや、10メートルを走ったあたりから、既に疲れて苦しそうだ。
そして、地面に積もった雪で滑って豪快に転んで尻餅をついた。
「い、痛いですうううう……」
「大丈夫ッスか?」
トンペットがお姉の胸元から飛び出して、心配そうにお姉の顔を覗き込む。
お姉はお尻をさすりながら立ち上がり、眉根を下げながら「はいぃ」と元気なく頷いた。
「って、地蔵が物騒な物持ってるッス!」
お姉が転んでしまった事で地蔵に追いつかれてしまい、トンペットが地蔵に視線を移して驚いた。
その様子にお姉が首を傾げながら地蔵に視線を向け、顔を青ざめさせる。
地蔵が持っていたのは、氷で出来た槍。
5体ともそれ等を器用に持っていて、突進すれば突き刺さる角度で構えていた。
「戦うしかないッスね」
「へうっ。分かりました! お地蔵さんを攻撃なんてしたら罰当たりですが、頑張ってみます!」
お姉は目尻に溜まった涙を拭い、両手に魔力を集中しながら、地蔵の頭につけていた笠の盾を解除する。
そして次の瞬間、地蔵達が槍の先端をお姉に向けて、そのまま勢いよく突進して来た。
「アイギスの盾!」
お姉が魔法を唱え、盾が地蔵の氷の槍を防いで槍を破壊する。
だけど、地蔵の数は全部で5体。
残り4体の地蔵が、お姉の前後左右に回って四方向から囲んだ。
「へうっ」
慌てるお姉の頭上にトンペットが移動して、両手を広げ、その瞬間に緑色の魔法陣がお姉の前後左右に現れる。
「おっぱいを護る為なら、ボクも黙ってられないッスからね! ストームキャノンッス!」
瞬間――魔法陣から圧縮された回転する風の球体が飛び出して、それが全て前後左右の地蔵に命中し、地蔵を中心に嵐を呼んだ。
それは半径5ートル程度の小範囲だったけど、まるで台風の様に豪快で凄まじく、あっという間に地蔵は粉々に砕け散る。
気が付けば、まるで4体の地蔵が初めからいなかったかの様に、跡形も無く消え去った。
「す、凄いです」
「ボクにかかればこんなもんッスよ~」
トンペットが気分良さげに腕を組み、お姉がぴょんっと小さくジャンプして喜んで胸を揺らす。
「後残り1体ッス。さっさと片付けるッスよ」
「はい!」
お姉とトンペットが勝利を確信して、それぞれ残りの地蔵に向き合ったその時だ。
最早勝利したも同然となったこの状況で、まさかの事態が起きてしまう。
「あれって何ですか?」
「……なんか集まってるッスね」
そう。
残った地蔵の周辺で、キラキラと光る氷の粒と積もっている雪が集束されていた。
しかもその速度は尋常ではなく、もの凄いスピードで集まっていく。
そしてそれは、あっという間に跡形も無く消え去った筈の4体の地蔵へと姿を変えた。
お姉とトンペットは驚愕し、そして直ぐに理解した。
「ヤバいッス。この地蔵、ボクの魔法と相性最悪ッス!」
トンペットが声を上げたと同時に、地蔵達が槍の先端を向けて突進してくる。
「に、逃げましょう!」
お姉は慌てて大声を上げながら走って逃げ、トンペットも一緒に逃げ出した。
「念の為シェイド様に通信で連絡入れるッス!」
「はいー!」
通信とは、精霊同士で使える加護による通信、電話みたいなものの事。
何かあった時に、これでわたし達は連絡を取り合う事になっている。
だからこそ何組かに別れて行動していて、こういう時こそ役に立つもの。
トンペットが通信を取りやすいようにと、お姉がトンペットを自分の胸元に再び入れる。
そして、さっきの滑って転んだ失敗から学び、今度は動物部分変化を使用する。
「動物部分変化! フローズンドラゴンバージョンですううう! ギャオオオオッッ!」
お姉の背中から翼、そして腰とお尻のあたりから尻尾が生える。
「飛んで逃げます!」
羽を大きく羽ばたかせ、お姉は空を飛ぶ。
しかし、それで逃げきれるとは、残念ながらいかなかった。
お姉が羽ばたき空を飛ぶと、羽を生やすでもジェット噴射を使うでもなく、フワッと地蔵が空を飛んだのだ。
そしてその速度は、お姉の飛ぶ速度よりも速く、あっという間にお姉は囲まれてしまった。
「へうっ。大ピンチですううう!」
