211 グラスタウンに行こう
「アマンダさん、こんばんはー!」
「あら? ジャスミン、こんばんは。こんな時間まで偉いわね」
ここはクラライト王国のクラライト城下町。
猫喫茶ケット=シーの系列店のまたたび喫茶の目の前。
夜も遅く人々が寝静まって、時計の針も0時をさそうとする深夜の時間。
少女が女性に声をかけると、女性は立ち止まって少女と言葉を交す。
頭につけた赤く大きなリボンが特徴のジャスミン=イベリスと言う名の少女ジャス。
メイド姿が特徴なアマンダ=M=シーと言う名の女性メレカさん。
言葉を交わしたのはジャスとメレカさんだった。
2人はどうやら友人で、お店を閉める準備をしているジャスが、そこを通りかかったメレカさんに声をかけたのだ。
メレカさんがジャスを褒めると、ジャスは頬を赤く染めて可愛らしく喜ぶ。
「えへへ~。アマンダさん今からお出かけ?」
「ええ。今からグラスタウンに行く用事があるので暫らく留守にするの」
「そっかぁ。気をつけて行って来てね」
「ふふ、ありがとう」
メレカさんは軽く会釈すると、その場を立ち去ろうと歩き出し、直ぐに「アマンダ待つの~」と闇の大精霊シェイドに止められる。
呼び止められると、メレカさんは足を止めてシェイドに視線を向ける。
「今プリュイから加護通信が入ったの~」
「加護通信……? そう言えば今日は他の精霊様方がジャスミンの近くにいない様だけど、珍しいわね」
「うん。今丁度トンちゃんとラテちゃんとプリュちゃんとラヴちゃんはお留守なの」
「お留守? 何処かに出かけているの?」
「そうなんだ~。って、それよりシェイちゃん、通信では何て言われたの? 私にはきてないけど……」
「ジャシーは店の片付け中だろうからって、プリュイが気を利かせたの~」
「気にしなくて良いのにね~」
とは言いつつも、気を使ってくれた事に満面の笑顔で喜ぶジャス。
そんなジャスを尻目に、シェイドはメレカさんと向かい合って目を合わせる。
「途中で立ち寄った土の精霊の住む精霊の里で色々あって、目的地を一度グラスタウンに変更したらしいの~」
「え!? ホント!?」
シェイドの言葉でジャスが驚く。
が、事情を知らないメレカさんは何の事だかサッパリ分からず、ただ眉を寄せるだけ。
するとそれを見て、ジャスがハッと気がついて「実は」と説明する。
「この前アマンダさんが教えてくれたマナちゃん達に会ったの。それでマナちゃん達がマモンちゃんと東の国に出かけたから、トンちゃんとラテちゃんとプリュちゃんとラヴちゃんをお手伝いの為に連れて行ってもらったんだよ」
「成る程、それで目的地をグラスタウンに変更したとシェイドが連絡を受けたのね?」
「そうなの~。ヘルメース様がグラスタウンに行けとか言っていたらしいから、きっと何かあるの~。だから、アマンダも行くなら手伝ってあげてほしいの~」
「ヘルメース……? 神の名よね? 分かったわ。外出許可を頂いた時に、留守が長くなるとは伝えてあるし問題無いわ」
「助かるの~」
「ねえ、シェイちゃん。ヘルメースさんとマナちゃん達が会ったって事だよね?」
「イタズラされたらしいの~」
「い、いたずら……っ!?」
ジャスがイタズラと聞いて何を想像したのか、顔を赤くさせて何やら慌てだす。
それを見て、シェイドは少し呆れ顔でジャスを見つめた。
「ジャスは心が汚れてるの~」
「そ、そんな事ないよぉ。そ、それより凄いねマナちゃん達。私もヘルメースさんと会った事なんて2回か3回しかないのに」
「そうね。と言いたい所だけど、普通は神と会うなんて滅多に出来ないのよ?」
「アマンダの言う通り普通は無いの~」
「確かにそうかも。って、あ! ごめんね、アマンダさん。呼び止めて結構時間が経っちゃった」
「うふふ。良いのよ。それでは行って来るわね」
「うん、いってらっしゃい」
「プリュイ達の事よろしくするの~」
メレカさんは2人との会話を終えると、2人に背を向けて歩き出した。
ジャスとシェイドはメレカさんの背中に手を振って見送り、姿が見えなくなると、再び店の閉店準備を開始する。
そして、ジャスは「あっ」と声を上げて、一緒に閉店の準備をしていたシェイドに顔を向けた。
「シェイちゃん! やっぱりシェイちゃんもアマンダさんについて行ってあげてもらって良いかな?」
「急にどうしたの~?」
「アマンダさん美人さんだし、女性の1人旅は危ないもん。シェイちゃんは闇の大精霊だから夜道も心配ないし、きっとそれが良いよ!」
「アマンダは強いから心配いらないと思うの~」
