219 態度の悪い庭師とスマイルメイド
わたしとお姉の世界と今いるこの異世界の時間の流れ。
それは何とも不思議な構造をしていた。
そして、この世界とわたし達の世界の時間の流れのズレによる肉体に及ぼす影響を、わたしはメレカさんから少しだけ聞いた。
それで分かった事も、正直理解が出来ず、ただそう言うものだと思うしかない。
メレカさんが言っていた“魂”と“年齢”と“産まれた世界”の直結。
全てが揃って、始めてその世界と等しく年を取り、体も成長していく。
でも、体を鍛える事は可能らしいし、他にもそれとは関係ないものもある。
わたしの世界の人がこの世界で体を鍛えると、年を取るのが遅く年齢に合わせた体の成長も遅いのに、この世界で鍛えた分だけ強くなっていくらしいのだ。
そんな馬鹿なって思うけど、実際に過去にそう言う例がいたのだとか。
何故そんな事になっているのかとかも気になったけど、これ以上は詳しく聞くのを止めた。
聞いて何か変わるわけでもないし、それに重要なのはそんな事じゃないのだ。
重要な事……それはつまり、わたしの胸はこの世界にいる限り、中々育たなくても不思議じゃ無かったって事だ。
と言うわけで、この日ようやくお姉の胸だけ育ってわたしの胸が育たない謎が解決し、次の日を迎えた。
今日はアイリンの誕生日のお祝いを予定しているけど、それは夕飯時からになっている。
だから、それまでは調査する。
陽が昇り始める頃に目を覚まして、諸々の準備を済ませて噂の出所を調査開始だ。
とりあえず話し合いで決めた結果、今日は各自1人と精霊1人の1組で調査する事になった。
勿論わたしは火の精霊ラーヴと一緒のペアだ。
ラーヴを頭の上に乗せて、荷物は特に何も持たずに家を出る。
カリブルヌスの剣は置いておいて、短剣だけ腰に提げた。
理由は単純に相手を怖がらせないようにするため。
一昨日の酒場での事を思い出すと、精霊を連れて、しかもあんな大きな剣を持ち歩いていたら絶対怖いだろうな。と、考えたのだ。
それで警戒されて、そのせいで噂を流した人を見つけられ無かったらと思ったので、カリブルヌスの剣は置いておく事にした。
「ママ、どこ捜ちゅ?」
「うーん。そうだなあ……」
家を出てから適当にブラブラ歩いていると、ラーヴが尋ねてきたので少し考える。
と言うか、捜しに行くのは良いけど、実際ノープランで何も考えていなかった。
「あとこ、お館たまのとこ行きたい」
「お館様の所? 良いけど……何で?」
「おぢたんがとこで働いてる言ってた」
「おぢたん? あ~、昨日言ってた農家の人の事?」
「がお」
「そっかあ。それなら一度お礼も言いたかったし、お館様の所行こっか」
「がおー」
とりあえずは目的地をまずはお館様の館に決定。
歩きながらラーヴの話を詳しく聞くと、正確には狐のおじさんは働いているわけでは無く、とれた野菜を毎日届けているらしいとか。
多分新鮮な野菜を直接売ってるって事だと思うけど、それならそれでその狐のおじさんの住んでる場所を聞いて、お礼を言いに行けば良い。
それに、精霊達と普通に接していたその狐のおじさんと言う人物が気になっていた。
一昨日の酒場の事があったからこそ、それがこの村ではどれだけ凄い事か分かる。
普通であれば怯えて、関わり合いにならない様に逃げだしたっておかしくない。
でも、その狐のおじさんは親切に接して、それどころか野菜まで沢山わけてくれた。
もしかしたら、何かを知ってるかもしれない。
そうわたしは思ったのだ。
暫らく歩いて館に辿り着くと、タイミング良いのか悪いのか、見知った人物が門の前に立っていた。
「クォードレターだっけ? おはよう」
「――っ! げっ。てめえは昨日の……っ」
門の前に立っていたのはクォードレター。
ピンクの髪の毛にブルーのメッシュ。
左頬に緑色のクローバーが刺青されている派手な見た目の男だ。
彼は門の前で葉巻を吸っていた。
と言うか、葉巻なんてアニメでしか見た事ないのに、初めて見る本物の葉巻が異世界だなんてって気分になる。
それに異世界にも葉巻があるんだなと正直少し驚いた。
わたしが驚いてジッと見ていると、クォードレターは「ちっ」と舌打ちをしてから、葉巻の火を消してそれ用だと思われる小さな屑籠を取り出して入れる。
「ちっこいの、何しに来たんだよ? ここは子供が来るような場所じゃないぜ」
「野菜をここに届けに来てる狐のおじさんの事を聞きに来ただけだよ。って言うか、その“ちっこいの”って呼び方やめてもらえない? わたしはマナって名前があるんだけど?」
