215 誇張された勘違い
黒焦げのクォードレターを縄で縛り上げて、引きずりながら酒場を出て歩く。
と言うのも、モーナ達と合流してから、クォードレターからお館様について聞き出そうと考えたからだ。
精霊や関係者を殺すとか言ってるし、このまま放置しておくのも危ない。
そう考えたわたし達は、モーナ達に加護で通信を送って、待ち合わせをしたわけだ。
バーテンダーにお館様の事を聞かなかったのは、これ以上まき込まない為だ。
待ち合わせ場所まで行くと、モーナ達は先に来ていて、知らない男の人と何かを話していた。
わたしは誰だろう? と、その男の人に遠目から注目してみる。
男の人はスーツ姿で、身なりはきちっとしているように見える。
特徴を上げるなら、歯だろうか?
ここからチラッと見えた男の歯は、遠目から見てもギザギザに尖っていた。
「誰ですかね?」
「……うん」
訝しみながらお姉と一緒に近づくと、モーナとラヴィとロポがわたし達に気がついて駆け寄ってきた。
「遅かったな」
「そっちが早いんでしょ。って言うか、あの男の人誰?」
「ボウツ」
「ボウツ?」
「そう。館の執事」
「へ? マ? って事は、この男の関係者?」
「そう。さっきプリュイとラテールを見て話しかけてきた」
ラヴィの説明を聞きながら男に視線を向けると、目が合って微笑まれた。
そして、男は黒焦げのクォードレターを見て、ゆっくりと近づいて来た。
一瞬これは不味いのでは? と考えたけど、問題は無かった。
男はクォードレターの側には行かず、わたし達の目の前で礼儀正しく頭を下げ謝罪する。
「私、お館様に雇われお世話をさせて頂いているボウツと申します。話は聞き及んでおります。うちの庭師がご迷惑をおかけしました。大変申し訳ございません」
「私は瀾姫です。それから、この子は妹の愛那ちゃんです」
「どうも……」
お姉がボウツに挨拶をしたので、わたしも一応頭を下げておく。
でも、警戒はしている。
この場にはモーナもいるし万が一にも何かが起こっても大丈夫だとは思うけど、相手はこのクォードレターと同じお館様とやらに仕えているのだから、警戒は怠らない方が良いに決まっている。
トンペットとラーヴも同じ気持ちのようで、それぞれわたしとお姉の頭の上で警戒していた。
だけど、それは杞憂なのか、ボウツはクォードレターを一瞥してため息を吐き出した。
「実は、うちの庭師……クォードレターには我々も少々困っていたのです。クォードレターは思い込みの激しい性格をしていて、勘違いをしていました」
「勘違い……?」
「はい。元々、私の主であるお館様は、精霊やその関係者を始末しろとは言っていません」
「そのわりには精霊を見て村の人達が怖がってましたよ? 何か悪い噂でも流したんじゃないんですか?」
それとなく精霊の噂についてもふれてみると、ボウツは困った様な表情を浮かべた。
「以前、お館様が精霊使いが憎い程に羨ましいと仰っていた事がございました。クォードレターはそれを聞き、己の心の中で話を誇張させて、精霊と関わる者を殺すとなったのでしょう」
「流石にそれは無理がないッスか?」
「申し訳ございませんが、それが事実でございます。実際に村の者に尋ねると、皆が声を揃えてクォードレターがそう話を広めたと言ったのです」
「言った? って事は、そう言う話を以前に聞いた事があるって事ですよね? 何で誤解を解かなかったんですか?」
「申し訳ございません。まさか本当に精霊を連れた者が現れるとは思わなくて、いずれ噂も無くなるだろうと放置した結果でございます」
「……そうですか」
正直怪しさは凄いある。
だけど、このボウツと言う人は誠実な感じに見える。
「あの、お一つ聞いても良いですか?」
お姉が小さく手を上げて尋ねると、ボウツは「はい」と答えて微笑む。
それを見て、お姉も微笑みながら質問する。
「この村で、以前精霊を見たという噂も一緒に流れていませんでしたか? 私達はそれを聞いてこの村に来たんですけど……。何か知りませんか?」
「精霊を見たと言う噂……でございますか。聞き及んではおりませ――っあ、もしかすると……」
「何かご存知なんですか!?」
ボウツが何か心当たりがあったのか、少し俯いて考え込み、お姉がボウツの顔を覗き込むように見つめた。
そんなお姉の顔を直視して、ボウツは頬を赤らめてお姉から視線を顔ごと逸らした。
「い、いえ。以前、クォードレターが流した精霊の関係者を殺せと言う話を村の者から聞いていた時に、南西の森に精霊がいるかもしれないと村の者が言っていたのです」
「その人は今何処にいますか!?」
お姉がボウツの両手を掴み自分の両手で包み込む。
そろそろ止めようかとも思ったけど、情報が欲しいので我慢する。
おかげでボウツは顔を真っ赤にさせて、お姉から顔を逸らしたまま大量の汗を流し始めた。
「ぞ、存じ上げておりません」
「……そうですか」
お姉が顔を曇らせてボウツから離れる。
すると、ボウツは胸を手で押さえて、もう片方の腕で額の汗を拭った。
「しかし、その者はこうも言っていまた。“精霊は森に住むと言われている。だから森には近づかないでおこう”と」
