218 時の流れと残酷な現実
グラスタウンにある農園地帯。
その畑の中心で、ロポと精霊達が農家の男と楽しそうに話していた。
ロポは人化していてローブを1枚羽織っているだけの姿。
オリハルコンダンゴムシの特徴なのか何なのかは謎だけど、そんな格好だと言うのに寒さは全く気にならないらしい。
平気な顔して精霊達と農家の男の話を楽しそうに聞いている。
農家の男は狐の獣人で全身が毛むくじゃら。
細長い目に赤い瞳に、パッと見が人と言うよりは狐が二足歩行していると言った感じの見た目。
こんな寒い中だと言うのに、毛むくじゃらだから平気なのか、シャツとズボンのみと言う寒そうな格好。
狐の尻尾はモフモフしていて温かいのか、男の尻尾の上にはラテールが気持ちよさそうに寝転がっている。
「キャベツって雪の中でも収穫出来るんスね?」
「そうだよ~。ちょっと食べてみるんだよ」
農家の男はキャベツを一切れむしり、ハサミで小さく切り分けて精霊達に配る。
精霊達は喜びながら受け取ると、何もつけずにそのままむしゃっと一口。
「美味いッス」
「甘々です」
「ひんやりして美味しいんだぞ」
「がお~」
「シャキシャキするの~」
「おいしー!」
精霊とロポがキャベツを食べて喜んで、農家の男はそれを嬉しそうに見て微笑んだ。
それから農家の男は少し歩き、人の顔くらいの大きさはある丸くて青い野菜をハサミを使って取って、ロポと精霊達の元に戻る。
「良かったらこれも食べるんだよ」
「それって何ッスか?」
「これは雪瓜だよ」
「アタシ知ってるんだぞ。クラライトの北方領土でしか育てられないスイカみたいな野菜なんだぞ」
「と言うか、ジャスが一度またたび喫茶のデザートフェアでゼリーにしてた事があるです」
「あー。言われてみればあったッスね」
「がお」
「我は食べた事ないの~。どんな味がするの~?」
「味はメロンに近いんだよ」
農家の男はそう言うと、ハサミで雪瓜に切れ目を入れてパカリと割り、それを精霊達とロポに配る。
精霊達とロポは雪瓜を受け取るとパクリと食べて、再び美味しいと喜んだ。
そうしたやり取りを何度か繰り返して暫らくが経ち、ロポと精霊達は農家の男から野菜を幾つか頂いてその場を離れた。
◇
「と言う事があったッス」
「へえ。それでこんなに野菜を持って帰って来たんだね」
と言うわけで、晩ご飯を食べながら、精霊達から何をしていたのか話を聞いた。
色んな種類の野菜を貰って来たおかげで、今日の晩ご飯のバリエーションは結構凄い事になっている。
お姉が要望した肉じゃがを始め、サラダにロールキャベツに煮物にお浸しに野菜たっぷり具だくさんのスープ。
それから、回鍋肉の様な炒め物に、麻婆豆腐に、ピーマンの肉詰めに、厚切りのフライドポテトに、魚のカルパッチョ。
正直、全くと言って良い程に変なバランスだ。
皆の要望に答えた結果こうなった。
わたし1人だったら、見た事も無い野菜があったのもあって幾つか断念していたけど、そこはメレカさんに手伝ってもらって何とかなった。
メレカさんは流石メイドと言うだけあって、凄いテキパキと料理の手伝いをしてくれて滅茶苦茶助かった。
これで容姿端麗の一国の王姉だなんて完璧すぎる。
と言うか、このペンギン……もといペン太郎も普通にご飯を食べている。
魔族と正体をばらすまでは生の魚だけを食べていたのに、ばらした途端にこれである。
今ではどう掴んでいるのかフォークとスプーンを上手に使って、机に並ぶ料理の数々をモーナと競い合って食べていた。
