217 臆病なペンギン
館からアイリンの家に帰って来ると、アイリンは出かけていて留守だった。
と言っても、誰もいないと言うわけでは無く、ペンギンのペン太郎がごろごろと寝転がっていた。
「ペン太郎ただいま。アイリンは何処行ったの? って、喋れるわけないか」
「あら? この方がアイリンと言う魔族ではないの?」
「へ?」
アマンダさんの言葉にわたしは驚き、ペン太郎に注目する。
ペン太郎は何やら大量の汗を流し、目をこれでもかと言うくらいに泳がして動揺していた。
「あ、アマンダさん、それってどう言う――って、メイド服!? いつの間に!?」
アマンダさんに視線を向けると、いつの間にかドレスからメイド服に着替えていて驚かされる。
と言うか、ペン太郎に視線を向ける前にアマンダさんを見た時は、ドレスを着てたんだけど……。
「マナ、今の私はメイドのメレカです。いつもの様に、メレカとお呼び下さい」
「は、はあ……。わかりました。って、そうじゃなくて、ペン太郎がアイリンってどう言う事ですか?」
「どう言う事と申されましても。……そうですね。この方からは魔族特有の魔力が感じられましたし、それも大罪魔族並のかなり大きいものだったので」
「マ? え? ペン太郎ってそうなの?」
アマンダさん改めメレカさんの言葉に驚いて、モーナに視線を向けて尋ねると、モーナは腕を組んでドヤ顔になった。
「知らん!」
「なんで知らないくせにそんな偉そうなのよ」
モーナに呆れて一気にテンションが下がって落ち着いてきた。
わたしは再びペン太郎に視線を向ける。
ペン太郎は相変わらず大量の汗を流し、目をこれでもかと言うくらいに泳がして動揺している。
つまり、その事実を隠していて、本当にメレカさんの言う通りなのだろう。
「メレカさん、このペンギンはペン太郎って言って、アイリンって言う子のペットなんですよ」
「そう。アイリンは大罪魔族の1人」
「成る程。それは失礼いたしました」
「でもあれだな。ペン太郎が大罪魔族並の魔力を持ってるなら喋れる筈だぞ。魔族の特徴の一つだからな。こいつ多分魔族である事を隠してるぞ」
「そうなんですか? ペン太郎くんとお話してみたいです!」
全員がペン太郎に注目する。
ペン太郎は遂には全身を小刻みに震わせて、白目になってしまった。
よっぽど正体がばれたくないらしい。
と、そこでアイリンが「ただいまなのじゃー」と帰って来た。
「今日も一段と冷えるのじゃ~。ペン太郎~、熱々の焼き魚を買ってきたのじゃ。むむ? お主ら帰って来ておったのか? 1人知らないのが増えとるのう」
「はじめまして。私はメイドのメレカと申します」
「おお。お主が昨日聞いたメレカか。ワシはこの家の主のアイリンなのじゃ」
ペン太郎の窮地を知らないアイリンが、呑気にメレカさんと挨拶を交わす。
そしてそれをペン太郎が助けを求めるように必死に見つめる。
「ペン太郎、この者達には教えても良いのではないか? ワシは信用出来ると思うのじゃ」
ペン太郎は震えを止めて、わたし達に視線を向けた。
「マスターの言う通りだペン。信用するペン。ワイは大罪魔族の“傲慢”だペン」
「ペン? マナマナ、こいつ面白いな! ペンなんて語尾の奴いるんだな!」
「失礼だから黙ってて」
モーナを注意して、ペン太郎に視線を向ける。
って言うか、本当にまさかの大罪魔族。
正直少し驚いた。
「ペン太郎はな、臆病なのじゃ。この間“憤怒”が殺されてから、ずっとこのありさまなのじゃ。怯えてペンギンの真似をずっとしておるのじゃ。と言うても、ペン太郎は魔族でも元々はペンギンなのじゃがな」
「それでペン太郎くんはペンギンさんになりきってたんですね~。私は怖くないですよ~」
「納得」
お姉とラヴィがペン太郎に近づいて撫でる。
ペン太郎はそれで安心したのか、とても安心しきった顔になった。
魔族だと判明したペン太郎と改めて自己紹介をして、わたし達はアイリンが買ってきた焼き魚をいただく。
と言うか、アイリンもペン太郎と同じく自分の正体を隠しているらしい。
理由は普通の生活がしたいからで、この村は住み心地がいいのだとか。
そんなわけなので、アイリンとペン太郎には今まで通りに接すると言う事になった。
そうして皆で話していると、時が経つのも早いもので、気が付けば夕方になっていた。
とりあえずご飯を作ろうと思ったけど食材が何も無く、わたしはラヴィとアイリンとメレカさんの4人と言う珍しい組み合わせで食材を買いに出かける。
臆病者のペン太郎の為に、お姉とモーナはペン太郎と一緒にお留守番。
