022 突然の朗報
レイククリームの湖畔で休憩中に、お姉とモーナが湖のクリームを器に乗せて、それを美味しそうに食べ続けていた。
わたしも二人に進められたけど、何だか胸焼けして断った。
お姉が言うには、このレイククリームの湖のクリームはバニラ味のソフトクリームと同じ感じのものらしい。
それで出た言葉が、
「ストロベリーとチョコ味もほしいです」
だった。
そんなものあるわけないと思ったけど、モーナがあると答えていて驚いた。
流石は異世界だ。
暫らく休憩すると、わたし達は再び歩き出す。
そして、ここからがいよいよ本番だ。
「氷雪の花は白蟻の巣の中で咲くお花さんでしたっけ?」
お姉がじーじさんに確認すると、じーじさんは頷いて、相変わらずの渋い声で答える。
「ああ、そうだ。彼等は巣の中に栄養価の高い餌を持ち込む。氷雪の花は、その餌から出る栄養を吸収して育つ花なんだ」
「冬虫夏草みたいですね」
「トウチュウカソウってなんだ?」
「そうですねー……」
冬虫夏草と聞いて首を傾げたモーナが訊ねると、お姉が呟いて説明を始めた。
どうやら冬虫夏草と言う言葉はこの世界には無いらしい。
お姉が冬虫夏草について説明を始めると、モーナだけでなくラヴィもじーじさんも皆がお姉の説明に聞き耳を立てた。
「成程。瀾姫君の言う様に、それなら氷雪の花は冬虫夏草の様な物かもしれない」
じーじさんがお姉の話を聞いて呟くと、他の皆もそれに同意した。
そんな中、わたしは一人別の事を考えながら歩いていた。
一つ気になった事があった。
それは、モーナのストーカーをしていたスタンプが、どうやって氷雪の花を手に入れたかだ。
白蟻は本当に凶暴で、わたしもついさっきそれを経験したばかりだ。
だからこそ思うのだけど、あんな凶暴な蟻の巣に咲く花を、そんな簡単に入手できるだなんて思えない。
わたしが思考を巡らせていると、じーじさんがラヴィに話しかけ、わたしの思考はそこで終わる。
「ラヴィーナ、君は今、魔法を封印されているね?」
「え? そうなの?」
じーじさんがラヴィに向かって言った言葉に驚いて、わたしも一緒になって質問すると、ラヴィは頷き答える。
「そう。封印されてる」
ラヴィ?
何となくだけど、いつもの虚ろ気な表情が、どこか悲しむ様な表情になった気がした。
「やはりそうか」
「どう言う事ですか?」
お姉がじーじさんに質問すると、じーじさんはラヴィに視線を移してから口を開く。
「吾輩達熊鶴の一族は、君達人間には非常に脅威になる猛毒を体内に宿している」
「猛毒のせいで食べられないからな!」
モーナが話の途中で馬鹿な事を言いだすので、わたしはモーナの背中を小突く。
「なんだ?」
「静かにしてて」
と、モーナを睨んでやると、モーナは首を傾げて頷いた。
とりあえず静かにしていてくれる気にはなったらしい。
わたしとモーナがそんな事をやっている間も、じーじさんの話は続いている。
「熊鶴の猛毒は特殊な毒だ。少しでも触れてしまうと、魔法が封印されてしまう」
「それじゃあ、ラヴィは――」
「そう。熊鶴の毒を浴びたようだね」
海岸で見た熊鶴の事を思い出す。
もしかしたら、あの時見た熊鶴がラヴィの魔法を封印したのかもしれない。
「氷雪の花、アレを手に入れる為には、ラヴィーナの魔法の力が必要になるだろう」
「ラヴィーナちゃんの魔法の力が必要って、どう言う事ですか?」
「氷雪の花を抜き取る時に、根を凍らせる必要があるんだ。ラヴィーナが魔法を使えれば氷の魔法でそれが可能だ」
「でも、どうやったらラヴィの封印を解く事が出来るんですか?」
「ラヴィに猛毒を浴びせた本人に会いに行くのさ」
「え?」
「ラヴィーナ、いいね?」
じーじさんが質問すると、ラヴィは頷いた。
「ポレーラに会う」
ポレーラ……多分、ラヴィの魔法を封印した熊鶴の名前だ。
それから暫らく歩き、アイスマウンテンの厳しさを教えられる。
途中でお姉が雪だるまになったり、お姉が雪の深い所を踏んで十メートル位落下したり、お姉が足を滑らせて崖から落ちそうになったり……全部お姉だ。
お姉はその度に目を回しながら、へうへう言っていて、モーナが笑いまくっていた。