「てめえなんてちっこいので十分だろ。っつうか、敬語だろーが普通はよお。年上を敬いやがれ」
「名前で呼んだら考えてあげる」
「可愛くねえガキだな」
「ママ、喧嘩だめ」
「……うん」
ラーヴに止められて少し落ち着く。
一昨日の事があったから、少し感情的になってしまっていて少し反省。
クォードレターはクォードレターで、ラーヴが喋ると顔を歪ませて一歩後ろに下がった。
まあ、この男はラーヴに一撃でやられたから、その記憶が甦ったのだろう。
「さっきも言ったけど、この館に毎日野菜を届けに来てる狐のおじさんの事を聞きに来たんだけど、ボウツさんに会わせてもらって良い? 貴方が知ってるならそれでもいいけど?」
「狐のおじさん……ねえ。とりあえず入りな」
クォードレターはそう言うと、門を開けて中に入って行く。
どうやらクォードレターは知らないらしい。
多分中に入ってボウツさんに聞けって事だろう。
クォードレターの後ろを歩いてついて行きながら、改めてクォードレターの姿を見る。
今日は一昨日と同じ様な服装だけど、枝切り用の大きなハサミを背負っていた。
それを見て、本当に庭師だったんだなと思っていると、クォードレターが「丁度良いとこにいやがる」と呟いた。
何がと思ってクォードレターの顔に視線を向けると、クォードレターは何処かを見ていて、その方向へと視線を向けてみると館の外で窓を拭いているメイドの女性がいた。
クォードレターが「ヘイルナー!」と大声を上げて、メイドが声に気づいてこちらを見る。
そして、メイドはクォードレターと目を合わすと、少し早足気味に歩いてきた。
「仕事中に邪魔してわりいな、ヘイルナー」
メイドの女性をよく見ると、昨日来た時に見たニコニコとしていたメイドだった。
今日も相変わらずニコニコしていて、クォードレターの言う通り仕事中に邪魔されたと言うのに、流石のプロって感じで表情を変えない。
と言うか改めて見ると、この館のメイドはメレカさんのメイド姿と違って、凄い清楚な感じだ。
メレカさんも清楚で綺麗だけど、どちらかと言うと漫画やアニメやゲームとかで出てくるメイドと言う感じが強い。
メレカさんが着るとと言うわけではないけど、コスプレっぽい服だったりする。
でも、目の前にいるこの女性は、本当にメイドって感じの服装。
頭にはヒラヒラのレースがついた様なカチューシャでは無く、髪の毛の抜け毛が落ちないようにする為なのか、学校の給食係が被るような帽子を被っている。
肌で見えている部分は顔のみで、スカートは足の踝くらいまで長さがあるし、手も白いロンググローブをつけている。
なんと言うか、まさに本物って感じだ。
なんて事を考えているわたしの目の前で、クォードレターとメイドが会話を進める。
「グレイ、どうしたの?」
「このちっこいのがボウツと話がしたいらしい。俺の代わりに応接室……いや。客室に通してやってくれねえか?」
「そうね、その方が良いわね。分かったわ。ところでボウツにはもう伝えてあるの?」
「いいや、まだだ。どうせアポはとってないんだろ?」
「へ? あ、うん」
急に話を振られて慌てて頷くと、クォードレターが鼻で笑ってニヤリと笑んだ。
少し苛ついたけど、ここは我慢。
考えてみれば、朝っぱらから急に訪ねて来て迷惑をかけているんだから、ここは大人しくするべきだ。
「それならグレイがボウツに知らせてくれる? 私はこの子をご案内するわ」
「ま、それはしゃあないか」
クォードレターが面倒臭そうにそう言うと、駆け足で館の中に入って行った。
取り残されたわたしはその後ろ姿が見えなくなってから、メイドの顔を見上げて目を合わせる。
「忙しい中にすみません」
「いえ、気になさらなくて良いですよ。私はクランフィール=ヘイルナーと申します。気軽にクランとお呼び下さい。以後、お見知りおきを」
そう言って、クランさんがカーテシーの挨拶をして、わたしも慌ててお辞儀をする。
「マナです。よろしくお願いします」
「ラーヴ、がお~」
「はい。マナ様、ラーヴ様、よろしくお願い致します。では、早速客室までご案内致しますね」
「お願いします」
「がお」
何だかクォードレターのおかげで慌ててばかりだ。
とは言え、クランさんはプロのメイドでわたしのそんな姿を見ても動じない。
ニコニコした笑顔で変わらずに接してくれて、わたしとラーヴを客室へと連れて行ってくれた。




