223 虚ろ目少女は再会する
時は少し遡り、ラヴィとプリュイはグラスタウンの村を歩いていた。
2人もわたしとラーヴの様に農家のおじさんに会いたいと思っていた。
そして出した答えは、畑に直接出向く事。
わたし達と違って賢い選択をした2人は、館で聞くのではなく、畑を目指して歩いていた。
「もうそろそろ、あの家を越えた辺りなんだぞ」
「分かった」
プリュイはラヴィの頭の上、ラヴィのお気に入りのうさ耳カチューシャを掴んで、その場に立って道案内をしている。
ラヴィはプリュイに従って、自分のペースでゆっくり歩く。
たまにすれ違う村人達と「おはよう」の挨拶を交わしながら、村人達から笑顔を向けられていた。
そうして目的の畑までやって来たものの、残念ながらそこには誰の姿も見当たらなかった。
「いない」
「まだ朝早いから来てないだけかもしれないんだぞ」
「それなら待つ」
「賛成だぞ」
ラヴィの提案にプリュイが笑顔で答えると、ラヴィは近くの草の上で腰を下ろした。
プリュイは頭から降りて、ラヴィと向かい合って草の上に座って、ラヴィを見上げる。
「そう言えば、ラヴィさんが持ってる打ち出の小槌って、どうやって手に入れたんだぞ?」
「モーナスが川の中に潜って手に入れた」
「そうだったのか!? 凄いんだぞ!」
「凄い?」
「そうなんだぞ! アタシもその場所を見た事ないけど、打ち出の小槌は触れると小さくなる呪いの封印に護られてるって聞いた事があるんだぞ」
「初めて聞いた。モーナスは何も言ってなかった」
「そうなのか? きっとモナさんのスキルで何かしたんだぞ」
「“強欲”のスキル?」
「多分そうなんだぞ。モナさん凄いんだぞ!」
「うん」
プリュイがニコニコと笑いながら話して、それを見てラヴィも口角を上げる。
するとその時、ラヴィの背後に誰かが現れた。
ラヴィは慌てて立ち上がって、一歩後ろに下がった。
そして、打ち出の小槌を取り出して、背後に現れた人物を見て驚いた。
「フォック……?」
そう。
ラヴィの背後に現れたのは、ラヴィの育ての親の内の1人、狐の獣人のフォックさんだったのだ。
わたしと旅立ってから暫らく会っていなかったフォックさんの姿は、着ている物は違えど変わらない。
相変わらずの毛むくじゃらに、細く長い目に赤い色をした瞳。
人と言うよりは、狐が二足歩行をしている様な見た目の、ラヴィがよく知るフォックさんの姿。
「ラヴィーナ!?」
フォックさんもラヴィと同じように驚いて、細い目を開いてラヴィを見た。
そしてそんな2人を見て、プリュイは首を傾げた。
「ラヴィさんとおじさんは知り合いだったのか?」
「そう。フォックは私のお父さんの1人」
「パパなんだぞ!?」
プリュイが目を丸くして、ラヴィとフォックさんの顔を何度も交互に見る。
そんなプリュイの反応にラヴィは口角を上げた。
そしてそんな中、フォックさんは2人の会話を聞いて、成る程と頷いた。
「水の精霊様とラヴィーナは知り合いだったんだよ」
「そう。でも、何でフォックがここにいる?」
「それはボクちんが聞きたいんだよ。まさかこんな辺境の村で会うなんて思わなかったんだよ」
「私は愛那達と人捜しで来た。フォックは?」
ラヴィが再度尋ねると、今度は頬を少し赤く染めて照れながら、フォックさんは説明する。
「ボクちんはこの村に1人で引っ越してきて、今は前からやってみたかった畑仕事をして暮らしてるんだよ」
「前から……?」
「そうなんだよ。ラヴィーナには言った事が無かったけど、ボクちんの小さい頃からの夢だったんだよ」
「……そう」
少し間を置いてラヴィは頷いたけど、それには理由があった。
ラヴィは少し疑っていたのだ。
以前ラヴィはわたしにフォックさんに知らない一面があった事を話した。
その内容は勿論あの“親愛なる分身”と言う謎の言葉。
そしてそれは、様子がおかしくなったあの時のウェーブも言っていた。
わたしからそれを聞いたラヴィは、フォックさんと再会して嬉しんでばかりもいられなかったのだ。
本当は何も気にせず再会を喜びたいけど、“親愛なる分身”と言う言葉が気になって仕方が無かった。
しかも、ここにいるはずの無いフォックさんがいるのだから、怪しむなって方が無理な話。
だからこそ、小さい頃からの夢と聞いて、ちゃんとした理由があった事にラヴィは少し安心した。
ラヴィは口角を上げて、フォックさんに微笑む。
「なら、フォックの夢が叶って良かった」
「ありがとうだよ、ラヴィーナ」