ただ、実際に笑い話なのかと言うとそうでもない。
竜巻エリアと呼ばれるアイスマウンテンの難関エリアの一つがあり、お姉はそこで雪だるまになった。
そこは、そこ等中で小さな竜巻が起きる場所で、気をつけて通らなければ命を落とす場所だ。
しかも、気をつけていても、突然竜巻が目の前に発生する事もあると言う、本当に厄介な場所だった。
実際にお姉が雪だるまになったのも、これが原因だった。
その時は、お姉がラクーさんと一番後ろを歩いていたんだけど……。
「大丈夫ぽん?」
「だ、大丈夫です~。まだまだ……歩けま……すよ~」
既に限界を迎えていたお姉。
息を切らしながら答えて、わかりやすい作り笑いで笑顔を作る。
ラクーさんがお姉を心配してくれて、その場でしゃがんで背中を見せた。
「背負っていってあげるぽん。乗るぽん」
「そ、そんな、悪いですよ」
「気にする事ないぽん。困った時はお互い様だぽん」
お姉は誘惑に負けそうになりながらも、必死に耐えて、両手の手の平をラクーさんの背中に向けた。
「本当に大丈夫です! まだまだ頑張れます!」
お姉は強がって、先を歩くわたし達の後を追う様に小走りした。
そして、丁度その時にお姉の目の前に竜巻が現れた。
「へうー!」
お姉は不意打ちを受けて、竜巻に足を踏み入れて空高く舞い上がる。
わたし達はお姉のマヌケな悲鳴を聞いて振り向き、そして見上げて驚いた。
「お、お姉!?」
じーじさんが羽ばたいて直ぐにお姉を助けだそうとしてくれたけど、それより先にお姉は運が良いのか悪いのか、竜巻の外に吹き飛ばされて竜巻から無事脱出。
と、いけば良かったのだけど残念ながらそうもいかなかった。
お姉は雪の沢山積もった所に落ちると、急斜面のある場所に向かってコロコロと転がって行ったのだ。
それでも助かったのは、ラクーさんのおかげだった。
ラクーさんがお姉を追いかけて、転がって行く先に、魔法で土の壁を出して勢いを止めてくれたのだ。
お姉は目を回しながら見事な雪だるまになり、モーナがそれを見て大笑いしていた。
他の二つも似た様なもので、いずれもお姉が大変な目にあってモーナが笑っていた。
「ナミキは面白いな!」
なんて言っていたけど、面白いじゃないだろって感じ。
さて、そんなこんなで色々とあったわけだけど、わたし達は無事に熊鶴が生息していると言われている小さな林までやって来た。
林と言っても、わたしやお姉が知っている様な普通の林ではない。
緑が生い茂るわけでも、赤や黄の紅葉があるわけでもない。
「不思議な木ですね」
「うん」
お姉が呟き、わたしはそれに頷いた。
その林は、水色に透き通る幹で出来た木が生えて出来た林で、葉っぱも全てが透明だった。
触れると冷たさが伝わってきて、あまりの冷たさにわたしは直ぐに触れた手を離す。
この不思議な木の名前は【アイスツリー】。
植物として生きた氷の様なものだと聞かされた。
だから、一般的な木の様に炎では燃えずに溶けるのだそうだ。
「これを使う時が来たわね!」
突然モーナが大声を上げて、何かを取り出す。
わたしはその何かを見て、顔を引きつらせてモーナから距離をとった。
「モーナ、あんたそれ……」
「マナが倒した蟻の顔だ!」
モーナが答えた通り、何かとは、白蟻の生首だった。
「いや、見ればわかるけど……。それ、何に使うの?」
恐る恐る質問すると、モーナはドヤ顔で頷くだけで何も言わず、何やら始めだす。
すると、モーナだけでなく、ラヴィやじーじさんにラクーさんにフォックさんまで、それを手伝いだした。
わたしとお姉は少し離れてそれを見る。
モーナは白蟻の首を雪の上に置いて、そこを中心にして綺麗な円を描いた。
それから、ラヴィ達と一緒にその円を元にして魔法陣を描いていく。
その魔法陣の大きさは本当に大きくて、計ったら半径だけでも十メートルは越えるのではないかと思う程だ。
そうして暫らく待つ事数十分。
魔法陣が完成したようで、モーナ達がわたしとお姉の所までやって来た。
「おつかれ。この魔法陣って、どう言う効果があるの?」
「道案内だ」
モーナは答えて魔法陣に向かって手をかざす。