お姉が半泣きしながら叫んだその瞬間、お姉を囲む地蔵の頭が全て吹き飛ぶ。
それを見てお姉は驚き、トンペットが7時の方向に向かって指をさす。
「来たッス」
「メレガざんでずううう!」
そう。
地蔵の頭が吹き飛んだのは、メレカさんが銃で吹き飛ばしたからだった。
豆粒どころか米粒にすら見えない程に遠い距離。
そこで、シェイドを頭に乗せたメレカさんが、銃口を地蔵達に向けて構えていた。
お姉がそれを視認出来たのは、フローズンドラゴンへと部分変化をしているおかげ。
メレカさんの姿を見ると、お姉は号泣しながらメレカさんに向かって羽ばたいた。
「来るッスよ!」
「はい?」
トンペットが大声を上げ、お姉が首を傾げ、背後で何かが弾け飛ぶ音が四つ。
お姉が音に驚いて背後に振り向くと、お姉を追って地蔵が飛んでいた。
位置的には、メレカさんとお姉のいる直線上。
メレカさんが唯一狙えない位置にいるであろう地蔵。
つまり先程の何かが弾け飛んだ音は、再生して追って来た狙える位置の地蔵4体を、メレカさんが撃ち砕いたと言う事。
お姉は顔を真っ青にさせて、メレカさんの許へ急ぐ。
「うげっ! また再生したッスよ!」
「怖いですううう!」
お姉の背後で何度も地蔵が弾け飛ぶ音が聞こえる。
その数は十や二十を余裕で越えて、その度にお姉が「ぎゃああああ!」と汚い悲鳴を上げる。
そうしてようやくメレカさんの許まで逃げ延びると、メレカさんはそれを待っていたかのように、前方に数えきれない程の魔法陣を浮かび上がらせた。
「アシッドウォーター・モードバレット」
瞬間――魔法陣から酸性の弾が大量に射出され、お姉を追って来ていた地蔵に向かって飛翔する。
そしてそれは終わる事無く何度も地蔵を襲って、地蔵が再生する隙を全く与えなかった。
「地蔵を覆う魔力が消えません。これでも倒しきれないでしょう」
「あれでも駄目なんですか!?」
「多分何処かにアレを操ってる者がいるの~。その者を倒さない限り再生し続けるの~」
「そう言う事ッスか。厄介な敵ッスね」
「とにかく今はこの場を離れましょう。逃げた方が得策と言えます」
「分かりました!」
地蔵は未だにメレカさんの魔法を食らい続けていて、お姉達はその隙に急いでこの場を離れる。
そして、振り続ける雪のおかげで視界が悪いからなのか、地蔵の追跡から免れる事が出来た。
お姉達は暫らく走り続け、地蔵が追って来ない事を確認すると、立ち止まって足を休ませる。
お姉は肩で息をしながら積もった雪に大の字で倒れ、メレカさんの顔を見上げた。
「何とか逃げきれましたあ。メレカさん、それにシェイドちゃんもありがとうございます」
「無事で良かったわ」
「どういたしましてなの~」
メレカさんとシェイドがお姉に微笑み、お姉も笑顔になる。
そんな中、トンペットは眉を顰めてメレカさんの目の前に飛翔する。
「しっかし本当に厄介な敵ッスね。逃げる選択をしたって事は、やっぱり操っていた奴は近くにはいなかったんスか?」
「はい。最低でも先程の場所の付近にはいませんでした。あれ程の再生能力を持ったものを、私の魔力干渉範囲外から操る相手だったので、あの場は逃げるほかありませんでした」
「マジッスか……?」
トンペットは驚いてシェイドに視線を向ける。
すると、シェイドは無言で頷いた。
「マジで厄介な敵ッスね~。どうするッス? 襲って来た奴を捜すッスか?」
「捜すんですか!?」
お姉が顔を青ざめさせて声を上げると、メレカさんは苦笑して首を横に振った。
「いえ。それは避けた方が良いですね。敵が何者なのか分からない以上、下手に動くのは危険です」
「それもそうッスね」
「今はそんな事より、さっさと帰るの~」
「賛成! 賛成です!」
お姉が上半身を起こして右手を勢いよく上げ、帰る事に賛同する。
メレカさんは苦笑してお姉に手を伸ばし、お姉は伸ばされた手を掴んで立ち上がった。
こうして、メレカさんとシェイドのおかげで一命をとりとめたお姉は、周囲を警戒しながらアイリンの家へと帰って行った。




