212 極寒の砂漠と謎の信頼
溶ける事の無い、砂の様な小さな氷が大地に敷き詰められた極寒の地。
それが、わたし達が足を踏み入れた【アイスデザート】と呼ばれる氷の砂漠。
草木は一本たりとも生えていない。
生物の気配は微塵も感じないが、それも頷けるほどの劣悪環境。
この地では息をするのも危険が伴う。
直接空気を吸おうものなら、あまりの寒さに肺が凍ってしまう程に低い気温。
確かにこんな所に馬を連れて来ようものなら、馬が死んだっておかしくない。
と言うか、人であるわたし達だって本気でヤバい。
だけど、そんな中わたし達は意外と快適に先を進んでいた。
「ラーヴのおかげで凄い快適だねえ。滅茶苦茶助かるよ」
「がお」
そう。
わたし達には火の精霊ラーヴがいるのだ。
ラーヴがわたし達を囲むように結界を張ってくれているおかげで、春の日差しを浴びるかの如く温かい。
とは言え、結界が無ければ間違いなく死ぬ。
死と隣り合わせなこの環境は、ラーヴがいなかったらと思うと、あまり良いものでは無かった。
ただ、例外が3人。
1人は雪女のラヴィで、もう1人は水の精霊のプリュイ。
ラヴィは流石は妖族の雪女だけあって、ラーヴの結界は必要無い。
この極寒の環境が快適らしく、わたし達より少し先の方をプリュイを連れて楽しそうに歩いている。
まあ、楽しそうと言っても、念の為に2人で周囲を警戒してくれている。
と言うのも、こんな劣悪環境な氷の砂漠にも一応生物はいるらしく、その生物が凶暴と言う事で念には念をで先を歩いて用心してくれているのだ。
そして例外のあと1人なんだけど……。
「愛那ちゃん凄いです! この氷の砂食べれます! 水あめみたいな味がします! かりっかりのシャリッシャリでヒンヤリして美味しいです! 飴ちゃんを噛み砕いてる気分を味わえます!」
「お姉……」
ばっちいよ、とも思ったけど、そんな事はどうでも良い。
そう、あと1人の1人とは、お姉の事だった。
何故お姉がこんな極寒の地で平気なのかと言うと、それはスキル【動物変化】の力のおかげだ。
お姉はスキルの力でフローズンドラゴンへと部分変化し、この寒さを何とも思えない程の肉体を手に入れたのだ。
「いやホント便利だなお姉のスキル……。ちょっと羨ましいかも」
「私も初めてナミキが凄いと思ったわ。アイスデザートの氷の砂は一粒でも口に入ったら危険なんだぞ」
「へ? そうなの?」
「この気温の中にある氷だからな、口の中が凍傷になるわ」
「怖っ」
「よく見ろ。地面に触れない様にラーヴが結界を張ってくれてるだろ? 氷の砂が冷たすぎて、こんな靴じゃ防げ無いからだ」
本当にラーヴ様様である。
と言うか、お姉の身が少しばかり心配になる。
今スキルを解いたら、胃の中はどうなるんだろう? って感じで少し怖い。
「お姉! 暫らくそのスキル解かないでよね!?」
「はーい!」
お姉は元気に答えると、ラヴィとプリュイの許へ翼を広げて飛んで行った。
そう、飛んで――――
「――あっ。お姉! 戻って来て!」
大声を上げてお姉を呼び戻す。
お姉は戻って来ると、不思議そうに「どうしました?」と首を傾げた。
「お姉、今直ぐフローズンドラゴンに変身して。お姉に乗って飛んで行けば、ここを直ぐに出れる」
「あ、なるほどです。愛那ちゃんはかしこいですね~」
「でかしたぞマナ! これでこんな寒い所とはおさらばだな!」
「そうッスね~。ボクもこんな所はさっさと抜け出したいッス」
何はともあれ、思ったより早くこの氷の砂漠を抜け出せそうだ。
なんて事を思った時だった。
突然地鳴りのような音がして、少し先を歩いているラヴィとプリュイがいる方角から、爆発する様な音が響き渡った。
わたし達は驚き、そして視線と向けると、ラヴィとプリュイの目の前に巨大なイモムシの様な水色な昆虫が現れた。
その大きさは高層ビルの如く見上げる程に高く、その太くて長い体を立たせてラヴィとプリュイを上から見下ろす。
「ぎゃあああああ! 出たッスー! アレはアイスデザートに生息してるクリームワームッスよ!」
「わあ、クリームワームって言うんですか? 美味しそうな名前ですね?」
「触るとクリームみたいに柔らかいから名付けられた名前です。別にクリームの味がするわけじゃないです」
「…………う、眩暈が」
「マナがヤバいわ」
「がお?」
モーナの言う通りヤバい。
ただでさえ虫が苦手なのに、こんな巨大なの見て平気なわけなんてない。
眩暈がしてふらつくと、ロポが心配そうにわたしに体をすり寄せる。
ロポは優しいなあ、と思いながら、強がらずにロポに体重を預ける事にした。
「私、ラヴィーナちゃん達が心配なので行って来ます!」
「お姉!? …………お姉?」
お姉の勇ましい声に驚いて振り向くと、クリームワームにステチリングの光をかざしながら、涎を垂らしていた。
それを見て、わたしはわざと忘れていた記憶を呼び起こしてしまう。
そう、あれはまだ、わたしがこの世界にお姉と一緒に来た間もない頃。
ウインドリザードから逃げて入った森の中でみた羽の生えた空飛ぶ芋虫。
お姉がそれを食べてメロンの味だと言っていた。
「うっ……気持ち悪くなってきた」
「本当にマナがヤバいぞ」