そんなペン太郎の様子を見て、アイリンは嬉しそうに笑っている。
と思ったけど、嬉しそうにしているのは別の理由があった。
「一足早い誕生日パーティーなのじゃ」
「誰かのお誕生日があるんですか?」
「明日がワシの誕生日なのじゃ」
「それなら明日お祝いしましょう!」
「おおっ。祝ってくれるのか!? 嬉しいのじゃ!」
お姉とアイリンが笑い合う。
どうやら明日はアイリンの誕生日のようで、それでこの賑やかな食卓が嬉しかったようだ。
「誕生日……愛那の誕生日はいつ?」
「へ? わたし? わたしは先月にもう終わってるよ。なんかバタバタしてて忘れてたけど」
「そう言えばそうですね。愛那ちゃんの誕生日祝ってません! ううっ。こんなのじゃお姉ちゃん失格です!」
「まあ、色々あったし、あの頃は南の国でお姉とも別々の行動してたじゃん。だから気にする事ないよ」
お姉が涙を流して落ち込むので、わたしは苦笑してお姉の背中を撫でた。
するとそこで、メレカさんが顎に手を当てて何か考えて、わたしに視線を向けた。
「一つ確認ですが、マナの誕生日と言うのは、この世界に来てからの先月……と言う事でしょうか?」
「へ? あ、はい。モーナから聞いてるんですっけ?」
「はい。以前手紙で連絡を取っていた時には」
アイリンとペン太郎に一度視線を向け、不思議そうにわたしを見つめる1人と1匹に目を合わせてから、わたしは考える。
わたしとお姉はこの世界の人間じゃない。
それは今は隠していて、この1人と1匹のいる前で言っても良いかどうか。
考えて思ったのは、モーナの知り合いなら隠す必要が無いと言う事だった。
だから、わたしは1人と1匹の前で話す事にした。
「わたしの誕生日は、メレカさんが言った通りで、この世界に来てからの話です」
「あ、やっぱり異世界の人間だったんスね」
「ジャスが言ってた通りです」
「隠してるみたいだから今まで気が付かないフリしてたんだぞ」
「でも、全然隠せてなかったの~」
「がお」
アイリンとペン太郎からでは無く、精霊達からの言葉に冷や汗が出る。
そう言えば今更だけど、言ってなかったし気にせずにそれをほのめかす話題を何度も喋っていた。
わたしはその事をすっかり忘れていたわけだ。
この世界の住人では無い事を聞いたアイリンとペン太郎はと言うと、気にした様子もなくご飯を頬張った。
「それなら少し遅い誕生日パーティーをワシと一緒にやって祝ってもらえば良いのじゃ」
「それが良いペン」
「え? 気にする所そこなの?」
思わず声が出てしまったけど、1人と1匹はご飯を頬張りながら頷く。
正直、異世界から来たって事にもっと驚かれると思っただけに、何だか拍子抜けしてしまう。
「うん。愛那の誕生日祝う」
「そうだな。祝ってやるぞ」
「皆良い子でず! 良がっだでずね、愛那ぢゃん!」
「お姉はいい加減泣き止みなよ」
でもそうか、わたしもいつの間にか11歳なんだなあ。
なんて事を思っていた時だった。
メレカさんが苦笑して「これを」と、ステチリングの光をわたしに向けて情報を出して、それをわたしに見せてきた。
豊穣愛那
年齢 : 10
種族 : ヒューマン
職業 : 小学5年生
身長 : 137
BWH: 59・50・61
装備 : 学校指定の制服・マジキャンデリート改・スパッツ・靴下
属性 : 無属性『加速魔法』
能力 : 『必斬』未覚醒
わたしの至って変わらない情報。
特になにも変わってない。
胸も少しくらいは大きくなってないかと期待したけど、そのままだった。
何かの拷問だろうか?
