210 神様からの啓示
事件を解決して、魔物改め神ヘルメースを縄で縛って精霊の里まで連れて戻って来ると、長とヘルメースから事の真相を教えて貰う事になった。
「イタズラをしたいと言う誘惑に逆らえなかったのです」
「楽しいと思ったんだ」
とまあ、そんなしょうもない2人の理由を聞いて、モーナが暴れそうになって止めるのが大変だった。
何はともあれ、無事に何事も無く慌ただしかった一日も終わりを迎える夜の事。
晩御飯を食べて水浴びをして体を洗い、そろそろ明日に備えてテントの中で眠ろうかとしていた時に、その人……神ヘルメースが女の姿で現れた。
「お邪魔する」
「本当に邪魔なので帰って下さい。って言うか、今更何しに来たんですか?」
「はははっ。愛那ちゃんは相変わらず辛辣だねえ」
ヘルメースが笑いながら腰を下ろす。
ただでさえ寝る為だけのテントで、わたしとお姉とモーナとラヴィの4人で定員ギリギリだから狭くて仕方ない。
因みにロポは外にいて、背中に4人の精霊達を乗せて既にスヤスヤと眠っている。
ロポも人化すればテントの中で眠れるから誘ったけど、ロポは草の上で眠る方を選択した。
それに精霊達がいつも星空の下で談笑しているので、精霊達と仲良くなったロポは、今日は精霊達と一緒に夜を過ごしたい気分だったらしい。
とまあ、それは今は置いておくとしよう。
狭いテントの中で腰を下ろしたヘルメースは、早速用件を話し出す。
「今日の昼間に現れた男について聞きたい。彼は君達の知り合いの様だったけど、彼をこの森に呼んだのは君達かい?」
「そんなわけないだろ」
「はい。私達はあのストーカーさんとは仲良しじゃないです」
「敵」
「って言うか、誰かから精霊がいるって聞いたらしいですよ」
「それは本当?」
「はい」
スタンプは確かに言っていた。
この森で精霊を見たと言う情報を得たと。
何処で聞き出したのかは知らないけど、あのストーカーがここに来てわたし達と会ったのは偶然だ。
「と言うと……グラスタウンか?」
「グラスタウン?」
聞き返すと、ヘルメースはわたしに視線を向けて頷き、上を見上げた。
「でもあそこの村人がここを知ってるとは思えないなあ」
「グラスタウンと言う村は何処にあるんですか?」
今度はお姉がヘルメースに尋ねると、ヘルメースは上を見上げたまま答える。
「ここから北東に進んだ所にある村で、ここから一番近い村だよ。馬車ならまるっと1日あればつく」
「北東……通り道じゃないね。どうりで聞いた事ない名前だと思った」
「向こうから来た時は真っ直ぐに移動したからな」
わたしの言葉にモーナが答える。
と言うのも、わたし達は東の国のバンブービレッジから西の国の王都フロアタムに移動している経験があり、わたし達が目指しているのは東の国のとある場所だ。
あの時はモーナの言う通り西に真っ直ぐと進んで行って、クラライト城下町は通らなかったけど、色々な村や町は立ち寄っていた。
まあ、船に乗ったりもしていたから、正確には真っ直ぐ進んだわけでもないけど。
とは言え、わたし達の通るルートは殆どが一度通った場所を予定していて、この森を出て南東に向かって進んで半日も経てば知っている土地に出る予定だ。
「それでヘルメースさんは今からそのグラスタウンって所に行くんですか? って言うか、もしかして行きたいから馬車で送れって事ですか? 申し訳ないですけどお断りですよ。わたし達はこれでも急いでるので」
何となく嫌な予感がして先制しておく。
こう言っておけば、連れてってほしいなんて言わないだろう。
「私は行かないよ。愛那ちゃん達に行ってもらおうと思ったし」
「は?」
連れて行ってどころか行って来いって、この神様は人を馬鹿にしているのだろうか?