フォックさんも微笑んで、ラヴィーナと一緒に微笑み合い、そんな2人を見てプリュイも笑う。
それからラヴィはフォックさんから色々な話を聞いた。
それは畑仕事の事だったり、今の生活についてだったりと、暫らく離れて話せなかった分を話すように。
勿論ラヴィもわたし達とした冒険の事を色々と話した。
と言っても、危ない目にあった話とかは避けていたけど。
そうして久しぶりに会ったフォックさんと話していると、空から雪が降り始めてきた。
「雪が降ってきちゃったし、あっちで話すんだよ」
そう言って、フォックさんが屋根の付いた農家の道具を置く扉の付いていない小屋に向かって指をさしたので、ラヴィとプリュイは賛成して3人で移動した。
「雪が降るなんて珍しいんだよ」
小屋まで辿り着くと、フォックさんが呟いて空を見上げた。
それを聞き、ラヴィも空を見上げながら「珍しい?」とフォックさんに尋ねる。
すると、フォックさんは頷いてからラヴィに視線を移した。
「ここ等辺は寒いけどあまり雪は降らないんだよ」
「そう。不思議」
「アイスデザートが近くにあるのが原因なんだぞ」
「へえ、始めて聞いたんだよ」
「プリュイ物知り」
「物知りだなんて照れるんだぞぉ」
褒められて照れるプリュイを見て、ラヴィが口角を上げて微笑む。
そんなラヴィを見て、フォックさんは安心した様にホッと息を吐き出した。
「ラヴィーナが元気そうで良かったんだよ」
フォックさんはラヴィの頭を優しく撫でて、ラヴィもそれを嬉しそうに受けいれる。
「さっき人捜しをしてるって言ってたけど、ラヴィーナは誰を捜しているんだよ?」
「精霊の噂を流した人」
「精霊の噂……? ああ、そう言えば精霊の噂を流した人を捜してる女の子がいるって、村中で噂になってたんだよ」
「そうなのか? 噂が噂を捜して噂になって……? 何だか頭が混乱してきたんだぞ」
プリュイがクルクルと目を回してフラフラとよろめいたので、ラヴィが手を添えてプリュイを支えてあげた。
それを見て、フォックさんは柔らかい微笑みを2人に向ける。
「この村は噂が流れるのが早いから、その女の子がお館様で雇ってる庭師を半殺しにしたって噂も流れてるんだよ」
「それはラーヴ」
「そうなんだぞ。ラーヴなんだぞ」
「ラーヴ? あ、あの怪獣の着ぐるみを着てた子なんだよ」
「そうだぞ。怪獣の着ぐるみパジャマなんだぞ」
「そう。その子がラーヴ」
「あんな小さいのに、流石は精霊様なんだよ」
偏見かもしれないけど流石は田舎と言うべきか、噂が流れるのが早いらしい。
わたし達がこの村に来て起こした騒ぎが既に噂になっていたようだ。
昨日フォックさんが精霊達と仲良くしていた理由も何となく分かると言うもの。
それだけ噂が流れるのが早ければ、精霊に関わったら駄目だと流れていた話がデマだと分かるだろう。
フォックさんはそれが勘違いだと知っていたから、精霊達と昨日から仲良くしてくれたのかもしれない。
まあ、フォックさんの人柄であれば、そう言うの関係なしに仲良くしていたかもしれないけれど。
「ところでラヴィーナ、あの子……マナは一緒じゃないんだよ?」
「愛那はラーヴと一緒に別行動してる。今は皆で情報を集めてる」
「情報と言うと精霊の噂を流した人だよね?」
「そう」
「中々見つからなくて困ってるんだぞ」
「多分捜しても見つからないんだよ」
フォックさんはそう言うと苦笑して、ラヴィはそれを不思議そうに見つめて首を傾げる。
「どうして?」
「さっきも言ったけど村中で噂になっているし、尾ひれはひれをつけて皆噂を流すのが好きだから、誰が何を言ったかなんて皆はどうせ覚えてないんだよね」
「そうだったんだぞ? それならマナママさん達にお知らせするんだぞ」
「うん」
ラヴィとプリュイが微笑み合ってから空を見上げる。
雪はどんどんと勢いを増していき、止みそうにない勢いだった。
フォックさんも2人につられて空を見上げて、手の平で雪を受け止めてから肩を落とす。
「今日の畑仕事は雪が止みそうにないからお休みにするんだよ」
「それが良いんだぞ」
「うん。ゆっくり休んで?」
「そうするんだよ。吹雪かない内に、2人とも宿泊先に送って行くんだよ」
「うん、ありがとう」
「ありがとうだぞ」
ラヴィはプリュイを頭に乗せて、フォックに向かって手を伸ばす。
フォックは伸ばされた手を掴んで、2人で仲良くアイリンの家に向かって歩き始めた。
だけど、ラヴィはその帰り道で、フォックさんの顔を見上げる事は無かった。