と言うか、やっぱりそう言う事だよね? と、わたしは恐る恐るステチリングの光をクリームワームにかざして情報を見る。
クリームワーム
年齢 : 925
種族 : クリームバタフライ『昆虫・巨大型昆虫種・幼虫』
職業 : 無
身長 : 120
装備 : 無
味 : 美味
特徴 : 長い胴体・凍結粘液
加護 : 氷の加護
属性 : 無
能力 : 未修得
この手のタイプ相手だと、相変わらず身長はあてにならない。
だけど、とりあえずそれはどうでも良くて、問題は味の項目だ。
間違いなく、美味となっている。
とりあえずお姉に先に言っておく事がある。
「わたし絶対そんなの料理しないからね!」
既に羽を広げて羽ばたいたお姉に大声で告げると、お姉はわたしに振り向いて「大丈夫です~!」と笑顔で言った。
「ナミキは何でも食うよな~」
「今時珍しい人間です。普通あんなの食べたいなんて思わないです」
「馬鹿なだけだよ」
「が、がお」
とは言え、正直少し心配だ。
わたし達がこうして話している間にも、ラヴィとプリュイは既にクリームワームと戦いを開始している。
クリームワームはその巨大な図体のわりにはスピードが速く、そして氷の砂の中に潜るから中々に戦い辛いようだ。
しかも、足場の悪い氷の砂の上だったり、氷の魔法が全く効いていない様で、ラヴィ達はかなり苦戦していた。
「いきますよー! ワアアアアアアアッッ!」
お姉が叫び、同時にクリームワーム目掛けて氷のブレスを吐き出す。
だけど、やっぱり効かない。
クリームワームはお姉の吐き出した氷のブレスを気にする事なく進み、参戦したお姉に向かって突進する。
「アイギスの盾! きゃわああああああ!」
魔法で盾を出して身を守るも、相手は巨体。
お姉は圧倒的な力の差で盾ごと押されて、勢いよく吹っ飛ばされてしまった。
「お姉ええ! 嘘でしょ!? お姉が見えなくなっちゃったんだけど?」
かなり不味い事になってしまった。
お姉が見えないくらいに遠くに吹っ飛ばされてしまった。
わたしは焦り、思わずラーヴの結界から外に出そうになって、モーナに腕を捕まれて止まる。
「マナ焦るな。ナミキにはトンペットがついてる」
「え?」
周囲を見ると、確かにいつの間にかにトンペットの姿が無かった。
「ねえ? トンペットってこの極寒の中でも大丈夫なの?」
「普通は精霊と言えどアウトです。でも、今のトンペットはナミキのおっぱいの間に挟まってるから大丈夫です」
「いや、おっぱいの間にって、それ本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だろ」
「です」
「がお」
謎のおっぱいへの信頼感。
おかげでわたしの焦っていた心も落ち着いて、今ではこの極寒の地程ではないけど冷めてしまった。
って言うか、おっぱいそこまで万能じゃないだろと言いたい。
「それよりマナ、クリームワーム相手じゃラヴィーナとプリュイじゃ相性が悪い。スキルでこっから斬撃を飛ばせ」
「あ、そっか。それならわたしも出来る。って言うか、それだったらモーナも魔法使えばよくない?」
「あのな、この距離だぞ? クリームワームの強さはスミレと同じくらいだ。もし外してクリームワームがこっちを狙って来たらどうするんだ? 私達は結界から出たらそこで終わるんだぞ? それに一撃で仕留めないと同じ事になるわ」
「た、確かに……。って、え? マ? スミレさんと同じレベルの強さなの? あの虫……」
「とにかく、ここから狙って確実に仕留めれる確率が一番高いのはマナのスキル【必斬】だ。だから任せたぞ」
「……うん。分かった」
カリブルヌスの剣を抜き取り、クリームワームの動きを見て精神を集中する。
正直かなり緊張してきた。
モーナの言う通り、一撃で仕留めないと、万が一にもこっちが狙われたら大変な事になる。
それだけは避けなくちゃいけない。
緊張を紛らわす為に一度大きく深呼吸をして、カリブルヌスの剣を持つ手に力を込める。
クリームワームが氷の砂の中に潜り、視界から消える。
だけどわたしは焦らない。
焦らず集中しながら、じっくりと地上に出てくるのを待つ。
そして、無詠唱で加速魔法【ライトスピード】を自分にかけた。
大丈夫。
レオさんに剣の修行をしてもらったんだ。
今までより制度は上がってる筈。
きっと出来る。
次の瞬間、ラヴィとプリュイの背後にクリームワームが飛び出した。
今だ!
瞬間――閃光の如く超速の斬撃が飛翔し、それは瞬く間も無くクリームワームの胴体を真っ二つに斬り裂いた。
「ふうっ」
ライトスピードを解き、カリブルヌスの剣を納める。
とりあえず何とかなったとホッと胸を撫で下ろして、わたしはモーナ達と一緒にラヴィとプリュイの許に向かった。
そして……。
「愛那ぢゃああああ! 怖がっだでずうう! 死ぬがど思いまじだあああ!」
おっぱいに挟まれて満足顔のトンペットのおかげで、情けない声を上げてお姉が泣きながら戻って来て、鼻水垂らしながらわたしに抱き付いた。
でもまあ、何とも情けないお姉だけど、無事だったのが素直に嬉しいから今回は甘えさせてあげようと思う。
「実に良いおっぱいだったッス。おっぱいマスターのボクもこれには満足ッス」
なんか変な事言ってるのが1人いるけど……。