「あ、分かったッス。それが噂になって誇張して広がって、その森には精霊がいるってなったんじゃないッスか?」
「ラテも同意です。その可能性は高そうです」
「でも、何で南西の森って指定されて言われたのか分からないんだぞ?」
「がお」
今度は精霊達が口々にそう言うと、ボウツは4人に視線を移して微笑む。
「それはこの近辺で一番近いのが南西の森だからでしょう。ここから北は海があるだけですし、東は隣国なので国境越えをしなければいけません。西に進めば広大なアイスデザートが広がっていますし、この村の者にとっての森と言えば、南西の森となるのです」
「そうなんですね。ご丁寧にありがとうございます」
お姉が笑顔でお礼を言うと、ボウツは顔を赤らめてお姉から再び顔を逸らして「いえ」と短く答えた。
まあ、こんな反応をされてしまっては疑う余地は無い。
この人の言う通りなんだろう。
わたしは黒焦げで縄に縛られている未だに気を失っているクォードレターに視線を向ける。
本当に人騒がせな男だった。
「ボウツさん、ありがとうございました。これはお返しします」
「いえいえ、本当に助かりました。皆さんにお怪我が無い様で何よりです。これは責任を持って連れて帰ります」
最後にはわたしもボウツさんと笑い合い、これ、クォードレターをボウツさんに渡す。
ボウツさんはクォードレターを受け取ると、最後にまた頭を下げて謝罪とお礼を言って、この場から去って行った。
「愛那、本当に怪我は無い?」
「うん。心配してくれてありがと、ラヴィ」
「当然」
「しっかしマナもナミキも災難だったな。おまえ等が来るまで、あのボウツって奴と少し話したけど、クォードレターって奴はこの村で相当面倒な奴らしいぞ」
「そうなの?」
「思い込みが激しくて勘違いでよく暴れると言ってた」
「最悪じゃんそれ」
「愛那達が襲われたと話したら、私達にも謝ってた」
「そうだったんだ」
「ボウツさんは良い人ですね」
「そうだね」
何はともあれ、これで噂の捜査は終了だ。
ちょっとしたトラブルはあったけど、思いのほか直ぐに解決出来て……解決出来て?
わたしは今更ながらに思いだす。
何も解決していないと言う事に。
そう。
「噂がデマだったって事を言わないとじゃんか」
「あっ。忘れてましたね」
「そう言えばそうだな」
「うっかり」
「その内噂も消えるんじゃないッスか?」
「ラテもそう思うです」
「でも、もっと大きな噂になったらどうするんだぞ?」
「がおぉ……」
ボウツさんの話では、噂を流した人物が今何処にいるかは知らないらしいので、また一から捜さないといけない。
と、そこで、ロポが人化してわたしの腕をつついた。
「てんしさま、ききにいこ?」
「聞きに? って、何処に…………あ、そっか。ボウツさんに噂を流したのが誰か聞けば良いのか」
「言われてみればそうだな。居場所を知らなくても誰かは分かってるしな」
「それじゃあ早速行きましょう!」
「あ、待ってほしいッス」
お姉が元気よく拳を上げて話すと、トンペットがそれを制止した。
何かあったのかとトンペットに注目すると、トンペットを含め、ラテールとプリュイとラーヴの精霊全員が一か所にかたまって上を見上げていた。
そして、少し間を置いてから、全員がわたし達に振り向いた。
「今シェイド様から加護通信の連絡が入ったッス」
「へ? シェイド?」
「です。シェイド様がアマンダと一緒に、この村に向かって来ているみたいです」
「アマンダって事はメレカか」
「何かあったんですか?」
「昔、南の国で保護して、成人してからこの村で働いてる人の様子を見に来るみたいだぞ」
「がお」
「ほご?」
「多分、リングイ達と色々あった子。詳しくは知らない」
ロポが首を傾げ、それにラヴィが答えた。
わたしもその保護された子の事は少し聞いている。
リングイさんが初めて孤児院に受け入れた男の子で、リングイさん達を騙した子。
その男の子の名前は聞いていない。
リングイさんはその男の子に恨みがあってもおかしくないのに、男の子の未来の為に名前を言わなかった。
とまあ、それは今は置いておくとしよう。
その保護された子は今では成人していて、この村にいるから、その様子をメレカさんが見に来ると言う事だ。
「それでその昔保護した奴の名前が、さっきのボウツって男みたいッス」
「――っ!? マ?」
「マジッス」
「一度アイリンの家まで帰るです。アマンダが来たら一緒に行くです」
「そうですね。せっかくなので一緒に行きましょう!」
「メレカはいつ村に着く?」
「明日の朝って言ってたんだぞ」
「がお。チェイドたま、お昼前って言ってた」
「そっかあ。それじゃあ、今日はもうアイリンの家に戻ってゆっくりしよっか」
あの誠実そうなボウツさんがかあ、なんて思えてくる。
まあでも、過去は過去で今は今なんだ。
酷い事を昔したからって、わたし自身が何かをされたわけじゃない。
被害者であるリングイさんが彼の未来の為に多く語らなかったのなら、部外者のわたしが目くじら立てて敵意を見せるべきじゃない。
だから、今度ボウツさんに会っても、下手な詮索とかせずに普通に接しようと思う事にした。