なんて事をショックを受けながら考えていると、ラヴィが横から覗いて「成長してない」と呟いた。
その言葉に、わたしは更にショックを受ける。
「ラヴィ、わたしの胸は確かに成長して無いかもしれないけど、まだまだ成長期なんだから未来はあるんだよ?」
いつものわたしであれば、デリカシーの無い言葉に怒っている所だけど、相手はラヴィでまだ小さな子供だ。
小さな子供のラヴィにまで怒るのは、流石に大人気ないと言うもの。
と言っても、わたしもまだ成長途中の子供だけど。
そう。
成長途中なので未来があるのだ。
「違う。胸じゃない。年齢の方」
「へ? 胸じゃなくて年齢?」
言われて再び確認すると、確かにラヴィの言った通りで、わたしの年は10歳のままだった。
「なんで……?」
「やはり知りませんでしたか」
メレカさんが苦笑し、わたしだけでなくお姉もモーナもラヴィもメレカさんに注目する。
と言うか、モーナも知らなかったのかって感じだけど、まあ、それは今は置いておくとしよう。
「しかし、無理も無いでしょう。これを知る人間は、この世界でもごく一部の……神と接触した事のある者だけです。簡単に説明をさせて頂きますと、我々の世界の1年は、マナの世界の約1カ月です」
「マ?」
「漫画とかアニメとかでよくある設定のやつです!」
「お姉、その知識は今いらないから黙ってて」
「へぅ。分かりました……」
「って事は、1年が1カ月だから、ここでの1カ月は向こうでは……だいたい2、3日しか経ってないって事じゃん」
「でも変だよな? 何でそれで年を取らないってなるんだ? マナもナミキも今はこっちにいるんだから、こっちの年月に合わせて普通は年を取るだろ」
「……確かに」
モーナの言葉は最もだと思う。
例えわたしとお姉の世界がここより時間の流れが遅くても、今わたし達がいるのはこの世界だ。
それなら、この世界に合わせて年を取るのが普通だ。
だけど、それはメレカさんに呆気なく否定されてしまう。
「そう考えるのも理解出来ますが、現実ではありえません。詳しく説明すると長くなってしまいますが、分かり易く申しますと、そうですね……“魂”と“年齢”と“産まれた世界”は直結している。と言った所でしょうか」
「魂と年齢と産まれた世界が直結……ですか?」
「はい。直ぐに証明できないのですが、例えば、マナとナミキが12年この世界で暮らせば、そちらの世界で1年経つので1つ年を取ります。ステータスチェックリングでも、しっかりとそれは表示されるでしょう」
「そうですか…………」
信じられない事だけど、きっと本当の事だろう。
でも、おかげで少し安心した。
つまりわたし達の世界では、まだ夏休みに入ってから、そんなに時間が経ってないのだ。
それなら留守にしているお母さんとお父さんが、わたしとお姉が家にいないなんて分からない。
もしかしたら家に電話とか、お姉に連絡とかしようとしているかもだけど、それでも大騒ぎにはなってないかもしれない。
そう考えたら、なんだか凄く安心した。
「愛那……」
お姉もわたしと同じ気持ちになったのか、わたしの名前を呼んで柔らかく微笑んだ。
そんなお姉の姿を見て、わたしは……。
「って、ちょっと待って!? おかしいですよメレカさん!」
「おかしい……ですか?」
「はい! おかしいです! それなら何でお姉の胸が1センチも大きくなってたんですか!?」
「そ、それは……」
メレカさんが口ごもる。
やはりおかしいのだ。
そうに違いない!
と、そこでモーナが呟く。
「成長しただけだろ」
「向こうではひと月も経ってないのに!? わたしはそのままなんだよ!?」
「ナミキはおっぱい魔人だから数日あれば増えるだろ」
「そうッスね。スイカ胸のおっぱいは可能性に満ちてるッス。おっぱいマスターのボクが言うからには間違いないッス」
「はあ!? 何言ってるの2人とも! そんな事あるわけないでしょ!? それだったらお姉より成長期なわたしの方が増えるっての!」
「落ち着いて下さい愛那ちゃ――」
「お姉は黙ってて!」
「――っへぅ」
「これはきっと誰かの陰謀だよ! 誰かのスキルで年を取らなくなってるんだ! ……あ! まさかステラさん!?」
「元々なんだから人のせいにするな。マナがまな板なのは元々胸が成長しないからだろ」
「誰がまな板だああああああああ!!」
「んにゃああああああ!! 危ない! スキル使って剣を振り回すなあああ!」