精霊達もまだ帰って来てないので、一応何かあった時の為にペン太郎以外に2人残る事になった結果、寒いのが苦手なモーナとペン太郎の遊び相手としてお姉が残った。
アイリンの案内で食材を売っているスーパー的な所までやって来ると、わたしは見た事も無い食材に目移りしないようにして見て回る。
「今日は何を作るのじゃ?」
「ん~。お姉が肉じゃが食べたいって言ってたし、作れそうな材料あれば肉じゃがかなあ」
「肉じゃが? 初めて聞くのじゃ。美味いのかのう?」
「肉じゃが美味い」
「ほう。ラヴィーナは食った事があるのか? ワシも食べてみたいのじゃ」
「材料探す」
「手伝ってやるのじゃ」
「あっ、走ったら駄目だよ!」
ラヴィとアイリンが仲良く店の中を駆けていくので注意すると、2人は早歩きで何処かへ行った。
「肉じゃが……確か醤油を使った料理でしたね」
「あれ? メレカさんは肉じゃがを知ってるんですか?」
「はい。知り合いに異世界の料理に詳しい方がいるので、何度か頂いた事があります」
メレカさんの異世界とは、わたしとお姉の世界の事だろう。
魔族が転生者と言う事らしいし、実際にそう言う知り合いがいてもおかしくない。
「醤油ってこの世界であまり……って言うか、全然見ないですけど、ここに売ってますかね?」
「どうでしょう? 調味料の類が置いてあるコーナーに行って探しましょう」
「そうですね」
メレカさんと一緒に調味料のコーナーを探して向かい、醤油を探しながらふと思う。
「探すと言えばですけど、メレカさんって魔力で相手の居場所とか分かるんですよね?」
「はい。1キロ先までであれば可能です」
「1キロ!? 凄っ」
「ふふ。そうでもありませんよ」
そうでもあるだろ、と思いながら、メレカさんの柔らかい微笑みを見上げる。
この顔は本気でそうでもないと思ってる顔だ。
って、まあ、それは今は置いておくとしよう。
そんな事より、わたしが聞きたかったのはそんな事じゃない。
「館に行った時、お館様に会いたいって言ってましたよね? 魔力でいるかどうか分からなかったんですか?」
「そうですね。魔力探知能力を防ぐ為のマジックアイテムが館のいたる所にありますので、魔力を読めたとしてもあの館では通用しません。ですので、分かりませんでした」
「成る程、そう言うのもあるんですね。……あっ、醤油あった」
「あら。良かったですね」
「はい。久しぶりに醤油を使った料理が出来ますよお」
目的の物も見つかったので、他に必要そうな調味料などを取って食材売り場に向かう。
すると、そこには買い物カゴを持ったラヴィとアイリンが、何やら楽しそうに話していた。
2人に近づいてカゴの中を見てみると、この世界特有の珍しいチョコの実やプリンの実などの果実が沢山入っていた。
「おお、マナなのじゃ。美味しい果実を肉じゃがに入れるのじゃ」
「アイリンが美味しいものを入れれば美味しくなるって教えてくれた」
「ならないから」
「――っ!」
「ならんのか!?」
ラヴィとアイリンが驚いて2人仲良く目を点にするので、それが可笑しくってわたしは苦笑した。
何だか微笑ましい2人に色々と説明をして、必要な食材を選んでいく。
必要なものを受付に持って行ってお会計を済ませて外に出ると、すっかり辺りは暗くなっていた。
と言っても、綺麗な星空のおかげで街灯いらずの明るさはある。
わたしの世界では考えられない程の明るさのある星の光は、見上げれば見惚れる程に綺麗だ。
ステチリングの時計を見ると時刻はまだ16時23分で、意外とまだ早い時間帯にちょっと驚く。
「寒いからかな? 暗くなるの早いなあ」
「ここ等辺の地域は特別なのじゃ。闇の魔力の干渉の影響なのじゃ」
「闇の魔力の干渉?」
「昔ここには魔族の拠点の一つがあり、闇属性の魔力で満ちていたのですが、その魔力を満たしていたのが1人の魔族によるものでした。そして、その魔族の魔力がスキルに影響を及ぼして、今もこうして効果を現しているのです」
「へえ。凄いですね? 何て言うスキルなんですか?」
「名前は【女心と夜の空】なのじゃ。日によって夜の長さが変わるのじゃ」
「日によって? 面白いスキルだね。だから昨日は普通だったんだ」
「なのじゃ!」
アイリンが笑顔で答えて、ラヴィの手を取って楽しそうに駆けていく。
わたしは2人を見つめながら、メレカさんと他愛のない話をして帰った。
ただ、一つだけずっと心の中で引っ掛かっていた。
それはポフーの事。
ポフーの無実を晴らしたい気持ちは今でもある。
だけど、今わたしはまだここで足止めを食らってしまってる。
本当に、こんな所でこんな事をしていて良いのだろうか?
不安な気持ちを抑える様に、わたしは夜空に輝く星を見上げた。