わたしはとりあえず冗談かもしれないので、若干眉根を上げつつもにこやかに笑う。
「冗談言わないで下さい」
「冗談? 馬鹿言っちゃいけない。私は本気だよ。グラスタウンに行って、その情報をバラまいた奴を捕まえて、精霊がいないと伝えてほしいんだ」
「ご自分でどうぞ」
「だな。そんな面倒な事できるか」
「ごめんなさい、ヘルメースさん。私達は人に会いに行くんです」
「そう。寄り道してる暇はない」
当たり前の事だけど、わたし達の意見は一致している。
でも、断られたと言うのに、ヘルメースはニヤリと笑みを浮かべた。
「グラスタウンに行けば君達のさがしているものが見つかるかもよ?」
「探している物? ……って何ですか?」
「私は神だから何でも知ってる。でもイジワルだからそれ以上は教えてあげられないなあ」
「……正確悪いですね」
「はははっ。愛那ちゃんは正直でいいね~。どうする? 私の代わりに情報を流した者を捜しだして、その情報は偽りだと言うだけだよ? そんなに難しい事ではないと思うけど?」
「そう言われても……ねえ」
正直どうでも良いと言えばどうでも良い。
と言うか、探している物があると言われても、本当かどころかそれが何をさしてそうなのかが分からない。
そんなものの優先順位を上げて探しに行くなんてって感じだ。
「行ってみても良いぞ」
「へ?」
「うん。大事な物かもしれない」
「いや、そうかもだけど、わたし達の目的は――」
「行きましょう!」
「――お姉!?」
モーナとラヴィに続き、お姉までおかしな事を言いだすので、わたしは驚いてお姉に注目する。
お姉は真剣な顔と言うわけでは無く、笑顔をわたしに向けていて目がかち合う。
「確かにポフーちゃんの事は気になりますし、早く行くべきだと思います。でも、私は神様の好意で教えてくれた事を信じたいです」
「私も瀾姫に賛成。ヘルメースは腐っても神。信用はしても良い」
「腐ってもって……。君、可愛い顔して言うね」
本当は今直ぐにでもベルゼビュートさんと合流して、ポフーが無実だって確かめたい。
でも、確かにお姉とラヴィの言う事は最もだとも思えた。
ヘルメースはイタズラで迷惑な事を精霊と一緒にしちゃう様な最低な神様だけど、精霊達の為を考えて情報の操作をしようとしている。
もしかしたらわたし達に行かせようと言うのも、その探している物とやらがあるからかもしれない。
そう考えると、北東にあるグラスタウンと言う村にヘルメースを信じて行くのは、あながち間違いではないかもしれない。
モーナに視線を向けると、モーナは目を合わせた途端に笑んだ。
だから、わたしは頷いて答えを出す。
「グラスタウンに行こう」
「決まりだな」
「はい!」
「うん」
ポフーには悪いけど、寄り道をしようと思う。
考えても見れば、わたし達が辿り着くまでは、ベルゼビュートさんも行動を控えてくれるかもしれない。
正直言って、そんなの保証は何も無いけど、今はそれを信じてグラスタウンに行く事にする。
だから、わたしはお姉達と頷き合い、次の目的地をグラスタウンへと変更した。
「女装趣味のヘルメースの言う事を信頼するのも癪だけど、精霊達の為にも情報操作だけはちゃんとしないとね」
「頭がおかしいヘルメースはどうでも良い。でも、私も精霊達は護りたい」
「そうだな。変態野郎はともかく、精霊どもが安心できるようにくらいはしに行くぞ」
「はい! 精霊さん達の為にも頑張りましょう!」
「あのさ、さっきから君達ちょっと私に辛辣じゃない? 瀾姫ちゃん以外は酷い事言ってるの皆気付いてる?」
わたし達は頷き合い、次の目的地を決めた。
背後でヘルメースが何か言っているようだけど、無視して良いだろう。
こうして今日と言う日を終えて、わたし達はヘルメースをテントから追い出して、疲れた体を癒す為に眠りについた。
◇
星空が輝く静かな夜、精霊達が住まう森より北東にある穏やかな草原に男が3人。
男達は怪しく笑み、その場にもう1人の男が現れた。
そして、男達の内の1人、一際太っている男がニヤつきながら、ここに現れた男に問う。
「どうだ? お前の目的は果たせたか?」
「果たせるわけがない。貴様、何故あれを黙っていた?」
「ほっほお。さて、なんの事か分からんなあ」
太った男はとぼけて笑う。
それを受けた男は気に入らない。
しかし、我慢するだけの価値が、利用するだけの価値が太った男にはあった。
「そんな話より、本当に来るのですか? そのマナと言う名の黒髪の少女は」
男の内の1人、ギザギザの歯を持つ男が問うと、男達は全員が口を閉じ、ギザギザの歯をした男に注目した。
「疑うのか? お前は――」
「よせ」
「――はい」
ギザギザの歯の男は笑みを浮かべ、もう1人の男はギザギザの歯の男を睨む。
そして、太った男が2人の肩を軽く叩き、にこやかな笑顔で告げる。
「お前達はただ従っていればいい。スキルで導き出した運命の上でな」
男達が頭を垂れ、太った男は彼等には目もくれず星空を仰いで両手を広げた。
「さあ、マナちゃん。ボクちんの花嫁。もう直ぐでボクちん達は永遠の愛で結ばれるよ。楽しみだなあ」