「でも、アマンダさんってメイドさんの格好をしてるけど、女王様のお姉さんなんだよ? 悪い人に狙われちゃうかもだもん」
「それもそうかもしれないの~。それじゃあ行って来るの~」
「うん。よろしくね、シェイちゃん。気をつけてね」
ジャスが満面の笑みでシェイドを見送り、シェイドは闇夜に消えていった。
◇
日も所も変わって朝陽の照らす気持ちの良い朝。
わたし、豊穣愛那は不思議な草原の上をロポの背中の上で眺めていた。
何が不思議かと言うと、草原の草が水色に光っている事だ。
水色に光る草は綺麗に輝いていて、それは風に吹かれて揺らめいている。
サラサラと綺麗に流れるその風景はまさに絶景。
例えるなら、陽の光を浴びながら風に揺れる黄金色に輝く小麦畑の水色バージョン。
そして、思わず駆け出したくなるその景色に、実際に駆けだしてしまったお姉が1人。
と言うか駆け出したはいいけど途中で転んで姿を消した。
「お姉ー?」
とりあえず呼んでみると、お姉の手が水色の景色の中でニョキッと生えて手を振ったので無事らしい。
「ここ等辺は寒くないな」
「そうだね。って言うか、そのグラスタウンって所は寒いの?」
「クラライト王国は北国だからな。あそこはそうでもなかったけど、基本は寒い所ばかりだぞ。多分その内ラヴィーナの住んでた所より寒くなる」
「へえ。そうなんだ?」
「楽しみ」
「私は憂鬱だわ」
「あはは。じゃあやっぱり行くのやめる?」
「マナがいれば平気だ」
モーナがニコニコと笑いながら、わたしの頭に後ろから抱きつく。
相変わらず暑苦しいけど、とりあえずここ等辺の気候は冬に入る前の秋の様な涼しさがあるので、まだ平気だから放っておく。
「ラヴィはやっぱり寒い所の方が良いの?」
「そう。暑いのは苦手」
「雪女だもんねえ。……でもさ、話戻すけど何かおかしくない?」
「何がだ?」
「確かグラスタウンって丸1日あればつくって言ってたよね?」
「そうだな」
「言ってた」
「それならそろそろじゃん。もう移動始めてから1日経ってるよ?」
そう。
実は既に丸1日経っている。
今は馬を休憩させながら朝食を済ませた後だった。
だからそろそろまた馬車に乗り込んで、グラスタウンに向かうのだ。
モーナの言う通りラヴィの住んでたアイスブランチの周辺より寒い所なら、近づいているなら既に寒くないとおかしい。
だけど、その理由は意外と呆気なく分かってしまった。
「もう少し先に行くと、【アイスデザート】って名前の氷の砂漠の一端を通る事になるッス。だから寒くなるのはそこからッスね」
「アイスデザート……?」
「すっごい寒い砂漠なんだぞ」
「砂漠と言っても、この先にあるのはアイスデザートの切れ端程度です。真ん中を通るわけでないので、距離は1キロにも満たないです」
「がお」
「へえ……あ。もしかして、そこって馬車では通れない?」
「そうッスね~。馬車なんかで行こうとしたら、馬が耐えきれなくて死ぬッスよ」
「うげっ。マジか」
「置いて行こう」
「そうだね。流石にそんなの可哀想だし、御者の人にはありがとうって言って、帰ってもらおっか」
「仕方ないな」
それにしても馬が死ぬほどの場所って、いったいどんなとんでも地域なんだって感じだ。
アイスデザートだなんて名前の砂漠だから、聞こえは甘いお菓子、アイスクリームを連想してしまう。
でも、多分そんな所では無いのだろう。
せめてもの救いは、ラテールの言った通りであれば砂漠のど真ん中を通るのではなく端を通るから、その砂漠を抜け出す距離にして1キロ程度しかない事か。
と、そこでわたしはふと疑問に思う。
「砂漠の端っこって言うなら、そこを避けて通るのは出来ないの?」
「避けてッスか? それだと……どの位かかるんだったッス?」
「確か1週間は馬車で走らないと駄目です」
「は? 1週間?」
「それだけ大きい砂漠なんだぞ。大きすぎるから、端っこでも遠回りすると時間がもの凄くかかるんだぞ」
歩けば1キロ、馬車なら1週間。
最早どちらを選ぶかは明白。
「……1週間かあ。流石にそんなにはかけてられないよねえ」
「仕方ない」
「そうだね」
とにかく、そろそろ出発だ。
わたしは転がってるお姉を起こしに行き、それから馬車の御者に説明して先を急ぐ。
それにしても、グラスタウンの前にアイスデザートか。
名前のわりには結構物騒なイメージついちゃったけど、大丈夫だよね……?
そんな少しの不安を抱えながら、わたし達はグラスタウンを目指して出発した。