手をかざすと目の前に茶色く光る魔法陣が浮かび上がって、モーナが魔法を唱える。
「ディレクション!」
茶色く光る魔法陣が輝きを増して、それはクルクルと回転しながら、モーナ達が描いた魔法陣の上空に移動した。
すると今度はモーナ達が描いた魔法陣が茶色く光り、その光は空高くまで伸びて、光が飛散した。
まるで雪の様に、光は積もった雪の上に降り注ぎ、雪の上に落ちるとそのまま光り続けるものと消えるものに別れだす。
わたしは地面で未だに輝く光を見て思いつき口に出す。
「あ、もしかして、残った光を辿って行けばいいの?」
「そうだ! よく分かったな!」
「凄いです。私は綺麗だな~って思うだけでした」
「確かに綺麗」
「それはわたしも思った」
「それがこの魔法の良い所だ」
お姉の言葉にラヴィとモーナとわたしの三人で頷いて、四人で笑い合う。
それから、わたし達は雪の上で輝く光を目印にして再び歩き出し、林の中を進んで行く。
途中で、これから会いに行くポレーラと言う名の熊鶴の事を聞いた。
ポレーラはラヴィの産みの親の家に仕えている従者らしい。
表向きは真面目で人の話をよく聞くしっかり者だけど、裏ではかなり悪い事をしているそうだ。
じーじさんが知る限りでは、人身売買にも手を出しているとかいないとか……。
ハッキリとした証拠が無いから、今の所は様子見をしているらしく、じーじさんは証拠を見つけ次第罪を償わせると言っていた。
それから、ラヴィの家で仕えていると言っても住まいは別の所にあって、ラヴィの家には住んでいないそうだ。
じーじさんから聞いた話では、ポレーラが住んでいる所はアパートの様な所で、じーじさんやポレーラと同じ熊鶴が沢山住んでいる。
ラヴィの母親は、この場所に最近よく顔を出すらしく、顔を合わせる可能性が高いと言っていた。
ポレーラの事を聞きながら歩いていると、雪の上で輝く光の終着点へと辿り着いた。
そこは、真っ暗な洞窟の目の前で、光一つとして無い暗がりは、まるで黄泉の道へと続いている様で不気味だった。
「ここに住んでるんですか?」
お姉が洞窟を覗きながら訊ねると、モーナが首を横に振った。
「ここは蟻の巣だ」
「ちょっとモーナ、ポレーラって言う熊鶴の家に向かう為の魔法じゃ無かったの?」
わたしが呆れてモーナに質問すると、モーナの代わりにじーじさんが答える。
「すまない。そう言えば、君達には説明していなかったね。ここには今夜来る予定なんだ」
「今夜ですか?」
お姉が首を傾げて聞き返すと、じーじさんが頷いた。
「彼等が眠っている間に洞窟に入るんだ。今入ってしまうと、また襲われてしまうからね」
そうか。
確かに言われてみると、あんなに沢山いる白蟻に、こんな所で襲われたら大変だよね。
でも、何で今ここに来たんだろう?
わたしが疑問に思ったと同時に、ラクーさんが洞窟の入り口に何かを塗った。
それを見て、お姉がラクーさんに話しかける。
「何を塗ったんですか?」
「ああ、これぽん? これは暗い所で光る液体だぽん。特殊な魔力波を流す効果もあって、今夜ここに来るためにつけたんだぽん」
そんな効果が……。
でも、それなら今夜来る時でも問題無いと思うけど?
「そうなんですね。でも、さっきの魔法陣を使えば夜でも来れそうですけど、さっきの魔法陣じゃ駄目なんですか?」
お姉もわたしと同じ事を考えたらしくて、ラクーさんに訊ねると、フォックさんが代わりに答える。
「夜は危険なんだよね。ラクーが今塗った液体程度の光なら問題無いけど、強すぎる光は奴を呼ぶんだよね」
「奴……ですか?」
「リングイ=トータス。水や氷を自在に操る厄介な相手だ」
お姉と一緒にわたしも首を傾げると、じーじさんが呟くようにして答えた。
すると、それを聞いていたモーナが大声をあげて驚いた。
「リングイ=トータス!? 本当か!? 三馬鹿の一人だ!」
え!?
三馬鹿って――
「モーナが捜してる一人!?」
「そうだ! ようやく尻尾を掴んだわ!」
「良かったですね!」
まさかの三馬鹿の一人の情報にわたしとモーナとお姉が騒ぎ出すと、じーじさんとラクーさんとフォックさんは呆気にとられた表情でわたし達を見つめた。